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ウソ婚の感想という名の進藤将暉くんへのラブレター(後編)

ウソ婚がない火曜日、慣れない。そんな今思うことはただひとつ、渡辺翔太主演の映画が観たい。これは私が映画オタクだからだろうか。
SnowManには「ドラマ班」というトリオがいる。普通ならば、「ドラマ(によく出ているメンツが集まる)班」と解釈されるだろうが、ことSnowManにおいては違う。
SnowManにおいての「ドラマ班」とは、「ドラマ(含め映像作品で演技してはいけないという約束のもと集まる)班」なのだ。意味がわからない。最初は3度見くらいした。
なんなら、当初は「ドラマ(に出たいと願っているけれど出られなくて、でもそれを美味しいと思っているバラエティ担当)班」だったはず。それが先日の会員制ブログであげられた動画では、ドラマ班リーダーこと佐久間大介が「おい! ドラマ班は映像作品で演技しちゃいけねぇんだぞ! 」と言っていたので、上記のような認識に落ち着いた。
そう、これは別にファンがいじって言っているのではなく、当人たちが言い出して定着しているのだ。
SnowManのドラマ班。それは、班長深澤辰哉、リーダー佐久間大介、キャプテン向井康二の3人から成立している。ちなみにグループ内唯一の日本アカデミー賞受賞俳優目黒蓮は、監督である。
そんな目黒蓮が、今期はドラマに出演しない。対して、班長深澤辰哉は出演する。そのため、今期のドラマ班は、ドラマに出演しないメンツ、班長目黒蓮、リーダー佐久間大介、キャプテン向井康二という構成になったらしい。あまりの圧の強さに、ゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。

と、なんで私が突然ドラマ班について語ったのか。
理由はただひとつ。「この際、映画班もつくろうぜ」と思ったから。
SnowManの「映画班」。額面通りに捉えるならば、「映画(によく出ているメンバーが集まった)班」である。まぁ100%目黒蓮は入るだろう。
次点で入りそうなのは、佐久間大介。映画出演回数自体はまだ少ないが、来年2月に単独初出演にして2番手での映画「マッチング」を控えている。かの「ミッドナイトスワン」で数多くの映画賞と、私の涙腺を奪い去った内田英治監督からの熱烈オファーからの出演だ。映画班に入れたとて、差し支えないだろう。絶対レッドカーペットを歩かせてやるからな……! (ただのオタク)
じゃああとひとりは誰か? 班を名乗るからには、最低3人は欲しい。映画単独出演にして主演ならば、岩本照やラウールも果たしている。レフ板いらずの2次元発光ラウールも、広背筋による圧倒的説得力岩本照も班に入れたいが、期待を込めて私はあえて渡辺翔太をこの班に入れたい。

隠された感情の、滲むような表出。渡辺翔太のそんな繊細な表現力を、大々的なスクリーンで浴びたい。彼の小さな吐息からその小さな感情の機微を感じ取り、映画館ならではの音響と共に感情を動かされたい。
そう思わせるほどの演技力と存在感が、渡辺翔太こと進藤将暉にはあったのだ。
普段は素直すぎる感情表出しか見せない素の渡辺翔太が、演技となるとあんなにも繊細で緻密な感情表現に踊るとは思わないじゃないか……!

ウソ婚6話では、視点がレミちゃんに移る。5話のラストで進藤くんは匠と八重の絆を目の当たりにし、結婚を信じ、祝福した。だからこそ、猜疑心マシマシなレミちゃんに、匠と八重のツーショットを2枚送る。「本当っぽいよ」。そんなメッセージをつけて。
「……っぽいってなによ。」匠と八重の幸せそうな笑顔を一瞥し、レミちゃんは拗ねる。1枚は、嘘の結婚をカモフラージュするためのウソ新婚旅行を模した、ドバイでのツーショット。もう1枚は、パセリを覚悟した進藤くんが撮った、新緑の中でのツーショット。
そのどちらもがレミちゃんをひどくイラつかせる。彼女の匠への感情は、このときまだ明言されていないが、「あんなの匠にふさわしくない」などという発言から、八重を敵対視していることは間違いないようだった。
そんなレミちゃんに、不審に近付く男がいる。女王様然と強くあろうと、自分に課しているようですらあるレミちゃんは、そんな不埒な男の腕をひねりあげ。「ちょ、痛い痛い俺だよ! 」新手のオレオレ詐欺か? と思う間もなく。「なんだ、淳か。」どうやら知り合いだったらしい。

ふたりの会話を聴いていくうちに、ただの知り合いではないことを察する。新キャラ、新田 淳(橋本淳)。現在はドバイに在住しているが、数年前までは匠の上司だった。平たく言えば、匠の恩人。……そう言えば、前回進藤くんとの会話で「新婚旅行がドバイなら、淳さんには会ったの? 」「淳さん? 」「あぁ、会ってない。」というやり取りがあったような……。彼か!
飄々と全てを見抜いているような目、大人の余裕。今までの「ウソ婚」にはいなかったキャラクターだ。ほとんど話していなくともわかる。この男、絶対、100%、十中八九、嘘が上手い!
「レミちゃん、これ、嘘だよ。」ほら〜〜なんか怖いこと言うてる〜〜!! 虚構ドバイでのツーショット写真の粗を見つけたらしい淳さん。こびりついた猜疑心と、進藤くんへの信頼の狭間に立つレミちゃんの表情は、簡単に揺らぐ。なぜなら彼女の中には、匠への親愛もあるから。

6話では、レミちゃんの感情の名前は明かされない。
匠の会社が催すプロモーションのため、グランピングでお泊まり旅行することになる、匠・八重夫婦。そこに、来る予定ではなかったレミちゃんが来る。スーツ姿の男を控えさせ、みんな動きやすい格好をしている中、唯一日傘を差し、八重を見下ろす。
その姿はまさに“女王様”。そんなレミちゃんの表情が、はたと揺れる。「……あ、」イヤリングを落としたことに気付いたのだ。「いいから! そんな高いものじゃないし。」咄嗟に探そうと身をかがめる八重に対し、レミちゃんはわかりやすく強がる。
現に、その場ではツンとすまして悠々と退場したが、場面が変われば草の根を掻き分けて必死に落としたイヤリングを探していた。

レミちゃんの回想が始まる。
大企業の社長令嬢であるレミちゃんは、周囲から陰口を叩かれることも多かった。「社長令嬢とかやりにくいよな」だの「親ガチャ大成功だよね」だの。そんな陰口に対して、レミちゃんは毅然としていた。強くなければ、弱いところを見せてはいけない、と自分を律するように髪を靡かせ、ヒールを鳴らした。
パセリとしての幸せしか見つけられなかった進藤くんに対し、メインディッシュとして輝き続けなければならないと己に課したレミちゃん。このふたりも、対照的に描かれる。
「別に大したことじゃない。私が父を超えればいいだけ。」そんなレミちゃんにも、心が安らぐ瞬間があった。安らぐ、と言うと少し違うか。
レミちゃんの心がぐらついたとき、彼女はある建築物を見に行く。そのビルを見れば、レミちゃんは「お前をバカにしているやつら、全員ぶっ飛ばしてやれ」と、鼓舞された気分になる。
そして彼女が受け取ったメッセージは、匠の“怨念”が出したものだった。
「これを設計したとき、こんなやつにできんのか? ってバカにされて。だから、めちゃくちゃイラつきながら設計したの。“お前ら全員ぶっ飛ばす! ”って。」
そして匠は、レミちゃんがつけていたイヤリングを褒めた。「いいねそのイヤリング。」それはレミちゃんが初任給で買ったもので、彼女の心の武器だった。「なんか強そう。」
褒め言葉の最上級が“強い”である匠の愛らしさはさて置き、この瞬間レミちゃんは思ったのだ。思ってしまったのだ。「この出会いは、奇跡だ」って。

これも、4話のラストと6話のラストで対比になっているんだと思う。
進藤くんにとって匠との出会いは、日常を彩る穏やかな偶然だった。対してレミちゃんにとって匠との出会いは、奇跡だった。だからこそ、進藤くんはパセリでもいいからそばにいたいと願い、奇跡が壊れやすいと知っているレミちゃんは、奇跡が害されるんじゃないかと怯えた。

7話。ようやく来た、レミちゃん回である。
これはあくまで感想文なので、6話の前半部分である淳さんの八重揺さぶりシーンは省かせていただきました……あのシーンも、とてもヒヤヒヤするし、嘘が上手い同士の攻防という感じで好きです。
レミちゃんが失くしたイヤリングを、八重はひとりでひっそりと捜し、見つけ出す。その行為に打算はなく、直接渡すこともせず、ただハンカチに乗せてレミちゃんのテントの前に置く。そしてその見返りを求めない行為が、より一層レミちゃんをイラつかせた。
苛立ちを隠せなくなったレミちゃんは、強硬策に出る。

グランピング旅行で距離を縮める匠、八重カップル。そのふたりの間を割くように、レミちゃんは匠を呼び出す。「シャワー出ないんだけど。」
匠のその電話で八重とふたりきりのテントを後にし、レミちゃんがひとり待つテントへ向かう。女王様然と振る舞うレミちゃんの耳に揺れるイヤリングが、虚しく光る。
「ごめんね? 奥様との時間を邪魔して。」「まじで、邪魔すんなよ。」「邪魔したかったの。」するすると出てくる言葉に、本音と建前が混じ入る。
シャワーが壊れたという嘘をついて匠を呼び出したレミちゃんは、匠の嘘を断定して糾弾する。「嘘なんでしょ? 結婚。」「おかしいじゃない。奥様にも合わせてくれないし、家に遊びに行かせてもくれない。プライベートの誘いにものってくれなくなって! 」レミちゃんの糾弾を、匠は一蹴する。「普通だろ。そういうもんだろ、結婚って。」
進藤くんには向けられなかった言葉が、レミちゃんのイラつきを傷に変えた。

自分の傷に気付いたとき、行動を起こして傷から目をそらす人と、何もせずに傷と共存する人がいる。前者がレミちゃんで、後者が進藤くんだ。
レミちゃんは立ち去ろうとする匠の腕を引き、ベッドに押し倒す。悲しいかな、それが彼女の“行動”なのだ。
「私にしない? 私ならもっと完璧に、あなたの妻の役を務めてみせる。」毅然と言いながらも、下着姿で迫るレミちゃんの腕は可哀想なくらいに震えていて、匠はそれに気付く。気付いちゃうんだよ……進藤くんの傷には気付かないのに……。
気付いた匠はレミちゃんを優しく押し返し、上着を着せるが、レミちゃんの“行動”は止まれない。「父と繋がれれば、誰でもよかったんでしょ? 私と関わってるのも、そのためでしょ? 」強いレミちゃんの弱さが、顔を覗かせる。否定で心を守っているのではなく、彼女は本気でそう思っているのだ。視聴者の胸も、じんと痛む。
「馬鹿にしてんの? 」冷たい匠の声。「するわけないでしょ、私があなたのことを。」「俺じゃねえよ。」匠の否定は、欺瞞と自己否定をまくしたてるレミちゃんよりも強かった。「お前をだよ。」

レミちゃんはここで気付く。自分を蔑ろにすることは、自分を認めてくれている匠を蔑ろにすることと等しい。でも、自分を蔑ろにしないと、あなたのそばにいられない。
レミちゃんはメインディッシュで、主人公で、強くて輝かしい。だからこそ、自分の弱さが表出しそうになったら、必死に蓋をして隠そうとする。武装して毅然と振る舞う。
でも匠は、そんな弱さを見つけて、その上で強くあろうとする姿を救ってくれる人だった。イヤリングに気付いて褒めてくれるのも、パセリを強そうだと言うのも、彼の優しさ故。そんな天然気配りに、進藤くんやレミちゃんが惚れるのも無理はない。
ただレミちゃんと進藤くんが違うのは、“傷付いてなんかいないから私をそばにおいて! ”と虚勢でも口に出せるところと、“お前が幸せならそれでいいよ”と建前を上手く本音みたく振舞って、本当の本音を胸に押し込むところ。そんなレミちゃんだから匠は傷に気付けるし、そんな進藤くんだから匠は傷に気付けない。
どちらがいいなんて決められやしないけども、どちらも願ったように進んでいるのがまた、匠との信頼関係を表しているようで切ない。

レミちゃんは強い。疑いを言葉にし、嫌いだと思ったら態度に表出できる。そんなレミちゃんですら、大好きな人のそばにいたいと願ったとき、“異性に向けるものとして正しい好意の枠に収まって、自分の本音と感情を蔑ろにする”という選択を取ろうとした。
嘘をつくことに慣れていないからこそ、嘘に傷が滲んで、結果匠に気付かれて、“自分で自分を傷付け続ける”という修羅の道を歩むことはなかったけれど。でもその修羅の道を、少なくとも1年以上笑顔で歩んでいる男を知っているんですけどね……名前を進藤将暉くんっていうんですけど……。

傷に気付いたレミちゃんは、逃げようとした。でもそこに八重が歩み寄る。嘘を混じえながら。八重は人助けをしても、押し付けがましく感謝を求めはしない。そんな“嘘”が、レミちゃんの鼻についた。
「なんでそんな嘘をつくの!? 」「感謝、されたくないんです。(私がする人助けは)自己満足だから。役に立てたら、ここにいていいんだなって思えるから。」
胸がちぎれるほどの自己犠牲である。「ばかにしないで。匠が選んだあなたをばかにするってことは、匠をばかにするったことだから。」このドラマはさ〜〜、自分が言った言葉が跳ね返ってきて自分の傷を刺すのが上手いんだよも〜〜〜!!!
「……私が大好きな匠を。」しっぽについた独り言は、レミちゃん自身に向けたものだろう。

レミちゃんはわかっていた。八重は、本当に匠が選んだ人。そばにいてほしいと願った人。今までは、自分の方が匠と信頼し合えていると自負できて、嫉妬ややっかみも跳ね返せたけど、八重だけは怖くて、初めて自分の居場所がなくなるんじゃないかと不安になった。
「(匠への感情は)恋愛じゃないの。信じてもらえないかもしれないけど。」つっけんどんに言うレミちゃんを、八重はずっとまっすぐ見つめていた。「ただ、大好きなの。」涙ながらに言うレミちゃん。……だめだ、全部進藤くんとの対比で、勝手にしんどさが割増になる。
「恥ずかしいけど、匠みたいな人と出会えたのは、奇跡だって、勝手に思っちゃってた。」なんて綺麗な魂なんだろう。でも、その綺麗な魂を汚すものがある。世間体と、固定観念という呪い。
「でもだめだから。性別が違うと、どちらかにパートナーができたら、付き合い方を変えなきゃいけなくなる。」顔が歪むのは、視聴者もだった。「将暉が羨ましい……! 」

ないものねだりだと言われれば、そうかもしれない。でも進藤くんは、付き合い方が変わるかもしれない不安を抱えたかったんだろう。完全に離れるか、友だちとして居続けるかなんて、対極な選択肢。でも、レミちゃんは匠に恋愛感情は無い。だから完全に離れることはなくて、そうなれば同性の方が都合は良くて。
……だめだ、なんだこのドラマ。良すぎるだろ。トリンドル玲奈の綺麗な顔に、レミちゃんの涙がくっきりと浮かぶ。
そんなレミちゃんの手を取り、八重はまっすぐ言うんだよ。「奇跡なら、受け取ってほしいです。奇跡ってご褒美で、受け取っていい人にしか起こらないと思うんです。」

ONEPIECEのイワンコフの台詞が浮かぶのは、やっぱり私がONEPIECEのオタクだからだろうか。「奇跡は諦めないやつのもとにしか降りてこない! 奇跡ナメんじゃないわよ! 」
諦めずに努力して、人生を頑張って、その中にほんの少し神様が混ぜてくれた奇跡。それを受け取れない人にはきっと、そのうちご褒美も訪れなくなってしまうんじゃないだろうか。
「嫌だったら、私言います。レミさんなら、言える気がします。」はにかみながら言う八重、正直めっちゃ可愛かった。

その後、「嘘に巻き込んで、傷付けたくない」と言う匠に、レミちゃんは毅然と言い放つ。「ばかにしないで。優しい嘘なんかいらないから。大切な人の嘘なら、嘘に巻き込まれたいし、一緒に傷付きたい。そういう、強い自分だと思われたいの。」
なんて煌びやかで強い愛なんだろう。匠という大切な人に罪悪感を抱かせるくらいなら、一緒に傷付きたい。匠への好意は恋愛感情じゃないと明言できて、でも異性だからこそ変わらなきゃいけない関係性にもやもやしてしまって、でもやっぱり強いからそれを表出できる。

ひとつ言っておきたいけれど、レミちゃんが強いからと言って、進藤くんが弱いわけではない。ただ、臆病ではあると思う。
恋愛感情ではない、と断言できず、一緒に傷付きたいとも言えない。ただ胸のうちで静かに「あなたの嘘なら見て見ぬふりをする」と覚悟を決めるだけ。
レミちゃんが匠に対して恋愛感情を持っていなかったからこそ、進藤くんもそれを感じ取っていたからこそ、進藤くんは“匠の傍にいる相棒”という友愛に徹することができたのだろう。
どちらも「この人のことが大好きだから傍にいたい」と願っていて、でもそれを性別という呪いに邪魔されて、嘘で心を武装する。その強がりという鎧を、優しく剥がしてくれるのが、匠が誰よりも傍にいてほしいと願う八重なんだよな……。

これだけ進藤くんの話をしているけれど、7話の進藤くんのシーンは一瞬だった。
“レミちゃんが八重ちゃんになにかするかも”というふわふわとした忠告を、匠にするシーン。そのシーンも、彼は“匠が決めた無茶な納期”のために徹夜していた翌朝のそれで、でもレミちゃんから意味深なメッセージが来ていたから、匠が大切に想っている八重のために、助言した。
……だめだ、進藤くんにとってのハッピーエンドであるパセリが、都合のいい相手になっているような気がしてならない。

結局、進藤くんにとってのハッピーエンドって、実態がないんだよ。
レミちゃんは進藤くんが羨ましくて、八重はお姫様になりたいという淡いけれど確かな夢があるけれど、進藤くんはレミちゃんの立ち位置を羨んでいるわけでも、八重になりたいわけでもない。なれるとも思っていない。
じゃあ今まで通り、友人として傍にいられればいいかって言うと、そうでもない。なぜなら8話、進藤くんは匠に言っている。「指輪、外さなくなったんだね。」その表情は、改めて“俺の感情が報われることはないんだな”と自覚し、淡い傷を再確認したような寂しさがあった。
つまり、パセリになることで傷付く覚悟はしていたけれど、その傷の深さにまでは見えていなかった。覚悟を決める強さはあるけれど、自信はどうしても確立できない。
そんな中、進藤くんの表情には寂しさ以外の感情も混じ入る。“匠と八重ちゃんの結婚は嘘じゃなかったんだな”という安堵。そこには微かに、“やっぱり俺を騙していたわけじゃなかったんだね”という友愛からの安心も、見受けられてしまう。

言葉を選ばずに言うと、しんどい。ただただシンプルに、しんどい。
やめろ、進藤将暉。自分の中の傷を抱き締めて微笑むな。もっと心の底から笑ってくれ。パセリが強いと言いきる匠を笑ったみたいに、その柔らかい顏を破顔させてくれ。進藤、頼む、笑ってくれ、頼む。

そしてまた8話では、匠と健斗と八重の幼なじみ三角関係がメインで描かれる。つまり進藤くんの出番は冒頭くらい。
匠は八重が大好きなのに素直になれなくて、健斗が現れたことでそれが顕著になり、あぁやっぱり八重は健斗が好きなんだ、俺が離れた方がいいんだ、なんて後ろ向きになって。こら!!! 匠!!! おま、おまえ!!! なにパセリになろうとしてんだ!!! ゆるせねえ! 進藤くんがどんな気持ちでパセリを覚悟したと思ってんだこら!! 表出ろや!!!!!!
なんて、進藤強火担のオタクが顔を出す。匠……お前はメインディッシュなんだよ、大輪の花なんだよ、お前が身を引くことは進藤くんに失恋以上の痛みを与えることを忘れるな……。
なんて言ったが、進藤くんだってメインディッシュだし、大輪の花なんだよ。

進藤くんは、パセリを自身のハッピーエンドとした時点で、もう自分の傷はかさぶたになったと思っていたんだろう。でも、彼は失恋したわけじゃあない。
自分の感情を言語化したこともなければ、想いを伝えたこともない。それは匠相手のみならず。八重相手にもできなかったし、きっとレミちゃんにも言ったことはない。だからこそ、レミちゃんは素直に進藤くんを羨むことができたのだろう。
彼が必死に隠してきた傷は、自分でも容易には見つけ出せないほど奥深くに潜んでしまった。
匠と八重を祝福する気持ちは、間違いなく本物だけれど、それはそれとして匠の薬指に光る指輪を見るたび、彼は報われない現実を目の当たりにするんだ。失恋ではなく、傷と共存していく道を選んだ進藤くんにとって、その痛みはかさぶたになってくれない。進藤くん自身は「パセリになりきれてないから、かさぶたが剥がれちゃったんだな」と思っているかのように歪に微笑むけれど、実際は今も尚新鮮に血を浮かべる傷口なんだよ。

「ウソ婚」には、多くの例え話が出てくる。「幸せの王子」もそのひとつだ。
文学オタクが1度は通る大文豪、オスカー・ワイルドによる名作「幸せの王子」。街の中心にそびえ立つ王子の像と、そんな王子に話しかけるツバメのお話。
王子の像は、若くして亡くなった王子を弔って建立されたものだが、その像には王子自身の魂が宿っていた。王子は自分が王宮の中にいた頃には決して気付くことのなかった、国民の貧しく不幸な現実に直面する。
そんな王子の像でひと休みしようと、南に向かおうとしていたツバメが足もとに横たわる。悲愴な現実に悲しむ王子の涙が、ツバメの羽に落ちた。指の1本すら動かせない心優しき王子は、ツバメに頼む。「私の剣の装飾にあるルビーを、あそこに住む貧しい母子に届けてくれないか? 」ツバメは早く南に渡りたかったが、王子を見て見ぬふりなどできず、言う通りにした。
王子の願いは、ひとつで終わらなかった。「片目のサファイアを、飢えた劇作家に」「もう片方のサファイアを、マッチ売りの少女に」。「そんなことをしたら、あなたは目が見えなくなってしまう」というツバメの忠告も、王子は「この景色を見る方が辛い」と一蹴した。ツバメは言う通りにする。
王子を見兼ねたツバメは、南へ渡るのをやめた。街に残り、この優しくて純粋な王子と共に過ごそうと決めたのだ。
そんなツバメに、王子は残酷にも願いを重ねる。「まだこの街には、不幸な人がたくさんいる。私の体に施された金箔を全て剥がし、全員に分け与えてほしい」。ツバメは、言われた通りにするしかなかった。
冬になり、輝かしい姿だった王子はみすぼらしくなり、南へ渡りそびれたツバメは弱っていった。死を悟ったツバメは最後の力で飛び上がり、さびれた王子の顔にキスをし、そのまま力尽きた。その瞬間、王子の心臓はまっぷたつに割ける。
王子が救おうとした人々が、みすぼらしい姿になった王子の像を取り壊しにかかる。王子の像は溶鉱炉で溶かされたが、まっぷたつに割けた王子の心臓は溶けず、足もとで息絶えていたツバメと一緒に、ゴミ捨て場に捨てられた。
それを見ていた神が天使に、「この街で最も美しく尊いものをふたつ持ってきなさい」と命じたところ、天使は王子の心臓とツバメの遺骸を持ってきたのだった。

そんな誰もが知る超名作が、「ウソ婚」では例え話として引用される。
いわく、匠はこの話が嫌いらしい。「だってあれ、王子はツバメを巻き込んで死なせたじゃん」。まぁ正直、一理ある。
そしてこの考えを匠たちの幼なじみ三角関係に当てはめると、匠からすると王子が自分で、ツバメが八重だと思ってしまった。「あぁ、そうか。俺はあのお話が嫌いなのに、八重をツバメにしちゃうところだったんだな。」
匠にとって、八重がなりたい“お姫様”は、完璧な王子様の健斗の隣にいることで、自分は指1本動かせないさびれゆく運命にある王子の“像”に過ぎない。だから八重をお姫様にする自信もなく、“ツバメの優しさ”に乗じて自分のエゴを押し通しているようにしか見えない。

や、やるせない……! そんなことないよ、と手放しに言えるほど、匠に優しくできない自分がいてしまう。
匠は強くて、優しくて、欲しい言葉をナチュラルにあげられる人で、素直になれない、臆病なキャラクターだ。彼はずっと軸が変わっていなくて、ただ八重が大好きで、八重と暮らして「ありがとう」や「ごめん」が言えるようになった素直な男なんだ。
でも、その真っ直ぐさは、無邪気に人を傷付ける。
進藤くんやレミちゃんが、その顕著な例だが、ふたりに並ぶ匠の被害者が現れる。
匠の元カノ、紗智だ。

高校時代、匠は紗智と付き合っていた。と言っても、匠は八重と出会った頃から八重以外見えておらず、紗智のことが好きで付き合ったわけではない。紗智もそれに気付きながらも、自分の中の想いを捨てることができず、匠に告白。半ば無理やり付き合うことになったという。
そんな紗智が、低い自己肯定感と匠への想いで揺れ動く八重の前に突然現れる。当然、ふたりは顔見知り。八重からしたら、紗智は“好きな人の元カノ”で、紗智からしたら、八重は“好きな人の想い人”。本当なら火花を散らしかねないが、このふたりには諦観と怯えが見て取れる。

八重と匠の仲睦まじい写真を見て、いても立ってもいられなくなってふたりの家に突撃し、八重と話すことになった紗智。当初私は、この行動力がどうにも恐ろしく、戦慄していた。
「えっ、高校時代の同級生だからこそ知り得る、八重ちゃんの自己犠牲精神とか、匠の拗らせた八重ちゃんへの恋愛感情とか利用していらっしゃる??? なんなら“あんたには幼馴染もうひとりいるでしょ”感すらあるんだが〜〜!?!? 」と、まぁまぁしっかり喧嘩腰だった。なにせこちらは進藤将暉強火担である。進藤くんがなんとか折り合いをつけて見つけたパセリというハッピーエンドを彩るメインディッシュが、問答無用で許可なく入れ替えられるかもしれないなんて、心中穏やかではいられないというものだ。
でも、このドラマは人間が多面的で多角的なものなのだと教えてくれる。そこを描くのに、一切の余念を許さない。
紗智が匠を忘れられず、高校生の頃から時間が止まったままなのは、匠との思い出が原因だった。

高校時代、匠と紗智は夏祭りに行った。それは正真正銘のデートだったが、匠の視線の先には、クラスで同じ夏祭りに行っていた八重しかいなかった。八重の隣には健斗がいて、匠の髪には八重のヘアゴムがついていた。
「それ、千堂さんのだよね? そういうの、ちょっと嫌だな……。」言いにくそうにしながらも紗智が素直に言えば、匠はヘアゴムだって外してくれる。デートだってしてくれるし、恋人として接してもくれる。
でもそれは、紗智が言ったから。現に匠は、「じゃあ、ここで」誕生日に勇気を出して夏祭りに誘った紗智に、呆気なく別れを切り出す。「え、でも誕生日なんだよ? 」「ごめん、クラスのやつに呼ばれてるから。」「……わかったよ。」
納得したわけではない。匠に背を向けた紗智は、追いかけてきてほしい、手を引いて謝って、八重よりも紗智を優先してほしい。
そんな寂しさを漂わせたはずなのに、匠は中々来ない。痺れを切らした紗智は振り返るが、匠は追いかけてくるどころか、早々に背を向けて八重に会うため走り出していた。

あのとき、匠が紗智よりも八重を優先したからこそ、健斗は身を引き、海外へと旅立った。だから、一概に匠の選択が間違いだったとは言えない。
でも、あの瞬間紗智の時間が止まってしまったのも揺るぎない事実で、匠は紗智の時間に傷跡を残してしまったのだ。
時間が止まってしまった紗智は、自信を失った。謝ってくれたらゆるそうと思っていたのに、匠は紗智に謝るどころか、連絡すらくれなかった。匠の中に自分はいないのだという現実は彼女をひどく苦しめた。
そして10年越しに再び現れる、八重の影。少しでも魅力的な人間になって、時間をまた動かしたい、匠の時間の中に生きたいと希っていた紗智が、八重に会いたいと思うのは当然のことだった。
そんな紗智の胸の内を聴いた八重は、思わず言ってしまう。「……なにかできること、ないかな? 」八重の“度を超えた優しさ”という暴力性のある建前が、紗智に言いたくなかった本音を言わせてしまう。「……匠くんと、別れてほしい。」

9話では、八重、健斗、進藤くん、レミちゃんの会話もあった。そこでは「タイタニック」を例に出した4者4様の価値観が語られる。
「タイタニックが沈みそうなとき、救命ボート譲る? 」という問いに、自己犠牲が染み付いてしまっている八重は答える。「譲るかも……。優しいとかじゃなくて、自分が譲らなかったせいで他の人が、っていうのが、耐えられない。」
続いてレミちゃんは「15歳以下なら、譲ってあげる」と言い、健斗は「譲るとしても、死ぬつもりでは譲らない。譲ったら、絶対俺も助かる道を選ぶ」と言い放つ。
らしいな、と思った。やっぱりこの作品の脚本家さんのキャラクターの掘り下げは、半端じゃない。
我らが進藤将暉くんは、何食わぬ顔でみんなを撮りながら、子どものように無垢な表情で話していた。「俺はスッ、て救命ボートに乗って、そのまま存在感消す」。己を恥じなさい、と健斗との差に口を尖らせるレミちゃんを前に、進藤くんはコメディ口調でのらりくらりと躱していた。

放送当時、私はこの「タイタニック理論」を「メインディッシュ理論」と繋げて考えていた。

八重
🚢→罪悪感に耐えられないから、そっと自分が犠牲になる。
🥘→私よりあの人の方がメインディッシュにふさわしい。

レミちゃん
🚢→自分の人生を誇っているからこそ、自分と同じくらい面白い人生がありそうなら、勝手に託してあげる。
🥘→私のメインディッシュも美味しいけど、あなたのも美味しくなりそう。

進藤くん
🚢→自分の未来も諦められないけど、他人のドラマに顔を出したくないから存在感を消す。
🥘→端っこでいいから、お皿にのせてくれたら嬉しいな。

健斗
🚢→他人の人生に責任は負わないし、負わせもしない。
🥘→絶対美味い料理にしろよ。俺も美味い料理にするから。

書いてから思う。「メインディッシュ理論ってなに? 」
要は、このふたつのエピソードだけで、自己犠牲が染みついた八重の悲しい性が浮き彫りになっているのだ。その上で、物語を進める力も持ち合わせている。やっぱりすげーよ、脚本……!
そして同時に、レミちゃんの気高さ、健斗の真摯さ、進藤くんの自己愛も描いている。
進藤くんの自己愛、と端的に記したが、進藤くんの自分の守り方はいっそいじらしいほどだ。傷に慣れるために傷と共存し、自分でもそれが傷だと気付きはしない。
そんな進藤くんと、自信に満ち満ちているからこそ匠への想いに揺れ動いたレミちゃんのおかげで、八重の自己否定が少しほどけたところで、匠の元カノの紗智が出てくるんだよな……。

ただひとつどうしても思ってしまうのは、八重は紗智に「なにかできること、ないかな? 」と訊いたけど、似た立場に進藤くんが立ったとき、彼は「結婚おめでとう」と微笑んだんだよな………………。

10話。
本当に本当にごめんなんだけど、この回は予告が1番しんどかった。
9話では語り切られなかった、紗智の過去が語られる。「ちゃんと好きになってもらえなかったのは、私の方だから」「いつか匠くんに好きになってもらえるように、頑張ろうって思ってきた」。
素直に傷を吐露されたことで、八重はより一層自分が閉じこもる殻の強度を上げてしまう。
ツバメは、王子を想っていたからこそ、生よりも愛を選び、一緒にいる道を進んだ。それは自己犠牲ではなく、自己愛の果て。
本当に? 八重の感情の蓋が開く。本当は、自分こそが王子で、たっくんというツバメに自己犠牲を強いているんじゃない?
不安は形になり、伝播する。匠が画策していたクリスマスイヴのグランピングを、八重はやんわり断る。その言動に、八重の不安を感じ取った匠は「なにがあったの? 」と訊くが、八重は躱す。何度も何度も、ごめんを繰り返しながら。
会社の事業発表の一環でもあるブライダルを断ることはしなかったが、八重は言葉としてはっきりと“この結婚には終わりがあること”を伝えるようになる。

4話で、匠が八重の食生活に言及するシーンがある。金銭面で匠に迷惑はかけられない、だからできる限り自分の食事にはお金をかけたくない、と主張する八重に、匠は言う。
「飯はちゃんと食え、ケチんな。あと50年生きるとしても、あと5万4789回しか食えないだぞ? 貴重なんだよ。」
それを経て、10話の八重は匠に言う。「あと358回だね、一緒に食べられる、ご飯の回数。」

「終わりにしたい? 」健斗に背中を押され、素直さを出してきた匠が問う。
それでも、お互いに、お互いと出会えたのは幸運だと言いながら、別れに進んでいく八重。10年のときを経て再会できたのは偶然で、でもその偶然があったからこそ幸せだった、偶然いてくれてありがとう、と、匠の顔を見ず、背中を向けて八重は感謝を口にした。
「……あれは偶然かもしれないけど、あのとき八重と会えなくても、俺は八重に会いに行ったよ。」「半年なんて嘘だよ。俺は八重と、ずっと一緒に暮らしたい。」「俺は終わりたくない。八重と、結婚したい。」
やっと素直に本音を打ち明けた匠の背中を、「本音と建前」が強く押す。それでも八重の表情は暗く、匠のキスもはっきりと拒絶した。

そして10話の予告で、結婚が嘘だったと告白した匠に対する、進藤くんとレミちゃんの反応が映る。「本物だと思ってた、匠と八重ちゃんの関係は」。
進藤くんのこの台詞を聴くまで、もしかしたら進藤くんは“ふたりの結婚が嘘だと気付いた上で祝福しているんじゃないか”という疑念を持っていた。ふたりの家に行ったからこそ、色々訝しく思える点は残っていたし、でもそれよりもふたりの関係性への祝福が勝ったから、黙認しようとしているんじゃないかと。
でも違った。進藤くんは疑わしいところも見ないふりをしていただけで、純度100%の親愛でふたりを祝福していたんだ。

匠と健斗の会話に頻出するものとして、「死んだ後に中が見れる箱」というものがある。生きている間頑張れば手に入ったのに、諦めたから手に入らなかったものが入った箱。
「たっくんの箱には、八重が入っているんだろうね。」過去に、そう匠を煽った健斗に、10話で匠は言った。「お前の箱には、八重が入ってるんだろ? 」
健斗は夢で見たことがあると言っていたが、恐らく、明言はしなかったが、健斗の箱に入っているのは八重ひとりではない。

じゃあ、進藤くんは? 望むことも諦めて、でも諦めた先にこそ幸せがあるのだと信じて、自分の感情からも目を背け続けてきた、進藤くんは?
嘘をつかれていたと知ったとき、進藤くんはパセリにもなれなかったんだと思ってしまうんじゃないだろうか。やっと自分の中で位置付けた幸せが、実は最初からなかった空虚なものなんだと感じでしまうんじゃないだろうか。
進藤くんは、自分の感情を秤にかけるんだよ。匠への思慕と、友愛。疑いと、祝福。相手の傷と、自分の傷。
いつだって重い方を取って、それが全部自分の本音だとでも言うように振る舞う。でも秤で選ばれなかった方も、もちろん彼の本音で、そしてその秤は彼の主観で重さを変える。

11話で、ようやくその秤は壊れてくれる。
八重としっかり向き合って、自分のしてきた罪にも向き合った匠は、嘘を告白することを決意する。八重のことをツバメにしたくないからと、八重と別れた匠は、結婚は嘘だった、騙していてごめん、と頭を下げる。
進藤くんは柔らかく微笑んで、「いいよ」と答えた。「私は無理! 将暉みたいに笑って許せない。」すかさず、レミちゃんが友人として責めるからこそ、匠の友人としての進藤くんが顔を出し、「本当だと思ってた」と口にするが、やっぱり進藤くんの信念は変わっていないのだ。
レミちゃんのおかげで、友愛の方を忘れずに匠の傍に居られる進藤くんは、もう片方の恋慕の方ではずっと“匠の嘘なら見て見ぬふりをする”と決めている。そうすれば少なくとも、匠にとって“都合のいい人”になれるし、匠というメインディッシュの皿を踏み荒らすこともしなければ、傍に居ていいと許し続けてくれるだろう。
だから、嘘もゆるす。でも匠と八重の友人としては、素直に「本当だと思ってたのに」という感情が吐露される。

正直、レミちゃんと八重はともかく、進藤くんと八重の関係を友人関係と呼ぶのは違うのではないかと、私はどこかで思っていた。
でも9話で、進藤くんとレミちゃんは、八重に連絡している。イブのグランピングデートを断られたせいでしょげている匠を心配し、進藤くんは八重に、そんな匠を見て八重も心労を抱えているのではないかと、レミちゃんも八重に。「大丈夫? なにかあった? 」という旨のふたりの問いは、自己肯定感の低い八重に寄り添ったものだっただろう。
確かに、レミちゃんと進藤くんの、八重への友情のタイプは違う。嫉妬心を抱えれば素直に言えるのがレミちゃんとの関係なら、進藤くんは全く逆だ。でも、進藤くんはレミちゃんと違い、心からの祝福を匠に伝え、お互いに“嘘で自分や他人を守ってきた人”だという共通認識がある。
似たもの同士は同族嫌悪にも繋がるが、同族意識にも繋がる。
匠の相手が八重だからこそ焦り、その上で認め、友人になったレミちゃんも。匠の相手が誰でも認めるしかないけども、八重で良かった、八重だからこそ祝福できた進藤くんも。
結婚が嘘だったという事実を前にしては、裏切られたという現実しか存在しない。

そしてまた、レミちゃんは「嘘をつかれたくない」と匠に宣言している。「嘘に巻き込んで傷付いてほしくない」という匠に「嘘をつかれるくらいなら一緒に傷つきたい」と力強く吐露したレミちゃんに対し、進藤くんは自分の立場を言語化してはいない。
じゃあ進藤くんにとって“匠に嘘をつかれた”という事実は、どう映るのだろうか。“パセリとしてそばにいることが幸せで、パセリとしてそばにいるなら邪魔にならない”と信じていた進藤くんにとって匠の嘘は、“俺はパセリにもなれなかった”ということになりかねないのではないだろうか。
匠は、レミちゃんくらい真っ直ぐ来てくれる子には真っ直ぐ言葉を伝えるし、素直になれない八重相手だと気持ちを隠すような人間他と知っているからこそ気持ちをちゃんと伝えようと奔走する。でも進藤くん相手の、安心しかない友情関係だとそれすらやってくれないんだ……だからこそ、進藤くんは宙ぶらりんのまま救われてくれないんだ……。

11話、進藤くんやレミちゃん以外にも、匠は二木谷社長にも嘘をついていたことを告白し、謝罪する。そして元上司の淳にも正直に言い、八重から離れ、仕事にも来なくなってしまう。
その期間、1週間。進藤くんが嘘をゆるし、宣言通り見て見ぬふりをしたら、匠がいなくなった。匠のそばにい続けるためにしたのに、匠がいなくなってしまった。
“あれ、俺のハッピーエンドって、パセリじゃなかったのかな”。初めて、進藤くんの中に疑問が生まれる。“匠が笑って、幸せでいて、その傍に居られるのが幸せなのに、どうして”。
ドラマではたった数分だったけれど、1週間の匠との音信不通を経て匠の家の扉を叩く進藤くんには、今まで見たことの無い焦りがあった。きっとこの1週間で、進藤くんは自分の傷に初めて向き合ったのだ。

匠の家に、匠はいなかった。でも八重と、久しぶりに顔を合わせたレミちゃんと進藤くんは、八重に訊ねる。嘘を知った上で、それでも心配の方が大きい感情の中で、ふたりは友人として八重に寄り添うんだよ……!
「私にとっての幸せが、誰かを傷付けてることがたくさんあるんじゃないかって思うと、怖くなって……。私が無神経に喜んじゃってたとき、泣いてる人がいるのかも、って。」
八重のようやく現れた、弱音という本音に、恐らく匠と八重の幸せの1番の被害者ふたりが耳を傾ける。「だからなに? もしその西野さん(紗智)が匠のパートナーになれたとして、あなたと同じように考えて、あなたみたいに身を引いたらどうするの? 」レミちゃんは詰問する。「そんなので、いつ誰が幸せになるの!? 」

「八重ちゃん。」対して、進藤くんは優しく呼びかけた。「誰も傷付けない幸せなんて、無いよ。」でもその表情に普段の軽薄とも言える微笑はなく、真剣そのものだった。
「ていうか、八重ちゃん、傷付けてるからね。俺のことも、レミちゃんのことも。」進藤くんが自分の傷を言葉にした瞬間、八重の表情がわかりやすく強ばった。
「でもそれでいいんだよ。100%無傷の幸せなんて、無いよ。あったとしたら、それは嘘。自分か他人か、どっちかに嘘ついてる。」諭すような、自分に言い聞かせているかのような。それでいて、歌っているかのような柔らかさだった。
「自分の傷も、他人の傷も、受け止めるしかないじゃん。それでも笑えるのが、幸せってやつなんじゃないの? ……匠とだったら、笑えるんじゃないの? 」進藤くんの甘くゆるい発音は、縋るような幼さすら感じさせた。

進藤くんは、自分の傷から目を逸らし続けてきた。傷が自分の中にあると知りながら、向き合って耐え切れなくなって匠から離れたり、匠に距離を取られたりするくらいなら、傷に慣れた振りをして現状を幸せだと思い込むことが1番だと、信じてきた。
でも、本当は傷付いている。匠がいなくなって、初めて自分の中にある本当の幸せを探り当てて、自分の傷が今も尚出血を続けているという事実に気付いた。そして同時に、その傷こそが、匠たちの幸せの代償なのだと理解したんだろう。

「バカにしないで! 」レミちゃんが強く言う。「あなたに犠牲になんかなってもらわなくても、私たちは自分で幸せになれる。」進藤くんの丸い目がレミちゃんを見、八重を見た。
そのタイミングで、レミちゃんの携帯が鳴った。淳からの連絡。匠は会社を辞め、淳に買い取ってもらい、車もマンションも全部売るつもりらしい。
八重は、想像よりもずっと思い詰めている匠がいるであろう、思い出の場所を思い出す。「行って!(匠はそこに)居るに決まってる! ここで奇跡が起きなかったら、いつ起きるの? 」レミちゃんの口調は、叱りつける母親のようですらあった。「今淳から連絡がきたのも奇跡みたいなものでしょ? 今度こそ奇跡を受け取って。」奇跡に怯えていたレミちゃんが、八重に出会えたからこその言葉。
臆病になると、降りかかる奇跡を受け取れなくなる。でも、奇跡を受け取れない人はきっと、幸せにもなれない。
それでもなお、不安が勝ってしまう八重に、進藤くんは優しく語りかけた。「八重ちゃん。奇跡って花言葉の花、知ってる? 」4話で花束を抱え、自分の感情の蓋をぴったりと閉め切っていた進藤くんだからこその、進言。「ブルーローズ。もうひとつの花言葉は、“夢叶う”。でも昔は、“不可能”だったの。」
進藤くんの言葉に、ウソ婚のジャケットが想起される。匠が八重に差した傘の上に降りかかる、青い花。可憐なあの花々は、ブルーローズだったのか。
「ブルーローズは、自然には存在してなくて、作るのも無理って思われてたから、咲いたら奇跡って言われてた。でも、咲かせたんだよ。青いバラを夢見た人たちが、長い時間をかけて。」八重に降りかかる“不可能”から、匠は本音と建前の混じった愛の傘で守っていたけれど、八重の周りには青い花がたくさん咲いている。
「咲かせられなかったら、嘘つきって言われるかもしれない。……でも、咲いた。」それって、このお話は“不可能という嘘を、奇跡という幸せで取り戻す”物語だったという暗示なんじゃないか?

「匠と八重ちゃんの嘘って、結局は夢の話でしょ? 八重ちゃんが花を咲かせてくれたら、嘘つかれたんじゃなくて、夢の話を聴かされてたって思うから。」進藤くんの言葉に続き、レミちゃんが着けていたイヤリングを外し、八重の耳に着ける。美しい所作はたおやかで、雅だった。「気合い入れて、嘘を奇跡に変えてきて? 」

ふたりの言動に背中を押された八重は、ようやく走り出す。匠を全力で追いかけて、大声で告白した。「もう俺に巻き込まれんな! 」と突き放す匠に、「お姫様にしてやれなくてごめんな」と言う匠に、「お姫様には自分でなるから! たっくんが好きだから、一緒にいてよ! 」と。

パセリのままじゃ幸せになれない、自分が傷に向き合わなかったら、匠も八重も幸せを受け取ってくれないままだと気付いた進藤くんは、レミちゃんと匠の家に行き、八重の背中を押した。レミちゃんはお守りのイヤリングを分けてくれて、奇跡を受け入れる強さを託してくれた。進藤くんは、あの日自分の感情を守った花束と同じように花言葉を教え、“俺も傷に向き合うね”と微笑みかけた。それが八重の度重なる臆病と自己否定を救った。
進藤くんは、“自分が嘘つきになればみんな幸せになる”と本気で思っている八重に「傷付けてるからね」と言うことで、自分も傷に向き合う覚悟を見せた。「自分の傷も他人の傷も受け止めようよ」は、「みんなで傷付きながら幸せになろうよ」と言っているようですらあった。
パセリとしての幸せを捨て切れるほど、恋慕から目を背けられはしないけれど、図々しいパセリになることで、進藤くんは匠への恋慕も友愛もどちらも救った。自分の感情の本音を全部抱え込んで、ようやく前を向いて、匠と八重の幸せを心から望んだ。
そして。レミちゃんの「私たちは自分の力で幸せになれる」という言葉があったからこそ、進藤くんはブルーローズの話ができた。「匠の嘘なら見て見ぬふりをする」と言っていた進藤くんが、「匠の嘘をゆるしたら誰も幸せになれない」ことに気付き、「自分の傷に向き合ってちゃんと傷付く」ことで本当の幸せを言葉にして、ようやく「失恋する」。

4話で指輪という形で溢れ出た恋慕が、こんな形で花開くとは思わなかった。パセリはメインディッシュになれないし、パセリが大好物になる人もきっといないだろうけど、パセリは綺麗な花を咲かせるんだよ。可憐で美しくて、それこそ進藤くんが柔らかく笑ったときのうな淡い春のようなあたたかさがある。
匠が強いから好き、と言ったパセリを進藤くんは花束として綺麗に咲かせたんだね。

結局、ウソ婚は綺麗なハッピーエンドで終わる。匠は、止まっていた紗智の時間と、自分の罪に向き合い、八重との幸せを掴み取る。「お姫様には自分でなるから! 」と泣きながら宣言した八重に、「お前は最初からお姫様なんだよ! 」とダサくもはっきりと言う姿は、正直かっこよかったよ。
最終話で、進藤くんは匠に声を荒らげた。「お前らは好きな人に好きって言える幸せがわかんねえから、そんなうじうじしていられるんだよ! 」「ずっとひとりで贅沢うじうじしてろ! 」「幸せって、なるもんでも、してもらうもんでもねえだろ! 」
自分の感情に蓋をして、殻に閉じこもっていた進藤くんが、友人として荒々しく匠の背中を押す。好きな人に好きだと言えなくて、たぶんこれからも一生好きだと言える機会を失った進藤くんが、好きな人が幸せを掴むために前を向く。きっと、「幸せって、なるもんでもしてもらうもんでもねえだろ! 」は進藤くん自身にも向けた言葉で。「八重たちが犠牲にならなくたって、私たちは自分で幸せになるから」と言うレミちゃんのおかげで、自分の力で幸せになる覚悟ができたからこそ、匠にも幸せを掴む勇気を持ってほしいと心から願ったんだろう。
そんなん愛だよ。恋が実らなくとも、それは間違いなく愛なんだよ。好きな人の幸せのために奔走し、そして自分も自分で幸せを掴むと宣言する行為が、愛じゃなくてなんと呼ぶんだ。これが愛じゃなければなんと呼ぶのか僕は知らねぇよ……。

そんな愛に生き、それでも実らなかった恋を胸に抱えたまま静かに失恋した進藤くんのラストは、描き切られることはなかった。
女王様然と振る舞うレミちゃんは、お姫様として愛してくれる淳と結ばれるが、進藤くんのシーンにパートナーらしき人はいなかった。進藤くんは草木に絡まった青とピンクの風船を取り、男の子に青色を、女の子にピンクを手渡す。いつも通り、優しく柔らかい表情で、「はい」。
「ありがとう! 」子どもは無邪気に答えながらも、風船を逆に受け取った。そしてそのまま元気いっぱいに走り去る。進藤くんはしばらく呆然としていたが、どこか泣きそうな顔で、憑き物が取れたように微笑む。「……そっか。」

進藤将暉くんの過去は語られないし、原作漫画とはキャラクター造形も違うし、スピンオフドラマだってない。結局、主人公となった進藤くんの姿は、私たち視聴者の中にしか存在しないのだ。
だからこれは、想像の域を出ないけれど、きっと彼も過去に呪いをかけられた。青とピンクがあれば、男の子は青を選ぶ。それと同じように、男の子は女の子しか好きになっちゃいけない。浮かんだ感情が定型からはみ出していれば、なかったことにして隠し切らなきゃいけない。その先にこそ幸せがあるはず。
呪いと言うと仰々しいかもしれないけれど、進藤くんだって悪意から風船を手渡したわけではない。むしろ純粋で優しく清い善意からだ。そして過去の進藤くんに純粋な呪いをかけた大人も、きっと同じだった。
“人より植物が好き”だった子どもの進藤くんは、笑ってその呪いを受け取ったのかもしれない。でも進藤くんから風船を受け取った子どもたちは、笑顔で善意だけを受け取り、呪いは跳ね除け、自分の感情を優先した。その無垢で輝かしい信念を浴びた進藤くんの「そっか」は、自分の中で固く結ばれてしまっていた呪いの紐が、ほろりとほどけた証拠だったんだと思う。
失恋して、これから自分の幸せを探そうとしている進藤くんにとって、それは大切な作業だった。あの「そっか」だけで、彼がこれから自分の幸せに向かって歩いて行けるんだろうな、と確信できる。

きっと、視聴者の目には映らないだけで、進藤くんはこれから花畑のような色とりどりで、幸福な人生を歩んでくれるんだろう。パセリを哀れんで、自分と同一視して、でもパセリ以外の幸せはいらないし分不相応だと思っていた臆病な彼が、失恋して友情を形にして花を咲かせた。
その上、臆病で殻に閉じこもり続けていた呪いもほんの少し解けた。進藤くんが今後恋をするかはわからないけれど、もし恋をすることがあれば、そのときは“好きだと言える勇気”を持って、“お互いに好きだと言える幸せ”に向かってくれるんだと思う。そんなこれからの進藤くんの背中を押すのは、薬指で痛む指輪や、お皿に残ったパセリじゃない。笑顔で受け取られた風船や、匠と八重の笑顔なんだよな。

あぁ、やっぱりこの表現力を映画で浴びたいよ、渡辺翔太。
最後になったけど、ウソ婚、幸せになる勇気をくれてありがとう。

P.S.
今ちょうど不二家さんpresents「SnowManの素のまんま」のめめなべ回を聴いているのですが、渡辺翔太くん、今年の春に「DREAMBOYS」という舞台で帝国劇場の1番に立っているんですよ。でもオファー当時、渡辺さんは「俺じゃあ力不足だ。今までの先輩みたいに演じられない」と、オファーを断ろうとしていた渡辺さんの背中を押したのは、目黒蓮だった。
「しょっぴーならできるよ。ここからきっと、世界が広がるよ。」そう鼓舞した目黒蓮は、前のめりに夢を掴んでいく強さがある。結果、そんな目黒蓮の言葉に勢いづけられた渡辺翔太は、「渡辺のドリボが1番だって言われるくらいやってやる! 先輩に負けねえ! 」と言い放つまでの気合いと自信を手に入れることになる。
同じ時期に連ドラの主役と名脇役を演じたふたり。アルバムのユニットでも組み、「素直になれずに愛にすれ違うふたり」の世界観でファンを虜にした。連ドラの大きな役に抜擢されたふたりだからこその、ドラマっぽい心情描写豊かなユニット曲は、あまりにも愛に溢れたプレゼントだった。

自信が持てず、臆病になってしまったところを、燦然と輝く太陽のような肯定で背中を押す。どこか「ウソ婚」とリンクしていて、それが同じ時期にプライベートでも起こったことが、なんだか奇跡のように思えた。
渡辺翔太という人間が、メンバーからの愛で数々の舞台を彼という花で飾ったのだから、やっぱりきっと進藤将暉くんのこれからの人生も、綺麗な花々で溢れているんだろうな。
進藤将暉くんを愛させてくれてありがとう、渡辺翔太。

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