明けないで、このままで
太陽が上りきらない寒い日の薄闇の中、微かな光の元にオーディオから流れるピアソラ「3つのタンゴ」に目を閉じる。
よりはっきりとした暗闇が現れ、音楽に包まれ浮遊していると錯覚する。
流れるままの音楽が本当に耳に届いているのか少しずつ音楽すら遠くなっていき、やがて無になる。
我に還る時、また音楽が蘇り自分の周りは先ほどより暖かい光に包まれていることに気づく。
重い腰をあげ、湯を沸かす。
立ち上る湯気が出るまで。
心地よい新しい明るさのはずなのに「明けないで」と強く思った。
何故?
今の私は私でないからだ。
とはいえ性格が異なる正反対の自分ではない。
どこか少し違う自分が、この体にいる。
沸々と湧き上がる湯気をしばし見つめていると、やかんの細い口からお湯がほとばしり始めたので急いで火を止めた。
自分でないという錯覚も、湯のほとばしりと共に消え去った。
少しの不安を残して。
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