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「自らの翼で飛ぶ鳥は高く舞い上がり過ぎることが無い」 ブレイク

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最近の記事

夫が死にかけている

「駐車してくれるかしら?」 声のした方を見ると、運転席から窓越しに老婆が話しかけている。 サンディエゴ。 妻と私は彼女の叔母を訪ね終え、ERのテレビドラマの舞台になりそうな、いかにもアメリカ的な大病院に付属するアメリカ的でない駐車場から出ようとしていた。 私は人に頼みごとをするのが大嫌いで、断るのも嫌なほどだから、断らなかった。 彼女の恐怖心は理解できた。駐車スペースは、彼女が強姦罪に問われかねないほど、ほとんど狭いし、車自体もメルセデスの神々しい高級モデルである。 ハンドルは小指一本で操作できるほど手応えがあった。 老婆は、私たち夫婦より少し年上の白人で、髪はすべて白髪、つまり「プラチナブロンド」であった。 いや、3人とも同い年かもしれない。半世紀近くもお互いを見てきたせいで、自分たちがかなり年をとったことを忘れがちだ。ちょうど常温の水から沸点まで茹で上がったカエルの夫婦が、その危険性に気づかないのと同じである。 私が車を駐車し、席を替えた後、フロントガラスを見つめながら彼女は呟いた。 「主人が死んじゃう」。 アメリカに来てから2年近く経つが、私の聞き取り能力は向上していない。それでも、聞き返す必要もないほど、はっきりと聞こえた。 ああ、ここはアメリカなんだ、と思った。 この地球上で、アメリカ人以外の誰が、見ず知らずのあなたに身内の死を告げるというのだろう。 www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳しました。

    • 上海クイック 001

      上海クイック 石川 角白(ちんしるー) 第一章 儂勿来三(入るんじゃねぇ)! 「儂勿来三(ノンヴァッレーセー)!」  袈裟懸(けさが)けに斬りつけるような上海語が労合路(ロイドルー)に響いた。  租界の西洋人なら、いや、揚子江を渡ってきた出稼ぎ者でさえ「すわ喧嘩(けんか)!」と色めき立つような声の調子だ。  慣れた。上海の喧噪(けんそう)にも上海人のつっけんどんな物言いにも。  太平天国軍の乱や小刀会の上海県城奪取からこの方、上海はもう中国ではない、お控えなすって、お控えなすって、三度譲り合って後、徐(おもむろ)に用件を切り出すしきたりなど廃(すた)れてしまった……土地の老人が嘆くのを何度も耳にした。  そうかもしれない。  私が上海に居着いてもう十年近い。基隆(キールン)、廈門(アモイ)、香港……どこの港町も口調は抑揚に富んでいた。だが確かにここ上海では会話そのものが年々荒(すさ)んでいくように感じる。  十里洋場(ヨーロッパ)・大上海。  そこは租界(そかい)を支点として英米仏、そして日本がユラユラと釣り合っているヤジロベエのような街だ。  台風の目のように上辺は平穏だが、工部局のテーブルの下では英米日本の三国が脚を蹴とばしあっているし、仏蘭西(フランス)公董局(コントンチウ)ときたら英米工部局など眼中に無いという態度だ。  まずいことに先月末、その危ういバランスの支点に足払いをかけるように日本軍はあろうことか北平(ペイピン)を占領してしまったのだ。  今でも「北京」の方が通りの良いこの古都の蹂躙(じゅうりん)はいかにもまずかった。  これに対抗して国民政府は第八七軍と第八八軍を上海北闸(チャペイ)地区に向けて進軍させた――またそれが気に食わない、一撃膺懲(いっぱつシメてやる)とばかりに日本の支那派遣軍第三師団、第十一師団が上海沿岸部の呉淞(ウースン)と川沙鎭(ハーシャツェン)を目指して東支那海の荒波を蹴立てている。

      • 必(かんな)ず

        文字を画像にしてTW仕様にした動画もあります。 https://www.linkedin.com/feed/update/urn:li:activity:7006861583947616257/ 必(かんな)ず                石川角白(いしかわちんしるー) 第一章  貞子の戦は終わった  1945年。夏。  敗色濃い大日本帝国では本土決戦に備えて女たちは竹槍で藁人形を突き刺す軍事教練に励んでいた。  だが、貞子の沖縄戦は既に終わっていた。 ――こういう生地を使ってフレンチ袖のブラウスを仕立てたいなぁ……  貞子の右手は煉瓦ほどもある黄色い固形石鹸をつかんでいる。  左の手の平の上に載せて広げた厚手のシャツにその石鹸をこすりつける――軍服の明るい枯れ草(カーキ)色がタライの水を吸って焦げ茶に変わっている。  ここはアメリカ軍のキャンプ(基地)・コンブ(昆布)の中にある洗濯場だ。  亜熱帯の台風は東支那海(ひがししなかい)へ抜けて今日は洗濯日和、戦前と変わらない陽射しが戻って来た。  一方、今年四月一日、島の中ほどに上陸した人工の暴風――アメリカ軍の砲弾の嵐――はさらに勢いを強めながら日本軍を沖縄本島南部へ追い詰めている。  島の南端(シマジリ)での戦闘はまだ続いているが、貞子の戦(いくさ)は二週間前に終わっていた。  捕虜になった今は、二度とあの音、「ヒュッ!」という風(かざ)切(き)り音に怯えなくてよい。 「ひゅぅぅぅぅ」と飛んでくる砲弾は離れた所に落ちるが「ヒュッ!」はすぐ近くだ。  敗走する日本軍を頼りに南部へ逃げた年寄り、女子供は「ヒュッ!」が耳の穴に飛び込むと同時に地面に突っ伏す反射を身につける――草木といっしょに吹き飛ばされない……運が良ければだが。  貞子のこめかみを汗が伝う。  石川婦人収容所。  七月に入ったある日、テント小屋で寝起きしている捕虜のうち、成人女子だけが整列させられた。  監督官の話が終わるとその斜め後ろに控えていた日系のアメリカ兵が通訳した。 「中部、北部の基地内で作業をする者を募集する。作業というのは誰にでもこなせる洗濯や掃除である。見返りとして肉(ハム)の缶詰やチョコレートを支給する。希望する者は手を挙げなさい」

        夫が死にかけている

        夫が死にかけている

          AnnieLaurie

          長年 似た曲だなと思ってはいた https://www.google.com/search?q=%E5%8F%A4%E9%96%A2%E8%A3%95%E8%80%8C+%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%BC+%E5%88%A5%E3%82%8C%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%83%84+%E8%9B%8D%E3%81%AE%E5%85%89&sxsrf=ALiCzsaFXsUcjSW6un2XSvzydbUGYG4RMQ%3A1665109374092&ei=fo0_Y8ajBb3L2roPscqq4Aw&ved=0ahUKEwjG2oTmh836AhW9pVYBHTGlCswQ4dUDCA4&uact=5&oq=%E5%8F%A4%E9%96%A2%E8%A3%95%E8%80%8C+%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%BC+%E5%88%A5%E3%82%8C%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%83%84+%E8%9B%8D%E3%81%AE%E5%85%89&gs_lcp=Cgdnd3Mtd2l6EAMyBAgAEEcyBAgAEEcyBAgAEEcyBAgAEEcyBAgAEEcyBAgAEEcyBAgAEEcyBAgAEEcyBAgAEEcyBAgAEEc6BwgjEOoCECdKBAhBGABKBAhGGABQAFjhD2COHGgBcAJ4AIABAIgBAJIBAJgBAKABAaABArABCsgBCsABAQ&sclient=gws-wiz

          AnnieLaurie

          AnnieLaurie

          虚実の皮膜

          3 ともかく観客には  マフィアの世界と興行界は非常識な汚い世界だ という先入観がある ですからこの二つの世界で進行していくお話は 時に 突飛 ではあっても観ている観客、少なくとも私にとっては必ずしも 非常識 ではないんです これはあきらかに事実とは異なる 絵空事 だなと感じる場面でも もしかしたらこれに近い 似たような 交渉や展開 があったのではないかという気になります 虚実の皮膜 という言葉があります 小説というのはその嘘かホントか解らないお話を楽しむモノで、だからこそ 歴史や科学とは異なるし、時に事実に反する 教養娯楽 として存在し得る ジ オファー 日本人の英語も進歩してますね 昔だったら ザ オファー にしちまうところです ジ オファー これは嘘かも知れないホントかも知れないという筋を楽しむドラマであります

          虚実の皮膜

          虚実の皮膜

          大林旭

          2022年神無月の三日 火曜日 全世界 インターネットでタダで暇潰しファン の皆さま こんにちは TVのシリーズものは分かりきったスジを引き延ばす為に「非常識」な手口を使います 例 一卵性双生児で犯人が入れ替わっていた そこで私はげんなりするわけです そんなわけないだろ?ばかやろう ところがこの ジ オファー 映画ゴッドファーザーのメイキング風、実録風、ドキュメンタリー風 という触れ込みでありまして 私の嫌いなその非常識を露骨に感じさせない作り方をしています なぜだろう? 考えました 1 マフィアの組織というのは本来反社会的だから一般社会の常識は関係ない 2 ハリウッドに限らず興行界というのは非常識がまかり通る世界のようだ 実際に芸人たちや彼らの付き人たちがどんな扱いを受けているかどうか堅気である我々は知り得ないのですがわたくしが読書で得た知識ではかなり野蛮な世界だったようです 昭和ニッポンを代表する 男優 大スターが居ます 固有名詞を出すと 検証する必要が生じますから 今日はその名を    大林 あさひ ということにします その自伝に 「舞台に出る直前に準備を怠った付き人を棒付きの靴べらで殴る」 箇所があります いくら大スターでも現在では虐待人権問題ですな 本人に曰く 「俺のファンは完全無欠の スター大林あさひ を観るためにカネを払っている。その期待にこたえようと俺はペテンから爪先まで爆発しそうなほど緊張している。完全無欠の スター大林あさひ を演出する準備を怠った付き人を殴りたくもなる」 続く

          カムサムニダ

          カムサムニダ

          カムサムニダ

          女と女の約束56 ノックス帽

          twitter文章スライド https://twitter.com/tacklesun/status/1556474838885498886 第一節 偽造(ぎぞう)屋  国際通り中程(なかほど)から南に下った平和通りに腕の良い偽造(ぎぞう)屋が居る。  この男、とにかく電話を嫌がって曰(いわ)く、 「デジタルに変わったから盗聴難(むずか)しい、ゆうのは俗説ね。警察、狙(ねら)いを付けて片っ端から盗聴してるよ」  よってこの偽造屋とは電話での商談ができない。そして平和通り近辺は混む。なんと時刻によってはバスと客を乗せた(実車)タクシー以外は乗り入れ禁止でしかも通り沿いの駐車料金は法外だ。  押し入れの棚、最上段から楕円柱(だえんちゅう)の箱を下ろす――去年、仕舞(しま)い込んだきりのノックス帽(ぼう)に黴(かび)は生えてなかった。  歳をとればとるほど身形(みなり)には気を付けるべきだ。年寄りは只(ただ)でさえ軽(かろ)んじられる。貧乏人に見られた場合は尚更(なおさら)だ。 「もしや名のあるお方では?」と相手が勝手に思い込むように装備を整えるのが理想だが、とにかく、貧相だと行く先々でサービス業の末端従事員にナメられっぱなしで惨(みじ)めな一生を終えることになる。

          女と女の約束56 ノックス帽

          女と女の約束56  ノックス帽

          女と女の約束55 事件全体を知りたがるだろう

          twitter文章スライド https://twitter.com/tacklesun/status/1556224757124972544  この美智子は村瀨名義の一室(マンション)から村瀬が轢殺(れきさつ)される前に追い出されている。  その腹癒(はらい)せか、美智子は追い出された直後に村瀨の仕事の相棒・普天間(ふてんま)大伍(だいご)とも寝ていた。  もちろん痴情(ちじょう)の縺(もつ)れという線で聞き込み、共同経営者・普天間への尋問(じんもん)が為(な)されたが、轢殺(れきさつ)当夜、美智子にも普天間(ふてんま)にも別個に完璧なアリバイがあった。 ――ほぼ同じ時期に、関係していた男が三人……  轢き殺された村瀬。  村瀬の後釜として美智子と結婚して十年、先日、どうやらその美智子に毒殺されたと報じられている大城。  そして轢殺事件当時の村瀬の共同経営者・普天間(ふてんま)。 ――二股(ふたまた)ならぬ三つ叉(また)、十年前の轢殺あり数日前の毒殺あり……アリバイはともかくこの美智子(ビッチ)は要注意だな……  恵理(えり)は次の報告書に取りかかった。  村瀨は中臣(なかとみ)物産には内緒(ないしょ)で怪(あや)しげな金儲(かねもう)けに出資していて、その副業を実際に取り仕切っていたのは相棒の普天間(ふてんま)だった。その普天間(ふてんま)が真犯人(本ボシ)だとすれば動機は美智子への愛というより金銭だろう。 ――まずはこの普天間(ふてんま)を犯人と仮定して裏金の出入りを洗ってみよう……  恵理(えり)は村瀨の顔写真を拡大した。  自分の顔がフランケンシュタイン並みになってから、恵理(えり)は顔の美醜から初対面の相手の個性を窺(うかが)う習慣を無くしていた。  それでも村瀨の美貌(びぼう)は認めざるを得なかった。  ローティーンから五十女まで、およそ生理のある女ならこの顔を無視できないだろう。 ――私も顔や脚の長さで男について行った頃があったな……  恵理(えり)は皮膚の色も眼の色も様々な若者たちがたむろする街の雑踏(ざっとう)とそこの人熟(ひといき)れを想い出した。  彼女の十代は渋谷と共にあった。 ――あの頃の顔に戻れたらやはりあの街で遊び回るだろうか?  恵理(えり)は久しぶりに立ち現れた白日夢を頭から追い払った。 ――とにかくこの顔を提(さ)げてあの頃に戻らなくていいのだ……  恵理(えり)は雑多(ざった)な情報をプリントアウトして、滅多(めった)に使わない上質の大型封筒に放り込んだ。実際には何一つ手がかりを掴(つか)んだわけではないがきっと晴子は警察から見た事件全体を知りたがるだろう。

          女と女の約束55 事件全体を知りたがるだろう

          女と女の約束55 事件全体を知りたがるだろう

          女と女の約束54 或いは嫉妬

          twitter文章スライド https://twitter.com/tacklesun/status/1555853348850774016  恵理(えり)はしばらくの間、ある感慨(かんがい)を持ってモニターに映っている一人の女事務員と相対していた。  宮平美智子。  事件当時、中臣(なかとみ)物産の事務員。村瀬殺しの数ヶ月後に辞めている。 ――若いというだけで綺麗(きれい)な時期がある。私にもあった…… 「宮平美智子は1998年末をもって寿(ことぶき)退社」  とある。  美智子の夫となったのは大城という実業家で、この大城、奇しくもつい数日前に毒殺されている。  大城は元・暴力団員だったから警察には大城の分厚い調書が残っている。  それによるとこの美智子、十年前の村瀬殺しの捜査線上に一旦(いったん)は有力容疑者として浮かんでいた。  スカートを穿(は)いている者なら女子中学生からビルの清掃婦まで蒐集(しゅうしゅう)する村瀨がこの事務員・宮平美智子を例外にするわけもないから警察としては「美智子に惚(ほ)れてしまった大城が邪魔(じゃま)になった村瀬を轢殺(れきさつ)した可能性の否定」をするのが手順だ。  勿論(もちろん)、 「三角関係を清算するために、美智子自身が邪魔になった村瀨を轢(ひ)いた、或(ある)いは、公序良俗(こうじょりょうぞく)違反の不倫(ふりん)男女がタッグを組んで村瀬を殺した可能性」  も刑事たちは考えた。  当然、刑事たちの尋問(じんもん)は、美智子や大城本人にまで及んでいたが、「証拠無し」と報告されている。  結局、調書は「元・事務員であり退職後、大城の妻となった宮平美智子と元・パトロンだった轢殺(れきさつ)被害者・村瀨との不倫(ふりん)関係」に言及(げんきゅう)するだけで終わっている。  だが晴子が嬰児(えいじ)・翼(つばさ)に母乳を与えている頃、夫の村瀨は大城との結婚を控えた美智子の乳房(ちぶさ)をしゃぶっていたという不倫の事実は容疑者となった晴子に不利な状況証拠として作用した――寝取られた恨(うら)み、或(ある)いは、嫉妬(しっと)。

          女と女の約束54 或いは嫉妬

          女と女の約束54 或いは嫉妬

          女と女の約束53 コネで入り込む

          twitter文章スライド https://twitter.com/tacklesun/status/1555364103585431553 第四章 恵理(えり) その二 第二節 旧姓(きゅうせい)・村瀨  翌朝九時。  喜屋武からメールで晴子を取り調べた調書が届いていた。  晴子は無罪。それは判っている。  大前提だ。  ならば晴子の考えている通りに二番手が自動的に犯人になるはずだ。  探偵としては起訴前の最終選考会で惜しくも漏れた容疑者候補群の中から一人を絞って真犯人に繰り上げ当選させなければならない。  恵理(えり)は報告書を読み始めた。  入武門(にしんじよう)、つまり村瀬(むらせ)殺しは単なる轢(ひ)き逃げではなく当初から「殺人事件」として警察は捜査を開始していた――被害者・村瀬が都合(つごう)三度(みたび)轢(ひ)かれていたからだ。  二度目、三度目は倒れた入武門(にしんじよう)の胴体の直前で故意(こい)に急ブレーキがかけられていた――細工は粒々(りゅうりゅう)仕上げをご覧(ろう)じろ。  現場写真で見ると遺体(いたい)はあらかたバンクシーも真っ青、アスファルトの上に塗り広げられた路上絵画(アート)になっていた。  大型の4WDに三度(みたび)も――トドメにブレーキをかけながら――轢かれれば横綱でもスルメになるだろう。  被害者は十六年前に沖縄に来た。  入武門(にしんじよう)俊行(としゆき)。旧姓・村瀨――村瀨俊行(としゆき)。  東京者が他府県に移り住んだとする。地元の人はさほど奇異には思わない。なんと言っても同じ日本だから。  東京者が沖縄県に住んだとする。沖縄の年配者は必ず訊(き)く。 「どうして沖縄に来たの?」  どこかに「非本土」と言う意識が残っているのだろう。  恵理(えり)の場合は訊(き)かれなかった――顔を見て納得(なっとく)するのだろう。  村瀨が勤(つと)めていた中臣(なかとみ)物産は本土系の中堅商社で彼は現地採用ということになっていた。  本土の中臣(なかとみ)物産は中途採用無し、女子事務員だけは現地採用という古い体質の会社だ。  村瀨は例外的に現地採用で、いい年齢なのにヒラ社員だった――本社に強力なコネを持つ官僚、大学教授などの口利きで、地方の支社に無理に入り込んだ場合によく起こる現象だ。

          女と女の約束53 コネで入り込む

          女と女の約束53 コネで入り込む

          女と女の約束52 中指で指す

          twitter文章スライド https://twitter.com/tacklesun/status/1555073068334100486 「十年前、夫が妻に轢(ひ)き殺された事件があったけど憶(おぼ)えている?」 「十年前! まさかでしょう? 僕は犯罪オタクじゃありません。たまたまプログラムの関係で地下に回されただけなんです。正直、去年の事件だって憶えちゃいませんよ」  喜屋武(きやん)は「正直に言うと」の「に言うと」を省略(しょうりゃく)した。  彼は一応、刑事なのだが実際には地下に隔離(かくり)された県警のデジタル資料全般を扱(あつか)っている時間が長い。やたらと敬礼(けいれい)するような癖(くせ)は無い。  恵理(えり)は欲しい資料のメモと封筒を手渡した。喜屋武(きやん)は店内の監視カメラの死角になっていることを確認し、封筒から紙幣(しへい)だけを抜き出して財布へ収めた。  それから暫(しばら)くメモを睨(にら)んでから眼を閉じ、なにやら野球のブロックサインのような仕草をした。喜屋武(きやん)自身が考え出した暗記術だという。  終わると手渡されたメモ用紙を重ねては引き裂(さ)いて掌中(しょうちゅう)に収めた。まるで手品師のようだ。その握(にぎ)り拳(こぶし)に息を吹き込むと四方八方に桜吹雪(さくらふぶき)が舞うのかもしれないと恵理(えり)はいつでも思ってしまう。 「いつ頃になる?」 「県警本部のデータベースに入っていれば明日の午前中にでもメールできます。ただ、十年前だと、まだデジタル化の端境期(はざかいき)ですから移行が完了してなかったかもしれません。もし紙のファイルの状態なら僕の専門外ですからね。最悪、この名前以上の情報の入手は不可能かもしれません」  喜屋武(きやん)は「最悪の場合」の「の場合」を省略しながら中指でこめかみを突いた。この男、人差し指ではなく中指で物を指す癖がある。

          女と女の約束52 中指で指す

          女と女の約束52 中指で指す

          女と女の約束51 パンプスに履き替える

          twitter文章スライド https://twitter.com/tacklesun/status/1554669961918169088 第四章 恵理(えり) その二 第一節 喜屋武(きやん) 「こちらからかけ直します」  喜屋武(きやん)は携帯電話での会話を恐れている。  曰く、 「使う者が特定された電話はどんな場合でも盗聴可能デス」  よって公衆電話でなければ彼は決して意味のある会話をしない。所轄署内の公衆電話でさえ警戒して使わない。必ず道向かいにある商業ビルまで出向く。  喜屋武(きやん)が折り返し恵理(えり)に電話してきた時にはスクランブル交差点の大時計が正午のメロディ「チンサグぬ花」を流していた。 「それで何が見たいんですか?」 「国際通りに許留山(ホイラウサン)ができたよ。食べながら話そうか?」  香港上空経由の直行便ができたお陰で台湾から沖縄経由で上海へ向かう台湾人観光客は減りつつあるがこの国際通りだけは相変わらずだ。  歩道一杯に広がって歩くその台湾人観光客の波が恵理(えり)を見た途端に割れる。恵理(えり)の顔にただならぬものを見て取るからだ。  許留山(ホイラウサン)は香港資本の甘味処(あまみどころ)チェーンで官公庁勤(づと)めの娘たちで混むのが難点だ。安くて美味い、しかも禁煙というのが娘たちに魅力なのだろう。  恵理(えり)は入り口のラックから引き抜いたフリーペーパーでまず席を確保してからストロベリー・冰沙(ピンサー)を注文した。  シャーベットを掬(すく)っているうちにピーカン・パイとエスプレッソを手にした喜屋武(きやん)が現れてプレスの効いたズボンの尻をプラスチックの席に落ち着けた。  喜屋武(きやん)はこの地では数少ないシステムエンジニアの一級有資格者だがいつも政府要人警護官(シークレットサービス)と見まがうような折り目正しい服装をしている。  入り口から喜屋武(きやん)の端正(たんせい)な顔を追っていた娘たちの視線が相席(あいせき)の女に移った瞬間、その視線は跳躍(ちょうやく)して天井板にへばりついた――無理もない。初めて恵理(えり)の顔を見る娘たちは決まって軽いパニックに陥(おちい)る。  恵理(えり)の方はどこに行くにも白いブラウス、デニム生地のパンタロンとハイカットのバスケットシューズだ。  さすがに会社訪問の時だけは車の中に積んであるテーラードスーツに着替え、パンプスに履(は)き替えることにしてはいるが。

          女と女の約束51 パンプスに履き替える

          女と女の約束51 パンプスに履き替える

          女と女の約束50 街中でスキンダイビイング

          twitter文章スライド https://twitter.com/tacklesun/status/1554298909643898880  若い頃、一緒に飲んだ知り合いが酔ってフラフラと店先から大通りにさまよい出た。そいつを車道から引き戻そうと踏み込んで共に撥(は)ねられた。私は左脚を引っかけられて風車のように回転して3メートル飛んで鋪道に落ちた。知り合いはさらに10メートル飛ばされて即死していた。爾来(じらい)、30年、重い荷物は持てないし湿度が高くなると膝(ひざ)が疼(うず)く。膝(ひざ)の痛み具合で天気が崩(くず)れるのを予知できるのはありがたいが、うっかり下半身を冷房に晒(さら)すと翌朝は神経痛のように膝(ひざ)が痛む。  今夜にもその膝(ひざ)頭(がしら)が疼(うず)くのを承知で私はクーラーを強めた。  この不快指数なら車を降りて一分も歩けば額(ひたい)や首筋に汗が滲(にじ)む。  浮き出た汗の粒は万有引力(ばんゆういんりょく)で互いに引きあい、ジリジリと皮膚(ひふ)を伝わりながら成長して大粒(おおつぶ)の玉となり最後は自らの重みに堪(た)えきれず皮膚(ひふ)と肌着との僅(わず)かな隙間(すきま)を滑(すべ)り落ちていく。  かくして街(まち)行く人のシャツは背中一面に貼(は)り付き、そこの濡れた生地を通して黒や黄色やピンクの皮膚(ひふ)の色が浮かび上がる――まさに国際通りだ。  夏場、この国際通りを徒歩(とほ)で抜ける必要がある場合、私はプールの底を歩いているような気分になる。  どうして本土人は珊瑚礁(さんごしょう)の外まで出て潜るのだろう? 沖縄では街中(まちなか)でスキンダイビングが楽しめるのに。

          女と女の約束50 街中でスキンダイビイング

          女と女の約束50 街中でスキンダイビイング