東京地方裁判所判決/平成27年(ワ)第12587号、平成27年(ワ)第37078号 【判決日付】 令和2年3月27日

4 争点(3)(原告側に対する生前贈与(特別受益)の有無)について
 (1)ア 生前贈与4-1(自宅の使用借権)については、証拠(第1事件乙12の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、花子が原告の夫である冬彦に対して所有する本件土地4及び5を無償貸与し、冬彦は、花子の相続開始時に同土地上に自宅を所有して原告と共に居住していたことが認められる。法的には花子と冬彦との間の使用貸借であったとしても、実質的には、花子の子であり相続人である原告が、上記自宅に使用借権が付されたことにより、遺産である本件土地4及び5から、使用借権相当額の利益を特別受益として得ていたものと評価すべきである。そして、鑑定の結果(本件鑑定書3-1)によれば、本件土地4及び5に対する使用借権の割合は10%であり、花子の相続開始時(平成22年9月〈略〉日)の価額は1385万6758円(=平成31年更地価額1億6674万8000円×時点修正率83.1%×使用借権割合10%)であると認めるのが相当である。
 そうすると、生前贈与4-1による原告の特別受益は、1385万6758円と認められる。
  イ 生前贈与4-2(Eの使用借権)については、証拠(第1事件乙14の1及び2、15)及び弁論の全趣旨によれば、花子が原告に対し所有する本件土地20を無償貸与し、原告は、花子の相続開始時に同土地上にE(アパート)を所有していたことが認められるから、原告は、遺産である本件土地20から、使用借権相当額の利益を特別受益として得ていたものと評価すべきである。そして、鑑定の結果(本件鑑定書15)によれば、本件土地20に対する使用借権の割合は10%であり、花子の相続開始時(平成22年9月〈略〉日)の価額は623万7723円(=平成31年更地価額8069万5000円×時点修正率77.3%×使用借権割合10%)であると認めるのが相当である。
 そうすると、生前贈与4-2による原告の特別受益は、623万7723円と認められる。
  ウ 生前贈与4-3(事実上の寄付)、同4-4(Eの保険立替え)、同5(扶養家族手当相当額の填補)、同6(甲野竹助への学費)、同7(甲野梅郎への学費)及び同8(食費、交通費)については、花子が原告に対しこれらの生前贈与をしたと認めるに足りる証拠はない。
 (2) 以上によれば、遺留分算定の基礎となる財産に加算されるべき原告側への生前贈与(特別受益)は、生前贈与4-1及び4-2の合計2009万4481円になる。

【判例番号】 L07530574

 賃料等の不当利得返還請求事件(第1事件)、債務不存在確認請求事件(第2事件)

【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成27年(ワ)第12587号、平成27年(ワ)第37078号
【判決日付】 令和2年3月27日
【判示事項】 遺留分減殺請求を受けた受遺者からの平成30年法律第72号による改正前の民法1041条の規定により弁償すべき額の確定訴訟における判決主文
【判決要旨】 遺留分減殺請求を受けた受遺者が平成30年法律第72号による改正前の民法1041条の規定により弁済すべき額の確定を求める訴訟においては、裁判所は、同規定によりその返還義務を免れるために支払うべき額の確認請求を認容すべきである。
【参照条文】 民法(平成30年法律第72号による改正前)1041-1
【掲載誌】  金融・商事判例1599号32頁
       LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

 1(1) 被告は、原告に対し、5233万9338円並びにうち3886万4741円に対する平成27年5月16日から及びうち1120万1394円に対する令和元年10月2日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 被告は、原告に対し、5720万8152円並びにうち3144万8981円に対する平成23年4月1日から及びうち2575万9171円に対する平成25年4月1日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (3) 被告は、原告に対し、7355万1477円及びこれに対する令和元年12月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 乙山花子の相続について原告が被告に対してした遺留分減殺請求に係る別紙物件目録記載の各不動産につき、被告が平成30年法律第72号による改正前の民法1041条の規定によりその返還義務を免れるために支払うべき額が2億7783万4449円であることを確認する。
 3 原告の第1事件に係るその余の請求及び被告の第2事件に係るその余の請求をいずれも棄却する。
 4 訴訟費用のうちの鑑定費用はこれを2分してその1を原告の負担とし、その余を被告の負担とし、その余の訴訟費用は、第1事件及び第2事件を通じてこれを3分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
 5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

       事実及び理由

第1 請求
1 第1事件
 被告は、原告に対し、2億7891万2201円並びにうち1億4708万6071円に対する平成23年4月1日から、うち1126万2959円に対する平成24年4月1日から、うち3897万3341円に対する平成25年4月1日から、うち1150万0407円に対する平成26年4月1日から、うち1140万4822円に対する平成27年4月1日から、うち1154万8280円に対する平成28年4月1日から、うち1226万1633円につき平成29年4月1日から、うち1307万8008円に対する平成30年4月1日から及びうち1307万8008円に対する平成31年4月1日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第2事件
 被告が原告に対し別紙物件目録記載の各不動産に関し負担する価額弁償債務は、1億3697万9618円を超えて存在しないことを確認する。
第2 事案の概要
1 前提事実(いずれも当事者間に争いがない。)
 (1) 乙山花子(以下「花子」という。)の相続関係
  ア 原告(昭和20年生まれ)及び被告(昭和22年生まれ)は、花子の夫であった乙山太郎(平成21年6月〈略〉日死亡。以下「太郎」という。)と花子(大正7年生まれ)との間の子である。
  イ 花子は、平成22年2月〈略〉日、被告の妻である乙山秋子(昭和33年生まれ。以下「秋子」という。)及び同人と被告との間の子である乙山松子(平成10年生まれ。以下「松子」という。)とそれぞれ養子縁組をした。
  ウ 花子は、平成22年9月〈略〉日、死亡した。
 花子の法定相続人は、子である原告及び被告並びに養子である秋子及び松子の4名であり、原告の花子の相続財産に対する法定遺留分の割合は8分の1である。
 (2) 花子の遺言
 花子は、平成21年11月〈略〉日、花子が有する一切の財産を被告に相続させる旨の公正証書遺言をした。
 (3) 遺留分減殺の意思表示
 原告は、被告に対し、平成22年12月〈略〉日、遺留分減殺請求をした。
 (4) 花子の相続開始時の積極財産(遺産)
  ア 不動産について
   (ア) 別紙財産目録記載の「1.土地」の番号1ないし22の土地(ただし、同21は借地権である。)及び同目録記載の「2.建物」の番号1ないし27の各不動産(以下、同目録の「1.土地」及び「2.建物」の番号に従い、「本件土地1」、「本件建物1」などといい、これらを一括して「本件各不動産」という。)は、花子の遺産である。
   (イ) 被告は、被告が代表取締役を務める株式会社A(以下「A」という。)に対し、平成23年3月31日に本件土地14及び15を売却し、秋子に対し、同年7月26日に本件土地13を、平成24年7月24日に本件建物27を譲渡した。
   (ウ) 本件土地7ないし19及び21、本件建物2ないし26の各不動産(別紙純収益一覧表記載の番号欄も参照。以下「本件各賃貸不動産」という。)は、花子の相続開始時以前から賃貸に供されており、その賃料等を被告が受領している。
  イ 金融資産について
   (ア) 現金、預貯金、株券等について
 別紙財産目録記載の「3.現金、預貯金、株券等」の番号1ないし31、33ないし42の各財産(以下、同目録の「3.現金、預貯金、株券等」の番号に従い、「本件現金等1」などともいう。)は、花子の遺産である。
 これらの各財産の相続開始時の価額は、同目録記載の「価額」欄記載のとおりである。
 ただし、これらの各財産のうち番号1ないし31、33、35ないし38の各財産は、遺留分算定の基礎となる財産(相続開始時の積極財産)ではあるが、下記(6)のとおり、既に当事者間で遺留分侵害部分は清算済みである。
   (イ) その他の財産について
 別紙財産目録記載の「4.その他」の番号1ないし11、追加2及び追加3の各財産(以下、同目録の「4.その他」の番号に従い、「その他1」などともいう。)は、花子の遺産である。
 これらの各財産の相続開始時の価額は、同「価額」欄記載のとおりである。
 ただし、これらの各財産のうち番号1、2-1及び2-2、3ないし5、6-1、7ないし10の各財産は、遺留分算定の基礎となる財産(相続開始時の積極財産)ではあるが、下記(6)のとおり、既に当事者間で遺留分侵害部分は清算済みである。
 なお、その他追加1及びその他追加4の存否及びその額については、下記3(1)(争点(1))のとおり、争いがある。
 (5) 花子の相続債務
 別紙財産目録記載の「6.債務」の番号1ないし4の各債務は、花子の相続開始時の債務であり、その相続開始時の価額は同目録の「価額」欄記載のとおりである。
 (6) 遺留分侵害額を清算済みの金融資産
 被告、秋子及び原告が代表取締役を務める有限会社B(以下「B」という。)との間で係属していた訴訟(東京地方裁判所平成22年(ワ)第18066号、同裁判所平成27年(ワ)第32163号)において、被告及びBは、Bが原告の被告に対する価額弁償債権1億円を譲り受け、これと被告のBに対する訴求債権(その他2-1)とを対当額において相殺する旨の訴訟上の合意(第1事件乙11)をした。上記訴訟上の合意により遺留分侵害部分(価額弁償債権)が清算された金融資産は、本件預金等1ないし31、33、35ないし38と、その他1、2-1、3ないし5、6-1、7ないし10である。
 また、Bが、上記相殺後に残ったBに対する債権(その他2-2)についても全て相続人に支払った結果、当該財産の遺留分侵害部分は清算済みである。
2 本件各請求について
 (1) 第1事件は、原告が、被告に対し、
  ① 不当利得返還請求権(平成30年法律第72号による改正前の民法(以下「改正前民法」という。)1036条)に基づき、遺留分減殺請求の日(平成22年12月〈略〉日)から令和元年11月30日までの本件各賃貸不動産に係る賃料等収入のうち、遺留分減殺後の原告共有持分割合相当額1億2771万9199円(別紙請求金一覧表(訂正後)の番号1①ないし⑩の元金合計)及び各年度(4月から翌年3月まで)の原告共有持分割合相当額に対する各年度末の翌日(4月1日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金(同一覧表(訂正後)の番号1参照)、
  ② 不当利得返還請求権(改正前民法1040条)に基づき、花子の遺産である不動産のうち被告が処分したもの(前提事実(4)ア(イ))の価額弁償として、3362万5000円(本件土地14、15の価額弁償)及びこれに対する処分の日の翌日である平成23年4月1日から並びに2754万円(本件土地13、本件建物27の価額弁償)及びこれに対する処分の後の日である平成25年4月1日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金(同一覧表(訂正後)の番号2参照)
  ③ 不当利得返還請求権(改正前民法1040条)に基づき、花子の遺産である金融資産(前提事実(4)イ)のうち遺留分侵害額を清算済みのもの(同(6))を除いたものの価額弁償として9002万8002円及びこれに対する解約等により取得した後の日である平成23年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金(同一覧表(訂正後)の番号3参照)をそれぞれ求める事案である。
 (2) 第2事件は、被告が、原告に対し、花子の相続について原告がした遺留分減殺請求に係る別紙物件目録記載の各不動産につき、改正前民法1041条の規定によりその返還義務を免れるために支払うべき金額(価額弁償額)は、別紙価額弁償金目録記載のとおり1億3697万9618円を超えない旨主張して、その旨の確認を求める事案である。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
 (1) 花子の遺産として宝石類1000万円及び現金1億6500万円の存在が認められるか(争点(1))
(原告の主張)
 花子の遺産には、別紙財産目録の「4.その他」の追加1の宝石類(相続開始時の価額が1000万円)及び追加4の現金(使途不明金)(1億6500万円)が含まれる。
 花子の銀行預金は、被告が花子と同居を始めた頃の平成21年6月30日から平成22年9月〈略〉日(相続開始時)までに2億2500万円減少している。花子には、同年1月から同年9月までに2億1700万円の賃料収入があり、その資産が減少するはずはないから、相続開始時は、被告が認める現金3000万円(本件現金等41)のほかに、少なくとも1億6500万円の現金(原告は、令和元年9月20日付け訴えの変更申立書により、主張額を2億2500万円から変更した。)が使途不明金として存在した。
(被告の反論)
 原告が主張する宝石類1000万円及び現金1億6500万円は存在しない。
 花子は、必要に応じてその判断で自己の預金を引き出して使用したのであり、被告は、花子の預金を管理しておらず、引き出した預金の使途の全てを把握しているわけではない。
 その使途を把握しているものは、①太郎の葬儀費用600万円、②花子の葬儀費用400万円、③母屋改築費用5023万円(花子が平成21年及び平成22年にその自宅(本件建物1)を改築し、有限会社Cに2000万円、D株式会社に3023万円の工事請負代金を支払った。)、④平成20年度所得税の追納307万5800円(花子は平成21年に修正申告をして追納した。)、⑤申告取得税886万5200円(被告が平成22年度の花子の所得税に係る準確定申告をして納付した。)、⑥花子の弁護士費用840万円(花子は、公正証書遺言の作成、原告による後見開始申立事件の処理及びBに対する不当利得返還請求訴訟の処理等を弁護士に委任した。)、⑦登録免許税2080万6000円(花子の相続が発生した際に納付されたもの)、⑧花子の生活費等2000ないし3000万円、⑨松子の教育費500万円である。
(原告の再反論)
 被告が花子と同居した頃、花子の判断能力は低下しており、その預金の管理は被告が行っていたと考えられる。また、引き出した預金について被告が主張する使途も、次のとおりその多くが虚偽である。
 原告は、平成21年6月30日から平成22年9月〈略〉日(花子の相続開始時)までに引き出された預金の使途を問題としているところ、この期間以前に支出された①太郎の葬儀費用は使途の説明にならない。また、相続開始後に支出された②花子の葬儀費用、③母屋改築費用、⑤申告所得税、⑦登録免許税については、使途の説明にならないし、これらの支出に充てられた現金は相続開始時に存在していたことになる。④平成20年度所得税の追納、⑥花子の弁護士費用、⑧花子の生活費等、⑨松子の教育費も、引き出した預金を充てたという証拠はないか信用できない。
 (2) 被告側に対する生前贈与(特別受益)の有無(争点(2))
(原告の主張)
 花子の被告側への生前贈与は、別紙財産目録の「5.加算されるべき生前贈与」の番号1-1ないし1-5、同2及び3(以下、同目録記載の生前贈与を番号に従い、「生前贈与1-1」などということがある。)の「内容(時期)」欄、「受贈者」欄及び「価額」欄に記載のとおりであり、具体的な事情は、以下のとおりである。
  ア 生前贈与1-1
 被告は、花子から、昭和60年頃、店舗出店に関する援助金1000万円の贈与を受けた。
  イ 生前贈与1-2
 被告は、花子から、平成5年頃、店舗閉鎖に関する援助金103万円の贈与を受けた。
  ウ 生前贈与1-3
 被告は、花子から、昭和63年に離婚した際には慰謝料1000万円を代わりに支払ってもらった。
  エ 生前贈与1-4
 被告は、花子から、平成8年8月に手形裏書による保証債務の立替金1000万円の贈与を受けた。
  オ 生前贈与1-5
 被告は、平成6年10月以降、定職についておらず、花子所有の賃貸ビルや花子宅に居住するなどしており、花子から、生活費や居住費(少なくとも月額100万円)を同年から16年間にわたり、贈与されていた。
  カ 生前贈与2
 被告は、花子の相続人である秋子が平成8年頃に花子から300万円の贈与を受けたことを認め、うち150万円を返還した旨主張するが、返還したとは認められない。
  キ 生前贈与3
 松子が学費として500万円の援助を受けたことは、本来その学費を負担すべき被告の特別受益に当たる。
(被告の反論)
 生前贈与1-2及び1-4は認める。
 生前贈与1-1、1-3、1-5は否認する。生前贈与1-3については、慰謝料額は1000万円ではないし、被告は花子に対し払ってもらった額を返済済みである。
 生前贈与2につき、花子から秋子に対し300万円が贈与されたことは認めるが、このうち150万円は花子に返還済みである。
 生前贈与3につき、松子が花子から学費として500万円の援助を受けたことは認めるが、松子は花子の養女であり、中等教育に係る学費の援助を受けることは扶養の一環であるから、贈与財産に当たらない。
 (3) 原告側に対する生前贈与(特別受益)の有無(争点(3))
(被告の主張)
 花子の原告側への生前贈与は、別紙財産目録の「5.加算されるべき生前贈与」の番号4-1ないし4-4、同5ないし8に記載のとおりである。
  ア 生前贈与4-1(自宅の使用借権)
 花子は、原告の夫である甲野冬彦(以下「冬彦」という。)に対し、その自宅の底地として、花子の所有する本件土地4及び5を無償貸与した。この使用貸借は、花子が原告の居住の便宜を図ったものであるから、原告は、上記使用貸借により、上記底地の更地価額1億2000万円×20%=2400万円の特別受益を得た。
  イ 生前贈与4-2(Eの使用借権)
 花子は、原告に対し、花子の所有する本件土地20を無償貸与し、原告は、その上にEという収益物件である建物(以下「E」という。)を所有して賃料等収入を得た。原告は、上記使用貸借により、本件土地20の更地価額6004万円×20%=1200万8000円の特別受益を得た。
  ウ 生前贈与4-3(事実上の寄付)
 花子は、原告に対し、原告が入信する宗教団体の寄付金として合計5000万円を贈与した。
  エ 生前贈与4-4(Eの保険立替え)
 花子は、原告のため、Eの保険料(火災保険、損害保険)として240万円(=年額12万円×20年間)を立替払した。
  オ 生前贈与5(扶養家族手当相当額の填補)
 原告がEから賃料収入を得ていたため、冬彦は、昭和48年以降、扶養家族手当の給付を受けることができなくなった。これを填補するため、花子は、原告に対し、3456万円(=月額8万円×36年間(昭和48年~平成21年))を贈与した。
  カ 生前贈与6(甲野竹助への学費)
 花子は、原告に対し、原告と冬彦の長男である甲野竹助の学費の名目で500万円、結婚式の祝儀費用の名目で100万円の合計600万円を贈与した。
  キ 生前贈与7(甲野梅郎への学費)
 花子は、原告に対し、原告と冬彦の次男である甲野梅郎の学費の名目で500万円、家賃の名目で336万円(=月額7万円×4年間)の合計836万円を贈与した。
  ク 生前贈与8(食費、交通費)
 花子は、原告に対し、その求めに応じて、食費、交通費の名目で合計960万円を贈与した。
(原告の反論)
 生前贈与4-1(自宅の使用借権)については、花子との間で使用貸借をしたのは、原告の夫である冬彦であるから、原告の特別受益とされる余地はない。
 生前贈与4-2(Eの使用借権)については、その評価額を敷地の価額の10%ないし15%で計算するのが相当である。
 その余の原告への生前贈与をいう被告の主張は否認する。
 (4) 被告が単独承継した相続債務の精算の可否(争点(4))
(被告の主張)
 被告は、花子の相続債務1億2351万4313円を単独承継したから、原告は、上記金額の8分の1に相当する1543万9289円を負担しなければならない。
(原告の反論)
 一切の財産を被告に相続させるとした遺言書がある以上、特段の事由がない限り、相続債務は全て被告の負担となるのであり、原告にはこれを精算する義務がない。
 (5) 本件各賃貸不動産に係る賃料等収入の額(争点(5))
(原告の主張)
 原告が被告に対してした遺留分減殺請求の日(平成22年12月〈略〉日)から令和元年11月30日までの本件各賃貸不動産の賃料等収入の合計は、別紙純収益一覧表記載のとおり合計10億2175万3633円であり、被告の不当利得額は原告の遺留分割合8分の1を乗じた1億2771万9204円である(請求額は、別紙請求金一覧表(訂正後)の番号1の①ないし⑩の元金合計の1億2771万9199円である。)。
 別紙純収益一覧表の「番号」欄「その他」の「その他更新料及び名義変更料など」に記載したとおり、本件土地12について、Fが平成22年末に前賃借人から賃借権を譲り受けた際に、被告が受領した名義変更料は1億5000万円である。また、被告は、平成28年度以降の所得税申告書を証拠として提出していなかったから、平成28年度以降の「その他更新料及び名義変更料など」の額は推計した額である。
(被告の反論)
  ア 平成27年4月1日以降の法定果実(賃料等収入)の原告共有持分相当額の請求は、原告が訴訟の終盤の令和元年9月20日に請求の拡張を申し立てたものであるが、この訴えの変更は、著しく訴訟手続を遅滞させるものであり、許されるべきではない。
  イ 平成23年1月から平成30年12月までの間の、本件各賃貸不動産に係る賃料、更新料、名義書換(変更)料等の収入金額と、租税公課、修繕費、不動産管理費等の必要経費は、別紙収支一覧表に記載のとおりである。
 別紙収支一覧表は、被告の平成23年ないし30年の確定申告書に基づいて作成したものであるが、確定申告書には、花子の遺産でないGの賃貸料も含まれているから、確定申告書記載の賃貸料の額から、Gの賃貸料(平成24年19万2000円、平成25年260万9000円、平成26年327万6000円、平成27年353万5020円、平成28年385万7000円、平成29年373万2000円、平成30年217万2000円)を控除したものを賃貸料とした。
  ウ 平成23年から平成30年までの本件各賃貸不動産に係る収入金額から必要経費を除いた額は2億0387万0802円である。
 なお、本件土地12について、Fが平成22年末に前賃借人から賃借権を譲り受けた際に、被告が受領した名義変更料は1億5000万円ではなく、1億円である。
  エ 租税公課、修繕費、減価償却費及び不動産管理費は、1年を通じた経費として、賃料等収入から控除すべきである。これらの経費は、青色申告決算書において税務署から相当な費用として認められたものであり、これが必要経費であることは明らかである。
(原告の再反論)
 被告は、賃料等収入から租税公課、修繕費、減価償却費及び不動産管理費を控除すべき旨主張するが、以下のとおりの疑問がある。
  ア 租税公課は、平成23年度のみ約2000万円増加しているが、これは、平成22年9月の相続開始に伴い、被告が自らに登記名義を変更するために支払った登録免許税2086万6000円が含まれているからである。
  イ 修繕費は、過大であって投資にわたるものであり、原告のための事務管理も成立しない。
  ウ 減価償却費は、減価償却資産の取得に要した金額を一定の方法によって各年分の必要経費として配分するものであり、現実に支出されるものではないから、経費として控除されるべきではない。
  エ 不動産管理費は、花子の遺産である不動産を管理するAに支払われるものであるところ、同社は、被告とその家族のみが株主・役員であって被告と同一視できるから、控除されるべきではない。
 (6) 相殺の成否(第1事件関係・賃料等収入に係る返還請求に対して)(争点(6))
(被告の主張)
 被告は、A名義で、平成27年8月以降、本件土地6上に所在する当時太郎の遺産であった建物(G)の修繕工事を行い、その費用として3488万4000円を支払った。原告は、上記建物について、太郎に対する法定相続分4分の1に、太郎の相続人であった花子の法定相続分(2分の1)に遺留分減殺割合を乗じたもの(3.48%)を加えた28.48%の共有持分を有するから、被告は、原告に対し、上記修繕費用に28.48%を乗じた993万4963円の求償債権を有する。
 したがって、被告は、原告に対し、平成29年3月15日の本件第12回弁論準備手続期日において、上記求償債権と原告の被告に対する第1事件の賃料等収入に係る不当利得返還請求債権とを、対当額において相殺する旨の意思表示をした。
 なお、上記求償債権は、遺産の管理費用であって遺産ではないから、太郎の遺産分割調停において定められた清算条項の対象にはならない。
(原告の主張)
 被告が修繕工事を行ったことは否認する。原告と被告は、太郎の遺産分割調停において、被告がG等を取得し、原告が代償金を受領することとし、太郎の遺産に関して清算条項も定めた調停を成立させたので(第1事件甲34)、Gの修繕工事をしたとしても、その求償債権は清算条項の対象となるから消滅している。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(花子の遺産として宝石類1000万円及び現金1億6500万円の存在が認められるか)について
 (1) 原告が主張する、別紙財産目録の「4.その他」の追加1の宝石類(1000万円)については、本件全証拠によっても、花子の遺産として存在していたと認めるに足りない。
 (2)ア 原告は、花子の銀行預金が平成21年6月30日から平成22年9月〈略〉日(相続開始時)までに2億2500万円減少していることを指摘して、相続開始時には、被告が認める現金3000万円(本件現金等41)のほかに、少なくとも1億6500万円の現金(別紙財産目録の「4.その他」の追加4)が存在した旨主張する。
 証拠(第1事件甲8、21~23)によれば、平成21年6月から平成22年9月〈略〉日(花子の相続開始時)までに、花子の銀行預金は、1億6500万円を超えて減少していることが認められるところ、原告は、被告が預金を引き出してこれを管理していた旨主張する。証拠(第1事件甲29、乙27)によれば、原告が花子につき申し立てた後見開始の審判申立事件(東京家庭裁判所平成21年(家)第81761号)において、平成22年2月に花子の鑑定を実施した医師は、花子について、老年性認知症を発病しており知的能力は著しく低く、自己の財産を管理・処分するためには援助が必要な場合がある(補助相当)旨の意見を述べたこと、花子は、同事件で調査を担当した家庭裁判所調査官に対して、平成21年12月、夫の太郎がいつ亡くなったか答えることができず、預貯金の所在や総額について、「このころ携わっていないし、皆やってもらっているので分からない。」、「億なんてあったかしら。」などと答えたことが認められる。
 そうすると、そのような状況の花子が、同年6月以降の銀行預金の引出しやその管理を自らのみで行うことは困難というべきであり、その引出しや管理が、花子の意思に反していたとか、その意思に全く基づいていなかったとまで認めるに足りる証拠はないものの、花子と同居する被告が事実上具体的な預金の引出しやその管理を行っていたと合理的に推認できる。そうすると、花子の死亡時までの預金の減少につき、被告が自ら説明する使途(争点(1)に係る上記(被告の反論)参照)が不合理であるものについては、少なくともその部分の現金については、花子の死亡時にはなお存在していたものと認めるのが相当である。
  イ まず、証拠(第1事件乙16、20、24)及び弁論の全趣旨によれば、花子の死亡後に、②花子の葬儀費用400万円、⑤申告所得税886万5200円(被告が平成22年度の花子の所得税に係る準確定申告をして納付した。)、⑦登録免許税2080万6000円(花子の相続が発生した際に納付されたもの)の支出がされたこと(丸数字は争点(1)に係る上記(被告の反論)記載のとおり)が認められるが、そうすると、これらの支出に充てられた現金(合計3367万1200円)は、花子の相続開始時には、なお存在していたと認めるのが相当である。
 また、③母屋改築費用5023万円の支出については、証拠(第1事件乙22、23(枝番を含む。))によっても、工事内容が明らかでなく、領収証(第1事件乙23)の作成名義人として記載された会社(D株式会社)の社名と所在地は、作成日付から10年以上前に変更された同社の変更前の社名と変更前の所在地となっており不自然であること(第1事件甲25(枝番を含む。))、被告は具体的な工事内容等を明らかにせず、工事内容等についての裁判所の調査嘱託に被告主張の工事業者(有限会社C及びD株式会社)が回答に応じないことに加え、本件建物1を対象に実施した本件鑑定の鑑定評価書2(以下、本件鑑定の鑑定評価書を一括して、「本件各鑑定書」といい、個別にはその番号に従い、「本件鑑定書2」などという。)にも、改築対象とされた本件建物1のリフォーム時期は平成22年9月〈略〉日以降とする記載があることに照らすと、上記支出が、花子の生前に花子のために支出されたものとは、本件全証拠によっても認めるに足りない。そうすると、上記5023万円は、花子の相続開始時には、なお存在していたと認めるのが相当である。
  ウ 他方、①太郎の葬儀費用600万円については、証拠等(前提事実(1)ア、第1事件乙17、18)及び弁論の全趣旨によれば、平成21年6月〈略〉日に死亡した太郎の葬儀が行われ約600万円の支出がされたことが認められるところ、妻であった花子が太郎の葬儀費用を負担すること及びその支出に花子の預金を充てることが不合理とはいえないから、これに相当する現金が相続開始時に存在していたとは認められない。
 また、証拠(第1事件甲14、第1事件乙19の1ないし10)及び弁論の全趣旨によれば、④平成20年度所得税の追納307万5800円、⑥花子の弁護士費用840万円は、花子のためにその生前に支出されたものと認められ、それに花子の預金を充てることが不自然とはいえないから、これらに相当する現金が、花子の相続開始時に存在していたとは認められない。⑧花子の生活費についても、花子の収入水準に照らして、不合理であるとまでは断定できない。
 加えて、⑨松子の教育費については、花子が松子の学費として500万円を援助したことは争いがないところ、これが花子の預金から支出されたとしても不自然とはいえないから、これに相当する現金が花子の相続開始時に存在していたとは認められない。
  エ 以上によれば、原告の主張のうち、別紙財産目録の「4.その他」の追加1の宝石類(1000万円)については、花子の遺産として存在していたとは認められないが、追加4の現金1億6500万円のうち、8390万1200円(3367万1200円+5023万円)は、花子の遺産であると認められる。
2 花子の相続開始時の積極財産及びその相続開始時の価額について
 (1) 不動産について
 花子の相続開始時の積極財産に、本件土地1ないし22、本件建物1ないし27が含まれることは当事者間に争いがない。(前提事実(4)ア(ア))
 そして、これらの財産の花子の相続開始時の価額は、鑑定の結果によれば、別紙遺留分侵害額算定表記載の1-1不動産(処分していないもの)及び1-2不動産(名義変更分)の「相続開始時の価額(鑑定額)」欄記載のとおりであり、合計21億9711万2000円である。
 (2) 金融資産について
 花子の相続開始時の積極財産に、本件現金等1ないし31及び33ないし42並びにその他1ないし11、その他追加2及び追加3が含まれること、これらの財産の相続開始時の価額が別紙財産目録の「価額」欄に記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。(前提事実(4)イ)
 これらに、上記1のとおり、その他追加4の現金として8390万1200円が相続開始時の積極財産に含まれる。
 したがって、これらの財産とその相続開始時の価額は、別紙遺留分侵害額算定表記載の1-3金融資産(1億円の相殺の対象外)、1-4金融資産(その他)及び1-5金融資産(1億円の相殺の対象)の「価額(相続開始時)」欄記載のとおりであり、合計15億9101万0234円である。
3 争点(2)(被告側に対する生前贈与(特別受益)の有無)について
 (1)ア 被告が花子から生前贈与1-2及び同1-4を受けたことは、当事者間に争いがない。
  イ 生前贈与1-1(店舗出店資金援助)及び1-3(離婚慰謝料)については、これを認めるに足りる証拠がない。また、生前贈与1-5(生活費援助)についても、そもそも被相続人の建物に相続人が無償居住すること自体は、遺産の前渡し的性格が薄いから当然に賃料相当額が特別受益になるとは認め難いし、第2事件乙11ないし13、19を含めて検討しても、被告が原告主張のような生活費援助を受けたことを認めるに足りる的確な証拠はないというべきである。
  ウ 生前贈与2(贈与)につき、被告は、花子から秋子に対し300万円が贈与されたことを自認し、このうち150万円は花子に返還済みである旨主張するが、当該返還の事実を認めるに足りる的確な証拠はないから、上記300万円が加算されるべき生前贈与に含まれるというべきである。
  エ 生前贈与3(松子に対する学費援助)につき、花子が松子の学費として500万円を援助したことは当事者間に争いがないところ、被告は、花子は養女である松子に対して扶養の一環として中等教育に係る学費を援助した旨主張する。そこで検討するに、証拠(第2事件乙9の2ないし9の5)及び弁論の全趣旨によれば、花子による500万円の学費の援助の大部分は松子が花子と養子縁組を結んだ平成22年2月〈略〉日(前提事実(1)イ)よりも前にされたことが認められるから、実質的には、上記の援助は、花子の養親としての扶養義務の履行というよりも、純粋な贈与という性質のものと認めるのが相当であり、花子の相続人である松子への贈与であるから、加算されるべき生前贈与に当たるというべきである。
 (2) 以上によれば、遺留分算定の基礎となる財産に加算されるべき被告側への生前贈与(特別受益)は、生前贈与1-2、同1-4、同2及び3の合計1903万円になる。
4 争点(3)(原告側に対する生前贈与(特別受益)の有無)について
 (1)ア 生前贈与4-1(自宅の使用借権)については、証拠(第1事件乙12の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、花子が原告の夫である冬彦に対して所有する本件土地4及び5を無償貸与し、冬彦は、花子の相続開始時に同土地上に自宅を所有して原告と共に居住していたことが認められる。法的には花子と冬彦との間の使用貸借であったとしても、実質的には、花子の子であり相続人である原告が、上記自宅に使用借権が付されたことにより、遺産である本件土地4及び5から、使用借権相当額の利益を特別受益として得ていたものと評価すべきである。そして、鑑定の結果(本件鑑定書3-1)によれば、本件土地4及び5に対する使用借権の割合は10%であり、花子の相続開始時(平成22年9月〈略〉日)の価額は1385万6758円(=平成31年更地価額1億6674万8000円×時点修正率83.1%×使用借権割合10%)であると認めるのが相当である。
 そうすると、生前贈与4-1による原告の特別受益は、1385万6758円と認められる。
  イ 生前贈与4-2(Eの使用借権)については、証拠(第1事件乙14の1及び2、15)及び弁論の全趣旨によれば、花子が原告に対し所有する本件土地20を無償貸与し、原告は、花子の相続開始時に同土地上にE(アパート)を所有していたことが認められるから、原告は、遺産である本件土地20から、使用借権相当額の利益を特別受益として得ていたものと評価すべきである。そして、鑑定の結果(本件鑑定書15)によれば、本件土地20に対する使用借権の割合は10%であり、花子の相続開始時(平成22年9月〈略〉日)の価額は623万7723円(=平成31年更地価額8069万5000円×時点修正率77.3%×使用借権割合10%)であると認めるのが相当である。
 そうすると、生前贈与4-2による原告の特別受益は、623万7723円と認められる。
  ウ 生前贈与4-3(事実上の寄付)、同4-4(Eの保険立替え)、同5(扶養家族手当相当額の填補)、同6(甲野竹助への学費)、同7(甲野梅郎への学費)及び同8(食費、交通費)については、花子が原告に対しこれらの生前贈与をしたと認めるに足りる証拠はない。
 (2) 以上によれば、遺留分算定の基礎となる財産に加算されるべき原告側への生前贈与(特別受益)は、生前贈与4-1及び4-2の合計2009万4481円になる。
5 争点(4)(被告が単独承継した相続債務の精算の可否)について
 (1) 別紙財産目録の「6.債務」の番号1ないし4の各債務が、花子の相続開始時の債務であり、その相続開始時の価額が同目録の「価額」欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
 (2) 被告は、花子の相続債務1億2351万4313円を単独承継したから、原告は、上記金額の8分の1に相当する1543万9289円を負担しなければならない旨主張する。
 しかし、相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合には、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人に全て相続させる意思がないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務も全て相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である(最高裁平成21年3月24日第三小法廷判決・民集63巻3号427頁)。本件において上記特段の事情は認められないから、被告の主張は採用することができない。
6 原告の遺留分侵害額の算定について
 (1) 花子の相続開始時の積極財産の価額(相続開始時の評価)
 上記2のとおり、37億8812万2234円(不動産21億9711万2000円+金融資産15億9101万0234円)である。
 (2) 加算すべき生前贈与の額(相続開始時の評価)
 上記3及び4のとおり、下記のアとイの合計3912万4481円である。
  ア 被告側へのもの 1903万円
  イ 原告側へのもの 2009万4481円
 (3) 控除されるべき債務額
 上記5のとおり、1億2351万4313円である。
 (4) 遺留分算定の基礎となる財産の総額
 37億0373万2402円((1)+(2)-(3))
 (5) 原告の遺留分額
 4億6296万6550円((4)×1/8)
 (6) 原告の遺留分侵害額
 4億4287万2069円((5)-(2)イ)
 (7) 原告の具体的遺留分割合
 4億4287万2069/37億8812万2234((6)/(1))
7 争点(5)(本件各賃貸不動産に係る賃料等収入の額)について
 (1)ア 原告は、被告に対してした遺留分減殺請求の日(平成22年12月〈略〉日)から令和元年11月30日までの本件各賃貸不動産の賃料等収入の合計は、別紙純収益一覧表記載のとおり合計10億2175万3633円である旨主張し、原告の上記主張には、本件各鑑定書中の純利益の額の記載に依拠している部分がある。
  イ しかし、本件各鑑定書は、不動産の一定時点の価額を鑑定するもので、上記純利益の額は、収益還元法を適用して収益価格を評定するに当たり求められたものであるから、実際の賃貸状況を踏まえつつも、将来も安定的に発生するであろう標準的なものに補正して算定されている。例えば、本件鑑定書4は、その対象であるHビル(本件建物2ないし23及び本件土地7)につき、平成31年3月末現在で居室21戸のうち空室であった20戸についても月額賃料を3600円/平方メートルとするなどの想定賃貸条件を設けて上記純収益の額を算定している。また、本件鑑定書13は、その対象であるIビル(本件建物25及び本件土地18)につき、同月末現在で地上5階・地下1階のうち空室であった3ないし5階についても月額賃料を4000円/平方メートルとするなどの想定賃貸条件を設けて上記純収益の額を算定しているし、本件鑑定書14も、その対象であるJビル(本件建物26及び本件土地19)につき、同月末現在で地上6階・地下1階のうち空室であった3ないし6階についても月額賃料を3600円/平方メートルとするなどの想定賃貸条件を設けて、上記の純収益の額を算定している。
 すなわち、本件各鑑定書中の純収益の額は、その性質上、理論的に求められた値であり、実際に被告が受領した賃料等収入とは異なるものであって、遺留分減殺請求の日から令和元年11月30日までに被告が受領した本件各賃貸不動産の賃料等収入の原告の共有持分割合相当額の支払を求める原告の請求の基礎にはなり得ないというほかない。
  ウ 他方で、証拠(第1事件乙6ないし10、30ないし32)によれば、被告は、本件各賃貸不動産に係る賃料等収入が不動産所得に当たるものとして、平成23年ないし平成30年まで、別紙賃料利得額の「申告額」欄記載のとおり、青色申告書を提出して所得税の確定申告をしていることが認められる。
 青色申告は、所轄税務署長の承認を受けた者が行い得るもので(所得税法143条)、青色申告者は、一定の帳簿書類を備え付け、これにその取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存しなければならず(同法148条1項)、これに違反した場合には上記承認を取り消され得るもの(同法150条)であるから、その申告内容の正確性には相応の信頼を置くことができるというべきである。そして、上記の各年の被告の不動産所得について修正申告がされたり、更正処分を受けたりした形跡はなく、他に上記の申告内容に疑義を抱かせるような事情も証拠上認められないから、上記の申告内容に基づき、被告の本件各賃貸不動産に係る賃料等収入の額を判断することが相当というべきである。
  エ(ア) 被告は、平成23年ないし平成30年の確定申告に基づいて、平成23年から平成30年までの間の、本件各賃貸不動産に係る賃料、更新料、名義書換(変更)料等の収入金額と、租税公課、修繕費、不動産管理費等の必要経費を、別紙収支一覧表に記載のとおり主張しているところ、確定申告には、花子の遺産でないGの賃貸料も含まれているとして、確定申告に係る賃貸料からGの賃貸料(平成24年ないし30年)を控除している。
 被告が、本件各賃貸不動産とは関係のないGの賃貸料を控除するのは理解できるものの、被告は、原告の求めにもかかわらずGに係る必要経費を明らかにしておらず、賃貸料を控除する一方で、必要経費を控除していないことは信義則上(民事訴訟法2条参照)疑問があり、原告に対して公平を欠くから、本件各賃貸不動産に係る収入金額と必要経費を認定するについては、確定申告の収入金額から、被告が主張するGに係る賃貸料を控除するのと併せて、その同額を必要経費からも控除することが相当である。
   (イ) 原告は、被告の確定申告の必要経費とされた租税公課は、平成23年度のみ約2000万円増加しているが、これは、平成22年9月の相続開始に伴い、被告が自らに登記名義を変更するために支払った登録免許税2086万6000円が含まれているからである旨主張する。
 しかし、証拠(第2事件甲2ないし14(枝番を含む。)、30、第1事件乙20)によれば、被告は、平成22年9月に司法書士に対して本件各賃貸不動産を含む花子から相続した不動産に係る登録免許税相当額2080万6000円を支払ったこと、本件各賃貸不動産については同月に被告名義へ相続を原因とする所有権移転登記がされていることが認められることにも照らすと、平成23年分の不動産所得の必要経費としての租税公課に本件各賃貸不動産に係る登録免許税が含まれていると認めるに足りる的確な証拠はないというほかなく、原告の上記主張は採用することができない。
   (ウ) 原告は、被告の確定申告に係る修繕費は過大であって投資にわたるものであり、原告のための事務管理も成立しない旨主張する。
 しかし、確定申告において必要経費として申告され、修正申告や更正を受けた形跡もないことに加え、必要経費としての修繕費に当たらない程度に過大であると認めるに足りる的確な証拠もないから、原告の上記主張は採用できない。
   (エ) 原告は、被告の確定申告に係る減価償却費は、その性質上、現実に支出されるものではないから、必要経費として控除されるべきではない旨主張する。
 減価償却費は、会計上の費用項目にすぎず、現実に支出されるものではなく、被告が本件各賃貸不動産を管理するに当たって、これを現実に支出したものとは認められないから、減価償却費は賃料等収入から控除できるものとは認められない。
   (オ) 原告は、不動産管理費は、Aに支払われるものであるところ、同社は、被告とその家族のみが株主・役員であって被告と同一視できるから、これを必要経費として控除すべきではない旨主張する。
 しかし、Aは、被告とは別個の法人格を有するものであり、原告が主張する事実のみをもって、Aの法人格が形骸化しているとか、被告がAの法人格を濫用しているとはいえないし、形骸化や濫用を認めるに足りる証拠もない。したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
  オ 以上によれば、平成23年から平成30年までの間の各年の本件各賃貸不動産に係る収入金額は、各年の確定申告に係る収入金額から被告が主張するGの賃貸料(収入金額)を控除した、別紙賃料利得額の収入金額の「計」欄記載のとおりと認められる。
 また、平成23年から平成30年までの各年の本件各賃貸不動産に係る必要経費は、各年の確定申告に係る必要経費から、被告が主張するGの賃貸料(収入金額)と同額を控除し、また、減価償却費を控除した、別紙賃料利得額の必要経費の「計」欄記載のとおりと認められる。
 そうすると、平成23年から平成30年までの各年の本件各賃貸不動産に係る収入金額から必要経費を控除した差引金額は、別紙賃料利得額の「差引金額」欄記載のとおりとなる。
  カ 原告は、被告に対してした遺留分減殺請求の日(平成22年12月〈略〉日)から令和元年11月30日までの本件各賃貸不動産の賃料等収入のうち原告共有持分割合相当額の支払を求めているところ、平成22年12月〈略〉日から同月31日までの間(以下「平成22年12月分」という。)の差引金額(収入金額から必要経費を控除したもの)は、被告から平成22年分の所得税青色申告決算書が提出されていないため、下記で認定するFから受領した名義書換料を除き、これを正確には認定することができない。
 しかし、被告が、平成22年分の所得税青色申告決算書を提出することは容易であるのにこれを提出していないことに照らせば、これを認定しないのは適当ではないから、下記で認定するFから受領した名義書換料を除いた平成22年12月分の差引金額は、平成23年分の12分の1である412万7835円と認めるのが相当である。
 そして、証拠(第1事件乙29)によれば、Fが前賃借人から本件土地12の賃借権を譲り受けた際に被告に支払った名義書換料(譲渡承諾料)は1億円と認められる(原告主張の1億5000万円と認めるに足りる証拠はない。)。
 そうすると、平成22年12月分の差引金額は1億0412万7835円となる。
  キ 原告は、平成31年・令和元年については、令和元年11月30日までの賃料等収入を対象として請求をしているところ、これを正確に認定することができる青色申告決算書等の証拠はないものの、平成29年及び平成30年の差引金額を考慮すると、平成31年・令和元年の賃料等収入が平成30年と比べて大きく変動したものとは認められないから、平成31年1月1日から令和元年11月30日までの間(平成31年・令和元年分)の差引金額は、平成30年分の差引金額2121万1549円に11/12を乗じた1944万3920円と認めるのが相当である。
 (2) 以上によれば、平成22年12月〈略〉日から令和元年11月30日までの本件各賃貸不動産の賃料等収入に係る差引金額は、別紙返還すべき果実額の「差引金額」欄記載のとおりと認められる。
8 被告が原告に返還すべき果実の額について
 (1) 返還すべき賃料等収入の額について
 平成22年12月〈略〉日から令和元年11月30日までの本件各賃貸不動産の賃料等収入に係る差引金額は、上記7(2)のとおりである。
 原告の具体的遺留分割合に対応する各年の額は、上記の各年の差引金額に上記6(7)で認定した4億4287万2069/37億8812万2234(0.116910712)を乗じた金額となる。
 以上によれば、被告の原告に対する本件各賃貸不動産に係る各年分の賃料等収入(果実)の返還義務は、別紙返還すべき果実額の「返還すべき額」欄記載のとおりであると認められる。
 (2) 遅延損害金の起算点
 改正前民法1036条に基づく賃料等収入の果実返還債務は、遺留分減殺請求によって期限の定めのない債務として発生すると考えられるから、受遺者に対しその支払を請求したことにより遅滞に陥ると解される(これは不当利得返還請求権に基づくと解した場合も同様であると解される)。
 原告は、平成22年12月〈略〉日から平成27年3月31日までの賃料等収入の返還を同年5月15日(第1事件の訴状送達の日)に請求し、同年4月1日から令和元年11月30日までの賃料等収入の返還を同年10月1日(訴えの変更申立書の送達の日)に請求しているところ、本件においては、平成27年1月1日から同年3月31日までの賃料等収入を明らかにする証拠がないから、当該部分について第1事件の訴状送達の日に遅滞に陥ったと認めることはできず、また、平成31年1月1日から同年3月31日までの賃料等収入を明らかにする証拠がないから、当該部分についての遅延損害金を認定することができない。そうすると、①平成22年12月〈略〉日から平成26年12月31日までの賃料等収入については第1事件の訴状送達の日の翌日である平成27年5月16日から、②同年1月1日から平成30年12月31日までの賃料等収入については訴えの変更申立書の送達の日の翌日である令和元年10月2日から遅延損害金の支払義務が発生すると認めるほかない(なお、原告は、平成31年4月1日から令和元年11月30日までの賃料等収入の返還に対する遅延損害金を請求していない。)。
 (3) 訴えの追加的変更の不許の主張について
 被告は、平成27年4月1日以降の法定果実については、原告が訴訟の終盤に訴えを変更したことにより追加されたものであり、訴訟を著しく遅延させるものであるから許されるべきではない旨主張する。しかし、上記訴えの追加的変更(請求の拡張)により訴訟の完結を遅延させたとは認められないから、被告の上記主張は、採用することができない。
 (4) 小括
 以上によれば、原告の被告に対する不当利得返還請求権(改正前民法1036条)に基づく、平成22年12月〈略〉日から令和元年11月30日までの本件各賃貸不動産に係る賃料等収入のうち、遺留分減殺後の原告共有持分割合相当額及び遅延損害金の支払請求(上記第2の2(1)①)は、5233万9338円並びにうち3886万4741円(平成22年12月〈略〉日から平成26年12月31日までに係る返還すべき額(別紙返還すべき果実額の「平成22年12月~平成26年の合計」欄))に対する請求の翌日である平成27年5月16日から及びうち1120万1394円(同年1月1日から平成30年12月31日までに係る返還すべき額(別紙返還すべき果実額の「平成27年~平成30年の合計」欄))に対する請求の翌日である令和元年10月2日から、各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の請求を求める限度で理由がある。(主文第1項(1))
9 争点(6)(相殺の成否(賃料等収入に係る返還請求に対して))について
 被告は、A名義で、平成27年8月以降、本件土地6上に所在するGの修繕工事を行い、その費用として3488万4000円を支払ったから、被告は、原告に対し、これに共有持分相当割合である28.48%を乗じた993万4963円の求償債権を有しており、上記求償債権と原告の被告に対する第1事件に係る賃料等収入の不当利得返還請求債権を対当額において相殺する旨主張する。
 しかし、被告が上記修繕工事の証拠として提出する工事請負契約書(乙26の1及び2)は、発注者をAとするものであって、被告を発注者とするものではない。Aが本件土地6上に所在するGの修繕工事を行い、その費用として3488万4000円を支払ったとしても、Aは、被告とは別個の法人格を有するものであり、Aの法人格が形骸化しているとか、被告がAの法人格を濫用していると認めるに足りる証拠がないことは、上記7(1)エ(オ)に既に説示したとおりであり、Aではない被告が、上記修繕工事がされたことをもって、原告に対し求償債権を有することにはならない。被告の主張は、前提を欠き、理由がない。
10 被告が処分した不動産(本件土地13ないし15、本件建物27)に係る価額弁償額について
 (1) 本件土地13ないし15、本件建物27の処分時(本件土地13は平成23年7月26日、本件建物27は平成24年7月24日、本件土地14及び15は平成23年3月31日。前提事実(4)ア(イ))の価額は、鑑定の結果によれば、別紙遺留分侵害額算定表の1-2不動産(名義変更分)の「処分時の価額(鑑定額)」欄記載のとおりである。
 本件土地13ないし15、本件建物27の価額弁償額は、上記の「処分時の価額(鑑定額)」欄記載の額に、上記6(7)で認定した具体的遺留分割合4億4287万2069/37億8812万2234(0.116910712)を乗じて算定される「価額弁償額」欄記載の額であり、本件土地13及び本件建物27の価格弁償額は合計2575万9171円、本件土地14及び15の価額弁償額は合計3144万8981円となる。
 被告は、原告から遺留分減殺請求を受けた後に上記の各不動産を処分しており、原告の持分侵害につき処分時に悪意であったと認められるから、価額弁償額支払義務は処分時から遅滞に陥ると解される。
 (2) 以上によれば、原告の被告に対する被告が処分した不動産に係る価額弁償金及び遅延損害金の支払請求(上記第2の2(1)②)は、3144万8981円(本件土地14、15の価額弁償)及びこれに対する処分の日の翌日である平成23年4月1日から並びに2575万9171円(本件土地13、本件建物27の価額弁償)及びこれに対する処分の後の日である平成25年4月1日から、各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。(主文第1項(2))
11 金融資産のうち清算済みのものを除いたものの価額弁償額について
 (1) 花子の遺産である金融資産(前提事実(4)イ)のうち清算済みのもの(同(6))を除いたもの(本件現金等34、39ないし42、その他6-2、11、追加2ないし4)の現在(本件口頭弁論終結時)の価額は、弁論の全趣旨によれば、別紙遺留分侵害額算定表の1-3金融資産(1億円の相殺の対象外)の番号1ないし9、11及び同1-4金融資産(その他)の番号2の「現在の価額」欄記載のとおりと認められる。
 これらの財産の価額弁償額は、上記の「現在の価額」欄記載の額に、上記6(7)で認定した具体的遺留分割合4億4287万2069/37億8812万2234(0.116910712)を乗じて算定される「価額弁償額」欄記載の額であり、これらの合計額は、7355万1477円(=別紙遺留分侵害額算定表1-3金融資産(1億円の相殺の対象外)の価額弁償額の合計5878万0302円+同別紙1-4金融資産(その他)の価額弁償額の合計1477万1175円)となる。
 (2) 原告は、被告が上記(1)の財産を平成24年3月31日までに解約するなどして取得したと主張して、その価額弁償金に同年4月1日からの遅延損害金を付しての支払を求めているが、被告が同年3月31日までに上記(1)の財産を解約するなどして取得したと認めるに足りる的確な証拠はなく、弁論の全趣旨によれば、被告は、本件口頭弁論終結までに上記(1)の財産を解約するなどして取得したことが認められるにとどまる。
 以上によれば、原告の被告に対する上記(1)の金融資産(本件現金等34、39ないし42、その他6-2、11、追加2ないし4)に係る価額弁償金及び遅延損害金の支払請求は、7355万1477円及びこれに対する本件口頭弁論終結日(取得日)である令和元年12月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。(主文第1項(3))
12 別紙物件目録記載の各不動産に係る価額弁償額について
 (1) 別紙物件目録記載の各不動産の現在(本件口頭弁論終結時)の価額は、鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば、別紙遺留分侵害額算定表の1-1不動産(処分していないもの)の「鑑定時の価額(鑑定額)」欄記載の額と同額であると認められる。
 これらの各不動産の価額弁償額は、上記の「鑑定時の価額(鑑定額)」欄記載の額に、上記6(7)で認定した具体的遺留分割合4億4287万2069/37億8812万2234(0.116910712)を乗じて算定される「価額弁償額」欄記載の額であり、これらの合計額は、2億7783万4449円となる。
 (2) 以上によれば、被告の請求は、花子の相続について原告が被告に対してした遺留分減殺請求に係る別紙物件目録記載の不動産につき、被告が改正前民法1041条の規定によりその返還義務を免れるために支払うべき額が2億7783万4449円であることを確認する限度で理由がある。(主文第2項)
第4 結論
 原告の第1事件に係る請求は主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却することとする。被告の第2事件に係る請求は主文第2項の限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却することとする。
 よって、主文のとおり判決する。
 裁判長裁判官 徳岡 治
    裁判官 木地寿恵 安陪遵哉

(別紙)〈略〉
東京地方裁判所 平成27年(ワ)第12587号、平成27年(ワ)第37078号 賃料等の不当利得返還請求事件(第1事件)、債務不存在確認請求事件(第2事件) 令和2年3月27日

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