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プリズム劇場#016「ごほんをよむ人」

こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/661a26a79c9324eecf5c2163
【YouTube】
https://youtu.be/LNPvaX0HK6o
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo


 私はご本を読むのが好きです。登下校のバスの中ではいつも図書館で借りたご本を読んでいます。先生は「結愛さんはいつも本を沢山読んでえらいね」と言います。でも私は、好きでご本を読んでいるので、どうして褒められているのかわかりませんでした。
  その日もバスの中で本を読んでいました。龍と人間が同じ世界に暮らしている物語です。その世界では龍の鱗に不老不死の効果があるとされていて、弟の病気を治すため、龍を探しに行く女の子のお話です。ご本を呼んでいると、反対側の席に座っていた女の人の赤ちゃんがふがふがと言い出しました。そのまま赤ちゃんはおぎゃあおぎゃあと泣き始めました。お母さんは一生懸命赤ちゃんをあやしましたが、泣き止みませんでした。後ろの方の席から、男の人の声で「ちっ、うるせぇな」という声が聞こえました。赤ちゃんのお母さんは後ろをちらっと見た後、つらそうなお顔をして、赤ちゃんを一生懸命揺らしました。
  すると、後ろの席からお祖母ちゃんくらいの歳の女の人がお母さんのところにやってきて
「お母さん、私に抱かせてくださらない?」
 と言いました。お母さんは驚いているお顔をしていました。その女の人は。
「急にすみません。私、鳥谷保育園で教頭をしているんです」
  何処かの保育園の教頭先生はそう言うと、そっとお母さんから赤ちゃんを受け取りました。教頭先生が赤ちゃんを抱っこして。
「元気な良い子ね。何ヶ月ですか?」
 お母さんはか細い声で
 「3カ月です」
 と言いました。教頭先生は
「あら、じゃあお母さん、今日は久しぶりの外出だったんじゃないですか?」
と言うと、お母さんは小さく頷きました。
「大変ですよね。でも、こんな小さな命を毎日ちゃんと守って、ご立派ですね」
と教頭先生は言いました。お母さんは俯いて、目を一回こすりました。
 そうこうしているうちに赤ちゃんは泣き止みましたが、教頭先生は
「可愛いから、もうちょっと抱っこさせてください」
と言って、教頭先生が降りるバス停まで赤ちゃんを抱っこしていました。

 4年生の終業式の日、その日も学校の帰りにバスの中でご本を読んでいました。本の中で女の子は、宿屋の主人に騙されて、旅のお金を失ったところでした。何処かの保育園の教頭先生が、大きな花束を持って乗ってきました。何だか寂しそうなお顔をしていました。私はあんな大きな花束を見たことがなかったので、ちょっと羨ましいと思いました。
 お家に帰ってランドセルをいつもの場所に戻すと、ソファでご本の続きを読んでいました。お母さんはお仕事で、夜の9時くらいまで帰って来ないので、このままご本を読んだり、テレビを観たりして過ごします。夜の8時くらいに、玄関のインターホンが鳴りました。モニターを見てみると、同じマンションのおじさんが映っていました。お母さんがいない時にインターホンに出てはいけないと言われているので、そのまま放っておいていると、玄関のドアをガンガン叩く音がしました。ドアの向こうから
「結愛ちゃん! いるんでしょ! 今日もお留守番かな? 寂しくない? おじさんと遊ぼうよ!
という声が聞こえました。
 おじさんは毎日こうやってドアをガンガン叩きます。無視していれば、10分くらいで帰りますが、毎日毎日やってきます。あまりにうるさくて嫌になります。
 その日お母さんは夜の10時を過ぎても帰って来ませんでした。お腹はペコペコでしたが、勝手にお家の食べ物を食べると、お母さんが怒るので我慢しました。気がついたらソファで寝てしまいました。
「結愛! 起きなさい!」
 私がビックリして起きると、お母さんがいました。もう朝になっていました。
「なんでソファなんかで寝てるの! 寝るならちゃんとベッドで寝なさい!」
「お母さんが帰って来るの待ってたから」
「言い訳しない!」
 お母さんはいつも怒っています。だから、なるべく何も言わないようにしています。
「さっさと学校行きなさい!」
「ご飯は?」
「お母さん、今帰って来たんだからあるわけないでしょ!」
 お母さんがそう言うので、私は学校に行くことにしました。

 担任の朝倉先生は驚いていました。
「結愛さん、今日はもう春休みよ」
 私は先生にここ数日のできごとを話しました。先生は驚いて
「結愛さん、お母さんのこと好き?」
 私は黙って頷きました。先生は悲しそうなお顔で
「そっか。もしかしたら、先生はお母さんにとってひどいことをするかもしれない。それでもどうか許して」
 私はそれからしばらくして、児童養護施設というところに行くことになりました。施設にはたくさんの大人がいて、みんなニコニコしながら挨拶してくれました。その中で、目にとまった大人の人がいました。
「結愛ちゃんこんにちは。ボランティアの荒谷菜穂です」
  その人は、どこかの保育園の教頭先生でした。

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