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ナンシー・ミットフォードと、ロマンティックで絵になりすぎな六人姉妹のこと

わたしはロンドンのプリムローズ・ヒル Primrose Hill というところに住んでいる。古いヴィクトリアン・ハウスであるが、とても居心地のよいフラットである。住む場所をどうやって探せばいいのかと途方にくれているとき、もう二十五年来ここに住んでいる友人が、上の部屋が空いているよ、と教えてくれた。

わたしのようにマメの真逆な人間にも、こんなふうに救いの手がさしのべられてくるのだから、友人というのは本当にありがたい。

かれら夫婦の行きつけで、かれが仕事場にもしているカフェで、ピスタチオとラズベリーの美味しいケーキを食べ、チョコレートのかかったカプチーノを飲みながら話していると、急に彼女が、『寒い気候の愛』Love in a Cold Climate(2001)というドラマの話をしはじめた。

ナンシー・ミットフォードNancy Mitfordという女性作家が書いた小説を脚色したドラマで、演出は『レ・ミゼラブル』や『英国王のスピーチ』のトム・フーパー。ドラマは、Love in a Cold Climateと、『愛の追跡』The Pursuit of Loveのふたつの小説を、合体したものだ。

わたしはこのドラマも、原作も、大好きで、彼女について本の一章を書いたことがある(本は編集中)。ミットフォードは、日本ではあまり知られていないが、イギリスでは人気がある。とくに上記のドラマが放映されてから、またよく知られるようになった。ミットフォードは六人姉妹で、彼女たちについての本は、本屋の一角を占めている。

なぜかというと、彼女たちについては、ここには書ききれないほど本当に面白い話だらけであり、伝記がさかんに書かれているからである。そして彼女たちは自分でも、自伝などの本を出版している。

この六人姉妹のユニークさは、彼女たちがほぼ学校に行っていないことにも、起因しているかもしれない。

ミットフォード姉妹の祖父は、日本通の外交官。『英国外交官の見た幕末日本』という本を書いている。才能と学識にあふれ、日本の芸者との間に子供を作ったりと、なかなかご盛んな人物だったらしい。

その祖父の息子が、ナンシーたちの父親である。かれは貴族だったので、娘たちは、上流の正統的な女子教育を受けた。つまり基本的に学校には行かず、家庭教育のシステムのもとに、勉強をしたのである。

ナンシーは学校に行けなかったことを恨みに思っていたが、美女ぞろいの姉妹の中でもダントツの美貌を誇った三女のダイアナは、少し行って自分からやめた。

自然と田園をこよなく愛する父は本を読まなかったが、家には祖父のすばらしい蔵書図書館があった。ナンシーたちは小さいころから、それをむさぼるように読んでいた。

一人だけの男の兄弟トムは学校に行き、オックスフォード大学へ進学した。ピアノもプロ並みの腕前の秀才だったが、アジアで戦死。

ナンシーは、やはりユニークな父親、それぞれキャラの立ちすぎている六人姉妹と、トムの友だちたちの影響を受けながら、すくすくと育った。

学校というのは、社会化のために行くようなところだ。それはもちろん必要なことである。そういう社会からまったく自由な独特の環境で育ったミットフォード姉妹は、いろいろな意味で、個性をのびのびと伸ばすことができた。まったく、自分の責任で at your own risk、人生を作っていくことになった。

そして彼女たちはそれぞれ、疾風怒濤の人生を生きることになる。

それがどういうものだったか、今ここに書いている余裕はないが、そのことでイギリス文化史に、まさに絵になりすぎな姉妹たちの数々の物語(実話!)が、刻まれることになった。

文化的な「ゆたかさ」というものは、善かれ悪しかれ、そういう個性の集積から、つくられる。わたしが大切に思っているのは、そういう多様な「ゆたかさ」である。

#ナンシーミットフォード #ミットフォード姉妹 #愛の追跡 #英国貴族 #女子教育 #田中ちはる

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