心に棲みつく雲

洗濯物を干しながら、僕は遠くの山を見ている。
正確に言うと、遠くの山の頂上に引っかかった、低い雲を見つめている。
見つめながら、考えてしまう。
もう、取り戻せない過去を。公開を。
後悔を。
ああ、『NOPE』を映画館で観たかった、と考えてしまう。

最近ついにAmazon Primeで鑑賞した『NOPE』は、うんと面白かった。
ずっと気になっていたし、期待もしていた。「劇場で観たほうが良い」という説も耳にはしていたが、それについては、あまり考えないようにしていた。だって、そんなのどの映画にだって言われることだし、キリが無い。
まあ、仕方無いと思うことにしていた。

だけど、
だけど…
良いなあ。これを映画館で観た皆さん、羨ましすぎる。
SFでホラーの楽しさを兼ね備えながら、全体のトーンの寡黙な熱が、僕にはすごく心地よい。このバランスが面白い。そこに物凄く奥行きを感じる。だから、小さな画面と小さな音だけではキャッチしそびれるであろう表現の機微を、もっと積極的に知りたかった、感じたかった。
そんな想いが、フツフツと煮え続けている。
行くべきだったなあ、映画館。

お金も時間も無かった頃(あれ?今も無い。)は、とにかく映画をたくさん観たかった。観たいものが目一杯あって、旧作100円レンタルの日にわんさか借りて観るのが一番の楽しみだった。僕にとって、劇場で映画を観ることは、贅沢な遊びだ。なんせ、1回でDVD12本分。7泊8日じゃキビしいから1本くらいセール外の新作混ぜちゃおうかな、くらいの贅沢である。
振り返ると、あのシネマシティ有する立川市に14年も暮らしていたというのに、映画館にはほとんど足を運ばなかった。ケチだったな。

しかし、これは「好きなものの、どこを好きでいるか」という話なのかもしれない。家で観ても面白いもんは面白いのだ。
「音楽を聴くのは好きだけど、ライヴには行かない」とか、「カレーは好きだけどちょっと高いレトルトで良い」とか、照らし合わせられるような似た感覚はあるんじゃなかろうか。
そりゃたまには映画館に行きたいけれど、その作品を観れれば満足な僕は、何年もかけて「どう観たいか」なんて発想があまり出来なくなっていたのだった。

そんなわけで、いつの間にかだ。全く知らないうちに、こんなに上映形態が進化していたとは!3Dくらいなら知ってたけれど、え、IMAX?MX4D?… なんだそれ。興味ある。
“映画体験”という言葉もよく耳にする。そういうことなのだろう。ノスタルジーやメモリアル的な意味じゃなく、映画鑑賞が体験になりうる作品があるのだ。どうやら。

『NOPE』は、“IMAXレーザーGT”という、普段の必殺技を修行で磨き上げた上位版みたいな名前の上映形態で観れたらしいのだ。ああ観たかった。
僕は酒は少し嗜むが、タバコも吸わないしバクチも打たない、つまらない男だ。しかし、もしもう一度チャンスがあるならば、俺は行くぜ。妻になじられ、子供に泣きつかれても行くぜ。いや、一緒に行けば良いのか。

今日も、山の頭にぷかっと佇む雲を、意味ありげに感じてしまう。
たまに、そんなふうに心に棲みつく作品がある。


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