見出し画像

試写『6月0日 アイヒマンが処刑された日』

試写『6月0日 アイヒマンが処刑された日』ジェイク・パルトロー監督
2023年9月8日(金)公開

試写で拝見しました。まことにありがとうございます。



アドルフ・アイヒマン。
第二次世界大戦中にアウシュヴィッツ強制収容所でユダヤ人大量移送を主導したナチス親衛隊員です。ドイツ敗戦でアルゼンチンに逃亡しますが、1960年にモサドに居場所をつきとめられてイスラエルに連行され、同国の裁判で死刑判決がくだされます。


原題を「June Zero」と題されたこのフィルムは、アイヒマンの1962年6月1日未明に行われた死刑執行を軸に、アイヒマンの遺体専用の焼却炉の建設と、アイヒマンの死の現場に携わったひとびとが描かれます。

アイヒマンの死に直接、間接的に関わるイスラエル人たちを群像劇として仕立てつつ、パルトロー監督が構えるカメラは、この歴史的な出来事が象徴する歴史、というか、さらにいえば、時の経過がもつより大きなダイナミズムに焦点を当てていきます。

そもそも、ユダヤ教は死者の復活を教義として持つ以上、火葬は禁忌であるわけだし、またユダヤ教を起源とするキリスト教文化圏が基本的に土葬文化であったことからも、死者の火葬が無前提にニュートラルな処置ではおそらくなかったのではないか。火葬をスタンダードとする現代社会に住む限り、わかりえない、ある種の恐怖というか死者への冒涜が、「火葬」という行為には伴うのではないか。

このあたり、おのれの無知ゆえの感想でしょうが、ユダヤ教徒とキリスト教徒の両者を結びつけた「焼却炉」が、人と人を隔離し、集合する、身体性の問題を浮き彫りにするのかな、と感じられました。

「焼却炉」を起点に描き出された身体の死をめぐる時間の波をたどるうちに、パルトロー監督のカメラは、夜を徹して執行・焼却が行われた刑場から、工員がひとり、早朝の太陽の光を斜めにあびながら、歩いて工場に戻ってくるラストにたどりつきます。

ある意味で、たぶん、意味はこのシーンに集約されている気がしました。

なんというか、、たぶん、古典的な映画理論で語られるような、アンドレ・バザンとかのある種の生々しさというか、ロラン・バルトとかの第三の意味というか、映画でしか実現し得ないすごみというか、映画的瞬間としか言えない瞬間が、ここにみごとに顕現しているように思われたから。

おそらく、パルトロー監督、焼却に立ち会った工員の一晩の経験をいかに映像化するか、悩んだのだろうな、と勝手に想像します。言葉を超えた感情や経験であり、どんなに言葉を尽くしても語りえないし、もしくは、残虐な再現映像では物事の表層しか表現しきれない。

20世紀末から21世紀初頭にかけて、「表象」representationという言葉がさかんに使われていた気がましたが(今も?)そういう問題系なのでしょうか。

このフィルムにおいて、夜が朝にうつりかわる刻々はつねに静けさを伴います。静けさは、ナチス残党の死を通じてイスラエル人たちが直面した、底なしの絶望や恐怖そのもの、みたいなもの、であったかもしれないし、そうでないかもしれない。representationの不可能性を前にして、だからこそ、パルトロー監督は、工員にはなにも語らせずに、眩しい朝日の下で、背を丸め、砂埃の道を、目をギョロつかせて無我夢中?で歩かせたのだろうと想像したところです。

この工員を出迎える工場主もまた言葉少なであり、それこそが答えであったのだろうと。それに対し、戦後イスラエル生まれのアラブ人ダヴィッド少年(ユダヤ王の名前を与えられ自分をユダヤ人と信じたい)のみが歓喜の声をあげます。このへんのユダヤvs他者のコントラストは、映画的理解を促すとはいえ、やはり前段階のユダヤ人工員の早朝の歩みが圧倒的でした。

人は、自分自身がそこなわれる瞬間の闇から逃れることはできない。抵抗の時代の英雄と目された工場主をして、自らを「歯車でしかない」と怯えた目で吐き捨てたように、人は、個人の意思を超越した大きな意志に自身がおめおめと飲み込まれて抗うことなどできない、そうした飲み込まれる瞬間のダイナミズムこそが、観念にまとわりつくある種の身体性の原理なのでしょうか。

なんてズラズラ、まとまらない感想文ですが、スピーディな進行で現代的なタッチの映画でしたが、いろいろと考えさせられました。自分がどの立場にいるのかも定まらないのですが。

この佳作が、ぜひ広く見られることを願います。


(ちなみに、2022年現在のイスラエルの民族構成は、ユダヤ人約75% 、アラブ人約21%、その他約5%ですが)。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/israel/data.html


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?