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映画「異動辞令は音楽隊!」感想

 一言で、阿部寛さんら俳優の演技の良さ・生演奏のコンサートの臨場感・アポ電強盗の怖さはそこそこ伝わるものの、脚本の詰めが甘く、パンチやインパクトが弱い所は勿体なかったです。

評価「C」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。

・主なあらすじ

 犯罪撲滅に人生のすべてを捧げてきた鬼刑事の成瀬司。しかし、コンプライアンスが重視される今の時代に、違法すれすれの捜査や組織を乱す個人プレイ、上層部への反発や部下への高圧的なふるまいで、周囲から完全に浮いていました。 
 遂に組織としても看過できず、上司が成瀬に命じた異動先は、まさかの「警察音楽隊」でした。しかも、小学生時代の和太鼓の演奏経験があるというだけで、ドラム奏者に任命されてしまいます。
 当然、本人は全くやる気がなく、練習にも気もそぞろなので、隊員たちとも険悪な関係に陥ります。
 しかし、担当していた強盗事件に口を出そうとして、今や自分は捜査本部にとって全く無用な存在だと思い知らされて失意の底に陥ります。そんなとき、彼に手を差し伸べたのは、とある隊員でした。(公式サイトより引用。)

 本作は、『全裸監督』や『ミッドナイトスワン』を手掛けた内田英治監督作品です。監督曰く、愛知県警がYouTubeに投稿した警察音楽隊のフラッシュモブ映像を視聴したことから着想を得ているそうです。

・主な登場人物

・成瀬司(演 - 阿部寛)
 捜査一課の刑事でしたが、コンプライアンスに反する行動を続けた結果、パワハラとみなされて、警察音楽隊への異動を命ぜられてしまいます。

・警察音楽隊

・来島春子(演 - 清野菜名)
 交通課所属のトランペット奏者。シングルマザーで、よく練習場に幼い息子を連れてきます。

・北村裕司(演 - 高杉真宙)
 自動車警ら隊所属のサックス奏者。トラブルメーカーで、成瀬に嫌味を言ったり、楽隊の揉め事の原因になったりします。

・国沢正志(演 - 板橋駿谷)
 自動車警ら隊所属のチューバ奏者。

・柏木美由紀(演 - モトーラ世理奈)
 県警本部会計課所属のカラーガードリーダー。

・広岡達也(演 - 渋川清彦)
 交通機動隊所属で、成瀬の指導担当。パーカッション。

・沢田高広(演 - 酒向芳)
 警察音楽隊隊長兼指揮者。

・捜査一課

・坂本祥太(演 - 磯村勇斗)
 捜査第一課巡査部長。成瀬の元後輩で、いつも振り回されていました。

・井上涼平(演 - 六平直政)
 警部補主任。成瀬の同僚。

・篠田誠(演 - 岡部たかし)
 刑事部捜査一課長。

・五十嵐和夫(演 - 光石研)
 県警本部長。音楽隊の存在を良く思っていません。

・成瀬の家族

・成瀬法子(演 - 見上愛)
 成瀬の娘。仕事のことしか考えていない父親を嫌い、徹底的に避けます。バンドではベース担当。

・成瀬幸子(演 - 倍賞美津子)
 成瀬の母。認知症を患っています。

・その他

・西田優吾(演 - 高橋侃)
 アポ電強盗グループの一員。アポ無し捜査より、成瀬と坂本に家まで押しかけられます。

1. 主人公の挫折→成長物語としてはシンプルだが、最後まで見れる内容ではある。

 本作は、成瀬というパワハラ&問題刑事が左遷され、紆余曲折を経て楽器の腕を上げ、自分の居場所を探していく物語です。所謂、「主人公の挫折→成長物語」としてはシンプルで、(やや先は読めるものの)見やすい内容でした。普通に楽しめるし、突っ込み所はかなり多いけど、鑑賞後に嫌な気分にはならないので、最後まで見れました。
 前作の『ミッドナイトスワン』が本当に合わなかったので、期待度低めで鑑賞しましたが、あちらよりは安心して見れる内容でした。(ファンの方すみません。)

2. 色んな意味で阿部寛さんら俳優さん達は、ナイスキャスティング。

 本作は、俳優さん達が役柄にマッチしていました。
 まず、阿部寛さんが演じた成瀬のパワハラやコンプライアンス違反ぶりは本当に酷く、見ている側が怒りを感じるほどでした。これなら左遷されて当然だと思うレベルでした。
 また、阿部さんは190cmの高身長でお顔の彫りが深いので、前に立たれると威圧感がかなり凄いと思います。しかも、それでパワハラ系なら、余計に怖さが増しますね。女優さんはともかく、他の俳優さんとも、頭一つ以上に身長差があったのには驚きました。磯村さんも高杉さんも小柄ではないと思いますが。
 そして、成瀬は認知症の母と娘との3人家族ですが(妻とは離婚)、家でもパワハラぶりを発揮するので、娘の法子からは徹底的に避けられています。文化祭をすっぽかし、その理由を「仕事が忙しい」で突き通すのは本当に最低でした。これなら、LINEをブロックされても当然です。一方で、祖母と孫の絡みは良かったです。法子がややヤングケアラー状態ではあるものの、そこまで重く描かれてはいません。
(これは本筋とはずれますが)それにしても元妻さん、こんな夫のもとに娘を残しますかね?まぁ、妻原因の離婚なのか、成瀬が育てると主張したのか、そこは不明ですが。

 他の俳優さんについても良かったです。磯村勇斗さんの成瀬に振り回される後輩の演技からは、成瀬に対するイライラが強く伝わりました。それにしても、磯村勇斗さん、最近よく見ますね。良い俳優になりそうです。
 見上愛さんは、インパクトのあるお顔立ちですね。何となく、小松菜奈さんに似ています。
 高杉真宙さんが嫌味な後輩役なのは新鮮でした。独立されてから、結構イメージ変わったと思います。
 倍賞美津子さんの認知症のお婆さんも、かなりリアルな演技でした。同じ事を何度も言ったり、徘徊して警ら隊のお世話になったり、子供返りしていく様子を見ていると、成瀬が精神的に参ってしまうのもわからなくはないです。それ故に、現実逃避して余計に仕事に逃げるようになったと思います。※勿論、それがパワハラを正当化するものではないです。

3. 作中曲は、吹奏楽経験者には堪らないラインナップになっている。

 本作にて、音楽隊が演奏した曲は、吹奏楽界隈ではどれも有名なものばかりなので、吹奏楽経験者の私は、とてもテンションが上がりました。ちなみに、従来の作品に続き、本作も吹替無しの生演奏です。
 確認できただけでも、『宝島』・米津玄師さん&Foorinの『パプリカ』・『イン・ザ・ムード』・『ボギー大佐』・『ラデツキー行進曲』は演奏していました。選曲ですが、昔からの名曲と、最近の楽曲の両方を起用した点は良かったです。
 後は、楽器に名前を付ける、音響を気にして風呂や車内で練習するなど、吹奏楽経験者あるあるエピソードもありました(笑)
 それにしても、成瀬がドラムを練習しようとスタジオに行ったら、そこで娘とバンド仲間に会うのは草でした。バンド仲間の振りに、最初は気まずいものの、徐々に父娘がセッションして少し打ち解けるシーンは好きでした。

4. アポ電強盗の怖さと酷さは伝わってくる。

 本作では、音楽隊のエピソードと並行して、アポ電強盗のエピソードが展開します。
 序盤から、独居老人が「オレオレ詐欺」のような電話を受けます。ここまでは「あるあるだなぁ、でも住所は教えてないよね?」と思っていたら、実は張り込まれていて、直後のピンポンからの玄関先で殴打、その隙にお金を盗んでいく描写はとても怖く、酷いと思いました。
 しかも作中では、被害者が亡くなっています。今は、「オレオレ詐欺」・「振り込め詐欺」・「アポ電強盗」と、一口に詐欺と言っても、名前や犯行手口にはバリエーションが豊富ですが、こういった人の心の弱みにつけこむような犯罪は、本当に酷いと思いました。
 ちなみにこの被害者、最初は幸子かと思いましたが、そこは「ミスリード」でした。

5. 心理描写や状況変化の描写があまり上手くない。

 本作は、脚本・演出は、良い点と悪い点がハッキリとしていました。
 まず、俳優の演技と音楽の演出は良かったです。    一方で、心理描写や状況変化の描写は今一つで、場面によっては「雑」だと感じてしまう所もありました。
 ストーリーがシンプルなのは良いのですが、「キャラがこう考えてこう動いた」というより、「監督がこのシーンをやりたいから、入れてる」感じが強かったですね。
 まず、礼状を取らずにアポ無し捜査するって…原作は漫画なのかしら?と思うほどの突っ込みポイントでした。
 また、それぞれのキャラも心理変化がやや唐突だと感じました。
 来島春子は、最初は「男性に怖気づかずに成瀬にハッキリと主張し、パワハラに屈しない女性」という掴みは良かったものの、その次の場面では、彼女から飲みに誘って成瀬と打ち解け合うのは早すぎる気がしました。※正直、彼女が本作にて成瀬が乗り越えるべき一番の「壁」だと思っていたので、ここは拍子抜けでした。
 その後、成瀬が忘れ物をして彼女に家まで届けてもらい、認知症を患った成瀬の母を見て、成瀬の家で料理を作るエピソードも、ちょっと如何にもだなぁと思ってしまいました。(余談ですが、こういう女性って「シンママ」設定なの多いですよね。)
 そして、アポ電強盗の真犯人が「お爺さん」というのも、突っ込みポイントです。お爺さんはなぜ似たような立場の老人を狙ったのかしら?しかも、歳の割にめっちゃ俊敏でバイオレンスでした。(本当はお爺さんではなかったのかもしれませんが。)ただ、受け子の西田との繋がりが見えなくて唐突な流れになっていました。
 さらに、柏木美由紀率いるカラーポールの人達のエピソードももう少し欲しかったですね。カラーポール隊にドジっ子っぽい人がいましたが、あまり掘り下げられずに終わったので。

 以上より、内田監督は、心理描写や状況変化の描写があまり上手くないと思います。(前作もそうでしたが。)これは監督作品との相性かもしれません。最も、本作はコメディーとシリアスが混在しているものの、コメディー多めだったので、まだ最後まで見れましたが。

6. コメディー演出が今一つで笑えなかった。

 本作は、コメディー要素を取り入れ、「面白くしよう」と狙っている描写はいくつかあったものの、その流れが今一つだったので、あまり笑えなかったです。寧ろ、最近の作品にありがちな、「共感性羞恥」を狙う演出が多く、この辺はキツかったです。

 例えば、魚市場で演奏したときに、ハプニングが起きて、成瀬がワカメの流水水槽に落ちた場面は、流石に不憫すぎました。
 また、法子が怒って成瀬の腕時計を踏みつけて壊したり、成瀬がプライドを折られたと感じて、小さい頃に使った和太鼓を外に投げ、その際に物置の窓ガラスが割れてしまったり、やたら物を壊すシーンが多いのもショックでした。
 そして、序盤で成瀬が西田の家の柱に頭をぶつけて自ら額を切っていましたが、後半で坂本が犯人を取り押さえたときに、犯人の攻撃を受けて額が切れていました。両者ともに、額に怪我ということは、似た者同士だったってことですか?
 このように、物に当たるような怒りの爆発や流血、大切な人の死とか過激な描写がやたら多いのは、見てて気分が悪くなりました。これは、監督の癖なんですかね?

 そう思うと、ほぼ新人俳優達を起用した『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』の矢口史靖監督や、『横道世之介』や『さかなのこ』の沖田修一監督は、コメディーセンスが高く、俳優の良さを引き出すのが上手かったのかもしれません。

 余談ですが、『全裸監督』が評判が良かったのは、1クールドラマの長さだったこと、実在の人物(村西とおる氏)を扱ったこと(しかもとても破天荒な方)、監督・脚本共に複数の人が関わっていた故なのかなと思いました。

7. 類似作品と比較すると、ややパンチやインパクトが弱い所もあり。

 本作、前述の通り、音楽シーンは良かったですが、如何せんパンチやインパクトが弱かったです。
 音楽をテーマにした類似作品は多いですが、『天使にラブソングを…』・『スウィングガールズ』・『コーダ あいのうた』・『シング・ア・ソング!〜』の方がインパクトは強かったです。

 なぜこう感じたかというと、練習描写が少なかったからだと思います。
 まず、成瀬のドラムは、割とすぐに上達するせいか、「中々上手くできない!」とか「舐めた気持ちでセッションに参加して失敗して焦る」とか、失敗・葛藤する描写が弱かったです。
 また、ちょっとしたことですぐに小競り合いになる楽団ってどうなの?とも感じました。実際の警察音楽隊は、かなりハイレベルなので、こんなポンコツに描かれるのは、やはり漫画的だと思います。公務員社会の中で、やたら「下」に見られてたり、「問題人の集まり」や「予算不足」のような描写がなされていたりするのも。
 そして、清野さん・高杉さん・板橋さん・モトーラさん以外の音楽隊のメンバーがほぼモブなのも勿体なかったです。
 さらに、ラストは「ここで終わり?」と唐突に締めくくります。定期演奏会をクライマックスに持っていく流れは良かったのですが、所謂「その後はご想像におまかせします」的な感じでしょうか?
 ただ、これだと結局、「音楽隊の存続はどうなったの?」疑問が残り、ある意味「投げっぱなしエンド」にも見えてしまいます。コンサート前の知事と警察長の話も中途半端で、警察長の「いや言いません」的な謎の溜めは何だったのでしょうか?

 本作、出来は悪くはないのですが、如何せん脚本構成の練度が弱かったです。2時間スペシャルTVドラマや、単館系作品、サブスク配信作品としてなら見れますが、大手シネコンで上映するなら、少し物足りなかったです。

出典: 
・「異動辞令は音楽隊!」公式サイトhttps://gaga.ne.jp/ongakutai/

・「異動辞令は音楽隊!」Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B0%E5%8B%95%E8%BE%9E%E4%BB%A4%E3%81%AF%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E9%9A%8A!

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