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僕たちの軌跡〜あいトリ同好会について〜


 今年も夏が来た。梅雨も明けた。今年も暑い夏になるだろうか。新型コロナウイルスの影響がどうやっても拭えない今年は、どんな夏になるだろう。去年あいちトリエンナーレ(あいトリ)で観たアーティストたちは、サナトリウムで多く発言していたおばちゃんおじちゃんはどんな日々を過ごしているだろうか。色んなことが頭に浮かぶ。

 あいトリ2019開幕から一年になった。そして僕が始めた「あいトリ同好会」も開設から一年を迎える。東海地方を中心とした芸術シーンを取り上げている芸術批評誌「REAR(リア)」や吉田隆之さん著「芸術祭の危機管理」にも、同好会のことを取り上げていただいた。皆さんには感謝を申し上げたい。ただ、同好会についてやや情報が錯綜している感があるのも否めない。「一人の男性が突如提案」したものではあったが、実はサナトリウムの場で初めて提案したものではない(Aさんすみません、後で詳しく書きます)。また、純粋なボランティアによる集まりというわけでもない(その理由についても後述する)。自分の中で情報を整理するということも兼ねて、ここであいトリ同好会についてのあらまし、そしてこれまでの歩みを振り返りたい。

 僕があいトリ2019を楽しみにしていたことは「あいちトリエンナーレを誘致する会」のFacebook( https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=2528998677355298&id=1563848010537041&__tn__=%2As%2As-R )にも書いたので、ここで繰り返すことはしない。とにかく楽しみだった。カルチェ・ラタンというお店で津田大介芸術監督による講演も予定されていたので、仕事の休みをとって行く予定だった。ただ、表現の不自由展(不自由展)中止の騒動の影響ももしかしたらあったのかもしれないが、講演は中止になってしまった。中止は残念に思った。津田さんにも(必要以上の注目は集まっていたものの)自分の言葉を発する場所はあっていいと思ったし(ただ、小さいながらもそういった場所もあったのも事実である)、津田さんの言葉を聞きたかった。そこで、津田さんのお疲れ様会をしたいと思うようになった。カルチェ・ラタンの講演会が中止になって残念がっていたBさんと、あいトリについて観客同士情報交換をしていたCさんという方がいたので、共に「津田監督お疲れ様会」の開催を目指すことにした。2019年8月15日のことであった。早速LINEのグループを作った。グループの名前は「あいトリ同好会」とした。かっちりとした部活ではない、サークルのような軽い気持ちで始めたので、同好会という名前にした。

https://twitter.com/mgrnssm/status/1161988624960741376?s=19

「ですよね、わかります!!津田さんの意見聞きたかったです… 状況が一通り落ち着いたら津田さんにツイッターのDM送ってご飯行くか、トリエンナーレ応援者で津田さんお疲れ様会やりたいなーなんて思ってます。(僕はトリエンナーレ部外者なので実現は未知数ですが…)
https://t.co/3XjjmPRmAG」

 津田さんからも20日にツイッターのDMでの反応があった。「ありがとうございます。ご飯ぜひいきたいです。トリエンナーレ無事終わらせることができたらぜひ!」とのことであった。多忙で疲れているはずの津田さんから直接DMが来たことに驚きを隠せなかった。津田さんにもグループに入ってもらった。

 その後、断続的に僕たちは同好会のメンバーを誘った。ボランティアで一緒になった人、8/24のDさんのイベントで一緒になった人、ツイッターであいトリに行った/あいトリに好意的なツイートをしていた人。とにかく大きな会にしたかったので、できる限りたくさん誘った。観客とボランティアの境目はあえて設けないことにした。ゆるやかな会にしたかったし、何より僕があいトリのスタッフでもボランティアでもない一観客であり、自分だけがこの環境にいるのは申し訳ないと思ったからである。ゆるい連帯のある会にしたかった。

 また、9/21のサナトリウム(不自由展閉鎖を受けて円頓寺商店街に置かれた、アーティストによるスペース)でのイベントでもお疲れ様会について僕は発言した。複数人から賛同の声を貰い(Aさんにもここで会った)、サナトリウムの壁にお疲れ様会についての貼り紙をさせてもらえることになった(ただ、実際にサナトリウムで貼り紙を見て参加した人は少なかったように思う)。あいトリの歴史に名を残せたようで嬉しかった。

 また、この間に不自由展が(部分的にではあるが)再開し、不自由展中止を受けて展示をボイコットしていた国内外の作家たちも展示を再開した。そしてあいトリ2019は無事閉幕した。
 こうして11/1に津田監督お疲れ様会が開催された。幾つもテーブルがあり、そこを津田さんが周っていたが(Bさんと僕のタイムキープ付きで)、津田さんはどのテーブルでも嬉しそうに話をしていた。それを見て僕も嬉しかった。参加者全員が十分に満足できる会では必ずしもなかったかもしれないが、僕はこの会をやって本当によかったと思った。また、アーティストのEさんにも参加いただき本当にありがたかった。

 その流れで年末に忘年会もすることになった。忘年会をお疲れ様会の延長線上で行うことを考えていたので、人数はお疲れ様会よりは少なくなるだろうという想定でいた。11/4、グループの人数が急に増えたことに気がついた。津田さんがボランティアの会で忘年会を告知し、多くのボランティアの人々をグループに誘ったとのことであった。ボランティアの方々があってのあいトリであったし、多くのボランティアの皆さんと関われることは嬉しかったが、前回のお疲れ様会よりも大人数になることが予想される忘年会を自分とその仲間だけで仕切れるかどうかに不安を覚えてしまった。そこで、幹事を増やし、協力者を募って忘年会を行うことになった。「絆」という言葉は人を縛り付けてしまう言葉のような気がしてあまり使いたくないのだが、この出来事で同好会の皆さんとのつながりや信頼関係がより良いものになったと思う。皆さんのご協力には改めて心から感謝したい。津田さんからも心のこもったメッセージを頂いた。内部の文章であるため全文は掲載できないが、これからも日本一、世界一のトリエンナーレにしていきたいという確かな決意が文面から伝わってくるものであった。

 こうして12/28に忘年会は無事開催された。延辺館という大きな中華料理屋で開催されたが、あいトリが終わってもなお熱く盛り上がる人々の姿を見ることができた。忘年会に参加いただいたFキュレーターとEさん、そして津田さんによる即興のトークショー的なものもあり楽しかった。延辺館で出された骨付きの肉も美味であった。皆さんご協力いただきありがとうございました。

 「年を越したらドラゴンズ戦も同好会のみんなで見に行きたいね」とグループ内で話し合って企画も進んでいたが、新しい年を迎えてコロナ禍がじわじわと中国、そして世界を覆い始めていた。コロナ禍は日本全国をも襲い、企画していたイベントがその大きさを問わず全部中止・延期になってしまった。

 そこから、オンラインで月に一回程度飲み会を催すことになった。5/5の会にはFキュレーター、6/4の会にはFさんとHキュレーターとIアーキテクト、7/4の会にはアーティストのJさんにも参加いただいた。また、6/20の「ドラゴンズ戦をオンラインで観る会」には、中日ファンだというアーティストのKさんにも参加いただいた。また、8/5に行われた会にはFさん、アーキテクトを務めたことがあるLさん、Refreedom_Aichiにも参加したアーティストのMさん、翻訳を担当したNさん、キュレーターを務めたOさんにも参加頂き、35名程のメンバーが参加する規模の大きい会になった。ただ、オンラインでできることには限界がある。オンライン飲み会に参加できるメンバーも、グループ内で発言するメンバーもだんだんと固定化されてきた。一体いつになるかは分からないが、みんなで再び集まれる日を夢見て引き続き感染防止に努めていきたい。

 こうして、当初はお疲れ様会のためのグループとしてしてできた「あいトリ同好会」だが、今はオンライン飲み会と情報交換の会になっている。参加者の肩書は多岐にわたる。グループ内で出る話題も、アートから政治まであり多彩である。このような豊かな多様性を持つ、ゆるやかなコミュニティをこれからも大事にしていきたい。全員の名前は出せないが、全員に心から感謝を述べたい(一体僕は何回感謝を述べているんだ)。そして、まだまだ波乱の道のりを歩みそうなあいトリを自分なりに応援していきたいと思う。

 ただ、余談にはなるが、あいトリをめぐる動きで一つだけ残念だったことがある。それは、不自由展再開をめぐるアーティストたちのプロジェクト「ReFreedom_Aichi(リフリーダム・アイチ)」の「大反省会」と題したイベントが、東京で行われたことである。確かに、Refreedom_Aichiの参加者の中には東京を拠点に活動するアーティストも多くおり、東京のほうが集まりやすかったのかもしれない。しかし、一応その名前に「愛知」と冠したプロジェクトであり、去年の夏、表現の自由についての熱い戦いが文化不毛の地とも言われることも多い愛知で繰り広げられたのだから、愛知という地でRefreedomの動きを振り返ってほしかったと思うのは、愛知で生まれ育ち愛知を曲がりなりにも愛する僕だけだろうか。まあ過ぎてしまったことをあれこれ口出ししても仕方ないので、ReFreedom_Aichiにはまた愛知で面白いことをやってほしいと思う。ぜひとも期待したい。これからも、自由な表現で豊かな国・豊かな社会を作っていくために。

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