向いてない側の人間だった話。
「やっぱり飲み会はクソだった」
2021年12月30日5時46分。
空がほんのり明るくなってきた帰り道、冬の空気で冷たくなった指先で友人に送ったLINE。
「今年は忘年会できそうだけど、くるよね?」
街の至る所がビカビカと光り出したある日、バイト先の上司に言われた。
「ほんとですか!楽しみです!」
反射的にこう言ったけどめっちゃ嘘。
本当は家で年末の特番をだらだら観たい。
ただでさえバイト先に馴染んでないのに、長時間座って食事して喋るとか考えられない。
心の底からめんどくさい。
まぁもう一人の同年代の子とM-1の話でもしてればいいか。
「私、行かないよ?」
「う、え!!?」
驚きすぎて、想像以上に大きい声が出た。夜の街によく響く。
「なんで?!」
「行きたくないし、もともと予定あったから」
強い。半強制的に全員参加なのに、断れる勇気がすごい。
僕も彼女も陽キャ風の陰キャである。
そして社会を少し斜めに見て馬鹿にしている。
陽キャばっかりのバイト先の唯一の味方だ。
「俺も行かないって言えばよかった」
「かわいそうに。感想楽しみにしてるね」
断る勇気があるかないかで大きく差が開いた一例だ。
「今日何時に終わりますかね」
営業終了後、机をアルコール消毒しながら上司に聞いた。
「始まりが早いし、そんなに遅くならないんじゃない?」
そうだといいなぁ。もう既に帰りたいなぁ。はぁ。
会場兼職場は着々と忘年会の準備が進められていく。
あ、料理はおいしそう。お腹空いたなぁ。はぁ。
全然乗り気じゃないのに、セッティングは手伝わされる。
おい、カラオケ機なんてどっから出てきたんだよ。
やたら種類の多い酒と料理。無駄に豪華な会場ができあがった。
準備を終え、テキトーなお酒を持ち、席に着く。
横長のテーブル。
席の指定はなかったので、とりあえず1番端の席に座った。
ここで時間が過ぎるのをそっと待とう。
「そんな端じゃなくこっち座れよ」
ボスからの指令。
「えー、いいんですか」
嬉しそうにボスの隣の席へ移動。
黙って従う部下の鑑。内心半泣き。
移動後すぐにボスの長いお話が始まり、忘年会がスタートした。
「無礼講」っていうけど、どこまでなら許してくれるんだろう。
と思いながら乾杯をした。
盗んだバイクで走り出しても怒らないかな。
と思いながらお酒に口をつけた。
この時点で仮にボスが許しても、法が許してくれなくなってしまった。
飲酒運転ダメ絶対。
やたら種類の多い料理をとりあえず片っ端から食べる。
帰れないのならせめて料理だけでも楽しもうというやけくそ精神。
寿司。醤油がほしい。あ、ボスの前。諦めた。はぁ。
飲み物が空。取りに行きたい。話が盛り上がってて立ち上がりにくい。はぁ。
ああ、生きにくい。
「なんか面白い話ないの?」
ボスからの地獄のような振り。
「いやぁ。そうですね。ちょっと待ってください」
こうは言ってるがもう話すことは決まっている。
「今、大学に友達がいないんですけど、どうすればできますかね」
友達いないのか、寂しいヤツだな。という馬鹿にした笑いを頂戴する。
これ手軽に話題を提供でき、笑いを頂戴できる技。
ただ別にいらないアドバイスもついでにもらっちゃうデメリットあり。
カラオケで歌わされそうになったり、過去の話を深掘られそうになったりしながら会は進む。
気づけば深夜二時。
十時には帰れるって聞いてたのに。あーあ。
途中途中でタバコを吸いに行っちゃうどちらかといえば馴染んでる側の人。
手軽にこの空間から逃げられるのいいな。
午前三時。
なぜか隣の女の子と話す練習をさせられてる。上司の無茶振り。
「お酒とか普段飲みますか?」
「いや、そんなに」
「あ、そうなんですか。へぇ...。あ、なんか趣味は?」
「趣味...なんだろう」
「いきなり趣味とか聞かれても難しいですよね」
「はい」
「ですよね。あー、っとちょっと飲み物取ってきます」
最悪。ダメな会話の典型例か。
午前四時。
姿が見えなくなっていたボスを、物置で発見。睡眠中。
やりたい放題か。
午前四時半。
会がついにお開きに。やったぜ。
いよいよ帰れるかと思っていると、上司に呼び止められる。
「参加費1500円。あとボスを駅まで行ってタクシー乗せるから付いてきて」
ああああ!!もう!!
午前四時四十五分。
八人くらいで駅まで歩く。寒い。家の方向逆。寒い。
午前四時五十五分。
駅到着。徒歩三分の距離。千鳥足だと十分。
タクシーがいない。一台もいない。なんなら人がいない。
午前五時三十分。
タクシー着。ふらっふらになりながら車に乗り込むボス。
頭を下げて見送る上司。手を振って見送る俺。無礼講最高。
午前五時三十五分。
上司とタクシーを求めて歩く。
「社会に出るって大変だろ?」
疲れ切った顔をした上司からの言葉。
「そうっすね」
一切の曇りもなく心から思った言葉。
午前五時四十分。
アプリでタクシーを呼ぶという上司。
スマホを開く。二十分後に来るって。
その時間があれば、歩いて帰れる距離なので分かれることにした。
「良いお年を」
午前五時四十六分。
かじかんだ手でポケットからイヤホンとスマホを取り出す。
イヤホンを耳につけ、音楽を流す。
そういえばLINEしなきゃ。
冷たくなったスマホを寒さで震える指でタップする。
「やっぱり飲み会はクソだった」
このときイヤホンから流れていたCreepy Nutsの「たりないふたり」を僕は一生忘れないと思う。
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