小説 外見

彼女の頸はモヂリアニの描く女みたいだ。

すらりと長い。

けれど全体的な感想を言わせてもらうと手足が短く、座高は高く胸はあまりなく、美しい頸に乗る顔はまんまるで、笑う時奥歯の銀歯が二、三本見えた。有り体に言えば全くもって当世の美の基準とはかけ離れている。
昨今のメイク道具や技術の向上も彼女には役立たなかったと言うよりも男の僕でも知っているメイクのテクニックすら行使していないようだった。

少しは気にせいよ、君と教えてくれる友人に恵まれなかったのか、周りの女子はみんな彼女と同じくメイク直しもしない、半分消えた眉毛の行方を捜しもしない、血色の良くなるようなチークを選びもしないそんな女たちなのか。

ショートカットにするのは良いけれども前髪をそんな短くする必要はないだろう、個性的を褒め言葉とはき違えているのではないのか、服装も今時とはかけ離れて女らしくもなく、さりとてマニッシュと言うのでもない、お母さんに編んでもらっているのかね、その黄色のカーディガンは、そのへんてこなアップリケのついたカーペンターズパンツは脱がす気にもなれんぞ、あとパッチワークの布製のバック多分風車柄はおばあちゃんになってから持とうね。

でも彼女と話していると、とても面白かった。

見かけより中身が大事、だけど本当は見かけも中身も大事だろう。

すごい美人じゃなくていい、でもきちんと身なりに気を使えて少なくとも寝ぐせだらけの頭を鏡で見た時にやばっ、変、直そうと思える心の余裕は必要だろう。

女だからとか男だからとかじゃなくて。

これから会う相手に対する大袈裟にいえば誠意みたいなもの。

もったいないな、ちゃんとすればいいのにって思ってもなかなか言えないもんだ。

見かけのせいで一回会ったらさようならですまされるのって残念じゃないか。

僕は過剰な人間は苦手だ。ムスク系の香水をあんた何プッシュしたんだよ、とか柄オン柄オン柄さぁどうだ風オシャレとか、娘と服を共有していますと言う若さの押し売りとか、過剰なのは見ててつらいんだ。

彼女はけっして過剰ではない。だから一緒に話していても嫌じゃない。

それにしても僕のことを異性として意識していないのは丸わかりだよな。

僕の方だってそうだけど。

好きな人と会う時にそんな女っ気ゼロのファッションはないもんな。

今日二人で飲んだ。一応バーというところで、カウンターで、洒落っ気のない二人が横に並んで。

話の流れで、「好きな芸能人いる?」と聞いた時に彼女はしばらくうーんと考えた後、
「最近テレビ見ていないのでわからないですね。」って答えた。
「テレビうち無いですから。」と少し恥ずかしそうに呟いた。

「テレビ嫌い?」
「そうですね、疲れるんですよね、画面に出てくる文字を追ったり後で付け足した笑い声を聞いていると。」と彼女は答えた。

「今はYouTubeで昔のラジオ番組がアップされているから主にそれを聞いています。違法なんですけど助かっています。」
とにっこりして二杯目のジントニックを空にした。

「へぇ、面白いのあるの?僕はあまりラジオを聞いて来なかったな。」

お勧めのありますよ、とバーテンダーに三杯目のジントニックをオーダーした後ピスタチオの殻むきに苦戦しながら嬉しそうに教えてくれた。

暗い照明の中で少し朱に染まった頸筋が彼女がとてつもなく女である、異性であることを感じさせて僕は咄嗟に眼をそらした。

彼女と別れた後でそのお気に入りだと言うラジオ番組のコーナーを聞いてみた。

ど下ネタ満載のそのコーナーに唖然としながらも男の人にこういう番組が好きだと言わない方が得策だと次回会った時に忠告した方がいいなと思いながら、あぁ後もうちょっと女らしい酒を頼んだ方が可愛らしく見えるんじゃないかと教えてやろうとも思った。

でもそのラジオのDJの流れるような闊達な語りぶりとハガキ職人の自由度とお笑いのセンスに驚き、彼女も同じ下ネタで笑っているのだろうかと楽しくなった。

きっと気が緩んでいる時に超度級のネタを一人の部屋で聞きながら、あの銀歯を見せながら爆笑しているんだろうな。

いつもはへんてこな格好しているけど部屋着はジェラート・ピケだったりして。
ピンクのパジャマだろうが中学校時代のジャージだろうが霜降りのスウェットだろうがいつものあのファッションよりは数段ましなのだからして。

スマホが鳴りだした。

彼女だ。

ガラケーしか持たない彼女とはLINEでは繋がっていないのだ。

「もしもし夜分遅くすみません。」
穏やかな声が実に耳に心地よい。

へんてこなのは格好だけ、外見だけなんだ、言葉遣いは丁寧だし、思いやりを持って接してくれるし、彼女とは気が合う。だから二人で飲みに行ってしまう、見てくれを気にしない彼女と。

「今日好きな芸能人いるかって聞いてくれましたよね、あの時思い浮かばなかったのですが、あの後ずっと考えていたら、一人浮かんできた人がいました。」

「うん。」

「夏目漱石です、あぁすっきりした、おやすみなさい。」

切られた電話を片手に僕は思った。

ひげでもはやすかな。

そもそも漱石先生は芸能人にカテゴライズされるのか?

先生、中身はあなたに今のところさすがに敵わないかもしれない、僕には文才は全く無い。でもね、あなたより胃腸は強いですよ。くだらん自慢を一つ噛まして僕は眠りに就く。




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