シュメル神話の世界

熱いスープを飲んで絶命──岡田明子+小林登志子『シュメル神話の世界 粘土板に刻まれた最古のロマン』(中公新書)

 杉勇+尾崎亨訳『シュメール神話集成』や矢島文夫訳『ギルガメシュ叙事詩 付・イシュタルの冥界下り』(いずれもちくま学芸文庫)を読むうえで、その歴史的・文化的背景をおさえておくのに向いた一般向けの本がないかと探してたら、これがありました。

 シュメル都市国家の遺跡は19世紀以降に発掘と解読が進み、ユダヤ教の聖典である『聖書』(キリスト教の立場から見たら『旧約聖書』)がユダヤ史のなかから純粋に出てきたものではなく、オリエントから東地中海世界にすでにあった神話・伝説に多くを負っていることが判明した。

 古代オリエントの神話文学を読むと、天地創造、原初の楽園、農耕定住vs.遊牧の軋轢、大洪水など、おもに『創世記』の神話のルーツがわかるだけでなく、本書ではさほど強調されていないけれど、オリエント神話がギリシア神話とも関連していることも含めて、立体的でダイナミックな古典理解の助けになる。

 ヘッダ画像に示したように、本書の帯文はかなり煽ったものになっている。

ギルガメシュ叙事詩、
 大洪水神話──
神々・英雄・怪物が
 つむぎだす物語

血湧き
肉躍るストーリー

 しかし本書の記述はきわめて冷静というか平静というか、淡々として表面温度が低い。学術への誠実な招待状といった感じ。外連味はいっさいない。
 帯に期待を煽られてしまうと肩透かしになるので、どうか惑わされぬよう。

 余談だが同じ中公新書の西村賀子『ギリシア神話 神々と英雄に出会う』も、類書のなかでもっとも表面温度の低い書きぶりになっている。さすが学問の入口と信頼される中公新書らしい。

 それにしても、『シュメル王朝表』の最後のイシン第1王朝の記録に、

第九代エラ・イミティ神が在位八年目に「熱いスープを飲んで絶命」した〔19頁〕

とあるのは、いったいぜんたいなにがあったんだ。死ぬほど熱いスープとはどういう状況だったのか。
 学者たちも「解読ミスかも…」と思ってたりして。

シュメール神話集成

後を継いだエンリル・バーニはじつは「身代わり王」で本来の職業は園丁だったというが、王としてはニップル市確保、神殿や城壁建造など外征、内政ともに成果をあげ、自らの神格化にも成功し、二四年間の治世を全うしたという。〔19頁〕

 おもしろい!

 『創世記』の冒頭に出てくる原初の楽園「エデンの園」の「エデン」 (עדן、Eden) の語源が空地・原っぱを意味するシュメル語で、パラダイス(paradise)の語源が「煉瓦で囲った庭」を意味するメディア語(紀元前7世紀? イラン語群n)だったとか。ちなみに原イラン語では*parādaiĵah-。

シュメル神話の世界

アッカドのナラム・シン大王(在位2155?-2119?BC)はメソポタミアではじめてみずからを神と名乗った王だが、その事績は本書ではこのように紹介されている。

サルゴン大王の孫ナラム・シンは祖父に輪をかけた剛勇で、地中海岸からアナトリア方面まで多くの遠征を行い、北方はザグロス山中のルルブ族やスバルトゥ(シュメル語ではスビル)を征服

るるぶ族!
ことりっぷ族もいそうだ。

岡田明子+小林登志子『シュメル神話の世界 粘土板に刻まれた最古のロマン』中公新書、2008。

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