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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑦

鎮丸は中央の大きな天狗を見つめていた。
瞳のない目は真っ赤だ。しかし瘴気は感じない。こいつが黒幕ではないのか?

「お前をここに呼んだのはわしだ。」深く、重い声で言う。

「何の用だ?先日の非礼の仕返しか?」
鎮丸が質問すると、「そうではない。」と答えた。

大きな天狗は逆に質問してきた。
「お前、なぜ人界におる。」

鎮丸は首を捻りながら「わしは人間だ。人間が人界にいてはいかんのか?」と答えた。

駒が、「僧正、この者、自身が何かを知らないのです。」と口を挟む。

僧正と呼ばれた大きな天狗は、「控えおれ!駒!」と再び駒をいなした。

「先生…。」晴屋が小声で聞いてくる。
「なぜ天狗達は平気で名前で呼び合うのですか?」

鎮丸は僧正から目を逸らさずに、「こいつらにはな、呪が掛からないのさ。」と言った。

それが聞こえたのか僧正は、「小賢しや!」と言い、口から勢いよく息を吐いた。

晴屋は突風となった息に吹き飛ばされ、洞窟の壁にぶち当たるかに見えたが、そのまま吸い込まれた。

「ぬ!?」鎮丸はその瞬間にはっきりと僧正から瘴気を感じ取った。

(やはりこいつが!)

「哈っ!」僧正めがけ、右手から気を放った。

駒がそれを剣で弾く。「無礼者!つくづく礼儀を弁えぬ奴。」と吼えた。

烏天狗が僧正を取り囲むように陣を敷き、大天狗は一斉に刀を抜いた。

その数、三十を超えるであろう。
多勢に無勢である。

ここは撤退だ。右手に気を集め、「हांカーン!」と叫びながら、晴屋が消えた辺りの壁にそのまま飛び込んだ。

鎮丸は夜の下北沢に放り出された。若者数人が晴屋を取り巻いている。

若者の一人が「あれ?おじさん、大丈夫ですか?坂で転んでしまったとか?」と聞いてくる。

鎮丸は、「いや、そうじゃない、それよりそこに寝ている男は…」と言い掛けると、
「飲み過ぎたんですかね。ぐったりしてるから、救急車でも呼ぼうかと相談してたんです。知り合いですか?」と言葉をかぶせた。

鎮丸は晴屋の懐を探った。虹子からもらった肌守りが、袋の中で真っ二つに割れていた。

「じゃ、後お願いしまーす!」そう言い残し、若者達は去って行った。

「全く…運がいいんだか、悪いんだか。しょっちゅう気絶する奴だ。」苦笑いしながら、晴屋を背負う。

タクシーを拾い、そのまま幡ヶ谷のマンションまで運んだ。

家では葉猫と桃寿が待っていた。

「遅かったのね。あら、晴屋君、どうしたの?」葉猫が夕飯の支度を途中で止めて玄関に出迎えた。

「お父ちゃん!明ちゃんどうしたの?」桃寿も心配そうに出てくる。

鎮丸は晴屋を上がりかまちに横にし、音叉で瘴気を祓った。

「大丈夫。今に気が付くよ。そしたらみんなでご飯だ。」鎮丸が優しい笑顔で桃寿に言う。

心の中で鎮丸は、僧正の言葉を反芻していた。そしてポツリと呟いた。「わしが仲間だとでも言うのか…。」

(to be continued)

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