見出し画像

永遠回帰という考え方

ふらっと寄ったカフェの本棚に、
ニーチェ著の「ツァラトゥスラ」が置いてあった。

僕の「今」の状況は、今まで感じたことがないことがないくらい、不安や恐怖に包まれている。

正直、夜に押しつぶされそうになっている。

カフェのお兄さんに今の僕の状況を、自然と伝えている僕がいた。いや、この人になら初対面でも悩みを打ち明けられると感じた僕がいた。

僕の悩みとしては、あまり多くは語れないが、自分の勤めている会社の存続が危ういこと。訳があって僕1人でお店を運営しないといけないこと。明日には会社が無くなるのではないのかという恐怖。

そういったことから、僕の持つスキルとはなんなのか。転職活動で活かせるような、何かを成し遂げた経験が僕にあるのか。

自問自答の毎日が続き、
不安や焦りに挟まっている。

悩んでいても仕方がないというのは僕も思う。

ポジティブにこの出来事を捉えると、
僕1人でお店の運営に携わる経験ができること、商品の管理、仕入れ、ECサイトの構築、レイアウト、接客、全ては僕次第で吸収することはたくさんある。

ネガティブにこの出来事を捉えると、
明日は我が身の状況で、いつ、会社がなくなるか分からないこと。僕の持つスキルが分からなくなったり、僕がしたい仕事は何か分からなくなっていること。

ポジティブとネガティブの振り幅が激しく、
その感情の揺れが僕自身を恐怖に落とし入れる。

それらのことを全て、カフェのお兄さんに吐き出した時、お兄さんも僕と似た境遇を経験したことがあるみたいで、ニーチェの「永遠回帰」という考え方を教えてくれた。

「永遠回帰」とは、事実か事実ではないは関係なく、同じ人生を永遠に繰り返すという思想である。

仮に、今の人生も「永遠回帰」だとしたのなら、
僕は僕の人生を肯定してあげ、同じ人生をもう一度送りたいと、心から思うような人生にしたい。

お兄さんから「永遠回帰」を教わり、
「ツァラトゥスラ」の思想に触れ、僕は思う。


自分を肯定してあげれるのは、自分だけ。
自分の人生を肯定し、来世も同じ人生を送りたいと思うような生き方、物事の捉え方を培いたい。

また、自分の人生を振り返った際に、
自分を肯定してあげ、これでよかったんだ、と思えるように自分を認めてあげれるような、そんな自分になりたい。

「今」の恐怖からは、すぐには逃れられないだろうが、時間をかけて、来世も同じ人生を繰り返すなら、少しでも楽しい方がいいじゃないかと、僕は僕を鼓舞してあげれそうだと思う。


ふらっと寄ったカフェに、「ツァラトゥスラ」が置いてあったのもまた、僕が今、その本に触れるタイミングだったのかもしれない。

来世の25歳も同じように、
悩み続けている僕がいるだろう。

1/23/2024


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?