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映画「ドリーム・ホース」感想

 一言で、ウェールズにて競走馬を育てた女性の実話ベースのサクセスストーリーです。情景は綺麗で馬は可愛く、展開もわかりやすく、所謂イイ話ですが、一方で人間のエゴと動物愛の解釈についてはモヤりました。

評価「C」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。

 本作は、2020年に公開されたユーロス・リン監督によるイギリスのドラマ映画です。ウェールズにて、ひとりの主婦と片田舎の小さなコミュニティで育てた馬「ドリームアライアンス」が最高峰のレースに出場して勝利を収めた、「おとぎ話」のような奇跡の実話の映画化です。
 小さなコミュニティで実際に起きたこのドラマティックな物語は、ピークを迎えた2009年当時、大きな感動を呼び注目を集めました。2015年にはドキュメンタリー映画が制作され、サンダンス映画祭で観客賞を受賞しました。そして、今回、満を持しての長編映画化となりました。

 主演はトニ・コレット、彼女の協力者の税理士役としてダミアン・ルイスが出演しています。
 トニ・コレットは、『シックス・センス』、『リトル・ミス・サンシャイン』、『ヘレディタリー/継承』などの数多くの有名作に出演しており、知名度の高い女優です。ダミアン・ルイスは『ドリームキャッチャー』、『ワンス・アポン・ア・タイム・ハリウッド』などに出演しています。

・主なあらすじ

 イギリス・ウエールズ、谷あいの小さな村。夫と二人暮らし、パートと親の介護だけの "何もない人生"を送っていた主婦ジャン。ジャンは馬主経験のあるハワードの話に触発されて競走馬を育てることを思いつき、村のみんなに共同で馬主となることを呼びかけます。
 週10ポンドずつ出しあって約20人の組合馬主となった彼らの夢と希望を乗せ、「ドリームアライアンス(夢の同盟)」と名付けられた馬は、奇跡的にレースに勝ち進み、彼らの人生をも変えていきます…。

・主な登場人物

・ジャン(ジャネット)・ヴォークス:トニ・コレット
 本作の主人公。ウェールズで夫と二人暮らし、バーテンダーとスーパーのパートと親の介護だけの "何もない人生"にうんざりしていたある日、「競走馬を育てて大会で優勝する」というアイデアを思い付きます。

・ハワード・デイヴィス:ダミアン・ルイス
 かつて競走馬を所有していた税理士、。当初は素人主婦が馬を所有することに難色を示すも、やがてジャンに協力します。

・ブライアン・ヴォークス:オーウェン・ティール
 ジャンの夫。当初は妻の思いつきに混乱するも、皆に声を掛け合って出資に協力します。

 ・アンジェラ・デイヴィス:ジョアンナ・ペイジ
 ハワードの妻。一度事業に失敗した夫には厳しいですが、また夫の思いつきな行動に振り回されます。

・本人:キャサリン・ジェンキンス
 競馬場ウェルシュナショナルにて、ウェールズ国歌を斉唱しました。

1. イギリスの素朴で地味なほのぼのコメディなので、ちょっとしたシーンに笑いはある。

 本作は、所謂「イギリスの素朴で地味なほのぼのコメディ映画」でした。
 基本的には、田舎に住む中年から高年齢の男女がメインキャラですが、俳優たちの演技が上手く、自然なので、ちょっとしたシーンにクスクス笑える点はありました。『フル・モンティ』や『リトル・ダンサー』が好きな人は嵌りそうです。

 また、演出・カメラワークは本当に良かったので、ここは楽しめました。ウェールズの景観はとても良く、緑一面の牧場・馬がいる住宅街・坂道の多い町・パブ・広い競馬場・スーパーマーケットのゴチャゴチャ感などは、本当に現地に行ったかのようなリアリティーさがありました。これらは、フランス映画の『エール!』で感じた長閑(のどか)さと似ています。

 そして、ジャンの自宅にも室内に犬と鴨、山羊がいたり、競馬に行くのに皆がオシャレしてたり、ビールで乾杯やカラオケ大会の大盛り上がりなど、日常に生きる人々の息遣いは強く感じられました。エンドロールのミュージカル演出には笑いました。

 所謂、「イイ話、感動話」ではあるので、単館系劇場中心に人気があるのも納得です。最も「史実をベースにした話」故に先は読めますが、それでも見やすく、わかりやすかったです。

2. 馬についての勉強にはなる。

 本作は馬を産ませて育成する過程が描かれていたので、馬についての勉強にはなりました。

 馬をテーマにした作品だと、漫画『銀の匙 Silver Spoon』や『スーホの白い馬』なとがありますが、最近では『ウマ娘プリティーダービー』もありますね。

 馬の繁殖方法やドリームアライアンスの治療で説明された「造血幹細胞移植手術」などは初めて聞いたので、「へぇ、そうなんだ」と驚きました。今はここまで技術が進歩しているんですね。

 ちなみに、ドリームアライアンスは「追い込み馬」のようですね。最初はそんなに速くないけど、どんどん追いついて最後は追い抜かす、そんなところが応援したくなるのでしょう。

 良かった点は以上です。ここからは、ネガティブ意見がありますので、苦手な方はここまででバックしてください。

3. 育成はほぼ厩舎任せなのに、「自分達の手柄」扱い、お金に目が眩む主人公は怖い。

 本作、一般的には「絶賛意見」が多いのですが、私は結構引っかかる点がありました。
 所謂、「犬の感動映画」でモヤる人は本作でも同じようにモヤるかもしれません。ある意味、「馬を利用した感動ポ○ノ」と思う人もいるかもです。

 作中にて、ドリームアライアンスは好成績を収め、ジャンたち組合馬主にはお金が入ってきます。
 そうなると、ジャンは「流石私が育てたドリームアライアンス!」と誇らしげですが、よく考えてみると、大きくなってからの世話はほぼ厩舎に丸投げなのです。結局、ドリームアライアンスの競走馬としての実力を伸ばしたのは騎手や厩務員などのスタッフなんですよね。まぁシステム上は仕方ないにしても、「ドリームアライアンスの活躍は自分達の手柄」みたいに大きな顔をするはどうなのでしょうか?

 人間に喩えるなら、いつもは寮生活している我が子の発表会を見に行く母親でしょうか。しかし、いつもジャンの目つきが「マジモンの教育ママ」にしか見えなくて怖かったです。正に「お金に目が眩んでる」のかな。

4. 経済・産業動物と安楽死に対する考え方が「一方的」で、人間のエゴと馬の気持ちをゴチャゴチャにしている。

  ドリームアライアンスら競走馬は所謂「経済・産業動物」です。しかし、レースはいつも過酷で速く走ることを求められるため、何かの拍子に怪我して走れなくなる可能性はあります。
 だから、結果を残せなくなった馬は、その後の飼育費や治療費がバカにならないため、「安楽死」になる場合が多いです。

 実際、ドリームアライアンスも足を怪我して走れなくなったシーンは可哀想でした。人間の目的で利用されたのに、人間の都合で運命が決まってしまうので。それにしても、ウェールズだと、馬の安楽死は拳銃なんですかね?

 ジャン達は悩み、ドリームアライアンスを治療することを決めます。しかし、その理由には「え?」と耳を疑いました。ジャンは「あの子が人間ならもう一度走りたいと思うはずよ!」と皆を説得します。これ、一見すれば「馬思いの女性」なんですが、一方で「それって一方的な動物愛では?」といった疑念が拭えませんでした。
 ジャンは「私は、いつもドリーム・アライアンスの体のこと、健康のこと、幸せのことを考えている。もう馬というより家族、自分の息子のような感じ。だから助けたい」と言いますが、うーん何だか「偽善的」とも取れてしまうなぁ。

 この「経済・産業動物と安楽死に対する考え方」なら、「人間の気持ちひとつで一生を左右されるもんだ。馬の気持ちが完璧にわかったら、俺ら気がおかしくなるかもしれん。」と人間のエゴを認めている『銀の匙 Silver Spoon』(第1巻参照)の方が、余程誠実性があるように思いました。

5. 「チャンスを与える」ことで嬉しいのは馬ではなく人間では?

 前述より、ドリームアライアンスを治療させたジャン達は、「もう一度チャンスを与えよう」と、彼を競走馬として復活させることにします。しかし、この「チャンス」って誰に対するものなのか?何か、ドリームアライアンスのためというより、人間達がもう一度「一攫千金のチャンスを得たい」ように見えてしまうんですよね。

 本作では、馬は商売道具ではなく、「村人たちの希望」として描いています。しかし、実際は賞金を分配しています(高額ではないしても)。もう、良い年した大人達が何お金にはしゃいでるのか。私は競馬をやったことがないので、こう思うだけかもしれませんが。

6. 結局、「人間の問題」が「デウス・エクス・マキナ」な解決なのには首を傾げてしまう。

 そして、クライマックスでは復活したドリームアライアンスがウェルシュナショナルにて見事優勝し、大団円で物語は幕を閉じます。
 ジャンは「漸く自分が評価された!」と喜び、ハワードも家族と仲直りし、ハッピーエンドを迎えました。しかし、これ本当にそうなんでしょうか?どうも、自分達の問題を馬にすり替えているようにも見えてしまうのです。

 ジャンは「私は娘として、妻として、母としてのアイデンティティーしかない。この子(ドリームアライアンス)といると、自分を取り戻せる気がするの。」と話していましたが、彼女にとっては、自分が評価される対象が鳩や犬から、馬に変わっただけのように思いました。これだと、彼女自身が「自分が評価されない(と思い込んでいる)問題を乗り越えてない」ように思えてしまうのです。
 うーん、子供に依存する母親なのは変わらないです。ある意味、すごくグロテスクでは?結局、「自分を評価できるのは自分だけ」だと思います。

 ハワードも、かつて競走馬を所有していたものの、ギャンブル依存症になり、その失敗で家のローンが払えなくなり、子供の教育ローンに手を出してしまい、離婚寸前になっていました。
 ジャンの依頼により、また競馬心に火が付いたハワードは、妻の許可なく会社の会計士を突然退職して、独立してしまいます。え?こんなのアリなんですか?所謂、毒夫、毒父なのに、最後は妻子もいつの間にか「理解者」になっているのは謎でした。ギャンブル依存症についても結局有耶無耶になってましたし。

 これらを踏まえると、なんかこう、「ドリームアライアンスで成功したからラッキー!」と、「デウス・エクス・マキナ」な解決だなぁと思いました。「史実がこうだから」といえばそうなのかもしれませんが。最も、ドリームアライアンスに実力がなかったらここまで成功しないんですよね。所謂、「イイ話、感動話」なのでしょうが、個人的には結構モヤモヤしました。

 最後に、ドリームアライアンスは、2023年4月29日に繋養先で死去したそうです。享年22歳、ご冥福をお祈りします。

出典:

・映画「ドリーム・ホース」テアトルシネマグループページ
https://ttcg.jp/movie/0900300.html

※公式サイトは2023年3月で閉鎖したようです。

・映画「ドリーム・ホース」Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%B9

・ドリームアライアンス Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B9

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