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窓 窓 柱 窓 窓 柱 窓 窓

 昔よく自転車で駆けた道をこの前久しぶりに歩いた。

六年ほど通っていたピアノ教室へと向かう道。

行きは憂鬱で自転車をゆっくりと漕ぎ、帰りはこの脚が持つ限り全力で漕いだ道。

そんな全速力で走っている中でも目を奪われた青い看板の小さなゲーム屋があった。

看板の端には「新しいゲームあります」の文字。

店の入り口が日焼けしたゲームのポスターで埋め尽くされており中は一切見えない。

たまに客が出てきたタイミングで開いた自動ドアの隙間から覗くことができたが、ただ薄暗いという情報しか得られなかった。

あまりにも怪しく得体の知れない店だったため、勇気が出ず一度も店内に入ったことはない。

 そんな小学生の私の心を鷲づかんだゲーム屋は、現在塾となっていた。

あの日焼けしたポスターで埋め尽くされていた入り口は、勉強の楽しさを伝えたくてたまらない青年の爽やかな笑顔のポスターへと変わっていた。

時の流れというのは残酷で、ポスターを正反対のものへと変えてしまうらしい。

やらぬ後悔よりやる後悔とはよく言うが、あの時勇気を出して店内に入ってみれば良かった。

窓 窓 柱 窓 窓 柱 窓 窓

少し寂しさを覚えつつ、何気なく上を向くと昔と変わらず大きい窓が六つ並んだマンションがあった。

ゲーム屋の上、茶色い壁の五階建てマンション。

青色のドアが均等に並んでいるのが見えるため、こちらがきっと廊下側なのだろう。

いつ通っても蛍光灯が切れかかっており、ぱちぱちと瞬きをするように付いたり消えたりしていた。

それがあのゲーム屋の怪しさを増幅させていたのだと思う。

現在は蛍光灯がぱちぱちしている様子はなかったが、代わりに窓ガラス一面に大きな紙が貼られているのが見えた。

窓 窓 柱 窓 窓 柱 集 中

右端二つ「集中」の二文字。

なんということだろうか。

あれはまさに「マンション総出受験生鼓舞」ではないか。

塾の上という立地を存分に生かし、日々勉強に励む学生の背中を優しく押す「集中」の二文字。

幼い私を蛍光灯の点滅で脅かしていたあのマンションが、今では夢に向かって頑張る若者を応援している。

ラスボスとの戦いで、かつての敵が力を貸してくれる胸熱展開と同じと言っても過言ではないだろう。

日本人は冷たくなったと言われる昨今だが、これを見ればそんなこと決してないと言い切れる。

外の気温とは対照的に心が温かくなったと同時に視線を横にずらした。

入 居 柱 者 募 柱 集 中

ああ全く関係なかった。

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