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キツネなシッポと遊びましょ、の話エピソード2その①お菓子教室の午後

とりあえず話④を読んで頂ければ世界観が伝わります。
うっすーい世界観でスイマセン。日々に疲れたそんな時、ぜひどうぞ。

甥の康太は幼稚園児ながらお話が上手だ。その日あったことを色々とお話してくれる。楽しかったことがあれば、表情豊かに仕草まで添えて話してくれる。康太が帰ってしばらくして、奥さんの携帯が鳴り響いた。康太の母さんからだ。つちのこクンの件をしっかり目に聞いたらしい。交番でぶるんぶるんをカマしたことまで得意そうに話したようだ。ひとしきり向こうが話した後で、電話は切れた。奥さんは多くを話さなかった。と思ったらまた電話が鳴った。今度はあの後輩女子警官のようだ。同じようにひとしきり向こうが話し、奥さんは静かに聞いている。僕には奥さんの背中が微かに震えたように思えた。静かな怒りを、僕は感じた。

あ、ヤバい。これゴジラ変貌のヤツ*やん。
そう確信した僕は、そっとその場を離れた。物音を立てないように、そっと忍び足でリビングを抜け、音を立てないようにそっと玄関のドアを開けた。

作者注:彼の奥さんは一定以上の怒りを覚えるとゴジラ第4形態に変貌します。総合武術の達人なので素のままでも十分凶暴ですが、さらに火力とパワーが増します。対処方法はひたすら謝る、もしくは必死に逃げる。それしかありません。

ココ笑うトコじゃありませんからね。マジ、怖いから。

あぶないトコだった。これじゃ命がいくつあっても足りない。僕はほとぼりが冷めるまで近所を散歩することにした。梅雨前の空は青く、どこまでも透き通るように晴れていた。寒くも蒸し暑くもないこの時期が一番のお気に入りだ。ボクは気分を入れ替えて気分よく通りを歩いて行った。ふと、いいニオイがしてきた。甘い、とろけるような果実の甘いニオイだ。つられるように歩いていくと、角のガラス張りのお店からだった。中には若めの女子が10数名いて、お菓子作りに精をだしていた。料理教室か、いいな。そういえば手作りのお菓子なんて数年食べてないな。奥さんも昔はよく作ってたよな…何かあったのかな?*そんなことを考えていた。

作者注:まず間違いなくコイツのせいだと思われます。

何かあったのかな?じゃありません。設定が「ボクは反省が苦手だ」ってヤツなんで当然です。

生徒さんの女子たちはそれぞれスポンジケーキに生クリームの模様をつけていた。楽しそうな話し声と甘いニオイに、いつしかボクはガラスの前に仁王立ちした不審者と化していた。シッポ様はいつも以上にパタパタと動いている。本人の怪しさとシッポ様のカワイらしさのバランス具合に、こちらに気づいた人たちはどう反応したものか困っているようだった。

「ねえねえ、シッポだ、シッポ!!」
背後から子どもの声がした。康太くらいのサイズの元気そうな兄弟だ。パタパタ具合が気に入ったのか、二人とも嬉しそうだ。間近でパタパタされて、頬に毛がなびくのが心地よいようだ。キャアキャアと叫んではしゃいでいる。微笑ましいものだ、コイツってこういう使い道もあるのね。僕がひとり納得していると、下の子が突然シッポを両手で捕まえようとした。
「はうっつ!!」
ボクは背をのけぞらせて必死に耐えた。ダメだ。ダメだよ、そこは敏感なんだから…シッポ様は真ん中あたりを握られて、先だけがパタパタしている。それを見ていた兄の方も、そうか、という表情をしてシッポの先を両手で握った。
「ほぅあー!」
カンフー映画の役者さんのような甲高い声があたりに響いた。ボクは襲いかかる恍惚の波につぶされないよう、膝立ちになりながら必死の表情で耐えていた。ボクは今、公衆の面前で意味不明にラクダのポーズ*をカマしていた。その光景はまさにカオスだ。様子のおかしいヨガの行者と、無邪気に笑う子どもたち。そしてガラス窓の向こうでは聴衆たちが生クリーム入りのついたパレットナイフを片手に呆然としている。

作者注:ヨガのポーズです。ひとりサソリ固めみたいなポーズ。
↓良ければご確認ください。最近だと鶴のポーズが人気ですね。

あの、おフザケなんで。気にしないで。ヨガ関係の方、ゴメンなさい。


…わたしって、いったい何を見せられてるの?
…これってなんの芸?
…シッポと子どもはカワイイけど、アイツは何?

ここがガンジス川のほとりなら、何気ない日常のひとコマで済んだのだろう。残念ながら、ここは端っこの方ではあっても一応都内だ。たくさんのテレパシーを受けて、僕のココロは複雑だった。注目は集めてるけど、コレはきっといい方のヤツじゃない。マズイ。ある意味コレは非常にマズイ。カンフー役者にラクダのポーズはイケない。またSNSに上げられちゃう。まったく生きにくい世の中だ…悪意のない無邪気さって、きっと不条理なのかも…ボクはシッポに夢中な子どもたちの姿を見ながらそう思った。人影はまばらだったが、何事かと周りはザワザワしだしている。ボクはどうやら望まずとも注目を集める運命なのかもしれない、空を見上げた姿勢のまま、ボクは昼下がりの爽やかな青空を見つめていた。その目に浮かぶ涙に気づくものなど、誰もいなかった。



(イラスト ふうちゃんさん)


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