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ナンシー・ミットフォードの『愛の追跡』 Pursuit of Love

昨日のナンシー・ミットフォードの話が、あまりにもサワリだけだったので、もうすこし具体的な話を書いてみる。Love in a Cold Climateのドラマの原作のひとつというか、そのより重要なほうである、『愛の追跡』The Pursuit of Loveの話をすこし。

ヒロインはリンダというのだが、とにかく彼女がかわいい。それは彼女が、お嬢さまだから。ここで強調しておかなければいけないことは、一九〇四年生まれのナンシーの父親の時代にはすでに、貴族は金持ちというわけではなかった、ということである。でもまだカントリー・ハウスに住んでいる。

つまりリンダ(ナンシー)たちは、都会の喧騒をはなれた自然の中で、動物たちと一体化した生活を送っていた。そういう、世俗から一種超絶した異次元な世界で、のびのび育ったという意味の、お嬢さまである。婚約前に保護者なしで男性と一緒にいることなど、もってのほか。

ひとことでいえば、ロマンティック。あるいは、世間知らず。リンダは最初、銀行家の令息と恋におちた。これは文学ではよくある、ロマンティシズムと、マネタリズム(キャピタリズム)の、ミスマッチな結婚である。実利的で金儲け主義の実社会の家庭に、馬と一緒にすくすく育った貴族のお嬢さまが、入ってしまったというわけ。結果は推して知るべしである。

銀行家の家から追い出されたリンダが次に恋におちるのは、コミュニスト。社会の正義を信じるリンダは、貧困に苦しむ人々がいない社会を作ろうとするかれの理想に、ぽうっとなってしまった。

でもリンダは、楽しいおしゃべりが大好き。コミュニストのかれは、議論やスピーチはするけれど、無駄なおしゃべりなどしない。スペイン市民戦争に参加したかれに同行したものの、戦地で何の役にも立たない自分に、疎外感をおぼえてしまう。かれはコミュニストの同志の女性と、意気投合。

スペインからロンドンに帰るため、パリの駅に来たリンダは、切符が期限切れであると駅員に告げられ、駅で座りこんで泣き出してしまう。とにかくおっちょこちょいなのだ。ここはドラマを観ていて、いちばんほろっとするところの、ひとつかもしれない。

するとそこに現れた男性が。。このお話のクライマックスは、もちろんこの先にあるのだが、ここではそのネタバレはひかえておく。ちょっとロマンティックな文学少女なら、リンダが自分とは全然合わないはずの男性と、次々に恋におちてしまうことが、自分のことのように読めてしまうはずである。

ああ、これじゃなかった、まちがった。わたしってバカ。次は思い切りちがうひとを選んだはずなのに、それもちがった。わたしってなに?わたしの身体にいちばんフィットする人生は、男性は、愛は、一体どういうものなのだろう?

『愛の追跡』はもちろん、それだけの話ではない。時代・歴史背景、ナンシーがつかった彼女のカラフルでジューシーな姉妹のヒストリー。戦間期そして戦争期という稀有な時代に、(ほぼ)没落貴族のお嬢さまだった、リンダの物語というところが、最大のポイントだ。

それでも、そういう疾風怒濤の時代に、じぶんの心にいちばん誠実な生きかたをコミカルに探しつづけたリンダの物語は、現代でも同じように正しく生きようとしている、純粋でおっちょこちょいな女性にとって、共感できる物語であるはずだ。

#ナンシーミットフォード #愛の追跡 #英国貴族 #田中ちはる


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