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神々の賭博場(9)

 私は時空遮断カプセルに入れられ、超空間の中をダルマー海賊艦隊へ向けて一直線に射出されていった。
 名も知れぬ場所の過去、現在、未来が周囲を通り過ぎて行く。

 視界の片隅には、ヒースー・ヤの資産価値を表す折れ線グラフが表示されている。
 グラフの下部に引かれた赤い線、それが「銀行」によって定められた取引限界額だった。
 資産価値が、線を下回った時、いかなる神であろうとも、「休息場」に滞在することは許されない。

 それが私にとってのタイムリミットだった。

 結局、ナルニサスは私の提案を認めた。
 武装一式を返却され、自由と引き替えに、私は海賊艦隊を壊滅、あるいは撤退に追い込まなければならない。
 私の首筋には、2つのディスクが貼り付けられた。
 私は常にナルニサスに監視され、少しでも怪しい動きを見せれば、ディスクからの振動が、脊髄と脳を破壊することになっている。

 激しい光と同時に、超空間を出た。
 星々に彩られた宇宙空間が、私を取り巻いた。
 そして前方では、ダルマー海賊たちが、ようやく隊列と言えるようなものを整えつつあった。

 元々、ダルマー宙域に集う海賊たちに統一的な組織は無く、その実態は出自や出身も様々な無法者たちが、緩やかな連合を組んでいるだけに過ぎない。
 それを示すように、集った艦船に統一感はなく、それぞれが自らの所属する船長の「色」に塗り分けられていた。

 私は、内側からカプセルを破って身体を自由にすると、そのまま慣性に任せて飛び続けたのち、アサルト・ガントレットを斜め後方に向けた。

 わずかな振動とともに、ガントレットの指先から高圧ガスが発射され、私の身体は斜め前方、戯画化されたドラゴン風の生物が船体に大きく描かれた海賊船の方向へ向けて飛ばされていった。

 コズミックヘルメットが、自身のデータベースとナルニサスからの情報を突き合わせ、その船が「粉砕者」ダヌガの物だと分析した。
 ダヌガとその一味は、岩石状の皮膚をもち、頑丈さと剛力で知られるドル人を中心に構成されており、その無謀とも言える勇猛さで知られていた。
 同時に、船の詳細な構造が脳内に流れ込んでくる。

 私は、ガントレットをもう一度噴かせて方向を調整すると、ダヌガの船の外壁に、取り付いた。
 磁気ブーツを起動して船の外殻に立ち上がる。
 ブリッジへの位置を、もう一度確認した後、腰のベルトから自走式バーナーを取り出し、外壁に設置した。

 ヘルメット経由で命令を送ると、自走式バーナーは熱線で外壁をとかしながら10本の足を蠢かせ、ゆっくりと円を描いていった
 やがて、人一人が潜り抜けられる程度の穴が船殻に空けられた。

 船内に飛び込んだ私は、一直線にブリッジへ向かう。
 通路の角から、ドル人が2人、姿を現した。

 間髪入れず、アサルト・ガントレットの指先から発射されたコズミック・レイが2人の顔面を打ち抜いた。
 倒れるドル人を顧みることなく、私は走り続ける。

 警報は、まだ鳴っていない。
 船の全クルーが侵入者に気付く前に、方をつける。

 私は、そのままブリッジに飛び込んだ。
 乗組員達が反応する直前、ガントレットからの広範囲にわたる衝撃波が、彼らを吹き飛ばした。

 轟音が響いた。
 とっさに身をかわした私の傍らを炎の塊が通り過ぎ、壁に当たって爆発した。
 武骨な鎧に身を包んだ「粉砕者」ダヌガが、巨大なペッパーボックスピストルを構えて立っていた。
 ダヌガは、もともと大柄なドル人の中でも際立って大きく、頑健な肉体の持ち主であり、その岩状皮膚は内面の凶暴性を表すように所々が鋭い棘となっていた。

 再び轟音とともに火球が発射された。
 私はそのまま突き進み、ガントレットを前方に突き出した。
 フォースシールドが前方に展開される。
 私の前方で、炎の弾丸が砕け散った。
 私はそのまま、ダヌガに向かって突き進む。

 さらに2度、火球が打ち出され、フォースフィールドに阻まれた。
 ダヌガは拳銃を捨て、巨大な戦斧を両手に構えた。
 雄叫びを上げ、突進する。

 私は、あえてそれに真正面から挑んだ。 
 大上段から振り下ろされた斧を、左に避ける。
 空を切る斧を尻目に、私はさらに進み、ガントレットをはめた左手でダヌガの右わき腹を殴りつける。

 ダヌガは、僅かに顔をしかめただけだった。
 大抵の種族ならば、内臓をつぶしかねない衝撃のはずだ。
 岩上皮膚と鎧の二重装甲のおかげだ。

 私は、ダヌガの頑丈さを甘く見ていたことを悟った。

 ダヌガは斧から手を放し、右腕を大きく振った。
 右ひじが私の頭に直撃する。
 目に火花が飛び散ったかと思うと、私は大きく吹き飛ばされた。
 とっさに空中で体勢を整えると、コズミック・レイを連続で浴びせかけた。

 緋色の光線が、ダヌガの鎧に転々と穴を穿って行った。
 ダヌガは、たまらず悲鳴を上げる。

 私は、受け身を取って着地し、再びダヌガに接近していく。
 ダヌガもまた、怒りに目を見開き、全身の苦痛を物ともせずに、こちらに向かってくる。

 横殴りの斧の一撃。
 私は、その下を潜り抜け、タックルを仕掛けた。
 下半身に絡み付き、バランスを崩し転倒させる。

 そのまま馬乗りになると、左手で顔面を思い切り殴りつける。
 さらに、2度、3度と繰り返す。ダヌガの顔の岩状組織が削り取られ、飛び散った。

 ダヌガは、それでも闘志を失わず、私の喉首に両手を伸ばした。

 それより早く、私はアサルト・ガントレットをダヌガの口の中に押し込んだ。
 そのまま、ガントレットから100万ボルトの電流を放出する。

 口からくぐもった悲鳴を上げ、ダヌガの体が大きく痙攣した。
 彼の体内が焼ける臭いが、私の鼻孔に充満した。

 私が立ち上がった時、ダヌガは口と溶けかけた眼窩から煙を上げ、身体は神経の反射反応による痙攣を断続的に続けていた。

 私は、乱闘の最中にダヌガの手から落ちた戦斧を手に取ると、大きく振りかぶった。
 力をこめて斧を振り下ろし、ダヌガの首を叩き切る。

 衝撃でダヌガの頭部が大きく跳ね、そして落ちた。
 そのままボールのように転っていき、ブリッジの壁に当たり止まった。
 私は、それを拾い上げた。

 ブリッジ内は静寂に包まれた。
 乗組員たちは、突然始まった決闘と船長の死という状況に混乱し、立ち直ることができないでいた。

「おい!」
 私は、乗組員の中で比較的上等な服を着た、副長らしい男に怒鳴った。
「全船団と通信回線をつなげ。映像を送る。ぐずぐずするな!」
 そして、威嚇するように副長にガントレットを向けた。

 呆然の体でいた副長は、今しがた船長を殺した男からの突然の命令に目を白黒させ、さらに、自分に突き付けられたのが恐るべき殺人兵器だと悟ると、恐怖に顔を引きつらせながら部下たちに命令を開始した。

やがて回線がつながると、私は送信用カメラの前に「粉砕者」ダヌガの首をかかげると、全船団に向けて宣言した。

「私は、「巨神の休息場」の支配者にして守護者たる「遊興者」ナルニサスからの使者だ。今から、ここに集った船の船長を1人ずつ処刑していく、罪状はナルニサスへの涜神行為。この者は、最初の1人だ」

 そう言うと、私はダヌガの首を放り投げ、高出力のコズミック・レイで完全にそれを粉砕した。

「だがもし、この場から撤退し、二度と「神々の休息場」を汚さないと誓うならば、ナルニサスは大いなる慈悲によって、これを許すだろう。猶予は与えない。処刑は今から開始する」

 そう言って、私は通信を終了した。

 時を同じくして、武装したドル人の一団が、ブリッジになだれ込んできた。
 副長が、通信デッキの影から、命令の声を上げている。
 どうやら、私の目を盗んで、船中へ招集の檄を飛ばしていたらしい。

 私はあわてず、最高出力のコズミック・レイをブリッジの壁へと解き放った。
 壁面が砕け散り、ブリッジに大きな穴が開いた。
 私はそこへ駆け寄り、そのまま宇宙空間へと身を投げ出した。

 同時に私の背中で反重力グライダーが翼を広げた。
 薄い金属製の翼に設置された反重力推進機が作動し、私を星々と死の船の真っ只中へと運んでいく。

 視界の片隅では、折れ線グラフが着実に下がり続けていた。

【続く】

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