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お酒の科学【中編】:醸造酒・日本酒

お酒を神秘的に語ったり、お酒好きな方にありがちな官能部分について、本稿ではあまり深入りしない。あくまで科学的な部分で学んでみよう。ウイスキーの回(下記リンク)に続く内容でもある。

全部で三本続く連載でもある。

酒税法で言えば、日本酒は「醸造酒」にあたる。ワインやビールも同じだ。他には、ウイスキーなどの「蒸留酒」や、梅酒などの「混成酒」がある。


醸造酒は色々と気を遣う

ワインのブドウにはもともと糖分が含まれており、そのまま自然発酵でアルコールが産まれる。これに対し、大麦や米はデンプンのみ。発酵させるためにはまずデンプンを糖化させて、酵母を加える。米の場合、そのために麹菌の酵母を利用している。麹は培地によって、「米麹」「麦麹」「大豆麹」などに変わる。日本酒の発酵で興味深いのは、糖化と発酵を同時に進めていることだ。

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日本酒の場合、ひとつのタンクにて、糖化と発酵を行うことができる。ただ、その「仕込み」には工夫が必要で、現在は三段階に分けて行われている。それを並行複醗酵と呼ぶが、下記のサイトでも学べる。本稿では、後ほど触れてみよう。


日本酒作りの主流になった「寒造り」。秋に収穫した新米を使い、冬に仕込みに入る。この先駆けが神戸の灘であり、六甲山から吹き下ろす冬の冷たい北風を利用している。日本酒の仕込みは、「冷やす」ことが肝だ。なぜなら、醸造酒の難点は雑菌の繁殖にあるからだ。発酵と腐敗は結局同じ現象であり、人類に有益な部分だけをいかに抽出するかが、肝になる。そのひとつが温度管理だった。

原料にも、気遣いは必要だ。米は精米して食するもの。米粒同士をすり合わせ、表面の糠層を1割ほど削り取る。栄養のつまった糠を取り去るのはもったいないのだが、食べにくさや調理の面倒さを考えると、玄米のままでは難しいだろう。

日本酒に用いる米は、4割から5割削る。「もったいない」削り方だ。これは表層のタンパク質を除くため。業界ではこれを「磨く」と表現している。一般的に、磨けば磨くほど酒の雑味が消える。ただし、うま味もなくなる。両者は表裏一体の関係であり、そのバランスをどう図るかが問われる。プロから言わせれば、その磨き方にも各蔵元の技術力が現れるという。

米は、発酵させる前に蒸す。「炊く」のではなく「蒸す」のだ。炊いたときの水分は65%だと言われるが、蒸すと水分は減る。35%くらい。蒸米は若干硬めに仕上がり、米粒同士がくっつかない。麹菌を繁殖させる上で、表面積が広くなるのは有利だ。

デンプンとは、ブドウ糖が長くつながった高分子。このままでは微生物が分解できない。しかも固体では扱いが厄介なため、液化しておきたい。こうして生まれたのが、蒸す知恵だ。ここに麹を加えてデンプンを分解する。

ではいよいよアルコール発酵だ。カビの一種である麹菌を蒸米に振りかける。この麹菌によって、和食に不可欠な日本酒やみりん、そして味噌が誕生した。この麹が米のデンプンを糖に変え、その糖が発酵にてアルコールを産み出す。

ちなみに、口の中でデンプンを噛むと、同じことが起こる。唾液中の酵素が、デンプンをブドウ糖に変えているのだ。映画『君の名は』でも登場した口噛み酒は、この原理を応用している。世界どこにでもある、最も原始的な酒造方法である。

日本では、勝手に口噛み酒を作ることができない。免許制である。『君の名は』の主人公が劇中で言った「酒税法違反」とは、嘘ではない。


麹と酒母を同じタンクに投入

話を麹に戻そう。麹の発見はそれほど厄介ではない。米などの穀物を水分の含んだ状態で放置しているとカビが生える。その一種が麹菌だ。現代では、麹菌の胞子を乾燥させた「種麹」が流通している。種麹は平安時代に始まり、室町時代には業者が存在していたという。

発酵には酒母が欠かせない。白米全体の7%ほどを酒母造りに用いる。酒母とは微生物だ。その酒母には乳酸菌を加えている。酸性の環境下で他の菌を寄せ付けない役割を果たす。その乳酸菌は、やがてアルコールが増えていく中で、徐々に死滅していく。

下記動画より(おいしいお酒ができるまで|月桂冠)
下記動画より(リンク先は「独立行政法人酒類総合研究所」)

酒母とはいわゆる「酵母」のことであり、パンを発酵させるイースト菌と同じ役割である。人類は何千年も前から、酵母を利用していた。酵母は酸素があれば呼吸をし、酸素がない状態ではブドウ糖を炭酸ガスとアルコールに分解(してエネルギーを得る)。日本酒の酒母は、醸造酒では最も高いアルコール濃度(20度)を造るのが特徴だ。

発酵を進めながら、水・蒸米・麹を足す。通常は三回に分けて足すので、三段仕込みと言われる。冒頭で書いた「並行複醗酵」である。三段に分けているのは、酸性状態を保つためだ。「醪(もろみ)」が、ブツブツ泡立ってくる。これは炭酸ガスだ。人にとって刺激臭となり、発酵現場では酸欠状態に陥りかねない。現場に立ち入るときは注意しよう。

その後、アルコールが搾られ(酒粕と分離され)、活性炭での濾過を経て、火入れ(60度ほどで殺菌)となる。雑味を取り除き、貯蔵中の日本酒を腐敗させないための最終工程だ。こうした智慧は歴史の中で徐々に登場してきたものだ。


日本酒に地域性が出る理由

日本の食は、素材にこだわっている。酒米にも、主には生産事情が強く反映されている。精米しやすさが重要だ。収穫量では山田錦が多く、五百万石と合わせると、圧倒的なシェアをもつ。山田錦は兵庫県の試験場で誕生、その母は「山田穂」で、多くの酒米はここから派生している。

マンガ『夏子の酒』に登場した酒米(龍錦)は、「亀の尾」という品種の誕生と発展、衰退と復活の物語である。東北を襲った冷害に耐えて実った3本の穂。その穂籾に目をつけ、苦労して開発にこぎつけた品種だ。ササニシキやコシヒカリなど食用米として人気の品種は、「亀の尾」系統と言われる。

ここでちょっと計算をしてみよう。米1kgからどれくらいの日本酒(純米吟醸酒)が得られるか。精米歩合を60%(=600g)とし、1.3倍(=780ml)の水を用いたとする。発酵時には炭酸ガスとして失われる部分があって、醪は減少する。アルコール度数20%の原酒は理論上、1080mlできあがる。その度数は、加水(=360ml)して15%に調整するため、4合瓶2本(=1440ml)となる。

ワインは仕込みにて水を使わない。それに対して、日本酒は8割が水である。ゆえに水へもこだわりがある。硬度が高い灘の水は発酵が進みやすく、軟水である伏見の水はその反対。どちらがいいというわけではない。京都の地下には琵琶湖に匹敵する強大な水源があるとされている。伏見や洛中に蔵元が多いのは、この水によるところだろう。


甘い・辛い、淡麗・濃醇の違いは、地域によって分かれる。上記の理由によって個性的な酒が造られ、地元住民はそれに飲み慣れる。口当たりがなめらかな「淡麗辛口」、他方「濃醇」になると味全体のバランスがよくなる。

地域別の日本酒の特徴|全国の地酒(日本酒)蔵元を応援する「地酒蔵元会」


フルティーな日本酒とは

ここからは、日本酒の雑学的部分に触れておこう。よく見かける「吟醸酒」の文字は、吟味して醸造する、すなわち格付けが上位の日本酒である。吟醸が低温での長期間発酵を前提としているのは、香り成分を醪に残すため。なぜなら吟醸酒とはフルーティな香りを楽しむものだからだ。

発酵ではどうしても熱が発生する。これを抑えつつ、しかし発酵を止めないように、温度を仔細に管理しなければならない。

また吟醸香成分を広げるために、酒母の開発も行われている。米や麹には香り成分が含まれていないため、酒母のもつ酵素で香りをもたらしている。

さて、その吟醸酒は、法律で定められた分類である。他にも「大吟醸酒」や「純米酒」など、全部で8つの分類があり、これらは酒税法で包括している。味については(法定ではないが)、甘口・辛口の他に、香りが強い・弱い、味が濃い・薄いの分類がある。吟醸酒は味があっさりでも香りは高い。

味が薄いとは、決して悪いことではない。すっきりした味わいを「淡麗」と表現すればイメージはガラリと変わるはずだ。逆に、香りが低くても味が濃いのは、純米酒の特徴の「濃醇」だ。味も香りも強い日本酒は、古酒系に多い。

最後に、同じ醸造酒として、西洋の代表「ワイン」と、東洋の代表「日本酒」の違いを示しておこう。日本酒離れがたびたび言われるが、フルーツのように甘く香る吟醸酒であれば、もっと多くの女性が口にしていいお酒である。米をしっかり磨くからこそ、その脂質分が除かれた華やかな香りだ。

また、酵母が産み出す(アルコール以外の)様々な成分が、その香りを決める。カプロン酸エチルであれば、リンゴやナシのような味になる。酢酸イソアミルであれば、バナナやメロンのように感じる。

ワインと日本酒は、原料の違い(ブドウと米)だけではない。製法も異なる。ワインは酒母を加えただけ、日本酒は(先に見た通り)酒母の前に麹を加えて、糖化と発酵を同時に行っている。日本酒の特徴は、カロリーや糖質が、さらにアルコール度数もワインより高い。横置きにするワインは、コルクが乾燥して酸化が進んでしまうのを防ぐため。長期保管をあまり考えていない日本酒は縦置きにしていい。

同じ醸造酒でも、両者には意外なほど違いがある。ただ、中には面白い試みある。お米に対して、ワイン酵母を用いてみる方法だ。それを示した記事から、冒頭写真を拝借した。「ワイン酵母」だから甘酸っぱくなるわけではないが、その点は「白麹」を用いてクエン酸を増やした。様々な要素を調整して、理想とする味わいを出す。そんな科学的な試みが、日本酒でも始まっている。


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