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【小説】トリック・ライターのボクが異世界転移したら名探偵貴族に? 第1話⑤

結章■心の死角を突きましょう

   1

「それでは、キミの魔法での失せ物見立てを、聞こうか」
 テーブルの向こうから、クラレンス侍従長がたずねてきた。
 けっこう歩いて、ボクは彼が仕える貴族の屋敷──大邸宅と言っていいの、彼の部屋に通されていた。
 デカいけれど、ベルサイユ宮殿のような豪華さはない。
 いや、日本の江戸時代の姫路城はもちろん、京都の二条城よりもみすぼらしい。
 この世界ではたぶん、ガラスとか貴重品だし、経済規模がしょせん、違うのだ。
 極端な話、今の東京や大阪の庶民は、モンゴル帝国の皇帝ハーンより、贅沢なものを食ってる。アイスクリームはマルコ・ポーロの時代にヨーロッパに伝わったのだが、庶民は真夏に食えなかった。
 風呂のシャワーから熱湯が簡単に出るってのも、天然ガスや原油の輸入や、都市ガスのインフラ整備だけでも、ものすごいエネルギーを消費しているのだ。ボクが転移したこの時代は蝋燭ロウソクさえまだないかもしれないのだ。
 部屋には三十代前後だろうか、執事らしき人物が一人、ひかえている。もうちょい、歳を食って禿げた初老の男のほうが、執事のイメージ通りなんだが。若すぎる主人あるじには、これぐらいがいいのか?

「それでD卿の部屋の何処に、盗まれた手紙はある?」
 おっと、侍従長様の質問に答えねば。
「盗まれた手紙は、大臣の部屋の、手紙入れにあります」
「なん……だと?」
「D大臣…じゃないD卿はたぶん数学者で、しかも詩人ですよね?」
「よく知ってるな。国庫を預かるだけあって、二桁の掛け算もできる」
 ええ、設定が安直な世界なんで、勘です。
「そのくせ能書家で、さらに小洒落た四行連句quatrainの詩を添えるので、若い頃は恋文ラブレター代筆にひっぱりだこだったそうだ」
 恋文の代筆って、シラノ・ド・ベルジュラックかいな。D大臣、鼻が高すぎたりしますか?
「あの、そういうタイプの人間は、二重引き出しの奥とか額縁の裏とか、そんな場所には隠さないものです、絶対に」
「そうなのか? ずいぶんと自信満々だな、囚人よ」
 あ、コイツ疑ってるよ。ここはひとつ、あの小説・・・・の名探偵のように、巧みな説得を試みなければ。

「あの、地図とかあります?」
「その〝あの〟ってのは、オマエの口癖なのかな? 気が弱いんだな。腹の中でイロイロ考えてるタイプに、多いらしいぞ」
 他人ひとの癖とか、よく観察しているなぁ。自分が思った以上にこの美少年、切れ者だわ。いやだなぁ、なんか腹の底を見透かされてる感じ。
「領地を描いた簡単なやつなら、ここに……これでいかがですかなお客人?」
 執事のオッチャンが、テキパキと渡してくれた。有能な人間は話が早い、サンキュー♬
「わわ、これ羊皮紙parchmentの地図だ! まだ紙が、伝わってない時代なんだぁ……」
「ペーパー? ああ、パピルスのあれか。我がくには北国ゆえ、あの植物は育ちにくいのだよ」
 パピルスって、古代エジプトの? この世界、中世ですらないのか?
 ヨーロッパに製紙技術が伝わったのはたしか12世紀、意外と遅いのだ。
 それまでは、羊の皮を薄〜く伸ばして、紙のようにしていたそうだ。それが羊皮紙。
 自分もある有名な小説で、名前だけは知っていたけど、実物を見て触ったのは初めてだ。たしかに紙によく似た手触りだ。言われなきゃ、羊皮紙とは気づかない。

「例えば、ボクの国では地図を使った、子どもの遊戯ゲームがあります」
 羊皮紙の地図を広げながら、ボクは侍従長に説明した。
「その地図に書かれた地名を、どこにあるか見つける遊びです」
「地図は領主や国王にとって、機密だぞ? どんな地形で、どこが畑でどこが沼地か、敵国に知られたら命取りになりかねない。それを子どもの遊びに使うとは、そちは異国の領主の息子か何かだったのかな?」
 そこ、突っ込みます? アイタタタ。
「あ、いや…そのぉ〜、地図と言っても遊戯用の簡単な物ですよ。それよりも───」
 やべぇやべぇ、やっぱり異世界は、自分のいた世界とは細部が違うわ。土牢の木桶トイレとか、実際に体験しないと、わからんものだね。神は細部に宿る。

   2

「このゲームの初心者は最初、できるだけ小さな文字で書かれた地名を出題します」とボク。説明しながら、話をさっさとはぐらかそうっと。
「それはそうだろう、探すに難しい地名の方が、勝てるからな」
「例えば〝ブーラン〟という地名、どこにあるかわかりますか?」
「そんな地名、あったかな? ブーランブーラン……実際に探すと…なかなか見つからない……あった、ここだ! なるほど丘陵の名称か」
 かなり小さな文字なのに、クラレンス侍従長は10秒ちょっとで見つけてしまった。
 この人、かなり書物を読んでいるな。自然に速読ができる人間でないと、そう簡単には見つけられないはず。やはり、頭がいい。
 いや頭の回転が早いといったほうがいいか?
「正解です。それではもう一問、〝アトラス〟という地名はどこにありますか?」
「ふふん、見つけ方のコツが分かったから、さっきよりも早く見つけてやろうか。アトラス、アトラスっと。……むむ? 見落としたか?」
 自信満々で2問目に挑んだ侍従長だったが、戸惑っている。しめしめ。
 ボクは少しだけ、ほっとした。
 ここであっという間に見つけられてしまったら、説得力もクソもなくなってしまうのだから。細工は流々だ。仕上げにGO!
「見つかりませんか? では答えを……」
「待て待て、もうちょっとだけ待ってくれ───これは難しいな。だが面白い、自分で見つけたいんだ」
 どうやらこの侍従長、負けず嫌いとか意地になっているわけではなく、純粋にこのゲームを楽しんでくれているのだ。そういう部分は、年齢通りの少年なんだなぁ。
「見つけた! ほう、これは山の名前か。文字と文字の間が大きく空いていて、気づかなかったよ。こんなに大きな文字なのに……」
 時間はかかったが、それでも並の人間より早く、見つけちゃったよ。すンばらしい。

「普通の人は、こんな短時間で見つけられませんよ」
 これは世辞でもなんでもなく、心の底からそう思う。この人、年齢はだいぶ下だが、地頭では自分より遥かに上なのだ。
「キミの言わんとすることも、だいたい理解できたよ。いかにも隠しそうな場所に隠すよりも、まさかそんなところに隠すはずはないという場所に、堂々と置いてた方が気づかれにくい……そういうことだろ?」
「侍従長、あなたはとても聡明そうめいな方ですね」
「我が主人にも、よく言われるよ」
 キザな物言いだが、イケメンなら様になるのが、悔しいね。
 自分も人生で一度ぐらい言ってみたいもんだ、「よく言われる」って。
 ……いや、言ったことはあるな。キミには才能がないね、と言われて。ケラケラ笑いながら、でもいつか殺すリストに入れながら。飯田橋(中略)副編集長の前で。

   3

 そこからの、クラレンス侍従長の動きは早かった。
 執事に命じて、最初の泥棒に失敗した部下を呼び、再度の潜入を命じていた。
 前に失敗した部下にもう一度ってのは、ボクの進言だ。一回潜入してるから、土地勘?みたいなものがあるだろうし。さい挑戦チャレンジの機会は、万人に与えられるべきだ。
 執事に連れられて、小柄な男が呼ばれてきた。やっぱ泥棒、身が軽そうだわ。ねずみ小僧次郎吉も、身軽な鳶職とびだったそうだ。侍従長は指令を簡潔に伝える。
「デービス大臣の部屋に忍び込み、手紙入れの中にある手紙を全部盗んで来い」
 ちょ、大臣の名前、言ってますよ! もう聞かれても大丈夫って判断かな? ボクも立派な共犯者入か。信用してもらえた証拠と、好意的に解釈しておこう。
「あの、盗まれた手紙は、薄汚れた感じに表面を仕上げて、無雑作に手紙入れに突っ込んであると思いますよ。いかにもいらないって感じで……」と横からボク。FF外から失礼します。でも、具体的なイメージを持ったほうがいいだろう。
 この安易な設定の世界なら、たぶんそうだろう。
「それから、通告を。私が牢から連れ出したマリオン子爵の御息女殺しの囚人、死刑執行は一時停止だ──と我が主人の名で、裁判官とマリオン子爵のほうに伝言を頼む」
 だ~か~ら~、ボクは幼女を殺してないってば。
 それになんだよ、一時停止って。無罪放免じゃないの? 手紙の奪還が成功しないと、やっぱり無理か。いや、手紙が手紙入れになかったら、一時停止さえ取り消しで、死刑執行だ。トホホ。
 有能な執事さんは「かしこまりました」と短く答え、なにやらメモを取っている。お頼み申しますよ、オッチャン。年齢はボクに近そうだけど。

「──さて、それではキミ自身について、いろいろと聞かせてもらおうか」
 尋問か? 尋問だよなぁ。やっぱり。
「キミの失せ物判じ、あれは魔法ではないな? もっとこう、思考を積み重ねた知性の働き──人間の心の内側をえぐるように、深く見つめた上での推論だろう」
「そんなことはございません、先ほど眼の前でお見せしましたでしょう? なんなら別の魔法も披露しましょうか」
 持ちネタはそう多くないが、この状況で見せられる手品のストックはいくつかある。
 ちょうど机があるのだから、それこそテーブル・マジックで驚かせてやろう。トランプがあれば、さらに良いんだが。
 数秒の沈黙の後、「ふむ、疑ってすまなかった。これは先ほどの魔術の褒美だ」とクラレンス侍従長。右の手の平の上に銀貨を1枚乗せ、差し出した。
 精密に型抜きされた現代の銀貨とは違って、やはり少し形が歪んでいる。一個ずつハンマーで叩いて、手作りしているのだろう。
 だが、偽造し放題に見える銅貨より、形もデザインも凝っている。たぶん偽造防止だろう。
 古代コインについては詳しくないので、それがなんというコインなのかはよくわからないけれど。兜をかぶった武人らしき横顔が刻まれている。現代のコインほどピカピカしていないが、渋みのある銀色シルバーの輝きは、やっぱり物欲を刺激するねぇ。黄金色ゴールドのほうが、もっと好きだけど。

「ありがとうございます、一文無しなので助かります」
 受け取ろうとしてボクがヒョイと手を伸ばすと、侍従長はいきなり手をグッと握って、銀貨を隠してしまった。このイケズぅ〜。
「オンマーリシュエイソーヴァック……だったかな?」
 一回聴いただけのデタラメな呪文を、彼は真似してみせたのだ。
 やはりこの人は記憶力もいい、その上に茶目っ気もある。
 でも早く渡してよ~。
 だが、彼がパッと広げた手のひらには、銀貨はなかった。
「……え?」
「貴公が魔法使いでないのは、最初からわかっていたさ」
 そう言って金髪の美少年は、また微笑んだ。
「我が主人から、教わったんだよ。キミの世界ではこれを近距離手品クローズアップ・マジックと呼んでいるんだろう?」
 ……こいつ、何者だ? ひょっとしてボクと同じ、異世界転移者? 身構えるボクに、クラレンス侍従長は立ち上がり、いつの間にか部屋に戻ってきていた執事の方を見て、こう告げた。
「いかがでしたか、我が君? この囚人は御眼鏡にかないましたかな?」

 言われた執事は、伸ばした髭をしごきながら、言った。
「うん、悪くねぇんじゃねぇの? よぉ、転移者くん、ようこそ異世界。オレの名はハンク・モーガンさ。この世界に3年前に転移、今は魔法使いと貴族をやってるのさ」

To be continued in the last chapter...

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