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【ショートショート】我が家の平穏※ミステリーではありません。

清潔な白いシーツに広がる赤い海。

 

その真ん中に横たわっているのは、

わたしの愛するだ。

 

数時間前まで元気であった

 

彼女の胸には鋭いナイフが突き刺さっている。

 

傷口から染み出る血が、

光沢がかったベージュのドレスに

奇妙な模様を描いていた。

 

これは何だ?

誰がをこんな目に……?

 

わたしは必死で考えた。

 

だが、

混乱したわたしの頭は、

なかなか正解を導き出してくれない。

 

目の前に広がる光景を、

わたしは

ただ見つめることしかできなかった。

 

――

 

わたしは外資系の商社に勤めている。

 

営業成績をぐんぐん伸ばす一方、

プライベートでは数年前に結婚した。

 

公私ともに充実していたわたしの毎日は、

本当に順調そのものだった。

 

その平穏を破ったのは、

上司の一言だ。

 

「Y社との商談を兼ねた立食パーティがある。

その商談を君に任せたい」

 

立食パーティは、

近くのホテルで行われ、

ドレスコードもある。

 

Y社以外にも、

多くの取引先候補が会場にいるだろう。

 

営業成績を

さらに上げるチャンスかもしれない。

 

「相手方は奥さんを連れてくるらしい。

だから、

そのパーティには

君の奥さんにも同行してもらいたいんだ」

 

上司は笑顔でそう言った。

 

を同行?

冗談じゃない!

 

とわたしは思った。

 

わたしの

美人で人目を引く。

 

どこの誰かも分からない輩がいる

パーティ会場に、

そのを連れて行くなんて……。

 

それなら、

上司が1人で行けばいいんだ!

 

それを口にしかけて、

わたしは言葉を飲み込んだ。

 

上司は昨年離婚している。

 

だから、

わたしに声がかかったのだ。

 

「返事は来週の月曜日にくれればいい。

週末に、奥さんと相談して決めてくれ」

 

わたしは上の空で、

上司の部屋を後にした。

 

しかし、

わたしの話を聞いたは、

健気にも同意してくれた。

 

不安はあるが、

わたしのためならと、

そう言ってくれた。

 

……天使だ。

いや、違う。

女神そのものだ。

 

正直、気は乗らない。

 

だが、

要は商談をとっとと終わらせれば

良い話なのだ。

 

早めに仕事を切り上げ、

とパーティを楽しめばいい。

 

わたしはそう考えて、

商談の資料の準備を始めた。

 

そのとき、

わたしはもっといろんな可能性を

考えていればよかったのだ。

 

例えば、

に忍び寄る魔の手があるかもしれない、と。

 

――

 

立食パーティの会場は、

参加者のきらびやかな装いと多数の照明で、

目のくらむほどの華やかさだった。

 

海外からの参加者も多い。

 

仕事上、

こういったパーティに慣れているわたしでも、

会場に入ることをためらった。

 

「すごい人ね。

ちょっとだけ怖くなってきたわ」

 

がわたしの腕をぎゅっとつかんだ。

 

わたしはそこではっと気がついた。

 

きっとの方が不安のはずだ。

ここでわたしが気後れしてどうする。

 

「早めに商談を終えるつもりだ。

相手との挨拶が終わったら、

君は気楽に食事を楽しんでいればいい」

 

そう言うと、

はこくりとうなずいた。

 

Y社の担当はすぐに見つかり、

わたしはを紹介する。

 

相手の奥方も綺麗な人だったが、

わたしのには及ばない。

 

挨拶をし終えると、

わたしたちはすぐに商談に移った。

 

会場になっているホテルの一室を借り、

そこで具体的な案を詰めるのだ。

 

パーティ会場を去るとき、

わたしは

一旦離れていたに声をかけた。

 

「今から商談に行ってくるよ。

もし疲れたら、

ホテルの部屋に帰っているといい」

 

自宅からの距離を考え、

今日は会場となっているこのホテルで

泊まることにしていた。

 

カードキーはにも渡しているから、

問題ないだろう。

 

「……」

 

サユリ?」

 

「え? あぁ。そうね。

そうするわ」

 

は曖昧に笑うと、

いってらっしゃい、と

わたしに告げた。

 

思えば、

わたしはここでも失態を犯していた。

 

彼女の異変に気づいていれば……。

後悔は後には立たない。

――

 

商談を終えたわたしは、

借りているホテルの部屋へと急いでいた。

 

商談が思いのほか長引いたのだ。

立食パーティはすでに終わっていた。

 

が怒っていなければいいが……。

 

そんな不安を抱えながら、

わたしはカードキーをポケットから取り出す。

 

だが、

そこでドアが半開きであることに気がついた。

 

「……開いてる?」

 

嫌な予感がして、

わたしは部屋へと駆け込む。

 

そして、

変わり果てたサユリの姿を見つけた。

 

衝撃を受けたわたしは、

その場で立ち尽くすのみだった。

 

後のことはよく覚えていない。

 

誰かが警察を呼び、

現場は立ち入り禁止となった。

 

立食パーティの参加者も、

ホテルの宿泊客も、

ホテルの従業員も、

 

そして、

このわたしも、

警察の取り調べを受けた。

 

テレビでも報道され、

会社でも噂となり、

 

わたしは自宅療養という名の

独房に入れられたのだ。

 

だが、

幸いなことに

犯人はすぐに判明した。

 

立食パーティにいた男が妻に一目惚れし、

彼女に言い寄ったらしい。

 

彼女は当然のことながら、

彼を拒絶した。

 

男は恨みを募らせ、

あの強行に及んだという。

 

商談に行く直前のわたしに、

サユリ

あの男のことを言おうか迷ったはずだ。

 

だが、

商談の控えたわたしに

要らぬ心配をかけたくない。

 だから、

言わない方がいいだろう。

きっと、

そう考えたに違いない。

 

わたしは唇を噛んだ。

 

警察が持ってきた犯人の男の写真を

ぐしゃぐしゃにして、

ゴミ箱に放り投げた。

 

それはゴミ箱の縁に辺り、

リビングで昼寝をしていた

飼い猫のトラジロウの背中に当たった。

 

にゅあ~。

 

トラジロウが声を上げてわたしに抗議する。

 

どうして、

サユリを守らなかったのか。

 

どうして、

彼女を危険な場所に連れて行ったのか。

 

どうして、

上司の命令をつっぱねなかったのか。

 

わたしは両手で頭をかきむしり、

ソファに座ったまま、

うなだれて目を閉じた。

 

――

 

「そう。それであなたは最近悩んでいたのね?」

 

わたしの話を聞いていた彼女は、

静かにそう言った。

 

それから、

ソファの近くに腰を下ろすと、

わたしの手を取る。

 

「まぁ、そういう可能性もゼロじゃないんでしょうけど」

 

彼女の手の温かさが伝わってくる。

 

「起きていないことを心配しても、

何も始まらないんじゃないかしら?」

 

下からのぞきこんできたサユリの顔が

わたしを見つめている。

 

その綺麗な目に、

泣きそうなわたしが映り込んでいた。

 

その背後で、

トラジロウ

もう一度にゅあ~、と鳴く。

 

――

 

我が主(あるじ)ながら、

今日もたくましい“想像力”だと

僕は思った。

 

それは僕がであることを

差し引いても言えることだ。

 

最近、

主の元気がないことを心配した奥様

彼にその訳を聞いたのだ。

 

すると、

本当に起きたことかと思われるほど、

彼は妙にリアルな可能性を話し出した。

 

曰く、

立食パーティに奥様を連れて行くと、

彼女が殺されるかもしれない、と。

 

断言しよう。

 

そんな非日常的なことが

そうそう起こるものではない。

 

その後、

奥様は主にとくとくと言って聞かせた。

 

心配事の9割は起こらない。

 

もし、それでも心配なら、

そうならない対策を取ればいいだけだ、と。

 

主もなるほどと納得した。

 

そして、

すぐさま元気になった。

 

なんて単純な奴だと

主を馬鹿にしないでいただきたい。

 

主は、

純粋な人であるだけなのだ。

 

ただ、

人より、少々“想像力”がたくましい。

 

そう。

それだけの話なのである。

 

そして、

その主を支える奥様こそ、

我が家の平穏を支えてくれる

大黒柱なのであった。

 

もし、

僕が人の言葉を話すことができるなら、

主に言って聞かせたい。

 

我が家の平穏の象徴である奥様

これ以上、困らせないでいただきたい。

 

とはいえ、

今日も

主のたくましい“想像力”から生まれた心配事を

奥様はすんなりと解決した。

 

我が家の平穏を噛みしめながら、

リビングの日当たりの1番いい場所で、

僕は今日も昼寝をむさぼっている。

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【あとがき】
 記事のイラストを見て、ミステリーか!?
 と思った方がいたらすみません。

  ただ、
 『心配性の人は、頭の中で、
  日々、こういう大事件が起こっているんだよ?』
 ということを書きたかっただけです……笑

 わたしは気質的に心配性で、

 以前は、このショートショートのような
 『起きてないのに妙にリアルな大事件』
 が頭の中で頻繁に流れていました。

 自分の気質と向き合い、
 最近では、頭の中の『大事件』はほとんど起こらないのですが……。

 ついこの間。
 寒さのせいか、気持ちが落ち込んで、
 久しぶりに頭の中で『大事件』が繰り広げられました 笑

 そのとき、
 ふと『こういうのも、書いてみたら面白いかも?』と思い立ち、
 できあがったのがこのショートショートです。
 (注:わたしの中に起きた『大事件』の内容ではありません)

 ミステリーを読むのは好きだけど、書くのは苦手。
 (血が怖い……)
 
 ただ、
 ”なんちゃってミステリー風”にはなっているかも……?

 楽しんで読んでいただけたらいいな、と思います。

 もうすぐクリスマスですね^ ^
 みなさん、どうか温かくしてお過ごしください。

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