古川智教

詩・小説・映画を創作しています。 inlatestyle008@gmail.com

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最近の記事

女を使い過ぎた女の左手

女を使い過ぎた女の左手 突き放すために必要な距離の圧縮が 大胆にも炎のすれ違いを境界線とする 別れの合図には事欠かないけれども 女が女を掻き抱こうとする間際の 未知の喘ぎの妨げにはなるだろう 左手が招き寄せようとする期限切れの芳香 包まれていたいと願う誰も彼もが 死の褥に変わり果てていて 女を包んでいた事実に気づかない悪夢 女の失神にはいつも蚕の希望が付き纏う 繭の切開だけが見せる偽りの楽園に似て 陰部の湿潤を開かれた手の穴へと差し出している 舐める前に入れろの指令が 出会い

    • 桜にはおそらく満ち足りた瞳が付き纏っている

      桜にはおそらく満ち足りた瞳が付き纏っている よそよそしいアゲハ蝶に季節の場所を譲るまで 見出された者たちへの悔いの残る伝言 あられもない生暖かい視野は 毟り取られた羽のかたちにくり抜かれる たったひとつの風を送るために費やされる 生と噂話を繋ぐ鉄鎖の数々 樹幹が締め上げられ 水飛沫がささくれ立った割れ目から吹き出す 錆にピンクの花びらを 涙を 悲しみを 分け与えようとした翡翠のかけらは今まさに 地中深くの根に絡みつかれている 見えないことが緑からの

      • 動物の目から逃れるための秘策

        檻の中から手を差し出した者の 動物の目から逃れるための秘策 青い密林を焼く黄色い火を生み出した根源が 君が僕の手を握り返さなかったことの言い訳にすり替えられる 檻の中に敷き詰められた砂利の上で眠るゴリラの 閉じた瞼を無理やり押し上げてみて 確認するまでもないその死の矛先に一粒の光を見る 生きた目はもうこの檻の中から出て行った後だ 明くる日に戻ってくるだろう君の手に目が描かれるが それは手の甲と手のひらを刺し貫いて 見ることと見られることをひとつに束ねるだろ

        • 制止を振り切るための一部の秘宝

          制止を振り切るための一部の秘宝が 革命の色分けされた区画に 溶けた鉄を流し込むための因子となる 多少の流血は覚悟しなければならない さもないと君に残されるのは磨り減った時間だ その時間には真珠を形成する砂粒が 貝の口に捉えられる機会を与える力がない 君が貝殻の首飾りをつけて僕の手を振り解き 絶望の流出を堰き止めたのは遠い昔 滞留する黒い水が貝の生息地を根絶やしにし 砕かれた真珠が種の代わりになると信じられ 虐げられた黄色い土壌に散布された時 農夫が畝の

        女を使い過ぎた女の左手

          君は南東から現れた

          君は南東から現れた 風の人から託されたある偶然性に基づいて 森林の墓石を盗んで海へと譲り渡すために 塩辛い水に浸せば自ずと明らかになる 墓石が渇いた喉を欲していたことに 君は満足の笑みを浮かべ死者を冒涜する ところで夜が君に告げようとして失敗した ある出来事を君は記憶の底から引っ張り出せるか それは故郷の大地の略奪が始まるずっと以前 蚕にした口約束が絹糸の境界線を歪にした 繭の聖地が没落していく凄惨な話だった 全身に包帯を巻いた君には関係のない話か 君

          君は南東から現れた

          太陽の困惑に重ねられた

          太陽の困惑に重ねられた 地形図の混乱した等高線 植物の繁茂を許さない白い血が 夥しい公園の林立に手を貸している 虐殺が記念碑を先取りする あの日の楔形文字に想いを馳せて 悔恨の 銀色の 夜更け 子供たちが遊んで滑り降りるのは 瓦礫が砂状に変わっていく過程の坂道 時間に死を与える鳥が舞い降りるための 土地にはするまいという邪悪な意志が 今まさに分厚い雲を突き破る眩しい鳥となって 再来する

          太陽の困惑に重ねられた

          全身麻酔の仄かな白み

          全身麻酔の仄かな白み 私の夜は気が触れたままでまだ目覚めてはいない 開いた唇からの生気が地上に降りない鳥たちに 届く頃には切開された私の胸は 正常の重みで押し潰された後だ 未知に潜む傷口を見つけたと思っていたあの頃 痛々しさに歓喜の涙を零し 降りしきる雨を物ともせず走り抜けた あなたの待っている森のかたちをした砦へと 私は茫然自失の態で辿り着く 傘も差さずに扉のない入り口を身体で塞いで立ち 暗闇に縁取られたあなたは薬草の眼差しを 灰色の大気と泥まみれの木の幹に献上している あ

          全身麻酔の仄かな白み

          白く引き裂かれてあるように

          白く引き裂かれてあるように 暗く翳っていく彼女の横顔に 一筋の靄が棚引いていって かつても今も存在していなかった心の 秘密というには廃れきった地図を明け渡す 彼が辿るのは地図には描かれていない あの緑色の繁茂する地滑りを起こした深い森 横顔としての道が切り開かれていたのだ 彼は斜めに傾いだ木の幹に手をかけながら 転げ落ちていかないよう慎重に下っていく 正面から見据えるためにか かつて彼女にしてしまった傷痕の探索 今も白く引き裂かれてあるように 罪を重

          白く引き裂かれてあるように

          君の書く文を愛した僕は

          君の書く文を愛した僕は微睡みを手放さないでいられるから、君の夢を見ないで済む。君が夢に出てきたなら、僕の傷は花を咲かせる土壌としては最適な裂け目となるだろう。二人で紫色の花を見下ろし、朝と夜の反転がもたらす色艶の変化を楽しんで、いつ瑞々しい緑の茎を切り取り、花弁をすり潰して甘い薬にし、飲み干そうかと相談し合うのは至上の喜びだった。花弁の朝露と夜露の透明度の違いで僕と君は一度だけ喧嘩をした。太陽と月の光の違いのせいだろうということで一応は決着したけれど、僕は納得していなかった。

          君の書く文を愛した僕は

          【レビュー】「手袋を買いに」新美南吉 演出:刈馬カオス 朗読:あさぎりまとい・古部未悠 を聞いて

          https://nagoya-voicynovels-cabinet.com/手袋を買いに/ 「ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら」 もちろん、この言葉は未知と既知との狭間での揺らぎによって生じるものではある。だが、なぜ、同じ言葉を二度繰り返す必要があったのか。ひとつ目とふたつ目で意味合いが異なるからか。それとも、ひとつ目で問われていることを、問いの形式はそのままにふたつ目へとスライドさせて、もうひとつの意味を読み解かせようという試みなのか。ひ

          【レビュー】「手袋を買いに」新美南吉 演出:刈馬カオス 朗読:あさぎりまとい・古部未悠 を聞いて

          君の愛の裏面に住みついて

          君の愛の裏面に住みついて、凍えることなく過ごそうなどと虫のいい考えを抱いたわけではない。月の裏面と背中合わせに虚空を見つめて、君の愛への眼差しを決して得ることはないという選択をしたのだ。確かに月もまた自転している。けれど、地球には自身の裏面を見せることはしない。それが意味するところを君に知らせるのは胸が痛んだ。君もまた僕と同じで、僕のいるところへは決して辿り着けないからだ。せいぜい互いの愛を裏打ちするための受苦を進んでこの身に引き受けようとするぐらいだろう。銀色の光の雨は僕た

          君の愛の裏面に住みついて

          レビュー「御恩」星の女子さん 4月21日14:00 七ツ寺共同スタジオ ※ネタバレあり

          作り手であれば、誰しもその創作過程で「御恩」を感じないわけにはいかない。そして、「御恩」を感じたからには「御恩」は作り手の創作過程に侵入し、作り手の懊悩を刺激し、激励よりは手厳しい叱責を、褒賞よりは突き放す無関心を与え、作り手の創作を揺り動かす。しかし、揺り動かされているのは作り手だけではないのだ。誰に対する、何に対する「御恩」なのかがはっきりすると、作品そのものが作品そのもののなかで揺り動かされて、逆流を引き起こすように仕組まれている。「御恩」の向きが完全に切り替わる。そし

          レビュー「御恩」星の女子さん 4月21日14:00 七ツ寺共同スタジオ ※ネタバレあり

          【レビュー】「そこに、いる」演劇ユニット『あやとり』2023年4月14日14:00下北沢『楽園』※ネタバレあり

          演劇であれ、映画であれ、小説であれ、作品世界に触れて、登場人物の置かれた境遇や胸に秘めたる想いに我が身を重ね合わせることはよくある。しかし、それだけでは自己と孤独のなかに深く沈潜して心の琴線に触れることはあっても、閉じられた空間に収束していかざるを得ない。惑星移住計画のために閉じ込められた六人のように。如何にして作品世界を現実世界へ開いてやるのか。何を通じてなのか。何か有効な打開策はあるのか。現実が悪化の一途を辿っていくのに作品が現実へと開かれたからといって、悪化を堰き止めら

          【レビュー】「そこに、いる」演劇ユニット『あやとり』2023年4月14日14:00下北沢『楽園』※ネタバレあり

          金色の肌がまだ温もりに溺れている

          金色の肌がまだ温もりに溺れている。たとえすべてが無駄に終わるとしても、火照っていた過去から明かりが漏れてくるのを押し留めることは出来はしない。あの日、すべては闇雲に試みられていた。塵も瞬き出来ぬほど素早く儚く消えていく試練が孤高を押し上げて、波の一刹那に愛することの選別を無効にする情動を贈り与える。見たこともない鳥の透明が地の底を天空と誤解して駆け抜けていく。彼女は言った。寝ていても、あなたのことを記憶し続けている、あなたの不在が永遠でも、記憶し続けている、あなたが私と出会う

          金色の肌がまだ温もりに溺れている

          待てなかった書き手と待ち続ける手紙

          再会の放棄こそが投壜通信に授けられた定めなのだとしたら 大海を渡っていくときに偶然の塩をその身に纏いはしないだろう 偶然の塩で真っ白な壜に生まれ変わったとき 極地の凍てつく海では薔薇色の雪が降る 血の色ではないのだ 血の色に染まることを望んでいるのは 投壜通信に見放されたときに陥る大海の悲しみ 紺碧の海水に触れるとき、薔薇色の雪は海中に没する 空色の氷塊に触れるとき、薔薇色の雪は氷の表面で消滅する 大海を彷徨い漂う純白の壜に触れたときだけ 薔薇のかたちを描

          待てなかった書き手と待ち続ける手紙

          別離もまた誰かと別れなければならない

          花には目がある 通過していく列車の跡に咲き誇り レールの間いっぱいを埋め尽くして ただ別れだけを眼差している 恋人に送った花束にも 死者の棺に手向けた花々にも 見るための宵が宿り 真夜中への秘められた期待が 朝露に濡れていた花弁を忘れさせる 見えていなかったのは出会いに潜む あの優しさに似た肌触りだ 失われていくことへの恐怖におののいて 一番最初の残酷さに目を瞑り 優しさに似たものの正体が 終わりからの一瞥であったことに 気づけなかったことが別れ

          別離もまた誰かと別れなければならない