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6-4 下 新米狼、赤ちゃん虎に返り討ちに遭う ~小説「女主人と下僕」

~敗戦奴隷に堕ちた若者の出世艶譚~


(やばい...ッ!間違え...た...ッ!)

(信じられねぇ…!!憧れておりますのよ、だとッ?!…マーヤ様は俺の事、遊びなんかじゃないんだ...!真面目なお気持ちなんだ!...そんな事があるなんて…!そんな事があるなんて!!!…この人は、本当に誠実なお気持ちで夫婦になろうと仰って下さってるんだ!!たかが...たかが俺なんかに!!!)

(...だったら!こんな!いきなりベッドまで強引に引きずって来るつもりなど、俺は決して無かった...ッ!)

(これ、どどどどどうやってごまかせばいいんだ...?!)

ディミトリの背中に変な汗が何筋も伝った。




女主人と下僕6-4トラ

「あの、えっと、やっぱり、その、申し訳ない、その、こんなところまで引き摺って来ちゃって、その、ありえないご無礼を働いてしまい!その!」

ディミトリはもつれた舌で支離滅裂な言い訳をした。

ところがマーヤはそんなディミトリを責めるどころか、嬉しさで感極まって再び泣きじゃくりはじめたのだった。

「しかも...嬉しい...!嬉しいの...!今日はまさかディミトリ様からこんなにも積極的に誘って下さるなんて...!」

「ゥエッッッ?!?!」

想定外すぎる返事にディミトリは衝撃を受けた。

マーヤは泣きじゃくりながら続けた。

「ディミトリ様、これからはもう、こないだみたいに『一歩離れろ』だの『触るな』なんて仰らないで下さるのね?こ、これからは、会うたびにちゃんと抱きしめて下さるってことよね?嬉しい…こないだディミトリ様がすぐさま帰ってしまわれたときは...わたくし、ディミトリ様に捨てられたのかと、いきなり見限られたのかと思って...あの後、夜じゅう、ひとりで、泣きました...まさかディミトリ様が市民権のために急いで帰って下さったなんて...!」

ディミトリは再び混乱した。

(え...っ!?えええええ?!いいのぉッ!?やっちゃっていいのお!?こんな付き合いはじめて2日か3日かそこらでェッ!?マジで今から!?さっきあんな無礼なひどい事申し上げたのに、なんでちっとも怒ってないのッ?!それに貴女、やっぱモノホンの処女なわけでしょ!なのにこんないかつい男にこんな滅茶苦茶な迫られ方されて、どうして怖くないのーーッ?!)

(でもこれ、ここでもしいまさら「やっぱ俺は貴女を大切にしたいんで、応接間に戻ってトランプでもしましょうね」とかやったらむしろ、いや、絶対だめなやつだ...!)

にぶちんのディミトリもさすがになんとなくそれは解った。

(...こんな清い方にはあまりに可哀想過ぎるが、もうこうなったら、いまから、身体の関係を持ってしまうしかねえ!)

目の前のベッドにちょこんと座る、泣きはらした瞳の、折れそうな華奢な身体の、まるで少女のような童顔のマーヤを見ると罪悪感が押し寄せてくる。

「いっ、いまさらだが...マーヤ様?本当に貴女をいまここで...抱いてしまって...本当に...いいんですか?無理しなくていいんですよ?こ、こわかったら今日じゃなくてもいいんですよ?」

いまさら、ディミトリは、本当にいまさらにもほどがある台詞を、いまさら言った。

「はい。今日がいいわ...市民権とザレン茶舗店長の辞令...素敵なプレゼントを二つもいただいた、今日がいいと思うの...」

なんの躊躇いもなく、マーヤはズバッと同意した。

そしてマーヤはディミトリにまたとんでもない追い討ちのセリフを、か細い、愛らしい小声で言い放った。

「ね...ディミトリ様...さっき『今日はめいっぱい楽しませてやるぜ』って仰いましたよね…?あの、ひとつ、おねだりしていいかしら…?」

さらにディミトリの背中に変な汗が伝った。

(ぅェェエーーーッ?そこ?!そこに突っ込んでくるの!え、処女なのにッ?)

(うわーーーッ!あんなセリフ言わなきゃ良かったーーッ!!そういう意味じゃなかったんだけどそのへんの説明はとてもエグくてこの方には言えねーーッ!!)

(で、何?なんのおねだりなの?!何?何?俺に出来る事なのーーッ?!俺、ほぼ童貞なんだけど!ガキの頃いんらん年増に遊ばれた経験一人だけで、マトモな交際経験なんてプラトニックなのもゼロなんですけどーーーッ!)

(これ、ななななななんて言って返事すべきなの?!なんて言い返せばいいのこれーーッ?!)

とディミトリの内心は嵐のように動揺したが、勢いに任せて産まれてはじめて被った、全く被り慣れない狼の皮を、いまさら、いったい全体、どこで脱げばいいか、訳が分からなくなってしまって、片頬歪めるようなひきつった表情になりつつも、先ほどの一件でギンギンに脳内にアドレナリンが放出されているせいかなんなのか、つい、さっきの勢いのままの返事をしてしまった。

「任しときな。ほうら...言ってみろよ?ん?...どんな事でもやってやるぜ?」

(違うんだ!「自信はありませんがわたくし誠心誠意どんなことでもさせて頂きます」って言おうとしてるのにどうして今日に限って俺、柄にもなく、こんな偉っそうな言い方になっちまうんだ!!こんな、こんな健気な方に向かって!!どうして!!あぁ!!)

白肌に流れ落ちた涙の跡も痛々しい華奢な可愛らしい童顔の令嬢に、黒鉄の錆びたにおいの首輪をつけた脂の光る浅黒い肌のいかつい男が、片頬歪めるようにニヤリとしてベッドの前で迫っている。

実際は経験値が低すぎて、唐突にはじまった色事にびびりまくり、表情までひきつっているだけなのに、絵面としてはディミトリの姿は可憐な少女に襲い掛かる悪辣で浅黒い肌の筋骨逞しい「完璧な悪魔」にしか見えなかった。

良識のある市民の男なら、この場面を目撃したら、マーヤを助けるべく、問答無用で拳銃でディミトリを撃ち殺しただろう。

だが、見方を変えて考えてみれば、1から10までこの男は、ただただ、この大きなおでこの可愛らしい処女に一方的に「振り回され」「襲い掛かられ」「口づけされ」て否応なしに強引に「告白させられ」、心の準備も出来ないままに昨日の今日で「家に引きずりこまれ」、予定とは全く違う人生に「人生計画まですっかり変えさせられ」、未遂とはいえ一瞬は襲い掛かろうとしたにしても事前に潤んだ瞳で「観念しております」「ディミトリ様になら何をされても嬉しいです」などと思いっきり「焚きつけられ」て、ガウンとネグリジェ一枚の姿の身体の線が丸見えのあられもない格好の彼女に「寝室に引き摺り込まれ」たうえで彼女の言葉を勘違いしたため傷ついたショックでいきり立ってしまったという経過がある訳で、実はこの男、すべてマーヤに言われるがままに全ていいなりになっているだけ、自分では気づかないまま、とことんまで尽くさせられているだけなのであった。

そして、マーヤは消え入りそうな小さな声でおねだりをした。

「あの、今日はいっぱいやさしく抱きしめて欲しい...です。何度もやさしく口づけして...欲しいの…いえ、でも、心配なさらないで。この間の帰り際みたいに、ディミトリ様には、いえ、殿方には、耳が聞こえなくなってすごく強引になってしまう時があるのは、先日、ちゃんと、理解しました…全くこわくないと言ったら嘘になりますけど、わたくし、もう、そんなの、構いません!お好きなようになさって下さい。なんとか耐え抜きます…でも、そのあと、もう一度、ディミトリ様の耳が聞こえるようになったら、その、がんばったご褒美に…もう一度また、たくさん抱きしめて下さいませんか…だ、だめ...でしょうか...?」

そう言ってシルクのネグリジェを着た光る白肌の童顔の女は、ディミトリを上目遣いで不安げに見上げたのだ。

予想外にささやかで可愛らしい要求に、ディミトリは再び虚を突かれると同時に、自分にも簡単にできるなにひとつむずかしくもない要求だったことに、心底、どっ、と安心して、上を向いて涙をこらえながら答えた。

「もちろんです…そんな事くらい、いくらでも!」

無理して被った狼の皮は、ついに自然と剥がれ去り、ディミトリは素に戻っていった。

「マーヤ様、誠に申し訳なかった…今日は怖がらせてしまって…悪かった…!ああもう...俺は...どうしようもないみみっちい男だ…本当に…こんな天使みたいな方に...さっきから酷い事ばかりして...!!すまねぇ!!」

「え?ディミトリ様?なぜ謝るの?わたくし、ディミトリ様には何ひとつ酷いことなどされてませんわよ?えっ?どうしたの?なんでそんなに謝るの?」

(え?まさか、すこし泣いて、らっしゃる?…?え?どうして...?え...?...わたくしの気のせいかしら…?)

「…ありがとう…ありがとうございます…俺なんぞにそんなに優しくして下さって…全く…貴女という人は…!」

ディミトリは、座るマーヤに、後ろからマーヤを抱きかかえるようにして、ベッドに腰掛けた。

そしてこわごわと、大きな骨張った手で、華奢なマーヤをそっと抱きしめた。

「ディミトリ様…?」

ディミトリはマーヤを後ろから抱きすくめたままマーヤに見えないように自分の涙をぬぐい、マーヤもディミトリの涙をすこし不思議に思いつつも、ディミトリが何も言わない以上、そっとしておいてやった。

座ってマーヤを後ろから抱き抱えたまま、ディミトリは優しく、優しく、マーヤを抱きしめた。

(この人は、身分なんぞどうでも構わない、と仰るが、俺と一緒になったらやっぱり、この人になにかとご迷惑かける事にはなるだろう…せめて、せめて、俺なりに努力して、マーヤ様の横に立ってもすこしは恥にならねえ男にならねば…俺なりにせめて、この、係累もいない、天涯孤独の、華奢なお人をお守りせねば…)

しなだれかかる、マーヤの、くったりと柔らかい、かすかに甘い匂いのする身体。しっとりひんやりと滑らかな二の腕。温かで細い身体。

「...こんな感じですか?」

「そう...うれしい...本当に嬉しいの...嬉しい...あの、ディミトリ様の耳が聞こえなくなる前に、優しいディミトリ様でいられる今のうちに、たくさん口づけも、して欲しいの...」

「こう?」

先日とは違う、落ち着いた、さざなみのような、柔らかい官能が、ディミトリの全身に、そしてマーヤにも静かに巡っていった。

ディミトリは先日よりもよほど落ち着いてきて、マーヤのつるつるとしたいい香りのする髪を撫でながら、マーヤの柔らかく滑らかな唇を、頬を、滑らかな首筋を、耳たぶを、自分の唇でそうっと、ゆっくりと、味わった。

そしてそれは長い間ひっそりとマーヤが望んでいた事でもあったのだ。

「ディミトリ様…うれしい...うれしいわ...」

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昔々ロシアっぽい架空の国=ゾーヤ帝国の混血羊飼い少年=ディミトリは徴兵されすぐ敵の捕虜となりフランスっぽい架空の敵国=ランスで敗戦奴隷に堕…

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