文章は生きている。

友人が先日、亡くなったご主人が生前に書かれていた日記を公開していました。10年以上前に、その方が書かれたものです。文章の詳細は書きませんが、感じることがあったので少しお付き合いください。

私はご主人のことをまったく知りません。友人といってもすごく親しかった訳ではなく、数年前にSNSで他の友人つながりでつながった感じなので、彼女がどんな人生を送ってきたのかも知りませんでした。

亡くなったご主人を

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文章を書き続けるということ。

何かを10000時間続けることで100人に1人になれる。
というのは結構言われていることです。
ですが10000時間って冷静に考えてみると、なかなか遠い道のりです。

1日3時間をそれに費やしたところで、9年くらいかかります。
今9年続けてることってありますか?
恥ずかしながら僕は無いです。

以前までは個人のブログで文章を書くということをやってました。
就活時期や人間関係とかで今年の1月から6月

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【詩】大童

行きたいところに行きたいと

髪も髭も垂れるまで喚いたら 今いたところも取り上げられた

仕方なく 行きたいところに近いところに行けば

図々しくてやましい、と疑われた

あなたは私を招き入れたくせに 取り巻きと笑っているばかり

あなたは私を一度疑ったくせに 私の目を見もしない

自分は話し合いが出来ないんだって認めろよ

ご機嫌取りたちが太鼓叩いて踊ってる

それが自分のためだって 本当は知っ

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破裂音

人は、いつからか風船の大きさで人の善し悪しを判断するようになった。結婚も就職も風船の小さな者が有利となり‪日本から悪口と暴言が消え、‬合コンは盛り上がりに欠けた。

ーーーー令和が始まると同時に全国民の頭の上にはフワフワと風船が浮かんでいた。風船の大きさは人それぞれ違っていて、子供で大きな風船を持つ者もいれば大人で小さな風船を持つ者もいた。初めは面白がっていた国民も訳の分からない奇妙な風船に対

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ネガチョフとポジコフ

ネガチョフとは
サティが好んで使っている
ネガティブ傾向な人の名称だ。
不思議とこの呼び名には
愛しさが付随している。

まぁ一人の人間の中には
ネガティブもポジティブも
同居しているものだが
サティはネガティブ寄りの人間が
大好きなんだ。

だけどそんなサティも
いつの頃からか
大人になるにしたがって
マイナス思考やネガティブ発言を
自然としなくなっていった。

やはり言葉というものには言霊があ

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noteで広がる輪

たしか月曜日に、お知らせが届きました。

7月10日に投稿した『それぞれの感性の素晴らしさ』が「noteでよかったこと」に投稿された記事の中で「先週最も多くスキされた記事」に選ばれたようです。

41のスキをいただいています。ありがとうございます。

『それぞれの感性の素晴らしさ』は、ポトスさんのマガジン「植物きろく」で公開された文章「時代に翻弄された世界で最も有名なバラ。」をご紹介した記事です。

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みんながいて、私がいる

最近のお氣に入りの曲、ラフマニノフのパガニーニ・ラプソンディ。お馴染みAmazon Musicで探してみると、色々とありました。オーケストラ氣分で聴きたいとき、ピアノでそっと聴きたい時など氣分によって聴き分けていますが、辻井伸行さんのピアノ・ソロは好きで、こうして書きながら、移動中もワンリピートして聴いています。美しくやさしい音色に氣分が落ち着いて。

都内で祈りのクラスをプレ開講する準備をしなが

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わたしという誰かの演劇_015

わたしのいるところで、演劇がはじまる。

わたし  多摩川をずうっと下っていくと羽田空港に着きます、自転車を買っていちばん遠出したのってあのときかもしれない、その日わたしは多摩川沿いの道をひたすらクロスバイクで走りました、クロスバイクってロードバイクほど本格的ではない街乗り用の、でもタイヤも細くてサドルも硬くてかなり前傾姿勢にならないと乗れないっていう、そういう自転車なんですけど、よく晴れた春の日

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死ぬまでに何度「このままじゃダメだ」と思うのか

人間が人生で書ける文章量には限りがあるそうで。だれが言い始めたかは知らないけど、盲信するには充分耳触りがいい。

自分の勝負するコンテンツを「文章」と決めていたけど、決めつけていたけど、どうもそれも瑕疵を変える頃かもしれない。昔ほど、文字を打ってて、書いてて、ワクワクしなくなった。

小説をつまらない物だと思え…これも誰かが言っていた。ただ、その逆だってやっぱり聞いたことがある気がするけど。

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これは「タイトルなんてクソくらえ」という記事のタイトルです。

このnoteのタイトルを見て、どう感じましたか。

もしタイトルがなければ皆さんがこの文章を読んでいることはないので、皆さんとの出会いを提供してくれたタイトルに対して、悪態をつくよりぼくはむしろ感謝すべきだ、といったご意見が大半でしょう。

しかし、本当にそうでしょうか。結論を急ぐ前に、一度「タイトル・見出し」というもののあり方について深く考えるのに付き合っていただいたいのです。少しだけお時間をく

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