本を冷蔵庫に入れた話

もう棚という棚を埋め尽くしてしまった。壁じゅうをありとあらゆる棚にしてこれだ。ぶどう棚や藤棚がはたして棚かどうかというもっともな議論はまた別に譲るとして、仕方ないだろう! 本のほうで勝手に増える。減らしたいものほど増えていく、よくある話だ。全部の棚に本が入っている以上、とくに本棚というべき棚ももはやない。

そしてもう床という床も埋め尽くしてしまった。眺めてるとこっちが絶海の孤島の気分だ。ここがのどかな秋の野原なら、足を踏み出せば足許からぱっと飛び立つ雀たち……ここでは本の山が三つばかり崩れる。ものすごく地味なうえに戻すのにも一手間。街まるごと踏みつぶす巨大不明生物だってここまで律儀にはやらないはずだ。

本棚も床も尽きた、太陽はまた昇った。思案に暮れる間に夜はさっさと明ける。これまで頑として開いてこなかったあの扉の向こうを使うときが来たらしい。行き場を失った絵本たちを両腕に抱えて、本のタワーの間を……といっても間なんかないから、裸足で踏み倒しながらようやくたどり着いた。冷蔵庫の前。

ちいさく深呼吸して扉を開ける。冷蔵室、そして冷凍室と絵本たちを詰めていく。扉を開けたときだけ箱の中で灯ってくれる、オレンジ色の光は冷えていても優しい。……もうこれで全部だ、日はまた暮れた。縦置きで空いたスペースは横置きで埋めた。この身の置き所には未だに困るけれど、本の置き所が決まりゃちっとは気が楽だ。

ふと思い立って冷凍室に入れた絵本をぱらぱらとめくる……どうも変だな。お母さんと一緒にホットケーキを焼いていたはずの熊の男の子が冬眠している。金と銀の斧を持って池から出たい神様は、こりゃ出られないぞと頭を抱え、いばら姫の城のいばらには霜が降りて、ますます勇者たちを拒んでいる。

いっぽう、冷蔵室では雪の女王の城がどんどん解凍されて崩壊まぎわ。「初めはそうでもないかとたかをくくっていたけれど思った以上にこれ解けるのが速い!」城から逃げた少年の置き土産なのか、春が来てはたまらないと女王は吹雪を巻き起こす。そういうわけにはまいりませんと冷蔵庫もヒートアップ。

ばつん!と鳴って暗闇になる……ブレーカーが落ちた。

増えすぎた本を部屋の隅から始めて、まとめて捨ててしまおうと何度試しただろう。なんで捨てないの?というもっともな問いかけが心のインク瓶から幾度となく溢れた。でも思い出のあと一冊を縛ろうとすればいつも決まってビニール紐が少しだけ足りない。それはわざとでもなければ偶然でもない。ただそうなるべくしてなっているだけだ。

冷蔵庫の扉を開けて、ひんやりと冷たい本たちを取り出してまた腕に抱える。ぱらぱらとめくれば雪の女王の城は完璧な雪と氷、すべて元通り。熊の男の子はホットケーキを頬張り、神様はやっと池から顔を出し、いばら姫の城のいばらは息を吹き返し、百年の呪いが解けるのを待つ。あれは夢の中のできごとだったのだろうか。それで構わない、部屋中にあふれかえる思い出とこれからなる予定の記憶たちに、命めいたものがまだあると分かったのだから。

ブレーカーを上げてやればまたいつもの部屋。本棚も床も尽きた、なるべくしてそうなった。もう一度冷蔵庫に本を入れてみようか、と思ってやはりやめる。太陽はまた昇った……

(2016年10月)

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