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天才とリンゴの都市伝説

わたしにはずーっと前からコンプレックスがある。数学コンプレックスだ。

小学生の時通っていた公文(算数)は、2歳下の弟の方が出来た。わたしの進度より弟の進度が圧倒的に早かった。わたしが傷つかないよう親と先生は気を使っていたらしい。大人になって聞かされた。

厄介なことに、苦手なのに興味はある。数式が苦手なのに経済学を専攻し、暗算が出来ないのに会計士を目指した。
今思えばもうちょっとよい選択があった気がするんだけど。

映画イミテーション・ゲームは、数学者アラン・チューリングの伝記的映画だ。初めて見たとき、とてつもなく心が震えた。
たしかその年のアカデミー賞はバードマンで、イミテーション・ゲームはノミネートにとどまった。だけど、わたしにとってはイミテーション・ゲームが優勝だった。

第二次世界大戦、解読不可能と言われたナチスの暗号「エニグマ」を英国の数学者アラン・チューリングが攻略する。
この功績は、戦争の終結を2年以上早め、1400万人以上の命を救ったと言われている。  

解読がバレると暗号を変えてくる可能性がある。この素晴らしい功績は50年もの間英国の国家機密として公表されることがなかった。
なので、この偉大な英雄を知る人は多くない。

イミテーション・ゲームを見て数か月後、スティーブジョブズの映画を見た。
アップルのオフィスにチューリングの巨大な壁紙が貼ってあるシーンがあり、たった10秒ほどなのにやけに記憶に残っている。


数学コンプレックスのわたしは、数学について書かれた本をつい買ってしまう。数式の証明なぞは難しくてわからないので、「誰でもわかる」とか、「意味がわかる」とか帯に書かれていると弱い。  

定理がどうやって発見されたのかとか、何に生かされているのかに興味がある。数そのものより、数学がもたらした圧倒的なパワー、影響力みたいなものを感じたいのだ。  

最近買った本には、チューリングが数学によってもたらしたパワーについて書かれていた。
「数学する身体」をいう本だ。

チューリングの発想は斬新だった。

それまで、数は人間の身体とともにあった。計算は、あくまで人間が記号や文字を紙などに書いて行った。
彼は数を身体から解放した。数は計算されるものではなく、計算することができるようになった。
どうやって?
彼は計算する人間の振る舞いをモデルとした仮想的な機械(チューリングマシン)を作り、このマシンにより実現させた。マシンにはマス目のついたテープが搭載されていて、マシンはテープに記号を書いたり、消したり、左右に移動させたりできる。これが、コンピュータの起源らしい。

これにとどまらず、彼はマシンをもっと人間に近づけようとした。機械と人間どちらが実行したかを当てる模倣ゲーム(イミテーション・ゲーム)を提案し、機械と人間の違いを明確に提起するきっかけを作った。これは人工知能の下地になったという。
なぜここまで人間に近い機械を作ることを目指したのか、モチベーションは何だったのか。その裏には切ない物語があるのでぜひ本か映画を見てほしい。

戦争終結を早め、コンピュータの父と言われ、人工知能の下地を作った英雄。
ここまでくると、ノーベル賞じゃないの?3個くらいもらってもいいんじゃないの?と素人的には思ってしまう。だが、彼にノーベル賞受賞歴はないし、功績が評価されたのも死後だった。  

1954年、41歳の若さで彼は亡くなった。
本にはこう書かれている。
「チューリングは自宅のベッドで死亡しているところを家政婦のクレイトン婦人に発見された。枕元にはかじりかけのリンゴがあり、口からは白い泡が出ていて、青酸の特徴である苦いアーモンドの香りがした。」  

かじりかけのリンゴ  

かじりかけのリンゴ  

わたしのiPhoneにはかじりかけのリンゴがついている。

え?そういうことなの?
気になってアップルのロゴの由来を調べたら、他の丸い果物と見間違えないようにリンゴにかじり跡を付けた、byteとbiteをかけたものというのが主流だった。
たしかにチューリングが最期に食べたリンゴに由来しているとしたら、あまり趣味がいいとは言えない。多分違うだろう。
でも、コンピュータの起源を作った天才と、コンピュータを世の中に浸透させた天才の間に、リンゴを通した何か因縁めいたものを感じてしまう。

だって、チューリングの発明をスティーブジョブズが応用しなかったら、今の世界はないのだから。

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