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滑稽な男女(10)~不倫とマルチョウ

封筒の中身は、不貞の慰謝料請求通知だった。
孝の奥さんの弁護士が送ったものだ。

愕然とした。

A4の紙に、「慰謝料として500万を請求する。」とシンプルに書かれていた。


クリスマスに届くよう発送した奥さんのことを思うと、嫌悪感が走った。
孝はイヤな女と結婚したものだ。

2年前の不倫を今さら、なぜこのタイミングで…

もしかして、あの日のことだけバレた…!?



私には中本という弁護士の知り合いがいた。
勤務先の顧問弁護士で、弁護士という以外取り柄のない男だった。

中本は巨大な大福のような見た目をしていて、曲がったメタルフレームの眼鏡をかけていた。
いつもシャツがズボンから出ていて、シャツはコーヒーか何かをこぼした茶色のシミで汚れていた。

職場のみんなは中本とはできるだけ関わらないよう避けていたけど、私は他の誰とも同じ態度で中本に接していた。

そのため、中本と私は雑談をしたり、話題のドーナツやパンをお互い差し入れする仲になった。
帰宅のタイミングがたまたま一緒になったときに、ビールととんかつを奢ってもらったこともある。

1年前に中本が転職してから、連絡を取っていなかったけど、「不倫の相談があるので時間を取って頂けないでしょうか。もちろん相談料は払います。」とLINEを送ると、中本はすぐに新橋のもつ焼き屋を指定してきた。

法律相談で、もつ焼き屋て。

たぶん今、ちょうどもつ焼きが食べたかったんだろうな。
中本らしい。



3日後の夜、中本と会って一部始終を話したら、
中本は一言、
「ウケる、3P。」と言ってニヤけた。

ニヤけた顔が気持ち悪い。

中本はマルチョウを鉄箸で、ひっくり返しながら、
「500万てのは、とりあえずふっかけてるだけだから。
慰謝料の相場は150~200万だよ。
ただ3Pに誘った分の上乗せってあるかは分からない。聞いたことない。判例にあるかな。うふふ。
まぁ、とりあえずお金持ってませんってアピールして、100万ならって返答してみたら?
でもさ、交渉で示談できず、訴訟行っちゃうと長引くし、精神的負担でしょ。だから交渉の段階でさ、なるべく相手の請求額のんじゃって、さっさと終わらせちゃいなよ。」

さすが中本だ。
中本は人の気持ちに関心がないタイプだから、一方的に話して、結論をくれる。
それが逆にありがたい。

「相手の請求のんで、さっさと終わらせる」
だけのことなのね。

交渉はお互いの話し合いで、慰謝料の金額が決まる。
交渉で金額に折り合いがつかないと、訴訟に移行することもあるけど、判決では慰謝料の相場が150~200万であり、交渉の着手金が20万、訴訟の着手金が30万、さらに成功報酬がかかることから、費用対効果を見て、訴訟に移行する人は少ないらしい。

ただ、普通の不倫ではなく、3Pに誘っているため、より大きな精神的苦痛を奥さんに与えたとして、そのような場合に、いくらの慰謝料が判決でくだされたかは分からないとのことだった。
だけど、そんなに金額がはね上がることもないだろうとの予想で、どんなに高くても、慰謝料は300万で収まりそうだ。

しかも、私と孝は共同不法行為という関係で、300万を私が奥さんに払った後、孝に半額金銭請求できるらしい。



マルチョウはふつうに美味しかった。
食事を終えて、会計は中本がしてくれた。
中本に、相談料と食事代を見据えて準備しておいたブルガリのチョコレートをお礼にあげた。


中本と話して安心した。
300万くらいみておけばいいのか。
それなら払える。

もちろん高いとは思うけど、結婚も出産も予定がない40代の女性に、そのくらいは余裕で払える貯金はある。
安月給でも大きな出費がない人生だったから、案外貯まるものだ。

それに私には、相続したお金もあった。
3年前、母が亡くなったときに相続した2千万が手つかずのまま残っていた。

まとまったお金を払えば終わるのか。

ばかばかしいな。

孝の意志で起こったことなのに、妻という立場があるだけで慰謝料を請求できるなんて。

私ならしない。
ただ悲しいだろうな。

夫の気持ちが離れてしまったこと、
それはどうしようもないこと。

なぜ私が奥さんに謝らなければならないのか。
それは夫婦の問題で、私には関係ないよね。

夫は妻のものであるという考え方はおかしい。
孝は誰のものでもない。
人の気持ちは変わるものなのに、結婚って無理があるよ。

揉め事が起こらないよう作られた社会のルールが、逆に揉め事を作っているのではないかとさえ思う。

ただ、この考えは誰にも言えない。
社会のルールを違反したのは私だから。

(つづく)

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