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「祈り・藤原新也」レポ

行ってきた。
今年は読書・勉強だけでなく、体験・経験に資源を割く年にしたい。
頭使ってるだけじゃ踊りも「こう生きたい」という目標もどうにもならないことをいい加減覚えてきた。

■展覧会概要

・藤原新也氏の経歴

藤原新也氏は1944年の生まれで、現在70代の写真家・文筆家。
今なお旺盛に活動・創作をしている。

氏の創作活動で特筆すべきなのは、写真・文筆・絵画・書など、数多くの手段を横断し、いずれにおいても秀でた表現を発表しているところにある。
本展覧会は、「祈り」をキーワードとし、氏の創作活動を初期作から最新作まで一望できる作りになっている。氏にとっては初の大規模個展であり、貴重な展覧会であると言えるだろう。

氏は23歳のときに東京芸大の油画科に入学しているが、その2年後に中退している。
展示の中には氏によるドローイング(在学中・中退後どちらの作品もある)も含まれており、写真展の中にあって氏の創造性を空想するのに良い助けとなっている。

・初書籍『印度放浪』

氏は特に写真とエッセイを組み合わせた作品作りで有名であり、著名になるきっかけとなったのは1972年に発表された初書籍『印度放浪』。
当然ながら当時にSNSなどは一切なく、新聞・雑誌といったオールドメディアが主流だった。
そういった中、「写真とエッセイによる個人発信」という手法は決してメジャーではなく、氏の制作スタイルは時代を先駆けていた。
芸大油画科に入ったにも関わらず写真と文章を表現の手段としたのは、旅をしながら制作をするのに最も適した方法だったからだという。

『印度放浪』が初めての著作だったにも関わらず大きく評価されたのは、上記の制作スタイルだけでなく、氏の技術や用いた題材が非常に優れていたのが理由だろう。
アジア諸国を訪問して多くの人々と交わりながら、日本とは異なる死生観や生活風景を目の当たりにし、その様を写真や言葉を通じて切り取った。
このとき氏は26歳前後。1972年は、昭和の学生運動が沈静化した頃で、精神的支柱を失った学生・青年層のバイブル的存在となったらしい。
若年期の代表作は他にも1989年に発表された『東京漂流』『メメント・モリ』の2作があり、こちらも当時社会に大きな影響を与えたようである。

■展示物紹介

・死生観を揺さぶる鮮烈な写真表現

氏はインドを巡って人の死ぬ瞬間や火葬現場などを写真に収め、「日本とは全く異なる死生観が存在する」ということを発信した。

撮られた写真を非常に大きな画面で鑑賞することのできるこの展覧会では、死にゆく人の指先のシワまで視認することができる。そして、静謐で広大な自然が同時に添えられた写真もあり、まるで命と自然は一体であることを主張しているかのように感じられる。

「白昼堂々、自らの死期を悟った僧侶が河の淵に横たわり、死を迎え入れようとしている。」
「メメント・モリ」連作の一部。

そうした場面や構図が目の前に現れると、それがまさに今眼前で繰り広げられているかのように錯覚する。それゆえ写真に関して全くの門外漢である私でも、氏の作品の構図や主張が優れていることが理解できてしまう。
そして、各写真に添えられた氏のキャプションは、それらに内包されたメッセージをより強く引き出す役割を担っている。

『メメント・モリ』の中には、「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」というキャプションが付与された、人間の死体を噛む犬を捉えた写真がある。
これは特に有名になったらしく、本展でも大きく飾られていた。

“ニンゲンは犬に食われるほど自由だ“

写真だけでも文章だけでも成立せず、それらが一対となって初めて成立する表現がそこにはあった。

・『印度放浪』以降

氏はインドを旅して『印度放浪』を出版したあと、アフリカや東南アジア、香港など東洋のあらゆる国を周り多くの著作を生む。
その後1989年にはアメリカを起点に西欧へと足を伸ばし、やがて日本へと戻り故郷の北九州市や各地域へとカメラを向けるようになる。
近年では震災直後の東北やコロナ渦中の無人街を代表として、現代社会の諸問題の趨勢を記録し続けている。

撮影対象が変われども、若い頃からテーマとしてきた「人の死生」は途絶えずに脈打ち続けているのを感じた。
展示タイトルである「祈り」とは、氏が「これまでの道程と根幹に流れる人への思い」を込めた言葉だ。

キャプションのついた氏の写真からは、明確なメッセージを読み取ることができる。
一方で、初期から最新作までを一望する中で、キャプションには表されずとも共通して存在する想いを氏の作品群に見出すこともできた。
氏が言い表した「祈り」は、そこにこそ宿っているのだろうと思う。

『印度放浪』には、この展覧会で示されなかったようなインド放浪をするに至った動機、放浪を経て考えたことなどが書かれているはずだ。
本展示や氏のライフワークをより理解し、私自身の人の生死についての洞察をより深めるために、ぜひあたってみたい。

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