見出し画像

頭回すと語彙が飛ぶ

 高校時代に一度、アイドルの握手会に行ったことがある。

その時は友人に半ば強引に連れられていったため、もちろん何の準備もしておらず、列に並んでいる間ずっと緊張で吐きそうだった。

何を話そう。どうすれば気まずくならない。そもそも俺みたいな浅いオタクが握手会なんてきていいのか。いや、そもそも行くならもっと前もって誘っておけよ。なんで当日連行なんだよ。これあれか、「友人をいきなり握手会に連れて行ってみたドッキリ」か。どうせテンパってる姿を、あとで他の友人たちに伝えて皆で大笑いするんだろ。ああ違うわ。コイツも顔面真っ青だからただ緊張してるだけだわ。ああよかったよかった。何話そう。どうすれば……

と頭の中をぐるぐるぐるぐる。

これまで握手会にくるような、いわゆるオタクと呼ばれる人種は皆コミュニケーションが苦手な内気な人間だと少し馬鹿にしていたが、こんなにも緊張するイベントに定期的に来られるのだから少なくとも自分よりはコミュニケーション能力に長けているのではないかと思い少し悲しくなった。

とりあえず当たり障りのない「いつも応援してます」と「今回のソロ曲よかった」だけ伝えよう。そうだ。そうしよう。

いざ、自分の番。

目の前に現れた偶像。

途端飛ぶ語彙。

動き出すタイマー。

発せぬ声。

不思議そうな顔をする偶像。

ここに広がる無限。

そこでやっと絞り出した一言。

「ソロ曲めちゃくちゃよかった」

そこからのアイドル様の手腕たるや、凄まじかった。私みたいな浅いオタクでさえ心掴まれ踊らされてしまう。アイドル様々だ。

こんな極度の緊張する場にオタクが何度も脚を運べるのはアイドル様の技術の成せる業なのだと後になって気づいた。

オタクは所詮オタクである。

 ところ変わって数ヶ月前。

好きなテレビ番組の生みの親が出版記念セミナーを開くというので行った。

その番組と出会えたおかげで今の自分があると言っても過言ではないくらい好きな番組である。それを始めてくれた人の話が聞けるというならば行くしかなかった。

当日、番組のグッズTシャツを着て都会の高いビルへと入った。

自由席だったため、大学の講義と同じく後ろの方の席に座ろうと思ったのだが5,000円の元を取るためと思い、前から3番目の席に座った。

定刻になると、雑誌などで見たまんまの人が登場し、その番組にまつわる話をたくさん聞いた。とても幸せな時間だった。どうか俺の記憶力よ、今だけは凄まじくあれ!と思った。

そんな時間も終わり、いざ帰ろうと廊下に出るとなにやら行列ができていた。その先頭を見るとどうやら一緒に写真を撮れるらしい。まさかまさかの急展開。念願である。

少しずつ前に進む列。よく見れば皆、写真を撮ってもらった後一言二言交わしている。まずい。考えなきゃ。あまりにも伝えたいことが多すぎる。

まずそもそもお笑い番組だから「楽しませてもらってました」が正解か。いや、「もらってました」はなんか過去な感じがするから違う気がする。というかもはや楽しませてもらってたとかそういう次元じゃない。私の人生が詰まっている。この番組があったから無理に変わらなくても良いんだとか、周りに合わせなくても良いんだと思えた。強く生きてこられた理由である。いや、重い。そんな話急にされても返答に困るだろ。もっとライトな軽い、でも浅いと思われない感想を…….

とか思ってるうちに自分の番到来。

『お、そのTシャツ』
気を利かせて話しかけてくれた。

「そうなんですよ」
なんだそうなんですよって。

写真を撮られる。いざ話す時間。

「この番組がめちゃくちゃ好きで、本当にもしなかったら……」

詰まった。繋ぐ言葉考えずに「if」の話をしてはいけない。

「めちゃくちゃだったろうなって」

意味が分からない。相手もポカンとした顔をしていた。

「本当にありがとうございます」

それだけ言って逃げるように帰った。

帰りの電車でなんでこんなにも上手く感想が伝えられないのか、頭の中をぐるぐるした。本当に社交性が足りない。

ちなみに写真はめちゃくちゃ笑顔だった。

 感想を言葉にすると陳腐なものになってしまう。

感動を確かに感じているし、リアルタイムで頭の中に言葉が駆け巡っている。だが、それを伝えようとすると途端に語彙レベル3とかになってしまう。

本当は伝えたいこと、思ったことはたくさんあるのに、そんなときに限って良い言葉がみんな隠れてしまう。感想を言うときだけ長沢君みたいな頭の形になってて、脳みそがピンポン球くらいのサイズになっているんじゃないかと錯覚する。

というか何故か「めちゃくちゃ」しか出てこなくなる。

めちゃくちゃがめちゃくちゃ便利な言葉で、めちゃくちゃ使い勝手が良いから、受取手がめちゃくちゃの中身を勝手に想像してくると信じてめちゃくちゃを投げている。ただめちゃくちゃってめちゃくちゃ馬鹿っぽいから、なるべく使いたくないんだけど感想を言おうとすると脳内がめちゃくちゃにめちゃくちゃ浸食される。めちゃくちゃに覆い尽くされる。

ああちゃんと感想が言える人間になりたい。

え?このエッセイを書き終えての感想?

めちゃくちゃだよ。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?