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12-3 私を独占して 小説「女主人と下僕」


「こないだのザレンとの一件で俺ァ、よくよく解った。残念ながら、俺は自分の女を他人と共有できるタイプじゃない」

「はい!うれしい!うれしいです!」

「いや、ちょっと待って?ここ、喜ぶ所じゃないよ?つまり…つまり、目の前の下賤な身分のこの男はね、貴女を独占したい、ってそんな、気狂いじみた戯言を言ってるんだよ?本当に貴女はそれでいいのかい?」

「もちろんです!」

「俺は貴女が想像してるよりも、相当に腹黒いしつこい男だよ。店では純朴そうに装ってるが、汚ねえ世渡りの技だってそれなりに持ってない訳ではないんだ。…その…貴女に言い寄ってくる上級市民の坊ちゃんどもなんざ、ばんばん追い払っちゃうかもしれねえ」

「どうぞ追い払って下さい!うれしいわ!他の男には触らせたく無い、と仰って頂いて本当にうれしいの!」

「いやしかし…何より…その…あの…あんな豪華なプレゼントを呉れるザレン様まで牽制する魂胆ですよ俺は」

「そう仰って下さってうれしい、凄くうれしい!」

「い、いや、まてよ、冗談でなく、今度、俺、ザレンにちょいと釘を刺す気なんだ」

「ええ、ええ、存分にお好きなようになさって下さい!ディミトリ様がわたくしを独占しようとして下さることこそがわたくしの願いなのです。あのね、わたくし、こないだザレン様がわたくしにした破廉恥な事ぐらい、ディミトリ様がそっくりそのままザレン様の前であべこべにやり返したところで、ぜーんぜん構いませんわ?」

「お、おいおい」

「むしろ、実は、わたくし、こないだのザレン様との一件の時のディミトリ様のつれない態度をずーっと恨んでおりました」

「つれない態度、ですと?」

「だって!目の前でわたくしがあんなに困ってるのに放ったらかしになさったじゃない!どうして助け出してくれなかったの!ディミトリ様があんな薄情なひととは思いませんでした!」

このデリケートな話題を平気で蒸し返した上に、緊張感もなくぷうと膨れっ面をしたマーヤを見て、ディミトリは驚くとともにちょっと呆れた笑い顔で怒って見せた。

「こ、こいつ!まさかそんな言い草とは」

ディミトリはやけたような表情でマーヤの額をやさしくちょんと指でつついた。そんなディミトリにマーヤは偉そうな顔で命令して見せた。

「あのね?こないだの一回だけは許して差し上げますけど、もう二度とあんな風にわたくしを放置しないでね?次回こそ必ずわたくしを助け出してね?」

生意気な態度を取るマーヤをディミトリは嬉しそうに見つめたが、だがすぐに目を落として目を逸らして独り言のようにつぶやいた。

「…けどさ…今度同じような事があったとしてさ。貴女が嫌な男から助け出して欲しいのか、それとも俺なんかイヤになって、別の男が気に入ってイチャイチャしてるのか、そんなの、俺にどうやって見分けりゃいいんだよぅ…」

マーヤはそんなディミトリの胸板をバンと叩いて言い返した。

「本当にもう!なんという気弱な!わたくし、今後一生、ディミトリ様以外の男の人に触れられる気などありません!何度も申し上げたはずよ?だから見分けるも何も、もしわたくしにべたべた触るような男がいたら全部痴漢です。全員蹴散らして下さい!」

ディミトリは一瞬マーヤを見つめ、そしてマーヤを抱きしめ低く呟いた。

「…愚かな…愚かな事を…俺のような者にそんな迂闊な事を仰っては…後悔しますよ…」

「後悔なんて絶対しないわ」

ディミトリは迷うように目を泳がせてから、ディミトリらしくない、皮肉っぽい表情で返した。

「本当に貴女は怖いもの知らずのへんてこなお嬢さんだよ…あのね、一応、ここに居るのは『多淫にして残虐非道・道理も言葉も通じない・暗闇の中裸馬に跨り冷静沈着に疾走してくる』悪名高いゾーヤ帝国の悪名高いスキタイ兵の生き残りなんですぜ?」

言ったあとディミトリはしまった言い過ぎたマーヤを怖がらせてしまったと自分の失言にうろたえて半歩後ずさるように足踏みして浅黒い肌と精悍な濃い眉をひそめたが

マーヤはそんなディミトリに臆するどころかディミトリの事をまるで自分の弟か何かよりも恐れていない様子で微笑んだ。

「もう!いやぁね。まぁた言ってる!こないだ馬の上でもお話ししたでしょ?『ゾーヤ人は残虐非道』なんて伝説は、戦争中に捏造されたランス国人が考え出した真っ赤なデマですよ?ディミトリ様?ご自分の出自をご自分でそのように卑下しては御自身はもちろんご先祖様にも失礼ですわ?」

ディミトリは何とも答えられず、無言の困り顔で目を潤ませるように開いてマーヤをじっと見つめた。

少年兵の内に捕らえられ、(奴隷と呼ぶには常軌を逸した好待遇とはいえ)曲がりなりにも敗戦奴隷として10年も自国の悪い噂ばかり聞いて成長した、しかも少年の頃に捕らえられたので自国の事情に疎いディミトリにとっては、マーヤがここまでゾーヤ人の肩をもつのがむしろ不思議に思えるのだ。

そんな目の前のスキタイ少年兵上がりの男の表情を察して、マーヤは優しく諭すようにディミトリに言った。

「ランス国の人々はゾーヤ人を、特にスキタイ兵を馬鹿みたいに怖がりますけど、一体全体スキタイ兵だけがどうしてランスの人より残虐非道なはずがあるの?わたくし、スキタイ兵さんなんかちっとも怖くないわ、むしろ大好きよ」

「だっ、大好き、ですと?」

そう言ってマーヤはディミトリの胸板の心臓の辺りをそっと撫で、続けた。

「もちろん。亡命前、わたくしがまだシーナ国にいた頃、うちの領地の兵士にもディミトリ様とおなじスキタイ出身の傭兵出身の兵士がたくさんいましたけど、シーナ人やランス人の兵士なんかよりも、よっぽど忠義に厚い、世話好きで温厚な優しい者ばかりでしたわよ?そうそう、屋敷の護衛に、退役したとっても優しいスキタイのおじいさんがいて…ヴォロージャ爺さんって名前だったわ。わたくし小さい頃、いつもヴォロージャ爺に肩車して貰って、お歌を歌ってもらってたんだから!」

「スキタイ兵に、か、肩車で、お歌だってぇ!?マーヤ様、貴女の国では、ええッ?そんな、そんな状況だったのか、いや、まさか」

「ねっ?ディミトリ様はランスの生活が長すぎて恐ろしく片寄ったデマばっかり聞いているからちょっとご自分を卑下しすぎなのよ…ええっとね、 ♪エイコラサハァー 丸太がホニャララー ナントカにぃー夕日が暮れるぅー とか何かそんな歌だったかなあ」

可愛らしい顔に似合わぬ、木挽き歌を囁き声で歌いだしたマーヤに、ディミトリはちょっとびっくりした表情をした後、呆れたように笑い、中々朗々とした、案外いい声で歌い直した。

「あーそれか、♪イェッサポーラ 曳けよ丸太を アルタイの峰に 夕日が落ちるゥー、だろ?俺んとこの地方の民謡ですよ」

「まぁ!まさにそれよ!え!え、すごい!…ディミトリさんてば!それヴォロージャ爺が歌ってたのと節回しまでそっくり同じじゃない!懐かしい!懐かしいわ!」

「すごいも何も。そら当たり前だ。だってこれ、スキタイの民なら誰だって知ってる歌ですから」

「まあ!そうなのね!ねぇ、歌って!歌って!」

「ええ?いまぁ?」

「もちろん!」



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昔々ロシアっぽい架空の国=ゾーヤ帝国の混血羊飼い少年=ディミトリは徴兵されすぐ敵の捕虜となりフランスっぽい架空の敵国=ランスで敗戦奴隷に堕…

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