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言葉がきこえる声、あるいは想像のヴァイブレーションーノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクト特集②

2023年8月、チェルフィッチュ新作『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』が吉祥寺シアターにて世界初演を迎えます。
本作はチェルフィッチュが2021年より取り組むノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクトの一つの成果として、日本語が母語ではない出演者たちとのクリエーションを行っています。
チェルフィッチュnoteでは、全三回に分けて、様々な視点からこのプロジェクト/作品をご紹介していきます。第二弾は本作で演出助手を務める山本ジャスティン伊等さんです。劇作家・演出家でもある山本さんは、本作の演出助手公募で初めてチェルフィッチュのプロダクションに参加、日々稽古場にてクリエーションを支えています。そんな山本さんの視点から本作のクリエーションについてご紹介します。
(第一弾 プロジェクト参加者 張藝逸さんのレポートはこちら


四月のはじめ、都内の稽古場で二日間のオーディションを終えたあと、岡田さんがふと、「今回の作品は、言葉が聞こえてくる演劇になる」と言ったのを覚えている。
演劇を見に行って、はじめは集中していたけれど、だんだんと俳優の身振りやセリフの意味が後傾していって、ふと気づくと風景でも見ているかのように舞台上をボーッと眺めていた——そんな経験はないだろうか。自分が演出家でもある手前、自戒を込めて書くが、「声」は聞こえているけど、「言葉」が聞こえてこない、そんな演劇は意外に多い。
この作品の重要なポイントであると繰り返し俳優に伝えられることになる、この「言葉が聞こえてくる演劇」というコンセプトは、今回の稽古の進め方にも大きく関わっている。

オーディションの様子

毎回5〜6時間行われる稽古は、「お話し会」から始まる。俳優が、他の俳優やスタッフに向けて何か短い話をし、次の人が同じ話をする。稽古を始めて間もない頃、このワークの目的は、他人の話を真似することではない、という話が岡田さんから何度かなされた。
「お話し会」では、前の人の身振りや言葉を全く同じように再現=真似することよりも、自分が話を聞いて想像した空間やイメージを再現すること、それらを言葉と身振りによって、自分の周囲の空間にあてがうこと(稽古場では「プロジェクション」と呼ばれる)、そしてそれを聞いている人に、今ここには存在しない空間を想像させることが優先される。
数分前に聞いた話を再度自分のものとしてイメージしなおすとき、俳優は自分自身の言葉や身振りを注意深く(しばしばそれを見ている人よりも)見聞きしている。そうして自分の言葉をひとつひとつ理解しながら、イメージを作り出すことが必要とされる。だからプロジェクションする空間の正確さは、それを行う俳優にこそ必要なもので、たとえば自分が空間にプロジェクションする家のなかで迷子にならないように、(たとえ聞いている人にとっては話の内容が問題なく理解できていたとしても)俳優が話をやり直すこともある。

稽古場での「お話し会」の様子
終始リラックスした様子で行われる

「お話し会」において重要とされる、「想像のプロジェクション」と「自分が発している言葉を自分自身が聞くこと」は、演技や発話を制作する上で大きな柱とされた。
本作の稽古では、毎回かならず最初から最後まで通して本読み(俳優がテキストを読む稽古のこと)を行なっている。稽古初回から劇場の稽古場に入ってもなお欠かさずに本読みを行なっている作品は珍しいのではないだろうか。
しかしそのように繰り返しテキストを読んでいく際に、上で挙げた二本の柱は、演出家と俳優に共通の基準となる。一見かなり主観的な感覚に基づくようにも思える「自分の言葉を聞く」という基準も、稽古を重ねていくなかで、少しずつ、だが着実に、座組の中で共有可能な知覚になっていったのだった。

本読みの様子

そして「想像のプロジェクション」と「自分の言葉を聞く」という二つが達成された時に、はじめて俳優の「言葉が聞こえてくる」という出来事が起こる。
日本語が母語ではない人々を俳優として据えた今回のようなクリエーションにおいて、「言葉が聞こえてくる」というのは、必ずしも「正しい」、流暢な日本語を意味しない。発音としては間違っていたり、つっかえたりするところもないわけではない。しかし稽古場ではそのことはまったく問題にならないし、演出家である岡田さんも指摘しない。言葉が音として流暢であるかどうかと、その言葉の意味、言わんとすることが俳優の身体をとおして観客に伝わるかどうかは、まったく別のことなのだ。
言葉の意味が伝わる日本語と、その正しい発音という、わたしたちが無意識のうちに内面化してしまっている言語の規範が、激しく揺さぶられる。そのとき、この作品は、日本語演劇の、あるいは単に演劇作品としての美的な可能性を開くだろう。
これはぜひ実際に上演を見て、多くの人に体感してもらいたい。

最後に、日本語が母語である俳優ふたり、米川幸リオンさんと、安藤真理さんについて書いておきたい。繰り返しになるが、今回のクリエーションでもっとも驚くべきは、俳優の言葉が聞こえる、ネイティブが行う多くの日本語の演劇よりもはるかに言葉が聞こえる、そしてそのことが、日本語演劇の可能性を開く、ということだ。
一方で、リオンさんと安藤さんは、日本語が母語ではない俳優たちとは全く別の質感を持つ演技をそれぞれ担っている。本作のステートメントにある岡田さんの言葉を借りるなら、ふたりの強烈な、ときにユーモラスな演技があってこそ、舞台上がマルチヴァースとして、複数のリアリティが現前するのだ。これも間違いなく、本作の見所のひとつになるはずだ。
そのような演技の制作を可能にしているのは、俳優と演出家の緊密なコミュニケーションと地道な試行錯誤だ。
そういう稽古場に立ち会うことができて、わたしはたのしい。

文:山本ジャスティン伊等


公演情報
チェルフィッチュ 『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』東京公演
2023年8月4日(金)〜7日(月) 吉祥寺シアター
詳細: https://chelfitsch.net/activity/2023/06/in-between.html

<ノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクトについて>
演劇は、俳優の属性と役柄が一致せずとも成立するものです。それにも関わらず、日本語が母語ではない俳優はその発音や文法が「正しくない」という理由で、本人の演劇的な能力とは異なる部分で評価をされがちである、という現状があります。
ドイツの劇場の創作現場で、非ネイティブの俳優が言語の流暢さではなく本質的な演技力に対して評価されるのを目の当たりにした岡田は、一般的に正しいとされる日本語が優位にある日本語演劇のありようを疑い、日本語の可能性を開くべく、日本語を母語としない俳優との協働を構想しました。
2021年よりチェルフィッチュはワークショップやトークイベントを通してプロジェクトへの参加者と出会い、考えを深めてきました。2023年3-4月にはこれまでのワークショップ参加者を対象にオーディションを実施、選ばれた4名とともに『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』を創作・発表します。
今後も活動を継続し、このような取り組みが他の作り手にも広がることで、日本語が母語ではない俳優たちの活動機会が増え、創作の場がより開かれた豊かなものになることを目指します。
新作公演『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』東京公演では『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』ではこの活動をご支援いただけるサポートチケット(¥8,000)を販売しております。