ペリフェラルとワールドトリガーを合わせたような実現可能な近未来

amazon のプライムビデオで配信されているペリフェラルと漫画のワールドトリガーのような異次元世界を繋ぐ物語。

ワールドトリガーは、漫画の世界観を抜けきってない事や刀や槍といった原始的な武器を使って接近戦で敵を倒すという間抜けな発想が幼稚すぎる。

そういう意味ではペリフェラルのような、未来から過去へやって来て過去を変える為に未来人が過去にやって来て、旧人類が核戦争を起こさない未来に変えて行くという発想の方が現実的に面白い内容だったりする。

現実的な人の動きを寝ながらイメージして、意識だけが未来に行ったり過去に行ったりするという発想の方が面白いだろう。

イメージ上の電脳の世界では、アバターのような感覚で超人的な動きや運動能力を発揮したり、ホログラムで世界が構成されているという世界。

ある意味、「The Matrix」的な世界観をワールドトリガーのランク戦などのイメージで作り出すという内容。

使える武器なども現代の時代にあった実在する兵器類や歩兵戦術などではなく、ペリフェラルのように実戦で現実世界で戦う、生死を賭けた未来人と現代人の戦いのような設定。

未来人ではなくても、ワールドトリガーのように並行する異世界人との戦いのような物語の方が面白いだろう。

ストーリーの展開的にも、子どもが熱中する漫画的な世界観よりも、大人も子どもも興味を持てる内容の方が実写化もしやすい。

子どもの夢が叶う的な発想の物語よりも、現実的で残酷な世界観を表現する方が面白いだろう。

もし、自分が中東世界の人々と同じような世界に閉じ込められ、その仮想の敵にガザ地区で起きてるような状況に追い込まれ、テロと呼ばれて反発するパレスチナ人達の行為を本当にテロだと思えるのか…

自分自身に降り掛かる災難の内容により、人は、他人がどうして争うのか考えるようになる。

そうした紛争地帯の内容などを仮想的に表現する空間を用意し、仮想の敵に攻撃された時に、人はどのような感情を持つのか?

ソードアート・オンラインでも同じような表現が見られるけど、よりペリフェラル的な現実世界との交流や争いごとを仮想空間内で体験し、仮想の死を体験できる内容だと面白かったりするよね。

ワールドトリガーでは何度でもベイルアウトできるので、死ぬことを前提にした戦い方ができるのに対し、ペリフェラルなどの現実世界の戦いと仮想未来でのやり取りが交錯して、過去で起きる死により、未来では過去に死んだ人が活動できないという面白さがあったりする。

人の命が有限である以上、人の死を重く受け止め、現実的な争いが何なのかを知る表現が重要な教えになる。

漫画の世界ではモブキャラが、簡単に殺されるのが当たり前になりつつある。

漫画の世界でも重要なキャラが最初に死んで、次の世代が継いで行くというような内容もあるだろう。

主人公が早い時点で死んで次の主人公にバトンを渡して、次々に新しい展開に変わって行くストーリーの方が、漫画のシナリオ感も変わって面白いんだけどね。

外国の小説や映画とか、そういう内容の作品があるよね。

武器も有限の方が面白いだろうし、無限ルールで弾を撃ちまくったり、原爆落とされても生きてるようなストーリー展開だと、無敵のスーパーマンだと勘違いするアホが量産される。

現実世界と空想の世界を理解できないバカが、犯罪を犯す世の中が当たり前になりつつある。

実際には、100人程度しか殺されてない被害を1,200人殺されたという噓を仮定にテロ行為を大袈裟に騒ぎ、実際にテロリストとされる側の人間の仲間たちが3万人規模で殺されてもテロ=悪人(悪人の仲間も悪人)という風潮で殺人を擁護する人達が大勢いる。

特に、パレスチナ問題に例えるなら、どちらが侵略者なのかを考えれば容易に答えが導き出せる筈なのに、パレスチナ人が悪者としてテロリストに仕立て上げられている。

元々、パレスチナの土地自体が、オスマン帝国であったのに、オスマン帝国から自分達の独立を約束され、パレスチナが英国の委任統治領になり、レバノンがフランスの委任統治領となり、現在のシリアがロシアの委任統治だった時代がある訳で…

その委任統治時代にパレスチナが受け入れた少数のユダヤ人を元に、ユダヤ人コミュニティが広がり、国連に圧力を掛けてユダヤ人達に領土を割譲する理不尽な取り決めを行なったのが、パレスチナとイスラエル問題の始まりな訳だけど、戦争で勝ち取った物を自分達の物だと主張できる環境を作り上げてるのが、今の世界の常識の間違ってる部分。

そういう風な内容を仮想的に疑似体験することで、異世界をシオニストと仮定して、現代人側をパレスチナ人コミュニティだと思えば、侵略者側がネイバーのシオニスト側に感じるようになる。

どういう理由で争っているのか、争いの原因や主義主張が食い違う物は沢山ある。

その食い違いが争いだったりする。

仮想空間で争ったり、仮想空間で主張する事は意義がある事だろう。

紀元前の過去には、国の勇者同士が戦って戦争を回避した歴史が今でもプロレスのようなショービジネスに名残で残っている。

宗教という一つの戒律により、多くの人が殺し合うのなら宗教というモノを無くした方が良いだろう。

欧州の宗教家の多くが宗教を疑問に思い、日本の神道へと関心を持って神道を欧州に広める人達が増えている。

戦争の原因の多くがイスラム教やキリスト教・ユダヤ教である。

または人種の違いや主義主張だったり、地元に対する侵略者の排除が理由だったりする。

例えば、ロシアのウクライナ侵攻は、ウクライナが抵抗するのは正義だと言い、パレスチナ人が自国をシオニスト達から取り戻そうとする行為をテロだという。

実際に、国も持たずに欧州で嫌われて迫害を受け、欧州の童話や童謡の物語の中で、狼や人攫ひとさらいとして表現されてる人達は、ユダヤ人(アシュケナジー)だったりする。

こういう風に、人が如何に愚かで簡単に洗脳され、自分達のコミュニティを作っているのかを知るのも、ゲーム的な内容を盛り込んだ漫画などの空想的(仮想)の物語から学ぶのもアリだと思う。

そういう作品の原作でも書いてみようかな…

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