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#13 好きの理由

僕はラーメンが好きだ。いや正確には大好きだが、減量中のためここ1ヶ月食べていない。休日の昼下がり(14:00頃がベスト)、そろそろ空いてきたラーメン屋にふらっと入って、焦がしニンニクラーメン海苔マシと餃子と瓶ビールとライスを注文する。先にビールが来るのでツマミもつままずチビチビやって、ラーメンが来たらトッピングのほうれん草をつまみにまたチビチビ。チャーシューをつまみにチビチビ。餃子をつまみに流し込み、ライスを海苔で巻いて食べながらラーメン完食。そんな時間が何より好きな僕だったが、ここ1カ月食べてない。

減量中というと、我慢してるんでしょ?とよく聞かれるがそうじゃない。ラーメンを経つと決めたその日から、不思議なことに一切興味がなくなったのだ。嫌いになったのではなく。興味がないから、食べたいとも思わないので、ラーメン断食は苦ではない。

今回は「好きの理由」です。

じゃあ、俺がラーメン好きだったのって何だったの?って。本当に好きだったの?とさえ思う。好きな気持ちってそんなもんかと。

逆に「嫌いの理由」を考えてみよう。これはすぐに思いつくのでは?例えば僕はアボカドが大の苦手。口の中で潰れる感じ、油っぽさ、青臭さ、そういったものが全部無理。ウニも似たような理由で苦手。とまぁこんな具合に「嫌いの理由」はそれなりに説明出来たりする。一方、「好きの理由」はなかなか言葉にできない。

こんな定義はどうだろう?
「好きとは、嫌いではないということである」

これも四方八方から批判を食らいそうだ。嫌いな理由がなければ確かに「嫌いではない」けれども、それを好きと言うのには抵抗があるだろう。たとえば、ティッシュ。僕はティッシュが苦手な理由がない。じゃあ、僕はティッシュが好きなのか?となるけど、別に好きでもない。

こう考えると、
「好きとは、嫌いではないものの中で特に関心を抱くものである」
と言えそうだ。

じゃあ、なぜ関心を抱くのか?その理由が好きの理由だが、ラーメンに関心を抱く理由なんて簡単すぎて理由になってない。「うまいから」。
でも説明はつくよね。うまいからラーメンに関心を持つ。すなわち好きになる。食べないと決めたらラーメンが美味いかどうかなんてどうでもよくなる。どうせ食べないから。つまりラーメンには「食べる」という大前提があるから好きと言えるわけで、その前提を失った今の僕にはラーメンを好きだと思う感情がない。至ってシンプルなことだ。

ギターには「弾く」という大前提がある。
恋人には「隣にいる」という大前提がある。

それぞれの大前提が、「好きの正体」なのかもしれない。

でもちょっと待って!「好き」そのものが大前提の場合もあるよ!恋人なんて、好きだから一緒にいたい訳だし。
でも、そもそも一緒にいたいから好きな訳で、一緒にいたいと思わない人を好きになる奴いるか?

たかだか一杯のラーメンでここまで理屈っぽくなれる僕を好きな人はどれくらいいるのでしょう。。。

Chira

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