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イチロー引退会見その1:遠回りすることでしか、本当の自分に出会えない

【今日の球場での出来事の後に、後悔などあろうはずがない】
後悔を生まないためには、自分なりに頑張ること、それを「かさねる」ことしかない。

【子供へのメッセージ】
うーん、苦手なんだよねそういうの。自分が夢中になれるもの、エネルギーを注げるものを早く見つけること。それを見つけられないと、立ちはだかるカベに挫折するけれど、見つけられればそれを乗り越えることができる。

【いちばん印象に残っていること】
今日のことは真っ先に浮かんでくる。それをのぞくと何か。いろいろな記録に立ち向かってきたこと、それ自身は大したことではない。いずれそれは抜かれること、後輩が先輩の記録を抜くのは当たり前。そのことにそれほどの意味はない。けれど、昨年5月以降ゲームに出ることができなかった(のに、その期間をしのいできたこと)。これは誰にもできないかも、と、自分の誇りになった。

【日本人のファンの熱量】
日本人は表現が苦手だと思っていたけれど、今日のゲーム後に起きたことをみて、内側に持っている熱い思いを表現したときの迫力が、想像できないくらいすごいものだった。

【ファンなくしては自分のエネルギーは生まれない】
以前は、自分のためにやっていることがチームのためになり、それが見てくれる人のためになる、と思っていた。しかし、ニューヨークに行ったあとは、人によろこんでもらえることがいちばんの喜びになった。おかしなこと言ってる?

【貫いてきたもの】
野球を愛したこと。それは変わることがなかった。おかしなこと言ってます?

【肩の力が抜けてから良くなった、ということはあったか?】
プロ野球に入って2年くらいは、1軍に行ったり2軍に行ったりしていた。このときがいちばん楽しかった。あとは番付が上がってしまって、しんどくなった。達成感はあったけれど、純粋に楽しいということはなかった。将来はまた、楽しい野球がしたい。でもそれはプロ野球で苦しんできたからこそ、見える境地。プロ野球で苦しんだ人間でないと、草野球は楽しめない。

【こんな状態(引退会見etc)になるのは僕にとってのギフト】
昨年の春に終わっていても、まったくおかしくない状況だった。オフに神戸の球場でいつもトレーニングをするのだが、寒いときだし心が折れた。仲間に支えられてなんとかやった。ひっそりと終わるのかと想像していたので、こんなの夢みたいである。だからこれは僕にとってのギフト。僕からのギフトなんてないです。

【ぼくにも意外と感情がある】
開幕シリーズは純粋に楽しくはない。誰かの思いを受けて打席に立つので、それに応えたいと思うから、つかれる。結果を残して終わりたかった。それでもあんなふうに球場に残ってくれて、死んでもいい、という気持ちはこういうことか、と思った。

【50までプロ野球をつづける、と言われていましたが】
その表現をしてこなかったら、ここまでできなかった。有言不実行になってしまったけれど、でも有言実行は、目標に近づく一つの方法。

【これからの膨大な時間をどう過ごすか】
じっとしていられないので、明日もトレーニングをする。ゆっくりしたいとか、ない。動き回っている。

【生き方】
人より頑張るなんてできない。はかりは自分の中にある。自分の限界をちょっと超えていくと、いつの日かこんな自分になっているんだ、とわかる。少しずつの積み重ねでしか、自分を超えていけない。一気に高みにはいけない、つづけられない。地道にすすむ。後退しかない時期もある。やると決めたことは信じてやっていく。それが正解とは限らない。でも遠回りすることでしか、本当の自分に、出会えない。自分なりに重ねてきたこと。ひょっとしたらそんなところを見てくれていたかも?と思うと、うれしい。


#イチロー #引退会見 #生き方 #田中ちはる


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