2019年参院選総括


 

                                  木下ちがや

 1、草の根からの反攻

 今回の参議院選挙ほど、今後の野党政治のゆくえを占うえで、徹底的かつ詳細な分析が求められるものはありません。選挙の総括で必要なのは、たんに「票数」をみるだけではなく、①政権の選挙戦略はどのようなものだったのか②与野党がどのような態勢で選挙戦に挑んだのか、をまず明らかにしなければなりません。著者は参議院選挙にあたり、ウェッブ版『イミダス』においてその分析を試みていました(1)。これらの論攷で明らかにしたように、安倍総理は、2018年自民党総裁選で三選を勝ち取り、党内基盤を盤石とし、さらに天皇の代替わりに伴う「令和ブーム」を仕掛けました。通常国会では「野党の見せ場」である予算委員会の審議を一切行わないことで、参院選にむけて野党の存在を世論から徹底的に消し去ろうとしたのです。そして参院選のテレビの報道量は、前回に比べて実に4割減少しました。国民の目には安倍総理しか映らないという、選択肢を徹底的に排除する戦略がなされたのです。
 それに対して野党は、草の根レベルの野党共闘の深化に活路を見出そうとしました。2017年の「希望の党騒動」で旧民進党系が分裂した状況下で、それをリベラルな方向に修復し、統一を回復していく作業を担ったのは、地域の市民運動や労働組合でした。オール沖縄のさらなる前進、東京都中野区における革新区政の誕生などは、来るべき参院選における共闘が、これまで以上の結束で行われうることを予想させました。安倍政権による徹底した野党隠し、野党による草の根からの反攻、これが、この参院選の真の構図だったのです。

2、「組織はもう古い」のか?

 ところが、この参議院選挙で―少なくともメディア・ネット上では―もっとも脚光を浴びたのは、二議席を獲得した、山本太郎前参議院議員率いる「れいわ新選組」でした。電撃的な結党、新しい経済理論、消費税廃止を掲げたこの党は、「日本にもついにポピュリズム政党が登場した」という期待と不安を野党支持者のなかにもたらしました。そして「これまでのような組織的な選挙はもう古いんじゃないか」という声まであがりはじめました。しかし本当にそうでしょうか?結論から言うと、一面ではそのとおり、もう一面では決してそうではありません。むしろ、組織的なものの力をきちんと生かし切った勢力が、今後への展望を切り開いたということを、以下で明らかにしていきます。
 まず自民党は、今回の選挙で改選比9議席を減らし、参議院の単独過半数を割りました。ここで注目すべきなのは、前回選挙に比べ、比例票を240万票減らしていることです。公明党も選挙区割り変更のおかげで議席を増やしたものの、実に100万票を減らしています。自公が減らした350万票と、現在は自民党に合流した日本のこころの70万票をあわせると、前回選挙からの投票率が低下した分の票数にほぼ匹敵します。実は今回の参院選で、改憲勢力は400万票以上を失っているのです。これは春の統一地方選挙による「選挙疲れ」によるものもありますが、創価学会をはじめとする与党陣営の組織力の低下の著しさをあらわしています。与党の組織基盤もまた、新自由主義的政策に被害を被ってきました。その矛盾がこのような形であらわれているのです。このように、現代社会の民意に対応できない「組織」は衰退の一途をたどっています。
 他方野党はどうか。立憲民主党と国民民主党の比例票は、合計すると前回参院選の民進党の得票数をほぼ維持しています。野党陣営で著しく比例票を減らしたのは、日本共産党と社民党でした。
 日本共産党は票を減らしましたが、これはここ10年、とりわけ3・11以後、日本共産党への投票者の層が大きく変化したことをきちんとみなければなりません。2010年参院選の日本共産党の比例票は356万票でした。前回参院選では600万票台にまで含まりますが、今回は450万票でした。つまりこの10年で日本共産党は、風に左右されない固い支持層が100万人増加しているということです。10年のタイムスパンでみると、自民、公明、共産という、半世紀以上の歴史を持つ組織政党のなかで、得票数を増大させているのは日本共産党だけであることをきちんとみる必要があります。
 ではなぜ、日本共産党は今回票を減らしたのか。それは、3・11以後の反原発運動や安保法制の運動をへて、そして野党共闘の深化によって、「立憲、共産、社民、れいわ」といった野党全体を好意的に支持する「野党系無党派層」が数百万単位で生まれているからです。この層は、局面によって立憲民主を支持したり、共産党を支持したり、れいわ新選組を支持したりします。そしてこの「野党系無党派層」は絶大な力を発揮しはじめています。例えば参院複数区で、日本共産党の神奈川選挙区のあさか候補への「戦略的投票」を呼びかけ始めたのは、共産党支持者ではなく立憲民主党の支持者たちでした。野党それぞれの党の支持者たちが、野党全体を勝たせるために思考し、行動するという動きが生まれたのです、参議院一人区はではさらに、組織力が低下した自民、公明の支持層まで取り込むことで野党は10勝を勝ち取りました。また惜しくも敗れたものの、高知・徳島選挙区に無所属で出馬した日本共産党の松本候補には、ゼンセン同盟をはじめとした連合系労組が熱い支援を送っていました。「反共」の壁はどんどん崩れ去り、新しい政治のフロンティアが切り開かれつつあることに、地方は活気づいています。(「しんぶん赤旗」以外のメディアが、都市の選挙ばかりをとりあげ、このように地方から生まれつつある大きな動きに目を向けないことに、メディアの劣化を強く感じます)。
 地方一人区をしり目にメディアの脚光を浴びた「れいわ新選組」ですが、比例200万票の内訳の大半はこの「野党系無党派層」であり、新しい無党派層を掴んでいるわけではありません。選挙後一か月を経た現在の世論調査でも、れいわ新選組の政党支持率は0~1%を推移しています。政治学者の菅原琢の「新党が国政選挙で進出した例は過去にたくさんあります。今回の参院選の開票結果を見る限り、れいわ新選組は現状ではよくあるミニ政党の域を出ていません。れいわの伸長を大きな政治現象と捉える見方は疑問です」という評価に基づけば、選挙の時には脚光を浴びたものの、持続的に組織建設をしていく力はないということになります(2)。実際、参院選後の政局を占うカギとなった埼玉県知事選挙では、野党共闘の支援で大野候補が当選しました。当初「絶対に勝てない」といわれていたこの選挙を勝利に導いたのは、いっときの風ではなく、保革を問わない草の根の運動の力でした。

おわりに

安倍政権は、自分たちの支持基盤を広げることよりも、野党をひたすら分断することで長期政権をつくりあげてきました。だからあらゆる政策は、野党をどう分断するかといところから組まれています。安倍改憲についても、安倍総理は直近に改憲が実現するとは思っていません。改憲を掲げ続けることで支持勢力に目標を与えつつ、改憲について右往左往する勢力を抱える野党を分断できるから掲げ続けているのです。したがってかれらの脅威を感じているのは、なにか目新しいものに対してではなく、参院選一人区や埼玉県知事選の闘いのような地道な結束に対してなのです。
「解散総選挙にむけて、なにが必要か」。答えはシンプルです。「数を増やす」「とにかく勝つ」「揉め事なんてそのうち忘れる」。これに徹すること。ただちに選挙区を一本化し、結束して闘えば―単純な足し算だけで―野党勢力は前進し、200議席近くには迫ることができます。200議席近くにまで迫り「安倍自民一強」体制を打ち破ることで、野党が国民の前に姿をあらわす態勢をつくることが先決です。繰り返しますが、参議院選挙における野党の成果は一人区のなかに、地域のなかにあります。かれらの経験をもっと学び、次の闘いに備えましょう。

(1) 木下ちがや『2019年参院選を読み解く(その1)安倍政権の憂鬱』、『イミダス』、2019年7月4日、https://imidas.jp/jijikaitai/c-40-129-19-06-g695 (無料公開) 。『2019年参院選を読み解く(その2)野党連合の反攻』、『イミダス』、2019年7月12日、https://imidas.jp/jijikaitai/c40-130-19-07-g695 (無料公開)。
(2) 「(耕論)山本太郎という現象」、『朝日新聞』、2019年8月12日


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