見出し画像

らのまちのおと第2-1回『Take Me Home & Make Me Like It』~巨星はメンフィスからやってきた~


 みなさまコアんにちは。らのまちです。
 前回の記事から7ヶ月ほど空いてしまいましたが、私はほどほどに洋楽ライフを満喫しています。凡愚な庶民の生活のせいで、お嬢様口調は忘れてしまいましたが悪しからず。

 突然ですが、私は“2ndアルバム主義者”でして「そのバンドの音楽性を真に理解するためには2ndアルバムを聴き込め!!」という言説を流布しています。
 初期衝動がありつつ、音楽性も定まりつつある時期、一般的にはそれが2ndアルバムに当たると思っています。もちろん全部が全部じゃないですが。ちなみに、この教義の信仰者は今のところ筆者1人だけ。同志募集中です。

 この【らのまちのおと】も第2回。今回の記事は2ndアルバムと同じで、最も“らのまち”らしい色が出るところでしょう。

 ……なんて言いながら、今回紹介するアーティストへの愛が溢れてしまって、前後2部構成となってしまいました。けっこう長いので、休み休みでお付き合いいただければと思います。

 では前置きもこのくらいに……



コア!!(リンク埋め込みの術)


 今回取り上げるのは、かの「Alex Chilton」『Take Me Home & Make Me Like It』という曲!


「Alex Chilton……? 誰それ??」と困惑される方もいらっしゃるでしょう。

 とはいえ、この記事を開いた方々なら「いやいや一般教養でしょ」と言わんばかりの有識者さんのほうが多いかもしれませんね。


 まずは軽くどんな人なのか、1曲交えながらご紹介しましょう。


 なんというパワー・ポップナンバー! 様々なアーティストたちにカバーされてきたAlex Chiltonの大名曲です。
 しかもこの曲が発表されたのは1974年。「Badfinger」や「Raspberries」と並んでパワー・ポップの祖として扱われることが多いです。

 また、後進からの支持が厚い人物でもあり、「パワー・ポップ界のカルトヒーロー」のように言われています。

 「R.E.M.」に始まり、「Teenage Fanclub」「Primal Scream」「Placebo」「Beck」「Yeah Yeah Yeahs」「Wilco」「The Replacements」「Yo La Tengo」「Elliott Smith」「Jeff Buckley」「This Mortal Coil」「The Posies」「The Afghan Whigs」「Bangles」「Cheap Trick」「The dB's」「The Soft Boys」「The Flaming Lips」「Superdrag」などなど……数多くのアーティストたちに愛された存在、それがAlex Chiltonです。
 
思いついた限りの名前を全部挙げました。これで掴みはバッチグーなハズ。

 このカルトヒーローという呼ばれ方は伊達ではなく、実際にマニアックなファンがかなり多い印象。
 この記事を書いている最中にもリイシューが発表されるなど、後追いからの支持もアツいです。かくいう筆者もその1人。

 なので、あまり適当なことを言い過ぎると熱心な有識者に処されてしまいそうで……内心ビビり倒しまくりながらこの記事を書いています。


 じゃあ、彼のディスコグラフィを追っていきましょうか。
 あまりにも長すぎるので、前編となる今回は彼のデビューから“あのバンド”、そしてニューヨーク遠征までを紹介します。

William Alexander Chilton誕生


 彼は1950年の12月28日生まれで、先にも言ったようにテネシー州のメンフィス出身、ジャズピアニスト・トランペッターを父に持ちます。小さい頃、父親からジャズについて色々教わったことが、後のAlexに大きく影響していますね。

 1966年、彼が15歳のとき、同郷の親友「Chris Bell」とともにメンフィスにやってきた「The Beatles」を見て、多大な影響を受けたそうです(ちなみに、これがBeatlesの最後の渡米で、クークラックスクラン絡みの騒動も起きたとか)。

 そして同年、「The Box Tops」に加入。このバンドはブルー・アイド・ソウル――つまり白人によるソウルというジャンルのロックバンドで、「Aretha Franklin」の『Do Right Woman, Do Right Man』、「James Carr」の『The Dark End of The Street』といったソウルの名曲を手掛けたDan Penn、Spooner Old hamなどを始めとするソングライターを擁しています。
 翌年、「The Box Tops」は『The Letter』で大ヒット。後に「Joe Cocker」が大胆なアレンジでカバーしています。
 これに続くように『Neon Rainbow』、『Cry Like A Baby』も売れていきました。

 16歳とは思えない渋いボーカル。これにはあの「Rick Astley」も顔負け。
 彼は最初、優しい歌い方をしようとしていたそうですが、Dan Pennに止められ、唸り声のようなハードな歌い方をお願いされました。彼は実際に言われた通りにやってのけ、その結果、Alexは「50代の黒人の巨漢」と思われたりもしたそうです。

 ……これらの映像、Alexの笑顔が明るすぎて、観てたら日々の心配事とかストレスとか全部吹き飛んじゃいますよね。

 バンドの活動は順調でしたが、1969年にはAlexとギターのGary Talley以外のオリジナルメンバーが脱退。翌年、1970年にAlexもバンドを去りました(1976年にはAlexが再レコーディングに参加)。


 1968年、Alexは「Buffalo Springfield」や「Crosby, Stills, Nash & Young」などの「Stephen Stills」と共に、ボーカルの「Al Kooper」が脱退した「Blood, Sweat & Tears」の後任の候補に上がりましたが、彼はそれを“Too commercial”として退けました。
 こういうところに彼の人気の秘訣がありますよね~。好き。

 1969年、Alexはソロの活動を開始。ギターを「Booker T. & the M.G.'s」でお馴染み映画『Blues Brothers』にも出演したギタリストの「Steve Cropper」と、Box Tops中にツアーに同伴していた「Beach Boys」の「Carl Wilson」に習います。相当なメンツですね。
 黒っぽいニュアンスのギターと、キャッチーで親しみやすいギターはこういうところに根ざしているのかも。


 1969年の中頃から、メンフィスのArdent Studioにて彼は収録作業を開始。
 かなり後になってから【Alex Chilton's Lost Decade】や【1970】などとして世に出る実質的なソロ第1作目です。


 この『Free Again』はライブでもよく演奏され、「Alex Chiltonといえば」の代表曲と言って差し支えない1曲です。
 この時期に彼は離婚をしていて、更にBox Topsの解散も重なっているため『Free Again』の言葉が重く聞こえてきます。

 また、この時期はBox Topsのときの力強いボーカルから、後の優しい歌い方へと変わっていく過渡期にもあたり、彼のいちばん渋いところが聴けます。ギタリストとしての初めての作品ですが、そうは思わせない貫禄もある。お前ホントに19歳か?

 この歌い方の変遷ですが、1995年の【1970】のジャケットでAlexが手に持っているアルバムから、その影響元が読み取れます。これは「The Byrds」が1970年に出したアルバム、通称【Untitled】になっています。
 そう、当時の「The Byrds」のボーカリスト、「Roger McGuinn」です。


1995年発表【1970】のジャケット
「The Byrds」1970年発表のアルバム。Alexは左に90°回転させて持っている

 とはいえ、Rogerも歌い方を変化させてきたボーカリストです。【Untitled】の前年に出した【Ballad Of Easy Rider】ではむしろ『Tom Petty』への影響を感じさせる歌い方をしています。
「Bob Dylan」を思わせる鼻にかかったような歌い方が一貫して彼の個性と言えますが、この【Untitled】で見せる低音の渋い歌い方がAlex Chiltonによく似ているでしょう。

「Free Again」は「Mr. Spaceman」のような歌い方ですが、【1970】には下の「Lover Of The Bayou」のようなもっと力強い歌い方の「All I Really Want Is Money」もあります。

 にしてもカッコいいですよね……RogerもTom Pettyもマジで大好きなので、「The Byrds」がもつ音楽性――この正統派USサウンドがAlex Chilton、Tom Pettyの両者を通してパワー・ポップ、後世のオルタナティヴ・カントリーに受け継がれていくのがエモくてエモくて……

 カントリーより続くUSロックの系譜は、USのその雄大で穏やかな自然を思わせることが多く、国土が広いのにも関わらず似たような音に聞こえるのが「あぁ……たとえ別の時代でも、同じ土地の音楽なんだな」と思わせてきて感傷的な気分になるんですよね。

 ――と、この話ができて筆者は満足しているのですが、ここまではほんの“お通し”です。
 これだけでも十分なキャリアですが、彼の音楽はこんなところでは止まりません。ただのブルー・アイド・ソウルのボーカリストとは思えないくらいに、新たな道を歩みだしたAlex Chilton。


 ここからが、彼が「パワー・ポップ界のカルトヒーロー」のように呼ばれる由縁のお話になっていきます。


Big Star誕生


 ニューヨークにてギターとボーカルの技術を磨いた彼は、故郷メンフィスへと帰還。

 上でチラッと名前が挙がった高校時代の親友「Chris Bell」に、「Simon & Garfunkel」のようなデュオをやらないかと誘ったところ、Chrisによるバンド「Rock City」「Icewater」に逆オファー。Alexも承諾し、2つのバンドに共通するメンバーであるAndy HummelとJody Stephensとのデモのレコーディングの最中、「Icewater」は「Big Star」へとバンド名を変更(地域のスーパーマーケットから名前をとったそうです)。
 こうしてUSロック界に今なお輝き続ける巨星は生まれました。

 では、「Big Star」の伝説を少しだけ辿っていきましょう。

「Big Star」のオリジナルメンバー4人。左から順にChris Bell、Jody Stephens、Andy Hummel、Alex Chilton


この1枚すき


 1972年、世界にパワー・ポップのマスターピースが投げかけられました。

 Ardentの創始者John Fryをプロデューサーに迎えた1stアルバム、【#1 Record】(表記ゆれアリ)がリリース。

 このデビューアルバムではAlexとChrisの2人がソングライター、そしてそれぞれボーカルを務めるというBeatlesのJohnとPaulのような連携を見せています。
 Andy Hummelが書いた『India Song』、AlexとChrisが書いた『ST 100/6』を除き、リードボーカルと作曲が対応しています。

 アルバム全体でジャングリーでコーラスの効いたギターポップの内容となっていて、「Badfinger」や「Raspberries」などと共にパワー・ポップの礎となりました。
 ちなみに、このカバージャケットは、バンド名の由来となったスーパーマーケットのサインからStarを抜いたデザインとなっています。

画像1
星の歪み具合がだいぶ“ぽい”ですね

 Chrisはブリティッシュ・インヴェイジョンから影響を受けており、ヘヴィなギターサウンドの曲もいくつか書いています。
「Jynx」という「The Kinks」の語呂合わせバンドを、AlexやBox Topsのベーシストを務めていた「Bill Cunningham」などを交えながらやっていたほど。

 この『In The Street』は「KISS」の『Strutter』の元ネタになった、と「Paul Stanley」が語っています。彼らの初期はBig Starから多大なインスピレーションを受けていた、とどこかで見たような気がします(確証なし)。
 しかし、個人的には『Don't Lie to Me』のほうがKISSに近い印象を受けます。


 また、『Thirteen』は先述した「The Beatles」のライブについて書かれていて、高い評価を受けている曲でもあります。“Rock and roll is here to stay ”の一節ですね。
 この時期から既にAlexの歌い方に「Roger McGuinn」の影響が垣間見えます。


 フォークナンバーの『Watch The Sunrise』は、『Thirteen』と合わせて、Alexが「Big Star」に加入する以前に書いた曲になります。また、「The Replacements」の『Alex Chilton』中にある“What's that song?”の一節は、『Watch The Sunrise』についてPaulが「ほら、曲名忘れちゃったんすけど、あの曲好きなんすよ」と、Alexにタイトルを尋ねたエピソードに由来するらしいです。


 そんな名曲づくしの【#1 Record】。メディアからの評価は上々だったんですが、商業的には成功しませんでした。しかし、このアルバムが後続からの評価を確固たるものにします。「Bangles」や「R.E.M.」「The Replacements」などカレッジロック/USニューウェーブの面々に評価され、後の2枚と合わせて80年代にはそこそこの認知度を得ていたようです。「The Velvet Underground」の【The Velvet Underground & Nico】のようなカルト盤ポジションですね。

 個人的な話をすると、2曲目の『The Ballad of El Goodo』は初聴きのときに思わず泣いてしまった曲のひとつで、死ぬほど美しいです。まさにビートルズ級。『My Life is Right』も死ぬほど聴きましたね。

 メロディ良し、コーラス良し。Chris主体のレコーディングのおかげか、Big Starでは一番の完成度を誇るアルバムだったと思います。


 というワケで、2枚目の話を――――の前に、ここで少し当時のバンド内の話をしなければなりません。

【#1 Record】は売れず、バンド内に不和が生じてしまいました。AlexとChrisの間の音楽的な行き違いが表面化。Alexはどちらかというとライブ感を大事にするタイプで、Chrisはスタジオワークに力を入れるタイプ。



 そのため、Chrisがクレジットされていない、2ndの【Radio City】では、Alexの勢いを感じさせる作りになっています。

 冒頭にもお話した“2ndアルバム”なのですが……筆者はAlexとしての「Big Star」はここにあるんじゃないかなと思っています。1枚目よりも衝動的で、3枚目よりもバンドらしい形の内容です。
 というのも、前作で制作面を支えていたのはChrisだったので、彼が脱退してしまった影響が良くも悪くも表れた形ですね。

 Chrisはバンドを脱退してしましたが、【Radio City】の製作開始を聞きつけ、アンクレジットながらも『O, My Soul』と『Back of Car』の2曲の作曲に携わっています。


 この【Radio City】では、記事の最初にも挙げた『September Gurls』が代表曲として人気ですね。
「Beach Boys」の『California Girls』にあやかったタイトルで、ローリングストーン誌にはパワー・ポップ・クラシックスと評価されています。

 この曲は本当に数多くのアーティストたちにカバーされていて、「Big Star」の名前を世間に知らしめるのに一役買った曲と言えるでしょう。
 豆知識ですが、近年ポップ界のクイーンとして知られる「Katy Perry」の『California Gurls』という曲は、「Big Star」のファンである彼女のマネージャーが“Girls”を『September Gurls』と同じ表記にしないかと提案し、決まったタイトルなのだそうです。

 歌詞の中の“December boys”は12月生まれのAlex自身のことを指しているのでしょう。
 彼は占星術に興味があって、Box Tops解散後Big Star結成前の時期にGraddy Whitebreadというブルックリンのブルーグラス系のマンドリン奏者に占星術を教わったとか(この人の名前は【Alex Chilton's Lost Decade】というコンピ盤に登場します)。また、後にAlexは『What's Your Sign Girl?』をカバーしていたりします。
 個人的に、このリリックビデオでは“September”のmの字が山羊座になっているのが芸コマだな~と感心しちゃいますね。


 6曲目の『Mod Lang』なんかは、かなりUSロックの色が出ています。Richard Rosebroughという「Alamo」というバンドなどで活躍していたドラマーが参加。この後、Alexと彼は長い付き合いになっていきます。

 あと、『You Get What You Deserve』のアコースティックギターの伴奏も「Creedence Clearwater Revival」の『Have You Ever Seen The Rain』を彷彿とさせますね~。

 フォークナンバーの『I'm in Love with A Girl』もAlexの歌声が死ぬほど美しかったり、『O, My Soul』の間奏のギターもかなり面白かったりします。一聴の価値アリ。

 3人体制『Big Star』のハイライトではないでしょうか。イントロの太いギターにはChrisの名残りも感じますしね。


ヨーロッパ盤のジャケット。青春の眩しい1枚


 正統派パワー・ポップはここまでです。1st2ndが1枚になったコンピレーションでも聴いて満足してください。

 ここから我々は、悪名高い【Third/Sister Lovers】を見ていきます。

 まず【Radio City】発表の直前にベースのAndy Hummelはエンジニアを目指し脱退しています。そのため、この問題作は、AlexとJody Stephensの2人とArdent Studioの関係者、Alexの知人の手によって製作されます。


 これに関しては曲とバックストーリーの両方を織り交ぜながら紹介します。
 まずはこのファーストトラックを聴いてみてください。


 1曲目から壊れています。
 
はい、これがBig Star第1期の最後のアルバムになります。とくと味わってください。


『Big Black Car』『Holocaust』『Kanga Roo』の3曲はとてつもなく暗いです。だけどそこが良いんです。それで良いんです。


 1曲目、『Kizza Me』ですが……個人的な第一印象は“乱雑”でした。
 1st、2ndアルバムと比べて、かなり衝動的な出来になっていますよね。特に顕著なのがバックのピアノ。
 ドラムは小気味良いリズムで整っています。しかし、その上に乗ってくるのがAlexのヘロヘロなボーカル。色々な音が鳴っている様はまさにカオス。

 “Lesa, why not.”と歌詞に出てきますが、このLesaという人物は当時Alexが付き合っていた彼女の名前です。【Third/Sister Lovers】に収録されている曲の歌詞の大半は彼女に影響されているらしいですね。アルバム名にもあるSister Loversですが、Lesaの妹であるHoliday AldridgeとJody Stephensと交際していたところに由来します(余談ですが、彼女は、前作でアルバムカバーの写真を取ったWilliam Egglestonのいとこにあたります。彼から彼女を紹介されたようで。ちなみに彼は今作にピアノで参加)。

仲良さげな2人

 ……と、それまでのBig Starの清廉潔白なイメージはどこへやら、女と酒、ドラッグに溺れたような内容の【Third/Sister Lovers】。

 実際その通りなんです。

 このアルバムの製作がスタートしたのは1974年の秋頃。それまではベースにJohn Lightmanを迎えて【Radio City】のライブを、その後ギターにEvan Leakeを加入させましたが、2人とも程なく脱退。
 その上、Ardentの親会社であるStax Recordsも倒産の危機に瀕し、それまでプロデューサーを務めていたJohn FlyとAlexも決別。

 完全な負けムードの中、リリースされない可能性を知りながらも、新たなプロデューサーにJim Dickinsonを選出し、名も無い3rdアルバムの製作は始まりました。

 74年の夏にはAlexは『Thank You Friends』『Jesus Crist』など、それまでのポップな明るい曲を用意していたそうです。【Third/Sister Lovers】の数少ない良心ですね。

『Kizza Me』もまださほどは暗くなく、Lesaと「Velvet underground」の『After Hours』や『Femme Fatale』のデモを録ったりして、最初の頃はまだ明るい内容でした。

 しかし、AlexとLesaの関係が悪化、アルバムは暗い路線に決定づけられます。

 先述した“女と酒、ドラッグに溺れたような”ですが、実際にメンフィスのビールストリートで飲んだくれてからArdent Studioに入っていたとか。音を通して、そういう録音環境の血生臭さがうかがえます。

 これから長い付き合いになるJim Dickinsonのプロデュースですが、同じトラックに12弦ギターと歌を乗せた『Kanga Roo』のデモを整えたJimの手腕を見てAlexもアルバム制作に力を入れ始めたという逸話がありますね。
彼がいなければ、このアルバムは世に出ないどころか存在すらしなかったかもしれません。それだけの活躍ぶり。

 5曲目、「Velvet Underground」カバーの『Femme Fatale』で、Alexのギターの師であるSteve Cropperを人選したJim Dickinson。
 原曲を知らないSteveに録らせたのは中々面白いですよね。オリジナルのイメージに囚われない魅力がにじみ出ています。

 ちなみに、このバッキングボーカルはLesaのものです。個人的にオリジナルよりも浮遊感があって好きですね。

 Jody Stephensが書いた『For You』はアコースティック風の入りから、ストリングスが合流し、Big Starらしいポップな展開の曲調になります。
 Alexはこの曲を気に入ったようで、アレンジに力を入れます。彼のアルバム制作モチベーションを高めた、ということで実は重要な曲だったり。

 アルバムには2人のボーカルで収録されていますが、せっかくなのでAlexだけのアウトテイクを置いておきます。

 11曲目の『You Can't Have Me』はアルバムの中で浮くほど軽快。浄化曲です。【#1 Record】の『Watch The Sunrise』と同じ立ち位置だと勝手に思っています。

 さて、再びアルバムのバックストーリーに話を戻しますと、【Third/Sister Lovers】の収録、ミキシングが終わったときにはStax Recordsは経営破綻していたので、John Flyが東奔西走した末、やっとのことでPVC Recordsのもと1978年にこのアルバムは発表されました!
 ……がしかし、販売された曲順がAlexの希望のものとは異なったり、曲が抜け落ちたりしていました。

 本来の形の【Third/Sister Loves】が発表されたのは1992年のこと。Rykodiscからです。この契約はJim Dickinsonの尽力によるものだったそうです。
 ストリーミングサービスなどはこのRykodiscの形に沿っているのでご安心ください。

 ちなみに、他の【Third/Sister Lovers】には入っていてRykodiscには収録されなかった曲には、残念ながらつい先日に亡くなってしまった「Jerry Lee Lewis」でお馴染みの『Whole Lotta Shakin' Goin' On』があります。
 軽快なR&Bもお手の物!と言わんばかりのパーティーナンバーなのでオススメ。

【Third/Sister Lovers】の時期になると既に、Roger McGuinnの影響を抜け出し、Alex独自の歌い方を確立し始めているように思えます。


 ……と、上述の通り、リリースまで難航した【Third/Sister Lovers】はお蔵入り状態となり、1974年の終わりには「Big Star」は解散。
 Alexは再びソロ活動へとシフトしていくことになります。




 1975年の9月からAlexはソロ2作目となる【Bach's Bottom】の製作を開始。わずか1ヶ月ほどにて、完成されたアルバムは1980年にドイツから発表になります。
 しかし、それより前にもこのアルバムから数曲ほどOrkというニューヨークのレーベルより【Singer Not The Song】というEPで発表されています。

 a面に5曲、b面に5曲です。残りはリイシュー時のボーナストラック。
 このアルバムにはAlexを語る上で外せない曲が多くありますね~。今回紹介する『Take Me Home & Make Me Like It』もここに収録されています。

 また、クレジットを見てもらえれば分かりますが、かつてのバンドメイト、Chris、Andy(ただしベースではなくオルガンとして)も参加してます。エモい。
 ドラムは【Radio City】で登場したRichard Rosebraughが担当してます。

 まずは『Rolling Stones』のカバーであるこの曲を。

 歌詞の中に自分を見出した、とよく言われています。

 この曲をオリジナルであるストーンズと比べてみると分かりやすいですが、アルバム全体を通してかなりアヴァンギャルドな味付けになっています。バカやっているというか、【Third/Sister Lovers】の直後ということもあり、ラリっちゃっているようにも感じますね。
 しかしそれと同時にめちゃくちゃポップな仕上がりでもあるのが彼の凄いところ。

 Box TopsやBig Starでの活動を経て、一回り大きくなったような気がします(ただし非商業主義的な方向で)。

 やっぱり【Third/Sister Lovers】のヘロヘロ感は残るものの、多少明るくなって「バッドは抜けたかな」って感じです。ていうかこの後のAlexの曲はだいたいこんな感じです。

 途中でラテン入っちゃってるのがチャーミング。一瞬のギターソロにはChris Bellがいます。良い感じに肩の力が抜けたフリースタイルですね。

 他にも、【1970】で紹介した『Free Again』の別テイクが2つ収録されています。どちらも面白いので紹介しましょう。

 レコーディング風景をそのまま曲にしちゃってます。聞こえてくる話し声はプロデューサーのJon Tiven(後のパワー・ポップバンド「The Yankees」のフロントマン)らしいです。
 それでも演奏時は普通に聴けてしまうくらいのクオリティ。彼の一発録りスタイルが本物だと裏付ける1曲ですね。
 どこかでリズムがレゲエのようだというコメントを見かけましたが、確かにギターに注目して聴いてみるとメントやレゲエを彷彿とさせます。いつの間にやらボーカルだけでなくギターの表現力も身に付けていたAlex Chilton。良いね。最高だね。

「The Beatles」の『I'm So Tired』のカバーを挟み、ヘンテコなギターサウンドを鳴らすバージョン2。活発な印象です。
 グダグダな演奏を途中から入ってくる弾むようなキーボードが律している感じ。個人的にビートルズっぽいなと思ったり。

 どちらも聴いていて楽しい良曲です。なんだかんだこのアルバムがAlex Chiltonのソロで1番好きかも。

『Take Me Home & Make Me Like It』の紹介は後に回して、Alexの話に戻りましょう。


ニューヨークに殴り込み


 1977年、Alexは単身ニューヨークへと向かいます。この時期のNYといえば…………そう、パンクブーム真っ只中

 そんな中でAlexはベースに「Chris Stamey」、ドラムにLloyd Fonoroff、キーボードにFran Kowalskiを迎えて「Alex Chilton & The Cossacks」を結成。
 特筆すべきChris StameyはAlex Chiltonのオタk……ファンで、良き理解者でもあります。忠実で、Alexが向かう先々に付き従っていっている印象です。

 NYのライブハウスであるCBGB、Ocean Club、と続けてライブを敢行します。

 冒頭Alexが“Please Mr. Postman”と冗談を飛ばしているのが笑えます。もちろん、当時のNYの若者からするとAlexのことはBox Topsの『The Letter』の人、という認識でしょうからこの演奏には驚いたのではないでしょうか(実は1974年にBig StarとしてNYでライブはやってる)。「Joe Cocker」にも負けない大人びたアレンジになっています。
 Chris Stameyのベースがいい感じですね。“分かってる”人の演奏です。

 このアルバムには、他にも「Chuck Berry」の『Memphis』カバーや……

「Beach Boys」の『Woudn't It Be Nice』のカバー、「The Seeds」の『Can't Seem To Make You Mine』などがあります。どれも名演。

 この曲は「Lou Reed」とも仕事をしたNelson Slaterという人が書いた曲だそうです。他に演奏しているアーティストを見つけられませんが……

 また、ここには収録されていませんが、「Jonathan Richman & The Modern Lovers」の『Goverment Center』も演奏しています(下動画前半)。

 この我が道を行くミュージシャン同士の2人が、似たようなポーズで並んでいるのを見ると、どこか運命じみたものを感じてクスッと笑えます。
 最高にアメリカンです。


 そして、CBGBのライブは日本でのみ、【One Day In New York】としてリリースされています。

本国でさえ無いのによくリリースしたな当時の日本(感心)

 こちらのライブではギターサウンドがよりパンキッシュになっています。動画タイトルでは1978年とありますが、暫くの間NYに滞在してCBGBではちょくちょくライブを行っていた模様です(写真に映るChris Stameyの服装にバリエーションがあることから)。色々な音源と時系列が錯綜状態です。
 ちなみに、Ocean Clubのライブは1977年4月19日で間違いないようです。

 いくつか音源がYouTubeにアップロードされていますが、【One Day In New York】のものは確認できず。

 

左はChris Stamey

 AlexはCBGBに入り浸りながらもNYの音楽シーンを嫌い、「Patti Smith」を槍玉にあげて「NYの連中はサウンドがなってない。もっとロックを研究するべき」とまで言っていたらしいです。この後のことを知っている我々からすると、なんとも重い言葉。


 しかし、そもそもの問題、なぜこのタイミングでNYへとやってきたのか。それは、Orkという小さなレーベルから誘いがあったからだそうです。
【Bach's Bottom】にてプロデューサーを務めたJon Tivenのコネかと思われます。

 はい、ここでやってくるのが【Singer Not The Song】。

なかなかロックを感じるジャケット。悲恋を知るAlexの佇まいに貫禄を覚えますね。

 このEPの内容は【Bach's Bottom】にミックスで手を加えた感じです。つい最近リリースされた【Ork Records: New York, New York】にて聴くことができます。

 Alex以外にも、当時のNYアンダーグラウンドの空気を感じる面々が揃います。「Prix」、「The dB's」はAlex Chilton関係のバンド。
「The dB's」はChris Stameyと元「Television」の「Richard Lloyd」が始めたバンドで、Richardも数回Alexとは一緒に演奏してるとか。ただし、dB's結成後まもなくRichardは脱退。Chris StameyとPeter Holsappleのバンドと化していきます。
「Prix」は上で登場したJon TivenとTommy Hoehnが組んだ70'sのパワー・ポップバンド。Tommy HoehnはLesa Aldridgeの夫で、一時期Alexと同居した時期もあったとか。
 しかしこの2バンドの演奏にAlexが関わっているかは未確認です。

 Chris Stameyの『The Summer Sun』はAlexがプロデュースを担当しています。キラキラしたパワー・ポップナンバーです。こうして聴くとBig Starっぽさも感じます。しかし、後にカレッジロック界隈にブリティッシュ・ビートを強烈に叩きつける「The dB's」のプロトタイプのようにも感じます。
 そしてたどり着く結論が“Chris Bellの面影”なんですね。Alexよりも強くブリティッシュ・インヴェイジョンの影響を受けていたChris Bellのキラキラしたサウンドが受け継がれているのでしょう。


 この1977年にAlexはElektraへもデモテープを送っていて、『My Rival』『Little Fishy』『She Might Look My Way』『Window's Motel』(『Windows Hotel』と表記ゆれアリ)の4曲がNYで録音されています。これらの曲はブートレグなどで聴ける他、先程紹介した2つのライブでも演奏されているのでぜひ聴いてみてください。

 Alexにしては珍しいレゲエ。2019年にリリースされた【My Rival】EPではアコースティックにセルフアレンジされて収録されています。

 どちらも良い曲ですよ……マジで。こんなに長く記事を書いてきた疲れも癒やされそうです。
 なんでこんなに綺麗な演奏ができて、しかも染み渡るヘロヘロな歌い方ができるんでしょうね。つくづく不思議ですが、それがAlex Chiltonという男。


 NYの音楽シーンを嫌いながらも、ここで彼は気の合うミュージシャンを発見します。

 その名も「Lux Interior」。そう、サイコビリーの伝説的バンド「The Cramps」です。

 Alexは1stアルバム【Songs The Lord Taught Us】と【Off The Bone】のトラック6までの曲で彼らのプロデュースを請け負います。レコーディングの時系列はArdent録音の【Off The Bone】が先。

「The Sonics」や「The Trashmen」のカバーも含まれているのが、Alexのサーフやガレージへの造詣の深さを物語っています。

『The Way I Walk』『Domino』『Lonesome Town』のような古臭い選曲もAlexらしい。
 しかし、そんな往年の名曲のイメージをブッ壊すのがサイコビリー。確かに、NYパンクとは一線を画す芸術性の高さです。含蓄のある革新性とも言うべきでしょうか。

 彼らのプロデュースをやったことで、Alexのクレジットはプロデューサー欄にも現れていきます。それだけでなく音楽性もガレージに傾倒したものへと変化していきますが、それはまた後のお話。

Wikipediaからでさえこんな言われ方をするバンド、The Cramps


 ここで話をAlexから、2人のChrisに移しましょう。
 2人のChris――もちろん、Chris BellとChris Stameyです。

 Chris Stameyは1977年、NYにれCar Recordsというレーベルを立ち上げます。当時22歳なのにすごいもんです。

 そこで「The dB's」のシングル【(I Thought) You Wanted To Know / If And When】をリリース。そして明くる年、「Chris Bell」のソロシングル【I Am The Cosmos / You And Your Sister】を発表します。

 いやぁ……ここで2人のChirsが繋がるんですね。つくづく人の縁とは妙なものです。
 元々はChris Stameyが自身の活動のために立ち上げたものだと思いますが、熱心なAlexファンとしての性でしょうか。Chris Bellに作品を発表する場を与えたんですね。

 一度聴いたら、二度と頭を離れない強烈なイントロ。“Cosmos”――星々の煌めきを感じさせる神秘性に満ち溢れた大名曲。Chrisの儚いような歌い方に心を動かされます。

 この曲は他のアーティストにカバーされています。Chrisが世に放った代表曲ですね。

 カップリングの『You And Your Sister』にはバッキングボーカルでAlexが参加しています。物静かながら、様々な感情の流れが込められた1曲のように感じます。
 筆者個人はこの曲を勝手に裏『The Ballad of El Goodo』扱いしてます。世間的には裏『Thirteen』らしいですが。

 どちらの曲も途方もなく美しい音で、『I Am the Cosmos』はBig Starが再結成したときのライブでもよく演奏されていました。

 ――Chrisがいないながらも。


 1978年の12月27日、午前1時過ぎ。Chrisは交通事故により他界してしまいます。バンド練から帰宅する間の事故だったそうです。

 享年27歳――そう、奇しくも27歳でこの世を去ってしまいました。筆者は27 Clubのような悲劇を肯定する扱い方は嫌いなのですが、どうして多くの才能は若くして消えてしまうのか不思議でたまりません。


 翌日の12月28日、Alexの誕生日であるその日に葬式は執り行われました。

 Alexはメンフィスへ帰り、ここからまたもや成功しないミュージシャン業を続けていくことになります。


 ――と、まぁめちゃくちゃ長く書いてきましたが、一旦はここで彼の紹介を終わりましょう。


再び曲紹介



 もう【Bach's Bottom】の紹介は済ませてあるので、この曲について少し感想を述べるくらいにしましょうか。

 彼のアーティスト人生を全部見てみても、これだけ騒がしい曲は他にそうありません。躁を感じるほど楽しげなパーティーチューンでも、Alexの人生を追ってみることで逆に虚しさを感じたり、それでもこの滅茶苦茶ノれるエネルギーの突出に身体を揺らしたり……とにかく、色んなことを考えさせられます。

 そういう理屈っぽいのを抜けば、突き抜けて明るい曲で、ジャンルに囚われない自由な印象ですね。好き勝手に楽器を鳴らしている感じでもあって、とにかく純粋で素直に音を楽しんでいる光景が目に浮かんで、「あぁ…いいなぁ……」って感じます。
 余計な言葉や感情なんて要らなくて、ただ音を楽しむという心を思い起こさせてくれる良い曲です。


次回予告


 こんな良い曲を残しながらも、商業的に箸にも棒にもかからないAlex Chilton。
 皿洗いをしながら新作に取り掛かっていた頃、とあるガールズバンドが【Big Star】の名前を世に広める……!!

 次回、Alex Chilton、伝説になる。お楽しみに!!!! さよならのまち~!!!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?