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映画「SHE SAID/シー・セッドその名を暴け」感想

 一言で、#MeToo運動の発端となった女性の性被害告発物語です。色んな意味でグレーで、脚本や演技で淡々と勝負する地味な作品ですが、権力に立ち向かう記者達や、被害者達の勇敢な姿に心動かされました。

評価「B」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。また、「性被害」という重いテーマを扱う作品なので、苦手な方はバックしてください。

 2017年、NYタイムズ紙が報じた一つの記事が世界中で社会現象を引き起こしました。
 数々の名作映画を手掛けたハリウッド映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ・性的暴行事件を告発したその記事は、映画業界のみならず、国を超えて性犯罪の被害を告発し、#MeToo運動を爆発させました。

 尚、本作の内容は、原作本である『その名を暴け- #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い -』を元にしており、著者のジョディー・カンターと、ミーガン・トゥーイは、ジャーナリズムの最高権威であるジョージ・ポルク賞や、NYタイムズとしてピューリッツァー賞公益部門を受賞しています。

 ちなみに、製作総指揮にブラッド・ピットが参加しています。

・主なあらすじ

 ミーガンとジョディはNYタイムズに勤める調査報道記者。大統領選挙から職場環境まで数多くの問題を調査報道し、実績を残していました。

 そんな中、ハリウッド映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインの数十年に及ぶ権力を行使した性的暴行の噂を聞き、ジョディは調査に乗り出します。彼女は、産休明けで産後うつ気味のミーガンとともに、様々な嫌がらせや生命を脅かされる目に遭いながらも、懸命に調査を続けます。

 しかし、そこにはワインスタインが揉み消して来た「事実」や、提訴できずに示談に持ち込まれた女性達の声が。それらに衝撃を受けた記者達は、問題の本質は「彼」だけではなく、「業界の隠蔽構造」にあると考え、証言を決意した勇気ある女性達とともに突き進みます。

・主な登場人物

・ミーガン・トゥーイー:キャリー・マリガン
 NYタイムズ紙の調査報道記者。キャリアにおいては特に女性と子供を守りながら、権力者の責任を追及することに尽力しています。作中では、娘を出産しており、産後うつと闘いつつ、ワインスタイン問題に取り組みます。

・ジョディ・カンター:ゾーイ・カザン
 NYタイムズ紙の調査報道記者。2人の娘の母。ジャーナリズムが文化的議論の場を広げ、社会変革を促す手段となることを知り、不平等や不正に対し、衝撃を与えることに職業人生を捧げています。

・レベッカ・コルベット:パトリシア・クラークソン
 NYタイムズ紙の編集局次長。ピューリッツァー賞を受賞した数々の調査を長年に渡り、指揮してきました。

・ディーン・バケット:アンドレ・ブラウアー
 NYタイムズ紙の編集長。ニュース編集室の運営を統括し、記者達に必要あらば助言し、外部からの圧力からは守ります。

・ローラ・マッデン:ジェニファー・イーリー
 ミラマックス社のロンドン支社で働いていた21歳の頃、被害に遭いました。最初は「とある理由」から沈黙を貫いていましたが、乳癌手術前に、ジョディと会い、記事に名前を掲載することを決意します。

・ゼルダ・パーキンス:サマンサ・モートン
 ミラマックス社でアシスタントとして働いていた頃に、同僚のロウィーナ・チウからワインスタインに暴行を受けたと打ち明けられるも、幹部達に「揉み消し」にされた過去があります。その時交わされた「契約書」の条件を約20年も頑なに遵守していました。

・ロウィーナ・チウ:アンジェラ・ヨー
 ミラマックス社の元アシスタント。1998年にヴェネツィア国際映画祭でワインスタインから暴行を受けるも、ゼルダと同様に沈黙を強要されました。結婚して夫とシリコンバレーで新たな人生を築くも、夫には当時のことは話しませんでした。

・アシュレイ・ジャッド:本人
 元女優。1996年、ロサンゼルスで被害に遭いました。父やエージェント、撮影スタッフに報告するも、役を奪われ、キャリアを潰されました。2017年の記事で被害を公表しました。

・ハーヴェイ・ワインスタイン:マイク・ヒューストン
 本作における「諸悪の根源」。※今回は敢えて「音声のみ」となっています。

1. 色んな意味でグレー〜ブラックな社会派系映画である。

 本作は、#MeToo運動の発端となった女性の性被害告発を描いた社会派系映画です。作中では、政治家・実業家・映画界(ハリウッド・ヴェネツィアなど)の闇を暴いています。
 ドラマだけどドキュメンタリー、ドキュメンタリーだけどドラマみたいで、非常にリアリスティックな作風でした。

 この#MeToo運動、てっきりTwitter発祥の運動なのかと思いきや、違ったんですね。
 本作では、序盤からトランプ氏の名前をガッツリ出しており、その他にもワインスタインのような実在の人間、しかも立場が「偉い」人による性接待・枕営業などが暴露されているので、色んな意味で「グレー〜ブラックな」映画でした。
 テーマより、観る人を選ぶ映画ですね。この手の話が苦手な人もいると思います。本作のレーティングは「G」です。これは、「直接描写」がないからかもしれません。しかし、何度か音声テープによる「描写」はありました。ここは敢えて映像でハッキリと見せるのではなく、心の中で想像できるからこそ、この問題のヤバさが強烈に伝わったと思います。

2. 脚本や演技で淡々と勝負しているので、地味っちゃ地味な作品である。

 本作は、アメリカ映画にありがちな派手なアクションや豪華なセットはありません。寧ろ、脚本や演技で淡々と勝負する作品です。だから地味っちゃ地味ですね。
 しかし、本当にこういう記者がいるんじゃないかと思える程のリアリティーの高さがありました。勿論演じているのは俳優さんなのですが、まるで本物のドキュメンタリー映像を見ているかのような緊迫感や、問題への嫌悪感がヒシヒシと伝わってきました。

 私が一番心に残ったシーンは、最後新聞記事を出版する際、ウェブサイトの「パブリッシュ(出版)ボタン」を上司がクリックする前に、ミーガンとジョディに確認を取った所です。二人が一瞬顔を見合わせ、頷いたのが印象に残りました。今までの苦労が「報われた」瞬間と言いますか。こういう細かい行動や表情の変化をさり気なく見せる演出って良いですね。

3. 新聞記者という職業のみならず、働く女性の「今時」が描かれる。

 ミーガンとジョディは今時の働く女性です。そして家庭では妻であり、母でもあります。「仕事でのキャリアアップ」と「子育て」との両立は、どこの国でも大変だし難しい、これは普遍的なテーマですよね。

 加えて本作は、新聞記者という職業故に、いつどこでスクープが入るかわからない、だから帰宅しても仕事のスタイルは崩せません。いつもスマホやノーパソを手放さず、必要時にはいつでも飛んでいけるように準備万端で臨んでいました。
 また、時々二人が出張先でリモート会議に参加し、家族間でもチャットやビデオ通話を欠かさないのも、現代のコミュニケーションスタイルの一つだと思います。

  一方で、ジョディ親子がビデオ通話で話したとき、娘から「レ○プ」の言葉を知ったときのショックは計り知れないものでした。ジョディはすかさず、「その言葉は大きくなるまで言ったらダメよ」と叱りますが、子供達の間でも、性被害へ入り口は既に開いていることに、恐怖が高まりました。
 勿論、子供達には子供達の世界があります。しかし、時には大人達が守らなければならないこともあるという、現実のシビアさを感じました。


4 . 「真犯人」が「声のみで敢えて顔出ししない」からこそ、問題の抽象性が高まっている。

 本作は、絶対的権力者の悪行に立ち向かう、記者達や被害者たちの勇敢な姿が鮮明に、克明に映されます。

 それにしてもワインスタイン、女優・スタッフなど合計82人に手を出すって、あまりにも気持ち悪すぎます。もはや、何かの「病気」だと思います。

 一方で、作中では、「問題はワインスタイン以上に性加害者を守る法のシステムにある」ことを指摘しています。
 勿論、「ワインスタインが諸悪の根源」なんですが、でもそれ以上に悪いのは古くて堅い体制・法律、個人や全体の意識なのです。

 私は、「ワインスタインってヤバいな。こんな悪い奴なら、一体どんな顔をしているんだろう?」なんて終始考えていましたが、実は作中において、彼が「顔出し」をした場面は、何と一度もありませんでした!
 ここは推測の域を出ませんが、本人が「顔出し」してしまうと、ある意味具体性が増しすぎて「勧善懲悪」話になってしまうように思います。しかし、敢えて「音声のみの存在」として描くことで、この問題の抽象性を高めているように感じました。ここは、本作で一番巧い演出だったと思いました。

5. 「新聞記者」という仕事の「二面性」も指摘されている。

 本作では、ミーガンとジョディは被害者の元に直接訪問し、対面で話します。ここは意外とアナログだったんですね。ジワジワと外堀を埋めていく彼女達。しかし、当然そこには「妨害」もありました。

 新聞記者という仕事は、問題をサーチし、記事を書くことで出来事を広く知らしめ、人を「救う」ことは多いです。
 一方で、人のネタで飯を食う部分はありますよね。本作でも、そこに対する批判はあります。何となく、『新聞記者』でも、『SCOOP!』でもそうだったなと思いました。

 だから、「何が正しくて、何が間違いなのか」、これは絶対的な価値基準があるのではなく、思想や立場やで大きく変わってしまうものなのかもしれません。
 本作で指摘されたように、「セクハラは悪いこと」です。一方で、新聞記者が「いつも正しい」という訳でもないのです。

 このように、本作では、「性被害」という大きくて重いセンシティブなテーマを色々な立場から描き、各々の解釈に「幅」や「含み」を持たせているように感じました。そのため、映画としては賛否両論にはなりそうです。

 一般的には、「笑った!」、「泣いた!」、「感動した!」というわかりやすい感情が残る作品がヒットしやすいですが、一方で色んなことを考えられるのも良作ではないかと思います。
 最も、面白い映画って案外と地味なのかもしれませんね。『英雄の証明』とか『ある男』とかもそうでしたが。

出典: 

・映画「SHE SAID/シー・セッドその名を暴け」公式サイト

※ヘッダーは公式サイトより引用。

・映画「SHE SAID/シー・セッドその名を暴け」公式パンフレット

・映画「SHE SAID/シー・セッドその名を暴け」Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/SHE_SAID/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%89_%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%90%8D%E3%82%92%E6%9A%B4%E3%81%91


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