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お金の貯まらない財布に秘められた物語

家に10年近く使っている財布がある。

風水では財布には寿命があり3年で買い替えるべきとされている。
雑誌を読むと中には1年で買い替える人もいる。そうしないと金運が下がるんだそうだ。

なるほど、どうりで我が家はお金が貯まらないわけである。

我が家の財布は僕が友人Kから貰ったものだ。

           ◆

「なんかムカつくやつ」
Kとは、小学校の塾が同じだった。
その頃からチャラい印象、なのに成績はやたら良く、僕は勝手にジェラシーを抱いていた。
渋谷の高級住宅地出身のKは生まれつき華やかで、西東京の端っこから通っている自分とは何かが違う。
その頃はお互い面識はあるものの話すほどではなかったが、中学の時に再会した。
それからちょくちょく一緒に遊ぶようになり、悪かった第一印象はいつの間にか消えていた。
高校以降は毎日渋谷に繰り出して一緒に遊ぶようになった。

Kはすごくモテた。
『ノルウェイの森』の主人公くらいに。
簡単に女の子が声をかけてくるので、同時に8人と付き合ったりもした。

ある日、Kは女の子を連れて仙台で働くと言い出した。
僕はお金がないというKに2万円貸し、上野発の夜行列車を見送った。

一旗揚げる勢いで飛び出した割に、3ヶ月程してあっさり帰ってきたKは、僕にこう言った。

「そういえば、あの時の2万円の返済、これでいい?」

GUCCIの財布を手渡された。それから、キーケースと、コインケースも。
僕は、別れた女の子からもらったものだなとピンときた。

あの頃の僕らはちょっとおかしくて、若い頃特有の際限なく満たされない思いに翻弄されていた。その思いを女の子がどれだけ自分に貢いでくれたかを競うことで解消しているところがあった。

僕は、机に並べられた財布やキーケースをみて、ああ、これは何かに似ているな、と思った。
そうだ、カワウソだ。
カワウソのお祭りだ。

カワウソ(獺)は、自分の食べる分だけじゃなく、いたずらに獲った魚を岸に並べるという。
その様子は祭りのようで、獺祭(だっさい)と名付けられている。

正岡子規は、詩文を作るときに自身が文献を広げ散らかす様子をカワウソになぞらえ「獺祭書屋主人」と名乗った。そしてあの有名な日本酒「獺祭」は、正岡子規の日本文学に起こした変革と革新に影響を受けて名付けられたそうである。

そんないきさつはともかく、僕にとって、その時Kが渡してくれた財布は、単純にカワウソが岸に並べた獲物のように見えた。

でも、まあ、いいか。
僕は、Kの獲った魚を頂戴した。

           ◆

それから長い月日が流れ、僕たちはそれなりにちゃんとした大人になった。

Kはあの後、付き合っていた女性8人に同時に呼び出され修羅場を味わったようである。
以降は割と真面目に女性とお付き合いをしている。

僕は、結婚して、奥さんと一緒に暮らしている。

共働きの我が家は、夫婦の財布を作ることになった。

家に余った財布はないかと尋ねる奥さんに、僕ははあの時貰ったGUCCIの財布を差し出した。

「いい財布じゃない。これ家計の共通財布にしようよ。」

何も知らない彼女はそう言い、

「今月の給料明細見せて。お互いいくら共通財布に入れるか考えよう。」

と続けた。

僕たちは、テーブルに財布とお金と給料明細を並べた。

そう、僕は、今の僕なりの、あの頃よりずいぶんまともで現実的で慎ましやかな獺祭を始めたのだった。

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