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祇園精舎に行ってみた

 2024年3月に、高校時代の友人から誘われてインドを旅行することになった。僕らは高校を卒業してから丁度3年が経っていて、インドに行くのは初めてだった。インドには祇園精舎があるという。かの有名な平家物語の最初の文でお馴染みのあの祇園精舎である。俄然行く気になった。

 ところがインターネットで「祇園精舎 行き方」と調べても易しく解説した記事等は(僕の調べた限り)あまり無かった。数少ない見つかった記事

は今回の旅行に非常に役立ったが(ありがとうございます!)、鉄道一本での行き方や、鉄道を使う上で便利な近くの町(村)についての記述はあまり見当たらなかった。また、最新の地球の歩き方にはそもそも祇園精舎についての記述がなく、それが我々をより不安にさせた。なお、これは帰国後気付いたことなのだが、少なくともちょっと昔の地球の歩き方--例えば2017-2018年度版--には1ページ分の記述があり、小さくだが行き方も載っていた。古い地球の歩き方を閲覧できる人はそれを参考にするのもアリかもしれない(筆者は大学図書館で読んだ)。

 この記事では、2024年3月下旬にDelhiから祇園精舎まで主に鉄道を使って行った旅程を紹介する。また、日本語での記述があまり見つからない祇園精舎最寄りの町Balrampurや祇園精舎のある村Shravastiの様子についても触れる。
 また、その遺跡のそばには日本国祇園精舎の鐘の会が建立した鐘がある。祇園精舎の鐘である。その鐘についても補足する。

 この記事が祇園精舎に行こうとする人の参考になれば幸いです。

 ちなみに同行者の瓦のインド・ベトナム旅行記に移動の様子が克明に綴られています。宿の写真や諸風景が載っていて参考にもなると思うので、よければ参照してください。この記事は特に2、3、4日目の移動に当たるので、そのリンクを貼り付けておきます。



祇園精舎について

 まず、簡単に目的地の祇園精舎と祇園精舎周辺の町について簡単にまとめる。なお、ここでは上に挙げた記事や2017-2018年度版の地球の歩き方、ウィキペディア等を参考にした。

 祇園精舎は、Jetavana Vihar、またはSahet、サヘートとも呼ばれ、これは今は静謐な遺跡公園となっている。かつてブッダが教えを解いていたとされる学び舎である。

祇園精舎の風景
ちなみにタイトル上部の写真はブッダが教えを説いていたとされる祇園精舎内部の遺跡

これがあるのがShravastiという小さな村である。この町の名前は, ブッダがいた頃のコーサラ国の首都Shravastiから来ている。これは舎衛城、またはMahet、マヘートとも呼ばれ、その遺跡群も祇園精舎の側にある。

大まかな位置関係

 上図にあるように、Shravastiはネパールとの国境、Delhiから東にいったインドの北中央部に位置する。Lucknowという大きな街から北東に約200km離れている。近くの町はBalrampurがあり, やや離れるがより大きな町だとGondaやBahraichがある。なお、Bahraichは簡単に調べた限りDelhiやLucknowから電車がなさそうだったので以下では登場しない。

旅程

次に、Delhiから祇園精舎へ我々が実際通った経路(Delhi-Lucknow-Balrampur-Srabasti-Jetavana)を紹介する。なお、鉄道の調べ方・取り方等については触れない。

DelhiからLucknowへ

 まずDelhiからLucknowへの経路について。今回はPaharganjというNew Delhi駅前(以下、NDLSと略記する)の安宿街に泊まっていたので、NDLSからLucknowに行った。チケット購入の難しさを除けば、列車の本数が多いため簡単にLucknow行きの電車の席は確保できると思われる。

 今回は82502/IRCTC TEJAS EXPという15:40発-22:05着の電車に乗った。

 なお、到着駅はLUCKNOW NE(以下LJNと略記する)であった。Lucknowには駅が複数あることに注意。このLJNは, 後述するLUCKNOW NR(以下LKOと略記する)に隣接している。

上に記載した位置関係についての図を見てもわかるように、DelhiからLucknowまでは距離があるので飛行機で移動する人もいるらしい。

LucknowからBalrampurへ

Lucknow, Gonda, Balrampur, 祇園精舎の大まかな位置関係

 次にLucknowからBalrampurへの道程について書く。LJNについた後, LKOに歩いて移動し、12572/GKP HUMSAFAR EXという、LKOを2:40発5:51分着の寝台列車に乗った。大体4時間ほど件の列車を駅構内で待つことになった。LKO構内には普通に野生の猿、犬、牛、鼠が暮らしていて、家畜小屋みたいな匂いが立ち込めている。動物たちと同じように床に横たわる浮浪者も当たり前のように存在した。
 そのためプラットホームでは待ちたく無かった。駅構内にあったupper class用のwaiting roomで仮眠をとったりした。
 このwaiting roomを本当に利用していいのかどうかはわからなかったが, いちいちチケットを確認したりは無かったので助かった。この中にはうるさい客引きも入ってこないため、割と安心して時間を過ごすことができた。

waiting room の様子

 到着駅はBALRAMPUR(以下BLPと略記する)なのだが、この駅は実際のBalrampurの中心部からは3kmほど離れていることに注意。Balrampurの中心部に本当に近いのはJharkandi駅(以下JKNIと略記)なのだが、LucknowからJKNIへの電車が本数が殆どなく、かつ今回の旅程に都合が悪かったのでJKNIは利用しなかった。

Balrampur市内について

 Balrampurに一泊した時の状況について触れる。我々はBalrampur中心部に宿をとっていた。これはAvadhという名前の宿で、Booking.comで予約できるBalrampur内の宿2軒のうち、唯一空いていた民宿である。
 
 部屋は結構雰囲気があった。4階だったので、Balrampur市内を一望できた。その上料金は2人で800ルピー(大体1600円)前払いと格安である。
 しかし、これをホテルだと思うと痛い目を見る。宿は本当に寝るためだけの宿で、 エアコン無し、お湯無し、ドライヤー無し、枕は汚い、冷蔵庫無し、タオル無し、トイレ・シャワーが本当に一体で換気扇がないから激臭、とホテルと思って行くと最悪な環境だ。蚊が結構いて、同行者に至ってはダニにも刺されてしまったりした(2024/4/21追記:ちなみに1ヶ月経って特に何もなく、無事らしい)。ただそれを覚悟した上でいけば特に不満が出ることはないだろう、 といった感じだった。インドの宿には不思議とどこにもあった大きなバケツが例に漏れずあり、それにビニール袋を被せて簡易洗濯もできた。

 Balrampur市内は人が多いインドの田舎、と形容できる町だと思う。田舎だけど人口が多いため賑わっている。深夜までカラオケ大会の声が聞こえてくるくらい。
 そのため食料や日用品が調達不可能ということにはならない。愛想が悪いかもしれないけれど、Delhi市内にいるような観光客を騙す狡賢さを持った人は見受けられなかったし、釣り銭の計算も正確だった。ただ観光客慣れした飲食店は見つけられなかった。無論英語も通じない。だから外で飯を済ますとなるとややハードルが高くなる。筆者らは結局Balrampurで満足に食事はできなかった。ネットで探せば飲食店は複数見つかるので良いところを探してみてほしい。

 ちなみに、宿のそばにあった Noori Lassi & Sweet Hause というお店のラッシーは美味しかった。よくあるヨーグルト・ジュースとは違って、ヨーグルトの上に甘ーい粘性のあるオートミールを注いだものだった。

BalrampurからShravasti、そして祇園精舎へ

 BalrampurからShravastiまでは10kmほど離れている。Uber taxiはそもそも近くにタクシーが無くて使えなかったので、流しのリキシャーを拾った。移動費は要交渉である。筆者らは行きは二人で80ルピーだったが、帰りは交渉しても200ルピーかかった。

730番道路をひたすら西北西に進む。

降ろされたところから祇園精舎が見えるまでさらに西北西に進む。

怪しげな寺たちを通り過ぎると、やがて右手に祇園精舎らしき公園が見えてくるはずだ。

写真中央の煉瓦色の柵で囲まれているのが祇園精舎


ここを進めば良いんだなって感じの道路

そこまで歩けば、入り口につながってそうな道路の前まで行ける。しかし、これでゴールではない。この煉瓦の柵を左手に、さらに道なりに進む。すると、地球の歩き方2017-2018ではチケット売り場となっている門の前までたどり着く。しかし、これは2024年3月の段階では閉ざされた門になっていて、警備員が一人いるだけである。ここで狼狽えて立ち往生しているとBalrampurよりも観光客慣れした様子のリキシャーer がしつこく乗れと手招きしてくるがこれは無視してほしい。見えないけれど入り口はもうすぐだ。

従ってその門は無視してさらに道なりに進む。するとやがて入場チケットの買える門にたどり着く。筆者らが行ったときは一定数観光客もいて、観光バスが見えたのでついたのだと確信できた。ちなみにチケットの値段は一番初めに貼ったリンク先の記事にあった通り一人300ルピーだった。

着いた!小さいながら露店も見られた。

補足

 我々は前章の旅程でちゃんと祇園精舎までたどり着くことができたが、この旅程はインド到着後に慌てて組んだ旅程で、到底最善なものとは言えない。

 例えばLucknowからBalrampurまで深夜乗り換えをして行ったが、この列車は実はDelhi市内から出ているので本来は乗り換えなしでDelhiからBalrampurまで寝台列車を使って行くことができる。しかし、 寝台列車は予約が埋まっていることが多かったため、直前にこの列車はとることが出来なかったというわけだ。

 他にも、Balrampurを拠点にせずにGondaを足がかりにして日帰りでShravastiに行くことも考えられる。GondaはBalrampurより大きな町なはずなので、DelhiやLucknowからの電車もBulrampurより俄然多い。さらにGondaはLucknowより全然祇園精舎に近く、バスについてよく調べればよかったかもしれない。
 それでもBalrampurにこだわったのは、なるべく鉄道で移動したかったからにすぎない。まあ慣れないバスやタクシーを使いたくなかったのと、Shravastiから最悪徒歩で戻れる距離に宿があると安心だと思ったからという理由もあるけれど。

鐘について

 本来、祇園精舎の近辺には鐘はなかったという。従って、平家物語の序文「祇園精舎の鐘の声...」は完全な創作だと考えられる。しかし、日本の団体が戦後、上述の祇園精舎のそばに鐘を建立した。これを「祇園精舎の鐘」と呼ぶ。

 注意しなければいけないのは、祇園精舎の鐘と検索してもこの鐘がどこにあるかわからないことである。しかも英名も容易にはわからない。

僕らは日本人の数少ないブログや記事を頼りに、祇園精舎に行った後なんとかその鐘を自力で見つけ出した。730番道路沿いにあったので容易に発見できたのだ。

見つけた後分かったのだが、これはWorld Bell Peace Parkと呼ぶらしい。うっすらと観光地になっていて、この名前でgoogle map で検索すればすぐに見つけることができる。

 祇園精舎の鐘は現地の物となっていた。風情なんてどこ吹く風、見慣れないものに興味を持ったインド人がリズムを作ろうと懸命に鐘を叩きまくっていた。どこか清々しいものすらあった。

祇園精舎の鐘の外観。何故かピンク色になっている門が特徴的

終わりに

大学生2人の初インド、自力での海外旅行は初、の割にはマイナーなところに無事辿り着けて大満足です。読んでいただきありがとうございました。


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