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#2 筑摩鉄道

・なぜ「3度目の正直」となったか。

1920年(大正9年)3月25日、長野県東筑摩郡新村に筑摩鉄道が設立、1921年に松本-新村間鉄道営業を開始。現在のアルピコ交通上高地線である。

筑摩鉄道初代社長は、地元の有志、上條信。1914年に電気事業を開始した「東筑電気会社」の社長でもあった。このことから、筑摩鉄道は当初「蒸気動力」として免許をうけたものの、開業時から電化を果たしている。

東筑電気は1914(大正3)年に事業免許受け、1916年12月に事業を開始した。東筑摩郡新村の上條信が社長を務め、東筑摩郡朝日村の鎖川に発電所を設置して、東筑摩郡の朝日村・今井村・山形村・笹賀村・神林村・片岡村・和田村・新村・波多村・洗馬村および南安曇郡安曇村へ電気を供給していた。
(木村晴壽「戦前松本地方の電気事業― 電気事業政策と地方電気事業者 ―」/『松本大学研究紀要第16号』/2018年3月)

この筑摩鉄道の設立までの間、上條信ら発起人は2度、軽便鉄道法下による敷設申請を却下されている。1度目は安筑軽便鉄道(1915)、次に安曇鉄道(1918)。ともに松本を起点とし、安曇村稲核を終点としていた。稲核は従前より上高地への登山口である。

「上條らが2度の出願で稲核を終点としたのは、稲核が大正以前からの上高地への登山口であったことに由来すると考えられます。」

そして、3回目の出願として、地方鉄道法下で筑摩鉄道(1919)の免許取得に漕ぎ着ける。免許状の終点は「東筑摩郡波多村」。実際の想定は龍島。梓川右岸で左岸・島々地区の対岸。島々もまた、上高地の玄関口である。筑摩鉄道の設立趣意には「上高地の観光開発」計画があった。実際に大正期、登山ブームにより日本アルプスは湧いた。

近来登山熱の勃興と共に登山客の便宜を計らんとして、県は次の三路線を県道に編入す(安曇郡誌)

なぜ2度の申請は却下されたのか。ルートはほぼ変わらない。

・野麦街道との関連から

松本と高山を結ぶ野麦街道は、1870年新淵橋が架橋され近代化の端緒となると、1876年(明治9)三等県道に指定され、1920(大正9)には旧道路法下における府県道松本高山線となる。古くから左岸に集落が点在していた。

また、奈川村では「尾州岡船」という牛運送が栄え、尾張地方と交易が行われていた。歴史ある交通路である。(ちなみにこの関係で奈川村は尾張藩領だった)

第一次水力調査書(1914)には、木材運搬が記されている。「冬季流量ノ一定セル頃盛ニ薪材ヲ流出ス,而シテ多クハ島々ニテ陸上ケヲナシ陸路松本方面ニ運搬スルヲ常トスル」。

しかし、筑摩鉄道設立趣意によると「我河西地方ハ(略)未ダ以テ交通機関ノ恩典ニ浴サザル」。反対運動の話もない。島々線は住民待望の鉄道であったという。

・梓川水利開発との関連から

1907年、東京電燈が駒橋発電所(山梨県)からの長距離送電に成功すると、大正期にかけて水力開発が勃興した。1911年、包蔵水力調査が開始。梓川においても多数の水利権出願がなされることになる。

中央電気(旧松本電燈)に梓川水利権許可が下りるのは1929年。その以前、1916年、先の上條信が代表を務めた東筑電気は、支川の島々川で水利権獲得に失敗している。東京大林区署が難癖をつけていた。

出願ノ箇所ハ当署ニ於テ目下薪材ノ川下シ為シ居ル義ニ付左記ノ設備ヲ為サシメサレハ事業上支障有之候

同じく難色を示された可能性はあるのか。

・順当な却下

鉄道敷設申請却下については、下記の研究がある。

却下の理由は、本稿で対象とした大正中期から昭和戦前期にかけて大きな差異はみられず、極めてパターン化されており、次のように分類できる。
a 既設鉄道路線と並行している
b 先に申請し審議中の路線あるいは既免許路線と並行している
c 並行した乗合自動車路線が存在する
d 目下の交通状態からみて新規に鉄道敷設の必要が認められない
e 発起人等の経済状態・社会的信用等から成業は困難と思われる
f 計画路線が余りに短距離で鉄道敷設の必要は認められない
g 計画路線中、工事に困難あるいは多額の費用がかかり収支償還の見込みがない
(河野 敬「大正・昭和戦前期における鉄道敷設申請却下について ― 国立公文書館蔵「鉄道省文書」にみる地方鉄道建設の動向」 『北の丸』第28号(平成8年3月刊))

特に話が残っていないということは、順当に却下されたということだろう。特に、龍島-稲核間が(g)点でネックとなったのかもしれない。

・余談「島々」について

旧「島々」駅は、安曇村島々から東に離れた波多村前渕地区にあった。島々は古くから上高地への登山口である。この知名度を筑摩電鉄は意識していた。その後1966年、元・赤松駅に上高地方面へのバスターミナルを整備すると同時に「新島々」へ改称している。

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