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ウソ婚の感想文というか進藤将暉くんへのラブレター(前編)


最初に


える、しってるか。渡辺翔太の演技力はえぐい。エグエグだ。

渡辺翔太、アイドルグループSnowManのメインボーカルにして、塩顔イケメンの名を冠する男。メンバーで唯一「anan」のセ特を飾り、雑誌の表紙になればことあるごとにその美貌を賞賛される。「艶至高美肌」も「うつくしきもの」も、その単語で渡辺翔太と読むのだと思わせる強い説得力がある。
シャープペンシルで描かれたような繊細な美貌は、正直オタクからしたら“塩顔イケメン”といった言葉の枠からははみ出た魅力がある。薄氷のような静かな顔立ちから滲み出る、無垢な感情があまりにも煽情的で、ミューズかと見紛うレベル。

(ananNo.2360 渡辺翔太)

(GINGER11月号 渡辺翔太)

そんな渡辺翔太が、「ウソ婚」という恋愛ドラマの出演が決まったのは2023年の春。幼なじみの見栄から始まる嘘の結婚という、少女漫画原作のラブコメドラマ。当初はそういう売り出し方だったし、最終回を迎えた今も、それが間違いだったとは思わない。
間違いだったとは思わないが、ひとつ言わせてほしい。こんなにレベルの高いドラマだとは思わないだろ。

正直舐めてた。私は映画オタクだけれども、つい最近までキャメロン・ディアスを観たことがないくらいにはラブコメというジャンルは避けてきた。別に嫌いなわけではないが、わかりやすいハッピーな気持ちよりも、わからないくらい繊細に描かれた傷のような痛みの方が好きなだけ。
でも推しなら観る。渡辺翔太演じる進藤将暉が主人公の結婚を嘘だと疑ってヒロインを押し倒そうが、主人公の菊池風磨が和製ジム・キャリーと言わんばかりの陽気な表情筋を誇示しようが、推しなら観る。それがオタクという生きものなのだ。
お金を落とす場所があれば全力投球で貢ぐし、視聴率やSNSでの呟きが推しの次のお仕事に繋がるのならば、徹夜してでもテレビにかじりつくし、フォロワーが減ろうともお祭り騒ぎに興じる。オタクって本当に楽しい。

だが、このドラマをラブコメと断定するにはひとつ、気になる点があった。そう、主題歌の楽曲提供が椎名林檎なのである。
椎名……林檎? 日本語の魔術師で、恋愛感情の代弁者で、妖艶の代名詞の、椎名林檎……? そんな椎名林檎姉さんが、艶と沼と愛に溢れたSexyZoneに、楽曲提供……? 本当にラブコメか? これ?

(両者のコメント)

そんなこんなでクエスチョンマークが頭の上で盆踊りしている中、ドラマの放送は始まった。

と、一応ここで簡単なキャラクター説明を挟んでおく。念のため……私は観ていない人にも、「ウソ婚」と渡辺翔太の魅力を知ってほしいんです……!

登場人物紹介

千堂 八重(長濱ねる)……自己肯定感皆無なヒロイン。嘘が上手い。自分の幸せ=他人の幸せなので、他人が困っていたら空気を読んで嘘をつき、愛想笑いをするくせがある。でも何かとやることなすこと上手くいかなくて、無職になって恋人も失う。そんなときに10年振りに幼なじみの匠と再会。嘘の結婚という契約を受け入れる。

夏目 匠(菊池風磨)……設計事務所の社長。八重が好き。とにかく幼なじみの八重が好き。好きすぎてちょっとストーカーぽい面もある。好きすぎて素直になれない。八重の初恋の相手は、もう1人の幼なじみ、完璧ヒューマン健斗だと思っている。八重が好きすぎるため、嘘の結婚を提案した(二木谷ホールディングスというデカい会社と取引するため)。

進藤 将暉(渡辺翔太)……ガーデンデザイナーで、匠の仕事仲間。レミちゃんと匠と3人で仲がいい。チャラいらしい。誰とでもすぐ仲良くなれる。

二木谷 レミ(トリンドル玲奈)……二木谷ホールディングスの社長令嬢兼専務取締役にして、しごできキャリアウーマン。思ったことを素直に言う。父親の価値観(結婚していない人間と取引はしない)に辟易している。

吉田 健斗(黒羽麻璃央)……八重と匠の幼なじみ。高校時代に突然外国に行った。ごめん今回ではあんまり話さない。ただ菊池風磨のシンメに“けんと”を持ってくるのはずるいと思う。

(公式サイト、詳しくはこちら)

1話〜3話

……あれ? 違和感は初めからあった。でも1話2話はまだラブコメだった。それもこれも菊池風磨のおかげだ。彼の表情筋のおかげだ。あと菊池風磨が演じる匠が、ヒロイン八重のストーカーだったおかげだ。おかげ? なんかおかしいな。最終回を迎えても、ヒロインの写真から指輪のサイズを計算する主人公のやばさは変わらねぇからな?

1話から、ヒロイン長濱ねる演じる八重の心情描写はえぐかった。他人の幸せが自分の幸せ。いびつに笑いながら、周りの人のために空気を読み、嘘を吐き、その嘘で全身についた傷に、1話のラストでようやく気が付く。だからと言って、彼女はその傷に貼る絆創膏も持ち合わせておらず、転んだまま立ち上がることもできない。
そんな中、まさに少女漫画のヒーローがごとく現れる菊池風磨、改め匠。ここで流れる、椎名林檎の言葉を綴るSexyZoneの歌声(これは2話ですが)。待て、私の心を破りにくるな。この色気妖艶哀愁タッグには、それくらいの破壊力があるんだと自覚しろ。

と思ったもつかの間。ちゃんと2話はラブコメだった。なんなんだ。菊池風磨は菊池風磨なのか匠なのか、どっちなんだ。これ以上コメディに全力投球すな。私の情緒をどうするつもりなんだ。
……それはさておき、匠の一途な純愛の強さはよく理解できた。頑張れ、お前、素直になれよ……。

そんな中でも、渡辺翔太演じる進藤将暉は、明るく陽気なキャラクターで物語を彩っていた。匠からも「あいつは誰とでも仲良くなれる」という評価を受けていたし、「あいつは俺の会社の生命線」と八重に紹介していた。
実際、3話ほどまでは愛らしいキャラクター100%で、というかほぼ、SnowManにいるやりたい放題5歳児な渡辺翔太だった。初対面の八重に抱きつくくらいには人との距離感バグっているし、それでも盟友のレミちゃんと匠への欺瞞を募らせるくらいには匠のこと信用しているんだね。
そっか、いいじゃん、嘘がバレるかどうかのハラハラも面白そうだな。匠と八重はきっとあの手この手で進藤くんとレミちゃんを欺くんだろうし、でもラブコメだから最終的に嘘はバレて、ゆるされて、ハッピーエンドなんだろうな〜。うん、平穏な心で観られそうだな。普段血か涙が主人公みたいな映画しか観ないから、たまには手に汗も握らずに笑顔だけで完走できそうなドラマも楽しいよ。

……なんて思っていた自分を殴りたい。ぶん殴りたい。覚悟しておけ過去の自分。そうだ、そこのお前。4話の予告を観る前の自分だ。八重の自己肯定感の低さに若干の自己投影を覚えながらも、菊池風磨の顔芸と進藤くんの可愛さにメロメロになっているお前だ。
そう、たしか3話放送のあの日、日付が変わるまでしっかり労働していたからリアタイはできなかったんだ。そして退勤後、Twitterを見た。そのTLだけを見て、こんなことを呟いた。「渡辺翔太、親友の結婚式に誘われたのに断って、理由を訊かれたとき、“塩っぱいバウムクーヘンは苦手なんだよ”って言ってほしいランキング第1位なんですけど、もしかしてウソ婚3話ってその片鱗あるの?????? 」
結論だけ言う。そんなレベルじゃあない。お前は今後の人生、泣きながらパセリを食うことになる。

衝撃の4話

(ウソ婚4話予告)

というか、実際3話にはバウムクーヘンもパセリも彷彿とさせるシーンはなかったのだ。3話はたしか、次回進藤襲撃! みたいな流れで終わったはず。残念ながら録画機能を持ち合わせていないので、見返すことはできないのだが。
ただ問題は、次回予告だった。渡辺翔太、というか進藤将暉の表情が、やたらと切ないのだ。そしてそんな進藤くんの横に踊るアオリ「知られざる秘密」。……知られざる秘密? そしてパセリを大事そうに摘む進藤くん。……パセリだぞ?
そもそも、これまでの進藤くんとレミちゃんの会話でも、ふたりのキャラクターの違いは如実だった。匠に嘘を吐かれているのかもしれない、という疑いに苛まれたとき、レミちゃんは「匠があんなつまらない女を選ぶはずがない」と断定で話す。対して進藤くんは「話さないとわからないでしょ」とレミちゃんをなだめる。
進藤将暉は、のらりくらりと喧騒の波間を抜けるように生きてきたキャラクターなのかもしれない、と勝手に想像していたが、それどころじゃあなかった。

渡辺翔太の顔立ちは、薄く繊細だ。塩顔イケメンと呼ばれるだけある。だが渡辺翔太の魅力はそこに留まらない。彼は自分の顔立ちを最大限に上手く活用し、感情を表現しているのだ。
渡辺翔太の表情は、じわりと移り変わっていく美しさがある。冬から春に移り変わるような奥ゆかしさ、染みたインクが広がる細やかな揺らぎ。淡い顔立ちに広がっていく繊細な感情は新雪に降り積もる粉雪のようで、ただひたすらに美しい。それは美男美女を眺めるときの恍惚と言うよりも、まさしく自然の情景に圧倒されるあの多幸感に似た感情が沸き起こるのである。
ただ、それが普段のパフォーマンスで拝めることは案外少ない。ライブでの渡辺翔太は、どちらかと言えば解き放たれた獣だ。閉じ込められた情熱が放出し、魂が絶叫しているかのようにがなる。血のにじむような魂が表出した瞬間、こちらのアドレナリンも湧き上がり、圧倒的生命力に興奮してしまうのだ。
渡辺翔太の代名詞、切ないラブソングを歌ったときもまた、アイドル兼歌手の渡辺翔太としてのパフォーマンスであるため、あくまでわかりやすい感情表現で伝えてくれる。眉をひそめ、痛みに歌声であえぎ、爪を立てるように歌詞をなぞる。そんなパフォーマンスがファンの心を締め付けながらも柔らかく抱き締め、掴んで離さない魅力を纏っているのだ。
加えて、普段のメンバー内での絡みやバラエティになると、渡辺翔太は素直に感情を吐露するタイプの5歳児だ。なんで5歳児なのかと思った方、ぜひともSnowManのYouTubeを観てほしい。観ればわかるから。

つまり、彼の水滴から波紋になるような細やかな感情表現は本当にレアだった。メンバーの前だと彼の感情は素直に100%表出されるし、ファンの前ならば苛烈に放出される。
だからこそ、俳優渡辺翔太が楽しみだった。「偽装結婚のラブコメディ」という題材で、俳優渡辺翔太がどう描かれるのか。私の心は浮き足立っていた。
だって、そりゃあそうだろう……。1話2話は、主人公サイドの八重と匠の目線から見たすれ違いラブストーリーだった。コメディ要素も強かった。でも3話でじわりと暗転した。しかもその真ん中に立っているのは、私が感情表現において全幅の信頼を置いている渡辺翔太だ。高揚感に踊らされても仕方がないだろう。
当時のTwitterには依然として、「進藤将暉が八重を口説いて押し倒すかもしれない」という原作軸の展開にビビり散らかしているツイートが多かったが、もはや押し倒したっていいと思った。予告のあの切なくも静かな進藤くんの表情を観れば、彼が考えなしにヒロインを押し倒すようなキャラクターではないと確信できたから。

結果、押し倒されたのは視聴者の情緒だった。

問題の4話。冒頭は進藤くんの駄々から始まる。匠の家に行きたい、八重に会いたい、とそれこそ5歳児らしく駄々をこねる進藤将暉。ほとんど渡辺翔太だ。公式SNSでこのシーンの撮影裏動画を観たが、あまりにも渡辺翔太だった。

(ウソ婚4話冒頭)

その圧の強さにやられ、匠は結局進藤くんを家に呼ぶことになる。進藤が来るから、と前日休みを取り、八重と協力して家の内装や設定作りに奔走する。インテリアデートにだって行く。ほのぼのラブコメだ。かわいい。使用感を出そうと、ふたりでカーペットの上をごろごろするシーンはただの癒し動画だった。
「進藤絶対騙し切るぞ。」「絶対バレないようにしないと! 」そんな会話も、微笑ましく観ていた。このときまでは。

CMに入る。ここまで進藤くんは冒頭の駄々こね渡辺翔太しか出てきていない。杞憂だったのか? いや、でもCM明ければ10分ほど尺がある。そこで進藤くんが出てくるのかもしれない。そんな思いで、テレビの前に鎮座していた。そうだ、思い出した。4話は迫り上がる高揚を抱えながら、リアタイしていたのだ。本当にリアタイできてよかった。ネタバレを踏まずに4話を迎えられたことを、心から幸運に思う。

花束と進藤くん


4話後半。進藤くんのナレーションから始まった。今まで匠か八重からの視点でしか展開していなかった物語の視点が、突然予告もなく進藤くんに移り変わったのだ。まさに青天の霹靂だった。
「幼い頃から、人より植物が好きだった。」草木に触れながら、カメラから視線を逃し、進藤くんのナレーションが進む。「植物は、自分の意思じゃどこにも行かない」「生きている限り、ずっとそこにいてくれる」と心のうちで語りながら、柔らかい微笑みを浮かべ、花屋で花を選ぶ。まるで子どもに笑いかけるような優しい微笑みに、どこか傷の痛みを感じさせながら。
「俺の本当を知って離れていったり、興味本位で近付いてきたりなんかしない」「だから、子どもの頃から人より植物が好きだった」「それがバレないように、人が好きな振りをした」。
そんな進藤くんの表情が、店員のたったひと言でわかりやすくゆがむ。「彼女さんにプレゼントですか? 」これまで流暢にキャッチボールを重ねてきた進藤くんの会話のテンポが、初めて崩れる。
このシーンの、カメラに捕まったかのような進藤くんの表情が忘れられない。笑っているし、柔らかいのに、僅かに痛む。鳥肌が立った。私は今、渡辺翔太の真骨頂を見ているのかもしれないとすら思った。

進藤将暉の職業は、ガーデンデザイナーである。植物が好きで、おしゃれさんで、ガーデンデザイナーの観点から建築士である匠に協力している。植物に触れる彼の手からは、慈愛という温度を感じるし、植物を見つめる目もしかり。
そんな進藤くんが、匠と八重の家への来訪にあたって、花束をあつらえる。本編では「かすみ草多めで。ふわっていうか、可愛い感じで」という台詞のみで、あとはカットされていたが、公式SNSでは、彼が事細かに「この花を入れてほしい」と注文している様がアップされていた。

(花束をチョイスする進藤くん)

進藤くんがチョイスした花。“かすみ草、ブルースター、百合、ダリア”。どれも淡く可憐で、まさにヒロインである八重に贈るにふさわしい花々だろう。

もちろん、オタクなのでちゃんと花言葉も調べました。“かすみ草→清らかな心・無邪気”、“ブルースター→幸福な愛・信じ合う心”、“百合→純粋無垢”、“ダリア→移り気”。なるほど、どれも見た目通り、愛らしい意味を含んでいる。ダリアだけが少し不穏さを感じなくはないものの、ダリアは華麗や気品という意味もあるらしい。そうでなくとも、進藤くんはガーデンデザイナーとして、花束全体のデザインを考えてチョイスしたに決まっているのだ。
きっと彼は匠の横に立つ八重を見て、その可憐なイメージから花束の花を選んだ。そりゃあそうだ、私だって、あの広いパーティ会場で不安ながらも匠と腕を組んで、可愛らしく微笑む八重を見たら可憐だと思う。抱き着きたくもなる。わかるぞ進藤。

そんな可憐な花束を抱えた進藤くんのもとに、1本の電話がかかってくる。匠からだ。その表情に先程までのゆがみは一切なく、安心した子どものように無垢な柔らかさだった。リラックスした口調にも、緊張めいたものはなにもない。でもその電話を切った後、細い糸がピンと張り詰める。
進藤くんのナレーションは続く。匠と初めて会ったときのことを懐古する進藤くんの声は、春の風のように心地よかった。

進藤くんと匠の出会い


数年前、なにかの食事会にて。進藤くんは、周囲の輪に入ることもなく、みんなが和気あいあいと会話を交わす中、大皿に残ったパセリに手を伸ばす。その表情にはパセリへの興味などちょっとも存在せず、ただ惰性でごみ拾いでもするかのように粗野な手つきだった。
その指が掴もうとする前に、目当てのパセリがなくなる。向かいに座る匠が、先に手にしたのだ。「あ、いる? 」匠も、進藤の行き場を失った手に気付き、声をかける。「あぁ、大丈夫。どうぞ。」よそよそしい愛想笑いで、進藤くんはパセリを譲る。別にどうしてもパセリが食べたかったわけではないから。実際、彼はパセリが好物というわけではない。
ただ、当惑。数秒逡巡する進藤を前に、匠は手に取ったパセリをふたつに割く。「はい。」
手渡されたパセリと匠を見、進藤くんはまるで好物かのようにパセリを頬張った。そして彼は言う。「なんでそう思ったのか、自分でも謎だけど、植物みたいなやつだと思った。」割ったパセリを進藤に渡す匠の仕草は、進藤くんのナレーションが、しっくりくるほどにナチュラルだった。

人より植物の方が好きだと公言する進藤くんが、植物のような安心感を分け与えてくれる匠に出会った。それからの進藤くんはあまりにもいじらしく、愛おしかった。
後に匠の取引先になる二木谷ホールディングスの社長令嬢にして次期社長のレミとのパイプも繋ぎ、3人で親友と呼べる間柄になった。匠の家で3人で飲むことも多いようで、レミ以外とも進藤は多くの友人を匠に紹介した。
社長である匠にとって、人との交流はとてつもなく重要だ。現に匠は、八重の前では進藤のことを「今のウチの重要な人脈は、ほとんどあいつが引っ張ってきてくれた」「あいつなのかもな、俺の会社の生命線」と事ある毎に評価している。だからこそ騙す。嘘でも結婚していないと、二木谷ホールディングスと仕事ができないし、万が一その嘘がバレたとき進藤やレミも嘘の共犯にしてしまっていたら、大企業を敵に回すから。それが匠の考え。
そんな匠の考えも、匠が実はずっと恋い焦がれている相手がいることも知らず、進藤くんは匠の隣にいることにこの上ない幸福感を覚える。
大好きな人の1番近くにいられる幸せは、植物の傍に寄り添って育てているだけでは味わえないものだろう。匠とのツーショットを見ながら零れる笑みを隠しきれない進藤くんの表情が、視聴者に「人を好きになった」のだと理解させた。たとえ入口が「植物みたいなやつ」という形の好意だったとしても、進藤将暉は人として匠を好きになり、そして願うようになった。
「1番近くになりたくて、なりたくて」。私は知っている。“〜たくて”という言葉は、重ねれば重ねるほど思いが強いのだ。西野カナで学んだ。そしてその後には否定がきてしまうことも、知っている。
「なれたような気がしていたのに」。

進藤くんと指輪


進藤くんは、人を好きなふりが上手い。
人を好きなふりをして、匠のために人脈を紹介した。匠が人として好きだから、匠の望みを叶えてあげたいと思うようになったから。
そこに打算があったとは思わない。あれもしたからこれもしたからそばにいさせて。そんな気持ちで、匠に友だちを紹介したわけではない。
でも、きっと素直じゃない匠が進藤くんの言動で嬉しそうにする度、彼は安心したのだろう。「あぁ、今日も1番近くになれた」。そして同時に、「これからもずっと、1番近くでありたい」。

他の友だちと遊んでいる中、進藤くんのもとに匠から連絡が来る。「今ヒマ? 」たったひと言。そのひと言に、進藤くんはわかりやすく高揚し、「ヒマヒマ」と即答するやいなや、友だちの返事も待たずに「ごめん、急用! 」と匠のもとへ飛んで行く。
なんていじらしいのだろう。駆け引きも打算もなく、ただいつものように素直になれない大好きな匠が呼んでくれたから、一も二もなく駆け寄るのだ。その姿はさながら飼い主への愛に溢れた犬のようである。
「植物はずっとそこにいてくれるから好き」と言っていた進藤くんが、匠という人間のそばにいるために我を忘れて走り出すのだ。なんて愛らしいんだ。どうかこのまま晴れやかな気持ちで終わらせてくれ。

だがそうもいかない。なぜなら、進藤くんも匠も人間だから。人間には感情があり、言葉がある。そして恋愛という唯一無二の思慕もある。

匠に呼ばれ、しっぽをぶんぶん回しながら匠のもとへ駆け寄った進藤くんを待っていたのは、頭痛がするほどの沈黙だった。
平穏というラベルが張られたBGMは突然止み、沈黙が視聴者の耳を劈く。そう、進藤くんが匠の左手の薬指に光る指輪を見つけてしまったから。
あのシーンを観るに、あの場にいる誰1人として匠の薬指の指輪に気付かなかったのだろう。進藤くんが気付いた瞬間も、彼は匠の右隣にいて、匠は左手にシャンパングラスを持っていた。
もしかすると、匠は無意識に隠していたのかもしれない。それでも進藤くんは気付いてしまった。あの沈黙の痛みが、視聴者に思い知らせる。“進藤くんがどれだけ匠のことを見ているのか”。

飲み会も終わりに近付き、飲んだくれた匠のカラオケに付き合うのは進藤くんだけになった。匠はへべれけになって「空と君のあいだに」を歌う。そんな匠を見ながら、皿の方は一瞥もせずに残されたパセリを食べる進藤くん。
「なに。なんかあった? 」
意を決して、言いにくそうに、進藤くんは訊ねる。“知りたくないけど、いや、知りたいけど”。胸にそんな葛藤を隠しながら口にした問いも、匠には届かずに床に落ちた。

このとき、まだ進藤くんの匠への感情はふわふわしている。1番近くにいるのは自分だと思っていたのに、自分じゃあなかった。それどころか、結婚するような相手がいることすら聞かされていなかった。じゃあ自分は、匠にとってなんだったんだろう。
「信用されてないってことでしょ。人として」。4話冒頭、レミちゃんに言われていた言葉が反駁される。
酔いつぶれた匠を介抱し終え、散らかった卓上を撮影している進藤くん。彼の目とカメラは、さっきまで匠の薬指に嵌められていた指輪を映し出す。食器と食器の間に所狭しと置かれながらも、その指輪は進藤くんにとって大きすぎる存在感を放っていた。

進藤くんのふわふわと宙を舞っていた匠への好意は、最悪の形で自覚させられることになる。
月明かりすら差さない場所で、進藤くんは呆然と、匠が置いて行った指輪を眺める。そこにパセリを摘んだ妥協めいた粗雑さはなく、それでも宙ぶらりんになった感情のもと、困惑だけを連れてただぼんやりと指輪を見つめる。
あの瞬間の進藤くんに、恐らく感情はない。言葉が追いつかないほどの喪失感が、彼の視線を携帯の匠の写真へと導く。拡大した写真に映る匠は右手をこちらに伸ばしており、左手薬指には光るものがある。そしてその光る指輪は今、進藤くんの手の中にある。
進藤くんの手の中にあった匠の指輪は、いつの間にか進藤くんの左手の薬指に嵌められていた。「……なにやってんだ、おれ。」

感情が千々に破れた瞬間である。思い出すだけでも、あのときの痛みは鮮烈に私の心臓を引っ掻いてくる。

進藤くんが気付かなかった、いや、気付きたくなかったであろう感情に、彼はこの瞬間気付いてしまうのである。そして気付いた瞬間、彼は泣くのでも驚くのでもなく、呆れたように笑う。しんどい。切ない。渡辺翔太の繊細で強烈な演技力に、感服した瞬間だった。
あの瞬間の進藤くんの所作だけで、視聴者は進藤将暉の感情を理解し、そして咽び泣いたのである。よりによって進藤将暉は、永遠の愛を違う結婚指輪で、自分の中にある愛の種類に気付いたのだ。
それは失恋という単語の域を超えた切なさを帯びており、彼は初めて自分の傷を目の当たりにする。自分は傷付いていたのか、と自嘲のように笑い、無意識的に埋めていた薬指からすぐさま指輪を外した進藤くんが翌日、匠に見せた表情も、いつもと変わらない微笑だった。

柴田葵さんの短歌に、こういう作品がある。
「あかるいね、性格。」「まぁね(本当は自分をちぎって燃やしているだけ)。」
進藤くんのことかと思った。人が好きではないのに、匠のために人と人を繋ぎ、会社の生命線と呼ばれるまでになった。素直じゃない匠にそれを直接言われることはないが、進藤くんにとって匠からの評価なんて二の次。ただ好きだから、呼ばれれば一目散に駆けつける。ただ好きだから、“人を好きなふり”にも磨きをかける。
別に認められなくたっていい。彼の中の匠への好きはきっと、毎日同じ場所に咲く綺麗な花を眺めて元気を貰えるようなもので、ただただ近くにいさせてくれればそれでよかったから。だから花が綺麗に咲き続けるための世話なら手間を惜しまなかった、手間だとすら思わなかった。人として大好きだったから。好きの種類なんてどうでもよくて、気になりすらならなかった。そんなこと気にするほど、彼は人のことを好きになったことがないから。

それでも、傷は付く。人間だから。
相手が植物だったら、進藤くんが人でなかったなら、こんなにも苦しい感情に襲われることはなかっただろう。それでもそんなことはただのたられば。
進藤くんは結局、人を好きなふりは上手くても、人を上手く愛することはできなかった。この場合の“人”は、匠のことではなく、進藤くん自身のこと。だからばらばらに自分をちぎって燃やして、元気で明るいふりをして、それが匠のためになると信じて頑張って、でも全部全部ただの空回りだったんだと気付いた。
たったひとつの冷たい指輪で。

進藤くんと嘘


この夜を、進藤くんはどうやって過ごしたんだろう。最終話を迎えた今でも、4話の進藤くんに思いを馳せてしまう。
ドラマ内では、自嘲に喉を震わせて指輪を外した進藤くんの夜は、描かれなかった。場面は切り替わり、一夜明け、進藤くんと匠は二木谷ホールディングスに向かう。そう、この日は二木谷ホールディングスという大企業に、匠がプレゼンを披露する日だった。進藤くんとレミちゃんも同席し、友人としても彼を見守る。
そこへ向かう途中、進藤くんは匠を引き止めた。「あ、そうだ。」まるでたった今思い出したかのような声色で、彼に傷を自覚させた鋭利な愛の形を取り出す。「ほい、忘れないうちに。忘れてたよ、昨日。」粗野さなど全く無い、蕾を剪定するかのような優しい持ち方だった。
「忘れてねぇよ。」匠の答えは、小学生が拗ねるようなそれだ。“捨てたって言いたいの? ”進藤くんの飲み込まれた本音が、視聴者の耳にだけ届く。
「いやいや、してたよね、これ。そこに。」「だから、忘れたんじゃなくて。」「はいはい。……ほら行くよ。」もう進藤くんが、本音を口にすることはないのだろう。あの瞬間、理解してしまった。
“だったら俺に拾われないように捨てろって。見てないから。”進藤くんは前の日の夜、なんとか絞り出した問いに匠が答えてくれなかったあの瞬間を最後に、本音を言うのをやめたのだ。“捨てなよ! もう拾わないから。”
そして進藤くんが拾い、渡した結婚指輪は、結果的に匠の「ウソ婚」の背中を押してしまった。
二木谷社長は匠に言った。「古い価値観だと笑われるかもしれないけどね。私は結婚している人間としか、仕事をしないんだ。男は世帯をもって1人前だからね。」コメディタッチの強い2話では、匠がポケットから指輪を取り出し、「結婚、もちろんしてます」と嵌めて見せたとき、進藤くんの表情は「はぇ……? 」という擬音が似つかわしい淡い疑問のそれだった。当時はあまりの可愛さに悶えた。
だがそれももうできない。たしかに、匠が結婚指輪を嵌めて見せた瞬間は困惑100%で素直な表情を浮かべられただろうが、その後の進藤くんの心情を思うと、全身が掻きむしられるかのような切なさに襲われる。

場面が切り替わり、映ったのは左耳のピアスが鈍く光る、進藤くんの横顔だった。

渡辺翔太の右頬には、浅い傷の痕がある。「ウソ婚」というドラマはカット割やカメラワークにもとことんこだわっていて、印象的な画がいくつか存在する。そのうちのひとつとも言えるのが、進藤くんの横顔だ。
左耳だけのピアスは、同性愛者の隠れたメッセージとも言う。それを意味深に映しておきながら、生来の傷は隠す。たった1枚のカットで、進藤くんの心情をありありと描写しているのである。感服。

それから1年。匠目線から、散々コメディとして描かれてきた、八重と再会する前のひとり相撲での「ウソ婚」を、進藤くんは誰よりも間近で見てきた。
「結婚指輪を捨てるなら、俺に拾われないように捨てろ。見てないから。もう拾わないから。」と、暗に「お前の嘘なら気付かないふりをする」と覚悟を決めた進藤くんは、きっとむやみやたらに問い詰めることはしなかった。それでも同じく盟友であるレミちゃんは、素直に友人として猜疑心を言葉にできるキャラクターだ。
嘘を暴いて隣にいられないことを決定づけられるのも、人として信用されていないかもしれないと不安に思い続けるのも。どちらが良いのかだなんて、選べるはずもない。ただ好きで、ずっと隣に居たかっただけなのに。愛らしい植物を愛でるように、これからも1番近くに居て、その笑顔を近くで見られるだけで良かったのに。彼がそれ以上を望んだことはなかったのに。
全部が全部、人間らしい感情によって、跡形もなく壊されてしまった。壊したのは匠の嘘や八重の存在であるように見えて、実際は自分のせいなのだと、進藤くんはわかっている。

自分の感情と傷に気付いてから1年。進藤くんは可憐な花束を抱え、仄暗く硬直した表情で、匠が住むマンションのインターホンを押す。
ここの撮り方もまた天才すぎて頭を抱えるのだが、進藤くんの服装が2パターンあるのだ。
緊張しながらも覚悟を決めたような面持ちと、慣れた手つきで部屋番号を押す進藤くん。「はいー、今開けるー。」少し遅れて、匠のいつも通りの緩い返事が返ってくる。緊張から解かれたように、進藤くんの表情はふっとゆるみ、綻ぶ。「おう。」
このときの進藤くんの手に花束はない。そして服装はポップな色味とデニムジャケット。カジュアルながらも、おしゃれしていることが伺える。つまり、このシーンは過去なのだ。過去、匠の家に遊びに来たときの進藤くんなのだ。
そしてそんな過去を思い出しながら、匠の優しく緩い声が返って来るだろう、来てほしいと期待しながらインターホンを押す、花束を抱えた進藤くん。カジュアルさよりも、ナチュラル感が強い服装を身にまとった、進藤くん。その表情は過去のものより暗く、脱力しているかのようにすら見える。緊張すら形になってくれない、宙ぶらりんで行き場を失った感情が、この表情だけで読み取れる。読み取れてしまう。
「は〜い、開けますねぇ。」彼の暗い表情を迎え入れたのは、匠よりずっと柔和で歓迎ムード満載な、八重の声。声も出ず、いびつに固まったまま頷くだけの進藤くん。下からのアングルだからか、より一層その繊細な顔立ちに、暗い影が差す。
その瞬間、「さあおいで、胸の裡を 透き通すくらい近づいて」やめろ。ここで「本音と建前」を流してくれるな。
進藤くんが何よりも欲した匠(菊池風磨)の声を乗せて、吐息混じりに椎名林檎の詩を歌うな。私の情緒をどうするつもりだ。もうとっくにHPはゼロで、視界は涙でべしょべしょなのに、これ以上進藤くんの刺すような痛みを追体験させてくれるな。

(「本音と建前」/SexyZone)

だがこのドラマの演出は、とにかく鬼畜なのだ。こちらの情緒なんて知ったこっちゃない。
怒涛に明かされる、これまでのコメディに隠された進藤くんの表情。八重との初対面時、あまりにも嬉しくて衝動的に抱き着いたように見えた、2話。でも2話では、そのときの進藤くんの表情はカメラから隠されてきた。その表情が、「本音と建前」と一緒に明かされる。
「八重ちゃ〜ん! 会いたかったぁ! 」人は泣きそうになるとき、涙袋がやや上がるのか。そして進藤くんは、その涙を、笑うことで蓋をするのか。美しい造形を持つ、渡辺翔太の涙袋が涙という感情が破れてしまうのではないかとすら思った。
“衝動的に抱き着いた”と見えた手も、視点を変えれば、遠慮がちな触れ方でしかなくて。抱き着いてから離れるまでの時間も、喜びから感極まったのではなくて、現実を受け止めるまでの短すぎる時間で。
「あぁ、ごめんごめん。感動しちゃって。」笑いながら“建前”で壁を作る彼の後ろで、SexyZoneと椎名林檎が急かす。“本音”を言わなくていいのか? と。

“純粋無垢”に“幸福な愛”を“信じている”と、“清らかな心”で武装された、ごちゃ混ぜな感情。可憐な花束に隠された本音と建前を神妙な面持ちで抱えながら、進藤くんは匠と八重の愛の巣へと歩を進める。
そして隠された進藤くんの本音は、やっぱり視聴者の耳にだけ届くのだ。
“どうすんだよ、確かめて。結婚が嘘でも、ほんとでも、結局俺は、パセリじゃん。”

もう、余韻どころではない。切ない、しんどい、しか出てこない自分の語彙が恨めしい。
自分の感情に鈍感で、身体の方が耐えられなくなってコップから溢れた不意の行動に対して素直すぎるくらいの動揺を見せて、周囲に揺れ動かされて結局感情が迷子になってしまう。そんな危うさを持ち合わせた進藤将暉というキャラクター、渡辺翔太に合わないわけがないじゃあないか。
それよりも、そんな水に小石を落とされたから小さく波紋ができあがるみたいな、そんな素直で細やかな高い演技力が渡辺翔太に秘められていただなんて、ひどく驚いた。だって渡辺さん、「お芝居に苦手意識があった」と語っていたことだってあるんだぞ? それがキャラクターとしてこんなにも魅力的に輝いて、演出陣のこだわりをより一層引き立てるような存在感を放っている。
派手さがあるわけではない。大輪の花や、太陽のような主役感ではないのだ。なによりも早く春を知らせる小さな花や、木漏れ日のような柔らかさ。そんな渡辺翔太らしい魅力が、進藤将暉というキャラクターとして美しく昇華した。「ウソ婚」4話はまさにその象徴であり、進藤くんへの庇護欲で多くの視聴者の涙腺を崩壊させた。

演出陣のこだわり、と言ったが、私は「ウソ婚」というドラマにおいて、1話につき最低1つは印象的なカットというものが秘められていると思う。4話で言うとインターホンのシーが顕著なのだけれど、カットだけでなく、演者の立ち位置や撮る方向もとんでもなくこだわられているように感じる。
例えば、嬉しそうに匠の写真を見ている進藤くんは右からで、ひとり傷を噛み締める進藤くんは左から。そして最後は正面から撮られて、匠と会えたことに喜び、ふたりの家に入っていく。4話においてこれは徹底されていて、そしてそのこだわりは5話にも続いていく。

しんどい5話

八重ちゃんと進藤くん

5話では、八重と進藤くんの共通点と相違点がわかりやすく描かれる。
匠の初恋の人、匠に片想いしている人。
嫉妬の対象になり得る人、嫉妬の舞台にも上がれない人。
そしてふたりとも嘘が上手くて、自分の感情に蓋をすることに慣れている人。
ただ進藤くんと八重が違うのは、葛藤の有無。
八重は染み付いた自己犠牲に身を投じるとき、ほんの少しながら葛藤を見せる。だから嘘は上手いし、1度嘘を吐けばその壁は硬く高いけれども、嘘を吐くときの愛想笑いはどこか歪だ。
対して進藤くんの嘘には、葛藤がない。自分の立場を甘んじて受け入れ、笑顔で自然に嘘を吐く。ただ、彼は自分でもそれが嘘だと気付いていないこともある。だからこそ自然なのだが、だからこそ嘘だと気付いたときに驚き、迷子になる。

「進藤さんって、誰とでもすぐ仲良くなれる人で、(たっくんも)たくさん大切な人を紹介してもらった、って。」
八重の言う通り、進藤くんは“相棒”にそう評価されるくらい、明るい人物だ。それは進藤くんにとって、“人が好きなふり”の延長でしていることだけど、八重の素直な言葉が進藤くんの心を深く抉る。
「いい人なんですね。(友だちと友だちが私抜きで遊んでいるなんて)私だったら、寂しくなっちゃうかも。」進藤くんは傷付いたとき、まず驚いた顔をする。そして彼は、“いい人”や“優しい”という言葉が、人を傷付け得ることを、ここで初めて知ったのだろう。

そして八重が進藤くんにそんな言葉を素直にかけられたのは、その前に匠と3人でいるときの会話での進藤くんの言葉のおかげで。
「ならないでしょ、“過去形”には。だんだん専用の箱みたいなのができて、剥き出しじゃなくなるんだけど、中にはずっと入ってるでしょ。寂しいって、初めの形のまま。」進藤くんの、親が小さな子どもに言い聞かせるような柔らかい独り言のような口調は、八重の心の高い壁をほんの少し柔らかくさせた。
進藤くん自身の、気持ちも。「たまに勝手に蓋が開いちゃって、困るんだよなぁ……あれ。」表情は見えないけれど、このとき匠は前を見つめていて、八重は乗り出して進藤くんの表情を伺っているのが印象的。

「たっくん(匠)、言ってましたよ? 進藤さんは、唯一無二の相棒だ、って。」うろうろと行き場を失った子どものような進藤くんの感情が、八重の言葉で溢れ出る。「いや、匠は来る者拒まず、去るもの追わずだから。俺も去ったら追われないよ。」口をついて出たひねくれた言葉は、進藤くんにようやく真実を理解させる。
「あぁ、そっか。そのスタンスが植物みたいだから、初めて会ったとき植物みたいって思って、惹かれたんだな。」と同時に、来る者拒まず去るもの追わず、というスタンスの匠が、全力で追って全身全霊で尽くす相手こそが八重なのだと、傷よりも深く理解するのだ。
言葉にするでもなく、ただBGMに掻き消されるくらいの小さな呟きで微笑みながら理解する進藤くんの表情は、雪が解けるように清らかでやるせなかった。

開いた感情の蓋


八重のキャラクターが魅力的なのは、ここで進藤くんを見捨てないところ。
CM明けと同時に場面転換し、新緑の茂る外でふたり並び歩きながら、進藤くんは八重に訊く。「なんで? 」恐らく八重は、帰ろうとする進藤くんを引き止めた。でも進藤くんは、これ以上八重とふたりで匠の家に居たくはなかった。
きっとそんな空白に折り合いをつけて、八重は進藤を屋外に誘った。「なんか、進藤さんが寂しそうに見えて。」自信なさげながらに、しっかりと素直に感情を伝えられる八重の強さは、進藤くんにはないものだ。
「もしかして、私が蓋、開けちゃったかなって。」はにかみながら言う、八重。素直な言葉を前にするとひねくれちゃうのは、渡辺翔太自身と似ている。
「八重ちゃん、さっきいい人って言ってくれてたけど、いい人なのは八重ちゃんの方だよ。」「友だちと友だちが自分抜きで遊んでいたら寂しいのって、そこに入りたいからでしょ? 俺は逆だもん。俺の安心は、これで俺は開放される〜! って、そういうタイプの“安心”なの。」進藤くんの独り言はひどく流動的で、溢れ続ける言葉は彼自身でさえもせき止めることができないようだった。
「だから、俺が寂しいのって俺のせいなんだよね。」「誰とでも仲良くなれるって、誰とも仲良くないって言うか。」「だからほら、パセリ。」水道の水が蛇口をひねらなければ止まらないように、流暢に流れていた進藤くんの言葉が、ひとつの単語のせいで止まる。と同時に、八重の足も止まった。
進藤くんが自分の感情の機微には疎いのに対し、八重が他人の感情の機微にも敏い描写、ほんっと上手い。

「パセリ? 」八重の目を優しく見つめながら、進藤くんの口は柔らかく結ばれる。「うん。なんか俺みたいって思っちゃうんだよね。色んな料理についてくるんだけど、大抵残されちゃう。可哀想で食っちゃうもんね、キモイっしょ? 」そう言って自嘲に笑う進藤くんに対して、八重の表情は冷や汗をかくほど真剣だった。「キモくないです、全然。」
そのまっすぐな視線を合図に、ふたりの声色に似た柔らかいBGMが鳴る。感情の蓋が完全に開いた合図だったのかもしれない。
開いた蓋は、簡単には閉められない。進藤くんはいじけたような表情を浮かべ、八重の視線から逃れるように空を眺める。「……いるんだよねぇ、ひとりだけ。解放されたくない人。」呆れたような声は、恐らく自分に向けたもの。
「まぁ多分それ言ったら解放されちゃうから、言わないけど。」ここでたぶん八重は、進藤の言う“ひとり”が誰なのか気付く。俯くのではなく、瞼だけで悲哀と憐憫と動揺を表現する長濱ねるもすげぇよ……。

「パセリでいたくないけど、パセリでいれば一緒の皿にのっていられるから。あ、全然いいよ? パセリで! って顔して。」この、文字に起こせないへらへらした笑い声混じりの声からの「嘘つきだよね、俺。」の静けさが、SnowManのメインボーカルの底力のような実力と魅力を感じる。

「嘘つきじゃないです。本当のこと言わないのは、嘘つきじゃないです。」八重が進藤くんを引き止める。わかる、感情の蓋が空いちゃった進藤くん、引き止めないとどこか遠くに行っちゃいそうな儚さがあるよね……。
「私にも、言ったら壊れちゃうから言わないこと、あります……ずっと。しまってあります、今も、箱に。」寂しい、みたいに、大好き、も。
「いいのかなぁ、閉まっといて。」いやまじで、ここの脚本凄すぎる。さらっと進藤くんの告白から、八重の告白に移り代わっている。そして嘘が上手い同士だから、全部を言葉にしないままそっと手を差し伸べて、ゆるっと背中を押している。
お互いに、お互いの隠した感情という匠への恋慕を察しながらも、お互いがそこに触れられたくはないことを気取り、ただ開いてしまった感情の蓋を閉じるお手伝いをする。まじでこのふたりの友情も特殊で、でも清らかで美しいんだよな。
「いいです。……いいです。」八重の覚悟に、進藤くんの表情が揺らぎ、堪え切れない喜びを胸に、素直に微笑む。きっと彼は、八重が本気で匠を想っていることを、たったこれだけの会話で理解したのだろう。
そして匠の態度や言葉から、進藤くんが匠の八重への恋心が本物だと理解するのは容易い。あぁ、自分がそこに入る隙間なんて、初めからなかったんだ。ずっと近くにいたと思っていたのは、ただの幻だったんだ。
「箱の蓋、また開きそうになったら来てください、いつでも。ご飯食べましょう、一緒に。」「ありがとう。」そう自覚したはずなのに、進藤くんの目に曇りはなかった。
4話のラストで迷子になっていた感情を持て余す、子どものような進藤くんはいなくて、もう自分の着地点を見定めているように見えてならなかった。

パセリ


その後の、匠と八重のツーショットを撮る進藤くんの表情は、匠だけの写真を見ているときより切なさはあるものの、祝福と覚悟が浮かんでいた。
パセリは可哀想、俺みたいだから放っておけない。八重にだけそう零していた進藤くんに、匠が言う。「パセリ、好きだから。まぁ……味は別にだけど、強ぇじゃん、パセリ。」「強い? 」匠も、褒め言葉や感謝は素直に言えないくせに、こういうナチュラルに人を救う言葉は言えるんだよな……。
「だってさ、すげぇいろんなところにいるのに、絶対最後まで生き残ってんじゃん。最強だろ? パセリ。」進藤くんの方を向いて、ドヤ顔で言っているのだろう匠。匠の表情は見えずとも、進藤くんの破顔を見ればわかった。

5話の最後に、進藤くんは匠にだけ言う。「結婚、おめでとう。」進藤くん、泣いてくれ。 そう私は思った。でも進藤くんは泣かなかった。むしろ晴れやかで、今まで以上に自然に笑えてすらいる。
進藤くんは、“そばにいたいという理由で本当のことを言わないのは、ゆるされる(ゆるされたい)”という八重の真意に動かされて、自分の本音を飲み込んだ。飲み込んだ上で、自分の中にちゃんとある“祝福”という部分だけを表出させた。
進藤くんは、“パセリ強いじゃん”という匠の言葉を、“これからもそばにいてもいいんだよ”という許しの意味で受け止めた。
「そっか、俺、匠の1番近くの場所が埋まっちゃったら去るしかないと思っていたけど、ふたりが去らなくていいよって言ってくれるなら、パセリとしてふたりを祝福しよう。それが俺の幸せだよね。」そんな微笑みで涙を飲み込み、自分の中の傷にキツく蓋をして、全部全部なかったことにした進藤くんの祝福に、匠の表情がぐにゃりと歪んだ。
そりゃあそうだ。疑ってくる人を騙すよりも、信じてくれる人を騙し続ける方が余程重い。しかも相手は“唯一無二の相棒”。傷付けたくないから、嘘に巻き込みたくないからと嘘をついた相手が、傷を全部飲み込んで微笑んでくれているとまでは理解しなくとも、罪悪感は生まれる。
そしてまた流れる、「本音と建前」。名曲すぎるだろ、まじで。いい加減にしろ。

主役でもないのに、1人のキャラクターの視点から1.5話分描かれた。進藤将暉の性別が男性でなければ、彼の立ち位置はきっといわゆる“負けヒロイン”であった。でもその実、彼は負けヒロインにすらなれなかった。
ヒロインと同じ土俵にすら立てず、立とうともせず、これからもそばにいられるならそれが1番だと穏やかに微笑む。文字だけでも愛おしいキャラクターなのに、渡辺翔太はその繊細さに拍車をかけた。
口語体ながらに少し叙情的な言葉たちは、渡辺翔太の声とテンポで綴られると、春の終わりの新緑のようにのどかでナチュラルになる。一方で、八重とは違うキャラクター性を持たせるために、一筋の傷を感じさせる。
いやまじでどういう表現力? 感情のこぼし方がレベチすぎる。どこで学んだ?甘い発音で視聴者の庇護欲をかき立てながら、柔らかい表情の奥に切ない憐憫を隠す。誰にでも穏やかな笑みを向けるのに、傷には触れてくれるなと一線を引く。季節外れながらにも、「あぁ春の終わりってこんなんだったな……」と思わせる説得力がある。

5話を観終えた私は、進藤くんの選んだハッピーエンドを残酷だと思った。本人が幸せを見つけて、可哀想だと思っていたパセリのままでも匠は強いと言ってくれるんだと祝福を口にするのだから、外野がやいのやいの言うことではない。……わかってはいるのだが、どうしても聴きたくなる。なぁ進藤、それでいいのか?
「いいです。」八重の重く沈むような声が、耳の奥で響く。
あの日、匠が嵌めていた指輪に気付かなければ。匠が指輪を置いて行かなければ。匠が置いて行った指輪に気付かなければ。進藤くんは、きっと一生自分の中にある恋慕に気付くことは無かった。ただ少し大きいくらいの友情なんだと思い込んだまま、正体不明のそわそわに揺れ動きながらもレミちゃんの怒りにつられて疑いを口にし、でも最終的には祝福を口にしていたんだろう。
そうだ、気付かなかったた未来と気付いてしまった現在、なにも顛末は変わらない。進藤将暉という人間は、感情の蓋が開いてしまったからといって、振る舞いを変えられるほど自信のある人間じゃあないから。自分の感情に気付かなかったとしても、ふわふわと漂う痛みを痒み程度に捉えながら、友人としてそばにいるのが正解で幸せだと思い込み、ただ憐憫を胸にお皿に残ったパセリを寂しく食むだけだったのだろう。あの日、匠に分けられたパセリの味を思い出しながら。

そっちの方が良かったのに。とは、言えない。でも言いたくなる。
ふとした瞬間に開けられてしまった感情の蓋に迷子になりながら、たった一晩で「あなたの嘘なら見て見ぬふりするから」とパセリとしての覚悟を決めて無理やり蓋をした。でもレミちゃんの怒りと疑いを目の当たりにし、八重に会ったら、固く閉めたはずの蓋が緩まってしまった。またどうしたらいいかわからなくなった。だって進藤くんは1年間ずっと、傷の正体からは目を背けてきたから。匠が嘘をついてきたように、進藤くんは自分の感情に嘘をついてきたから。
進藤くんの匠への感情を恋慕と呼んだが、それだけではないのがまた厄介なのだ。人として好きで、友人としてそばにいた時間は、彼にとって間違いなく宝物だった。匠が自分以外の人との永遠を誓うことを幸せだと呼ぶのなら、それを祝福する気持ちだってある。だからこそ厄介なんだよ……!
恋慕だけに突っ走れたら、玉砕覚悟で想いを伝えられたら、友愛も宝物も投げ捨てて匠に想いをぶつけられたら。でも、それは“匠のもとを去る”ことと同義。そんな道を選ぶくらいなら、“匠と八重というメインディッシュに添えられるパセリで居続ける”という未来を幸せと呼びたい。

本当なら1回で12話分の感想を書き切るつもりだったのだけれど、想像以上に進藤くんへの愛が募って文字数が美しくなくなってきてしまったので、ここら辺で前編として区切らせていただきます……。本当ならウソ婚最終話から1週間以内にあげて、TVerのURLでも貼って「まだ観ていない人は最終回だけでも観て!! 」てアピールするつもりだったのに、余裕で1週間過ぎてしまったのでそれも叶わない……! 遅筆でごめんなさい。
後編では6話〜12話までを書こうと思うので、そちらもぜひよろしくお願いします。

最後にひとつだけ言わせてほしい。

進藤くん。視聴者を存分に恋させてくれてありがとう。君は薔薇より美しい。

(ザ・テレビジョン ドラマアカデミー賞)

こちらが10月12日までなので、それまでに続きを上げて、少しでも多くの人に「ウソ婚」と進藤将暉の良さを伝えたい。


追記

今ならNetflix、FOD、hulu、U-NEXTなど、各種配信サイトで見放題です。ぜひ。

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