石畳と秋の蝶

石畳にアオスジアゲハがいる
たった一匹で翅を閉じてぴんと立てている
危うく踏みつけそうになる足を引く
飛び立つのを待つでもなく眺める
一枚の紙切れのようでいてはためかず
海原を行くダウ船の帆のごとく
青のパステルで描いたドロップスを
並べた翅を垂直に立てている

隣を歩く人が足を止めた
暖かい秋の日だまりに風が凪いだ
目を細めて何を眺めるのかその人は呟く
――ここ、昔、海だったんだ
その目には石畳の道と
太古の海原とが二重映しになっている
足元にはアノマロカリスに噛まれたんですとしくしく泣く三葉虫
慰めたものかどうかはたと悩む

静かに続く石畳の道の向こう
時計台は底抜けに青い空にそびえる
――海だった頃の話、もっと聞かせて
と振り返ればもうそこにはいない
それはもう思い出せないくらい前のことで
といってもここが海だった頃よりはずっと後で
でも思い出すための時間を思うだけで気が遠くなる

石畳にアオスジアゲハがいる

(2016年10月)

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