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世界中から研究者や小説家や俳優が集まってくる、資料図書館IMECでの日々

週日に通っている資料図書館IMECにいる人びとは、博士論文のリサーチに来ている大学院生とか、(わたしのように)なんらかの研究休暇を取って草稿を読みにくる研究者とかなのだが、ここに小説家も住んでいることがわかった。いわゆるライター・イン・レジデンスwriter in residence, écrivain en résidenceである。

かれはエドゥアルド・ベルティEduardo Bertiという、フランス在住のアルゼンチンの作家。話を聞いているとメタフィクション的な感じなので、ボルヘスの伝統ですか?と思わず聞いてしまったが、別にそういうことは意識していないという。今書いているのは個人的な話だ、と言っていた。

居心地の良いアトリエをもらって、小説を書き、給料をもらう(給料とは言っていなかったが、そうなのだろう)。才能あってのことだけれど、いい人生である。

ただ書くだけではなく、子供のための創作ワークショップのようなこともするらしい。それからカンの刑務所を定期的に訪問。模範囚で小説を書いている8人のグループがあって、彼らの小説を指導するのだそうである。とても面白い仕事だ、と彼はいう。3ヶ月くらいの契約らしい。

日本語の翻訳も出ているという。新潮社、ととてもきれいな発音で言う。ウェイクフィールドの妻、という小説。さっそく注文した。19世紀アメリカの小説家ホーソーンが書いたウェイクフィールドを、妻の視点から書いたもの。日本ではこの二本がセットになって翻訳されている。

彼に、見つけたので買いました、と言うと、自分のは独立した小説だからセットにして欲しくなかった、と言う。でもそうじゃないと出版しないと言われたので、承諾したとか。

とても感じの良い人で、フランス語でも英語でもスペイン語でも易々と話すのが、うらやましくもすばらしい。

ウルグアイ出身で、プリンストンで博士課程をやっているという建築家の人がいて、もちろん彼らは、スペイン語で話している。先週は、カリフォルニア出身で今はメルボルン在住の宗教学者がいた。この人はデリダ研究者で、フランス語を読むのには困らないというのだが、話せないという。

このアメリカ人はアメリカ人らしく、フランスにいるのに、あちこちの人に、堂々と英語で話しかけまくる。いつも英語なんか話さない、ケベック出身のキュレーターまで、しぶしぶ英語を喋っているので、びっくりした。アメリカ人が当たり前のように英語で話しかけるので、英語で答えるしかないのである。カナダではフランス語住民はマイノリティで、いろいろと問題が多いと話していたので、英語には恨みがあるようなのだが。

ラテンアメリカの二人は英語が堪能なので、会話が英語になる。ウルグアイの人は、子供の時から週に2日英語の学校に通って勉強したのだそうである。彼もフランス語は話せないし、スペイン語と近いイタリア語も読むだけ。読むだけでもできるのだからいいのだが、欧米人でも外国語の勉強というのはわりとがんばってやらないといけないものらしい、そして読めても話せない状態の人も結構いるのだ、ということを知った。

わたしのフランス語は仲間内でガンガン議論できるようなレベルではないので(一対一ならなんとかそういう話も続けられるという程度)、彼らのおかげで活発な会話に参加する、という恩恵には浴した。しかしこのアメリカ人の絶大な自信(フランス語なんか喋れなくても英語が喋れればいいのだ、他の人もみな英語で答えて当然だという)は何なのか、という疑問が、後から湧いてはくる。

週の前半には、フランス人の俳優もいた。初めて自分の劇作の脚本を書き、演出もするのだという。フランスの作家マルグリット・デュラスは68歳のとき、当時30歳の若い男と出会い、二人はデュラスが死ぬまでパートナーだった。彼の手紙を元にした芝居だそうで、それは出版されているのだが、実物を見に来たという。彼自身がデュラスのファンで、年齢も当時のパートナーとほぼ同じなので、パートナーに自分を乗せた芝居のようだ。見にいくと約束した。

そんな感じでここでは、世界中から(といっても今のところ、欧米とラテンアメリカと日本しかいないが)、研究者だけでなく、小説家や俳優や劇作家なんかが来ている。それがいいのかどうかはともかく、フランス語だけでなく違う言語も飛び交っている(まあフランス語だけのことも多いけれど)。

ここのレストランの美味しい食事を食べながら、初対面の人々が気軽に会話をして、仲良くなっては帰っていく。図書館の人たちも、とても親切でやさしい。こちらのフランス語力不足で議論ができなかったり、いろいろ大変な思いもするのだが、こういうふうに様々な人々が集ってくる学際的な環境というのは、なかなか素敵である。


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