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上海クイック 001

石川角白
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上海クイック
石川 角白(ちんしるー)

第一章 儂勿来三(入るんじゃねぇ)!

「儂勿来三(ノンヴァッレーセー)!」
 袈裟懸(けさが)けに斬りつけるような上海語が労合路(ロイドルー)に響いた。
 租界の西洋人なら、いや、揚子江を渡ってきた出稼ぎ者でさえ「すわ喧嘩(けんか)!」と色めき立つような声の調子だ。
 慣れた。上海の喧噪(けんそう)にも上海人のつっけんどんな物言いにも。
 太平天国軍の乱や小刀会の上海県城奪取からこの方、上海はもう中国ではない、お控えなすって、お控えなすって、三度譲り合って後、徐(おもむろ)に用件を切り出すしきたりなど廃(すた)れてしまった……土地の老人が嘆くのを何度も耳にした。
 そうかもしれない。
 私が上海に居着いてもう十年近い。基隆(キールン)、廈門(アモイ)、香港……どこの港町も口調は抑揚に富んでいた。だが確かにここ上海では会話そのものが年々荒(すさ)んでいくように感じる。
 十里洋場(ヨーロッパ)・大上海。
 そこは租界(そかい)を支点として英米仏、そして日本がユラユラと釣り合っているヤジロベエのような街だ。
 台風の目のように上辺は平穏だが、工部局のテーブルの下では英米日本の三国が脚を蹴とばしあっているし、仏蘭西(フランス)公董局(コントンチウ)ときたら英米工部局など眼中に無いという態度だ。
 まずいことに先月末、その危ういバランスの支点に足払いをかけるように日本軍はあろうことか北平(ペイピン)を占領してしまったのだ。
 今でも「北京」の方が通りの良いこの古都の蹂躙(じゅうりん)はいかにもまずかった。
 これに対抗して国民政府は第八七軍と第八八軍を上海北闸(チャペイ)地区に向けて進軍させた――またそれが気に食わない、一撃膺懲(いっぱつシメてやる)とばかりに日本の支那派遣軍第三師団、第十一師団が上海沿岸部の呉淞(ウースン)と川沙鎭(ハーシャツェン)を目指して東支那海の荒波を蹴立てている。

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