見出し画像

嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬

嫉妬心がやってきた。
それは突然やってきた。


そのやってきた”嫉妬心”は、今朝の母親とのこんな会話から。

母「今週末、父さんと二人で姉ちゃんのとこに行くけど、のんち(私)は行かんよな?」

私「いかん」

母「あと、19日(母の誕生日)には姉ちゃんが実家に帰ってきて、その後20〜22日は姉ちゃんと一緒におばあちゃんちに行くから留守にするわ」

私「ふーん」


はい、この時点で妙なモヤモヤがやってくる。

きっとこれは嫉妬心。


なんで嫉妬してんだ?


モヤモヤに敏感になってる私は思考をめぐらせる。


嫉妬心を見逃さない。

嫉妬心を嫉妬心で終わらせてたまるかボケェ!!

この嫉妬心はなんだ?

なんで嫉妬してるんだ?


しばらく見つめる。


で、出てきた自分の中の声


「いつも私は家族から仲間外れ」←勘違い

「私は家族から愛されてない」←勘違い

「あー、母さんの誕生日を祝うために姉ちゃんが帰ってきて、みんなでよろしく外食でも行って誕生日パーティでもするんですね。結局私より姉ちゃんのが大事なんですね」←勘違いがいきすぎてもうヤヴァイwwww



ってことで嫉妬心は私の
「親から愛されてない」
という大いなる勘違いから生まれたものと判明。


過去のnoteにも何回か書いてますが
私は、小さい時から親(母)からの愛を求めて求めて
その結果、自己否定と破滅の道に進み、鬱や摂食障害になった過去がある。

今はだいぶマシになってるけど
その時の名残は未だ残っていて
まだ私の中に「構ってほしい自分」いるようだw



「私は愛されていない」

という観点から考えると、前途の私のように勘違いの負のループにハマる。


嫉妬心が生まれ
寂しさが生まれ
孤独感が生まれ
そしてそれはやがて
怒りへと変わる。

そして周りを責め、自分を責める。
それは周りと自分を傷つける。

「なんで私を見てくれないの!?」


こわいこわいwww



でも、この大いなる勘違いに気づいたら

「いや、私はちゃんと愛されてるとしたらどうだ?」

と、観点を変えて状況を捉えなおす。

そしたらそれらしき理由が出てくる
(まあ、脳のでっちあげだけどね。)

「私がちゃんと愛されてるとしたら?」
母が私に「行かないよね?」って言ってきたのは
愛されていないからではなくて、
私がいつも母から誘われても、身内の集まりには参加しないのを知ってるから。
私が一人で家にいるのが好きなのを知ってるから
私に気を遣って(愛から)言ってくれてるんだろうな。

そんな結論に至った。
#知らんけど

てか、もし誘われたとしても私は行かないし、
そもそも”愛してない”って本人から聞いてねえだろってw



そんなこんなで今は嫉妬心はどっかに消えて

「むしろ家に親いないからチロと二人でやりたい放題だ\(^ω^)/!ワーイ」

という楽しみに変わってます。←クズだな


そんなわけで。

私みたいに”嫉妬心”でモヤモヤしてる人がいたら、何かの気づきになるかも?と思ってシェアしてみました。


その嫉妬心。
もしかしたら大いなる勘違いから生まれているかもしれません。

嫉妬心が出てきたら

「もし私がちゃんと愛されてるとしたら?」

って自問してみるといいかも\(^O^)/

愛の表現の仕方は人それぞれだからね。
自分にとって愛ではないことも
相手にしたら愛からの行動なのかもしれない。
相手のことなんて何もわからないから
どうせ勘違いするなら「愛されてる」って勘違いしたほうが気分いいよねw


あ、ちなみに
嫉妬心をダメだって言ってるんじゃなくて
嫉妬心を認めて受け止めて
そんな自分もまるっとありのままに見つめてみると
ただの勘違いってことに気付けるかもよって話なだけです。


できるなら嫉妬心なんて感じたくないしねw

というわけで出来立てホヤホヤの嫉妬心ニュースをお送りいたしましたー\(^O^)/


いただいたサポートは、私や相棒、チロ公のみんなの夢のために大切に使わせていただきます!いつも応援ありがとうございます\(^o^)/⭐️