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短編 『 黒 』

(約1,100字)

 やはりその喫茶店の優しい雰囲気は、安定したものだった。
昨日、店に入ったときは若干、緊張していたこともあって細部にまで目が届かなかった。

 入り口の脇にはクリスマスを意識したオーガンジーの飾りがついたプレゼントの箱が置かれ、サンタクロースの格好をした動物たちの置き物が配置されている。

 どれもがあまり日本では見かけることのないデザインだ。これもマスターであるジンちゃんが選んだものだろう。

 コーヒーの香ばしい芳香が、静かに漂っている。店内にエイトの他に客が居ないのに気がついた。

 「今日は、営業‥‥してますか」

私は店内を見渡しながら恐る恐る聞きながら、右手に持つ傘を反対の手に持ち替えた。

 「ああ、やってるよ。今日は、わたしの野暮用で店をいま開けたばかりなんだ。おや、雨降ってくるかな」

 ジンちゃんは丁寧な口調で話した。
男性が「わたし」と言うのを耳心地よく聞ける。美味しい料理を作る人は、なぜ言葉遣いが優しいんだろう。
私が接してきた人は、みなそうだった。

 ジンちゃんは、私の持つ傘をそっと受け取ると、クリスマス飾りの反対側にある傘立てに立て掛けた。

 「雨の予報、出ていたんです。家は近いから
走って帰ってもいいんですけど」

 私はエイトが封筒をテーブルに置きながら、カウンターの椅子に腰掛けるのを目で追っていた。機嫌良さそうなところは、昨日初めて会ったときとイメージは変わらずにいた。

 やっぱり似てる。節目がちにしていたときに
すごく似たひとだと思った。

 「今日は、お仕事、いいんですか」

 私はエイトの2つ隣の席に座ることにした。
なんとなくそのくらいの距離感がいいような気がするのだ。
 ジンちゃんは、かすかにレモンの香りがする水を私たちの前へ置く。

 「今日は仕事、終わりです。終わらせたって言うのが正しい。自由がきくんです」

 いたずらっ子のような表情で、エイトはカウンターの中のジンちゃんに舌を出してみせた。これは日常的に店に立ち寄ると意味するのを察した。

 「終わりだったら、終わりなんだよな。時々、仕事中にも寄ることがあるんだから、コイツ、ほんとに給料もらえる働きしてんのか、って思うときがあるよ」

 くだらない話しばかりを聞きながら、夕食は、またパスタセットになった。
 彼が、前回私が食べたパスタにする、と話したからだ。
 私はトマトベースのパスタ。
 エイトはボンゴレのセットだった。

 つい、彼に合わせてしまった。

 「今日はビーフシチューを食べる日じゃないんだよ」

 ジンちゃんは、ククッと笑いを堪えている。

 そとは寒くなってきたせいか、黒一色の闇が迫っていた。傘が必要になるか、まったく予想出来なかった。


                 続く


         ※フィクションです


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