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おとなになっても(感想1)_不倫と真剣に向き合うこと

「おとなになっても」は講談社の月刊誌Kissで2019~2023年にかけて連載されていた漫画で、作者は志村貴子。
志村貴子作品について『敷居の住人』の頃から読み続けており、コマを省略することで読み返してから気付くような言語化しづらい複雑な感情を読者に想像させる余地を残してくれるところが好き。
以下、ネタバレを含む感想などを。

周囲を巻き込み、恋愛をする大人たち

きっかけは小学校教師をしている大久保綾乃が仕事帰りに立ち寄ったダイニングバーでお酒を飲んでいると、隣のカウンター席に座っていた平山朱里から声を掛けられたこと。二人は酔った勢いもあって路上キスをしてそのまま朱里の家へ行く。

ダイニングバーは朱里の職場で、後日またしても綾乃がやってくるのだが夫同伴だったから、朱里にしたらそんなこと聞かされていなかったという話し。
バーで先に声を掛けたのは朱里からだったが、左手薬指を確認したうえで綾乃をナンパしているし、綾乃も既婚者ということを伝えなかったから二人の関係は綾乃に負い目がある状態からはじまる。

理性的には泥沼の不倫になることに気付いているためそこでやめておけば良いのだが、互いに運命的なものを感じており、いくつもの偶然が重なることもあってその後も二人は関係を深めていくようになる。

同時進行で、綾乃の担任を受け持つクラスの女子2人とその同級生による関係もこじれるため、その子たちの悩み相談も受ける。
その様子は綾乃とその夫の渉、そして朱里の三角関係の合わせ鏡のようでもあって、まさしく作品タイトルどおり『大人になっても』自分の感情に正直に行動するうちに、身近な人たちを傷つけることになる。

手書きの字もバランスが良くて巧い

ボリュームは全10巻となり、両親さらには職場の人間をも巻き込むドロドロの不倫モノだけれども、物語が重たくなり過ぎないのは「タラシなもので」と開き直って積極的にアプローチする天然な綾乃と、大胆な綾乃の行動に鋭くツッコむ朱里のリアクションによるところが大きい。

過去の志村貴子作品では失笑または苦笑させられるような性質の笑いが多かったように思うのだけど、本作は感情表現の豊かな朱里のおかげで思わず吹き出してしまう場面が多く、湿度の低いカラッとした印象がある。

一番好きなのは、二人ではじめてファミレスへ行って後に、「あのとき抱きしめてしまいたかった」と綾乃が情熱的になのに対して、朱里はキツイ言葉で綾乃を怒らせたと疑心暗鬼になって自問自答しているところ。二人の感情にはギャップがあって、そんな状態でも笑顔で接客する朱里が健気。

また、過去作品ではコマ間の情景を意図的に省略させたり、キャラのセリフを言葉足らずにすることで、読者に想像させる演出が多々あったけど、本作ではそういうのは少なめだから読み進め易いというのはある。
読む側が行間を想像する楽しみが減ってはいるので、良いことばかりではないけれども、そのおかげで神経を集中して気合を入れずに気軽に読める。

なぜ不倫をするのか

不倫は結局のところ当人同士と不倫された配偶者の問題と考えているため、私自身は意見するつもりは無いけれど、不倫は社会的には責められる場面が多い。
しかし綾乃と朱里の行動にあまり嫌悪感を感じず、むしろ二人のことを応援したくもなる。

ではなぜ人はなぜ不倫をするのか? そのきっかけや理由を想像してみる。

・不倫相手との出会いに運命を感じる
・配偶者へ不満がある
・性欲が強い
・他人の痛みに鈍感、または自己中心的な性格
・刺激や背徳感を求めて
・他人から必要とされる肯定感が欲しい

上記以外にも理由はあるかもしれないけど、綾乃と朱里の出会いには運命的なものを強く感じるから、あまり嫌な感じがしないというのはあるかもしれない。
また、35歳となる二人には職場や家庭にそれなりの社会的立場があって、いい歳して不倫することで生じる様々な厄介事をいちいちクリアにするという面倒な工程を踏んだからこそというのもある。
そんな綾乃と朱里が関係を深める過程で、身近な存在となる人々の感情や関係性の変化にも影響があって、そのあたりも丁寧に描かれている。

不貞行為を配偶者へ打ち明けるべきか

私自身は二人の不倫についてあまり嫌悪感を感じないと先述したが、気になる点もある。
それはたいていの不倫行為が配偶者に対して秘密にされていて、配偶者に対して公正でないと感じるから。

過去に不倫した相手を非難する言い方だったが、朱里は眼の前に座っている綾乃を糾弾するかのように「そもそも二股するヤツだもん、誠実なワケはないよね」と言っていた。

どのあたりが誠実では無いのかを紐解くと”配偶者の嫌がる行為”をして、さらにそれを”隠している”ことが考えられる。
綾乃もその”隠している”後ろめたさを解消するため、渉に素直な気持ちを話すことになるのだが、事後であっても配偶者へ不倫したことを伝えるべきなのかというとこの判断がとても難しくて、場合によっては墓の下まで持って行っても良いのではとも思う。

朱里は「あなたはそりゃ満足するだろうけど一方的に打ち明けられたダンナさんはどうなるの?」とも指摘していた。
打ち明ける側の綾乃は、隠し事を打ち明けることに対する胸のつかえが取れるだろうが、言われた側に「知らない方が良かった」と思われたらそれは、綾乃の自己満足でしかなくなるし、そもそも「不倫をした事実と二人がどう向き合うのか」という問題が発生する。

しかも渉の場合は、自分の子どもが欲しいと漠然と考えており、年齢的なことを考えたら綾乃と別れて他の誰かと再婚できる可能性は一般的に考えたら低い。(だから打ち明けられた当初の渉は綾乃と離婚するつもりはなかった)
ちなみに、最終的に渉は同僚の神宮寺司とうまくいくのだが、エピソードとしてはボリュームも少なめで弱い。
だからこれは綾乃と朱里に対して必要以上に罪悪感を背負わせないための作者による救済措置の意味合いが強いのではと思う。

例えば一度の浮気を許容する配偶者だったのなら、むしろ知らない方が幸せな場合だってあると思う。なにより夫婦とはいえ他人なのだから、不倫はやり過ぎにしても、互いに隠し事くらいはあると考えていた方が気持ちが楽だ。
不倫を肯定するかのように受け取られるかもしれないので繰り返すけど、私自身は配偶者に隠れて不倫をする行為は責められるべきと思うが、その他に関してはどちらが悪いとか良いと簡単に決められるものではないと思う。

感想が長くなってきたので、続きは次回で。


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