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(備忘録)福島臨海鉄道の石碑について

街歩き中にみつけた、謎の石碑

福島臨海鉄道を探索中、気になる石碑を見つけたので備忘録としてまとめます。駅跡にあることから設立記念碑かと思いましたが、違うようです。

福島臨海鉄道・宮下駅跡にて
全景。石碑は右隅

大正四年拾月建之
馬頭観世音碑
東商会軌道部

碑文の全文は上記サイトで確認できます。

馬頭観世音とは

六観音・八大明王の一つ。密教で、悪人や敵を降伏させる修法の本尊。俗には馬の守り神とされる。

精選版 日本国語大辞典 https://x.gd/ZMLPc

馬頭観音碑は、馬匹の健康を願い、また落命した馬の供養のために建立される碑塔である。江戸期以降、交通の安全を願う神仏として街道沿いにも建てられた。
一般的に牛馬を多く用いた農村、交通の難所、競馬場、軍馬に関係する場所で見ることができる。実際に馬が落命した場所であることもある。

なぜ鉄道敷地内にあるのか

福島臨海鉄道が「馬車鉄道」に由来するためと考えられる。

福島臨海鉄道とは

福島臨海鉄道は、福島県いわき市のJR常磐線・泉駅から、同市小名浜の小名浜駅を結ぶ貨物鉄道。全国9つ*¹の臨海鉄道*²の一つである。

*¹八戸(青森)、仙台、福島、秋田、鹿島(茨城)、京葉(千葉)、神奈川、衣浦(愛知)、水島(岡山)
*²臨海工業地帯の貨物輸送のため設立された、日本国有鉄道・地方自治体・各企業による第三セクター方式の鉄道

常磐線泉駅~小名浜駅間の経緯

1907(明治40) 鈴木藤三郎が個人経営の馬車鉄道を開始
1911(大正元)  合資会社東商会へ軌道を譲渡
1915(大正4)  【★】碑文建立
1918(大正7)  磐城海岸軌道に買収される
1927(昭和2)  馬力から内燃動力へ変更
1939(昭和14) 小名浜臨港鉄道へ改称
1941(昭和16) 1067mmへ改軌(現在の線路)
1967(昭和42) 国・県・企業が出資、福島臨海鉄道へ改組

碑文にある「東商会軌道部」は、1912~1918までこの馬車軌道を経営していた法人のことであるようだ。

「東商会軌道部」とは

本社:東京府南葛飾郡砂村
設立:明治四十三年(*1910)十一月
目的:醬油・塩製造販売/鉄道馬車営業
代表社員:郷誠之助

郷誠之助は美濃国(岐阜市)出身の実業家。1907年(明治40)から1909年(明治42)まで、鈴木藤三郎の設立した日本醬油醸造会社の取締役だった。同社の解散時の後始末を担ったという。

なぜこの会社が「鉄道馬車営業」を?
最初に軌道を敷設した「鈴木藤三郎」がキーパーソンのようだ。

鈴木藤三郎と小名浜

鈴木藤三郎は遠江国(周智郡森町)出身の実業家、発明家。一般的には砂糖精製技術を確立したことで知られる。明治28年に日本精製糖を創立するが39年に退社。1907年(明治40)、日本醤油会社を設立した。

上記の説明では本件との関係はなさそうに見えるが、鈴木藤三郎は小名浜港に「鈴木製塩所」を設立した人物である。

鈴木製塩所について

日本精製糖の内紛により代表を辞した鈴木は、醤油醸造・製塩業へ転身を図り、1909年(明治42)、磐城国岩城郡小名浜(福島県いわき市)の地へ一大製塩工場を設立した。

小名浜の地を選定した理由は、
1 瀬戸内海に比して太平洋沿岸の海水の濃度が高いこと
2 常磐炭鉱による燃料の調達が容易であること
3 日当たりの良い南面に湾入していること
4 鈴木式製塩法に重要な風力が利用できること
5 水産試験所の調査により、晴天の日数が全国で最も多いこと

福島県小名浜 鈴木製塩所〔枝条架*¹採かん*² かん水*³ボイラ真空式〕
「風力採鹹*⁴装置」高10間 幅4間 長60間(20✕3)
「かん水ボイラ、真空式」300石/日、3万石/年

村上正祥「塩田式製塩法の発達(その1)」
(財)ソルト・サイエンス研究財団『そるえんす JUNE 2007 №73』平成19年6月30日

*¹ 竹を組んで作った立体的な海水濃縮装置のこと。上部から海水を流下させ外気により濃縮する
*² 海水がしみ込んだ砂から濃度の高い塩水を集める作業
*³ 塩化ナトリウムなどの塩分を含んだ水
*⁴ 「カン」と読み、塩気のこと

碑文の裏に「字高山*製塩所」とあるのがこの製塩所のことである。
*高山は、現在の小名浜駅周辺を指す字

現在の福島臨海鉄道の淵源である鈴木藤三郎軌道は、この製塩所の資材・製品輸送のため敷設されたものであった。

交通機関 県内に通する鉄道は四線あり(略)其他(略)鈴木製塩所の馬車鉄道等あり営業品運搬の傍一般旅客及び貨物の輸送を為す

『福島県之産業』1910年10月

日本醤油は1911年(明治44年)、品質劣悪による販売不振と、サッカリン*使用による不祥事、第ニ工場の全焼が重なり破綻。同時に小名浜の鈴木製塩所も事業廃止に追い込まれ、この受け皿として誕生したのが先述の郷誠之助率いる合名会社東商会であった。そのため、同社の営業の目的に「塩」が入っている。

*人工甘味料。1901年人口甘味質取締規則により医療目的以外の使用が禁止

年表(まとめ)

1897(明治30) 日本鉄道海岸線(水戸~平)開通
1905(明治38) 鈴木製塩所工事着手
1907(明治40) 鈴木藤三郎が個人経営の馬車鉄道を開始
            【泉~小名浜】
1909(明治42) 鈴木製塩所開業(字小名浜高山)
1910(明治43) 合名会社東商会設立
1911(明治44) 日本醤油が経営破綻、鈴木製塩所廃止
           合名会社東商会へ軌道・製塩所を譲渡
1915(大正4)  【★】碑文建立
1916(大正5)  磐城海岸軌道設立【小名浜~江名】
1918(大正7)  磐城海岸軌道に買収される
            【泉~小名浜~江名】
1927(昭和2)  馬力から内燃動力へ変更
1936(昭和11) 小名浜~江名間廃止
1939(昭和14) 小名浜臨港鉄道へ改称
1941(昭和16) 1067mmへ改軌(現在の線路)
1948(昭和23) 江名鉄道(磐南臨港鉄道)着工(小名浜~江名)
1953(昭和28) 江名鉄道(小名浜~江名)開業
1967(昭和42) 国・県・企業が出資、福島臨海鉄道へ改組
           江名鉄道廃止

補足:周辺の馬車鉄道について

1891~1915 三春馬車鉄道 【郡山駅前~三春町】
1904~1908 好間炭鉱馬車軌道 【北好間炭鉱~平駅】
1905~1940 磐城炭鉱軌道 【小野田~小名浜港】
1906~1929 勿来軌道(大日本炭鉱専用鉄道) 【勿来駅~出蔵】
1907~1917 赤井軌道(品川白煉瓦専用軌道) 【平~常住】
1914~1924 磐城軌道(日本鉄道事業)【長橋~湯本】

*終年は馬車動力が終了した年(事業終了ではない)

鈴木藤三郎馬車鉄道の開業は1907年。すでに東京市では1903年にそれまでの東京馬車鉄道から東京電車鉄道へ脱皮がなされ、今更馬車鉄道なのか?と思われるかもしれない。
ただ、いわき周辺には上記の馬車鉄道が同時期に存在し、決して"時代遅れ"ではなかったといえる。(首都が早すぎるとも言える)

*馬車鉄道は、周辺の軌道事業者と馬匹や資材、客車を融通することがあり、特に電化開業の際にはまるごと譲渡が行われることもあった。鈴木藤三郎軌道も、例えば好間馬車軌道等から馬匹を譲り受けた可能性はあるだろうか。

追記

2023/12/17 東商会への譲渡年を修正


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